13
“抗ってみせよ”
(……?)
“この世界の魔王として、足掻いてみせよ”
(あなたは、誰ですか?)
“お前は………………だ”
(すみません、聞き取れなくて。もう一度、教えてください)
“お前は…………”
コンコンコンコン…………!!!!
「ん……?」
目を開けると、何度も戸を叩く音がする。乾いた音が部屋に響き、私はその音で目を覚ました。東の窓から太陽の光が差し込み、部屋は明るい。照明がなく、夜はかなり暗かったが今は辺りがどうやっているか、よく観察できるくらいの光源がある。太陽は、どの惑星においても偉大だと感じた。
戸を叩く音はまだ、続いている。まだ、頭がぼーっとしているため、私はこの見慣れない部屋を呆然と見つめてしまった。そのため、反応が遅れる。
それにしても、見ていた夢はなんだったのだろうか。
私に何を、伝えたかったのか。
「魔王、おい、魔王ってば!! 大丈夫か!?」
「エル……よいしょと」
シーツに広がる長く伸びた紫の髪。さらさらとシーツを撫でながら、私は腰を上げた。部屋はそれほど広くない。ベッドと本棚。そして、ちょっとした物入れと衣装スペース。その程度しかない。
目の前の扉まで歩けば、私はドアノブを右に回した。ガチャリ。鍵がかけられた音がする。私は昨晩のことを思い出してみるが、鍵をかけた記憶はなかった。
扉が閉じられているから、エルはドアの叩いていたのだと、答えにたどり着いた。確かに、鍵がついている扉のようで、ドアノブ上にある鍵を横から縦に直す。すると、カチャ……と鍵が開く音がした。ドアノブを再度回すと、今度こそ扉が開く。
「やぁ、エル。おはようございます」
「おはよう……じゃない! なんで鍵なんかかけてたんだよ」
「いえ、私は施錠した記憶はないのですよ。あれからすぐに寝てしまって。今、目を覚ましたところです」
「まーた記憶? どれだけ忘れっぽいんだよ……ったく」
怒っている様子はないが、呆れている感じは受け取れた。私は軽く頭を下げた。それを見て、エルは溜息を吐いた。それと同時に、何かに安堵している様にも見えた。
「それより、慌てていたみたいですけど。何かありましたか?」
「お前が全然起きてこないから。心配になっただけだ」
「今、何時なんですか?」
「昼の2時だぞ。寝すぎだろ?」
「そんな時間なんですか? それは確かに、遅い目覚めでしたね」
「他人事みたいに言うなって!」
口を尖らせ、ぷんっとした態度を取るエルが、なんだか可愛らしく思う。そんなことを本人に言えば、やはり怒られるのだろうと思うので、心の内で留めておく。
そういえば、エルの服装が昨日とは若干違っていることに気づいた。私はそれに触れてみる。
「エル、着替えたのですか?」
「急にそこ? 着替えるに決まってるだろ。清潔感は大事だ。魔王こそ、着替えた方がいいんじゃないか?」
「昨日はローブを脱ぐなと言われたのに、今日は脱いだ方がいいということですか?」
「昨日は戦前だったからな。そんなところで能力値下げることは馬鹿だろ?」
「えーと……」
私はローブを手で触ってみる。ただの絹に似た生地で、防御力などを高めるような要素は感じられない。それとも、いざ戦場に出ると、何か効力でも発揮するのか。
ただ、たとえそうだとしても、私は初めから戦争においては参戦を拒否し続けることしか考えていない。このローブを着ていることで、それが力の誇示になるのだとすれば、私はさっさとこのローブを脱ぐことを選びたい。
「どのような能力があるのかは分からないのですが、このローブを着ていなくてもいいのであれば、私は軽装でいたいです」
「そこのクローゼットに幾つか服はあるだろ? なんでも着ろよ。魔王のものだ」
「そうですか。では、遠慮なく」
くるっとエルに背を向けて、クローゼットに向かおうとしたとき。ふと、エルは何故慌てて扉を立てていたのかが気になり、もう一度エルの方へ向き直る。
「それで、エルはどうして慌てていたのですか?」
「いや、だから。お前が起きてこなかったからだってば。言っただろ?」
「それだけのことですか?」
「そうだけど…………」
「ありがとうございます、エル」
本当にエルは良い子だと思う。魔族の情報は全くもってない。ただ、イメージとしては、恐怖支配をしそうな悪い悪魔。そのような印象を想像する。しかし、私が今向かい合っている彼は、『魔族』としての誇りは確かに強くあり、人間と群れるつもりはない様子だが、指示さえあれば、踏みとどまることも出来る良心があった。話せばわかる時点で、極悪人では絶対にない。
人間も。私はまだ、この世界ではヨウ国の人種としか向き合っていないが、手を出さないことを宣言し退却すると、追っては来なかった。彼らも、無理に戦争をしたいとは思っていない可能性がある。それとも、楽観視しすぎで、私たちの行動パターンが読めず、一時退却しただけという可能性も、ゼロではない。
私に何かがあるのは、やむを得ない。本当にそうなのか、まだ言い切れないところがあるにしても、一応私は『魔王』らしい。それならば、魔王として散る必要がある。魔王がこの世から消えることで平和が訪れるのであれば、私は喜んでそれを受け止めよう。
しかし、問題はきっとこれでは解決しない。
魔王が死んだとき、後継者が現れる。
それはつまり、この世界から『魔王』が消滅することはない。
それを裏付けることになる。
「まったく、調子が狂う魔王だな」
「そうですか?」
クローゼットの中に仕舞われていた服は、どれも黒で統一されていた。見た感じ、何が違うのか分からないような服ばかり。一番の重々しいローブは、今私が身に纏っているものだ。
どれを選んでもあまり変わらないようなので、適当に一番右にあった服を手に取った。長袖であり、動こうとすると邪魔になりそうだ。とりあえず、着てから処理しようと思い、私は服を脱ぐと、その場で着替えをはじめた。
露わになったのは、弥一のときとはまるで違う。痩せ形の筋肉質な身体。色も、黄色人種ではなく白人に近い。ただ、白人よりも青白さがあるような身体だ。エルも色白の方だが、私よりは血色が良い。そこが、魔王と魔族の違いなのか。
さくさくと着替えると、エルは私が来ていた重厚なローブを手に取った。私はそれを見て、不思議そうに見つめる。その視線に気づいたエルは、私を見た。
「洗濯! 俺の分もあるし、洗っといた方がいいだろ?」
「魔族といっても、そういう庶民的な感覚があるんですね」
「お前なぁ。魔族が清潔じゃないとか思ってるのか? 人間なんかより、俺たちの方がずっと美しいと思わないか?」
「えぇと…………」
結構なナルシスト的な言葉に、私はつい言葉に詰まった。しかし、エルの容姿を見ても。私の今の容姿を見ても、確かに美しいという言葉が似合う。それなら、きっとそういうことなのだと、私も判断した。
小さな身体で、大きなローブを手に取って部屋を出て行くエルに続いて、私も部屋の外へ出た。居間にも光が差し込んでいて、明るい。明るい中で部屋を観察すると、何代か前の魔王が建てたというこの小屋の雰囲気がよく分かる。割と几帳面ではない人柄だったのだろう。本当に隙間風は吹いて当然というほど、木材の間が広く開いていた。本格的に冷える前に、なんとかしたい案件だ。その前に、私は自分の服を軽装にしようと思い、エルに声を掛けた。