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黒猫は隠れない~本当は仲良くしたいだけなのに~

作者: 朱ねこ

「ねえ、知ってる?」


 三十代に見える女性は周りに人気がないというのに声をひそめる。

 対する女性も察したように一歩近づいた


「四丁目の奥さん、息子さんが行方不明なんですって」

「あら、それはまたお気の毒ね。またあの神社で?」

「またあの神社よ」

「うちの子にも黒猫について行ってはだめよと口酸っぱく注意しておかないと」


 鳴鈴町ではいくつもの噂話が人々の頭上を飛び交っている。

 その噂話は元は同一のものと考えられ、黒猫を追いかけた子供が神社で行方不明になるという説が有力である。


「おかあさんー! いってきまーす!」

「気をつけてね。行ってらっしゃい。琴音」

「はーい!!」


 元気いっぱいに返事をして玄関を飛び出した琴音は、左右の確認をせずにコンクリートを蹴り、東の方へ向かう。

 まだまだ暑い夏の最中。照りつける太陽が眩しい。


 目的地は、あの神社。


 例の噂話はよく聞かされているものの琴音は気にしていなかった。

 琴音がまだ小学三年生というまだ未熟な歳だからかもしれない。遊びたい盛りなのだ。


 琴音の身長を十倍ほどにした階段を登る。

 大人なら息切れをして途中で足を動かす速度が落ちてしまうが、子供の体力は底なしか。


 登った先に何があるのだろうか。

 琴音の黒い瞳は輝かしい。


 陰った並木道を通り抜け、鳥居をくぐる。

 道の両脇に猫の像があり、それを背もたれにする黒髪の少年に走り寄る。


 鳴鈴町では、その昔猫を神様として崇めていた。

 猫は家を守る存在であり、ネズミから蚕や穀物を守り、毒蛇から人を守る存在であった。また、多産を司る存在でもあり、猫への信仰が深まっていた。


 しかし、いつからか例の噂が広まり、猫への畏怖が高まり、神社は廃れていった。


「サク!! お待たせ!」

「ことねちゃん。ううん。僕も補習が終わって今来たところだから」


 サクと呼ばれた少年は柔らかな笑みを浮かべる。

 彼の垂れ気味の目が穏やかでゆったりとした雰囲気を表しているようだ。


「今日は何をして遊ぼう?」

「今日もかくれんぼしない? この神社広いし」

「いいね! わたし鬼やりたーい!」


 琴音は満面の笑みを浮かべ大きく右手を挙げて飛び跳ねる。


「いいよー。最近ずっと僕が鬼だったもんね」

「そうそう! サクってば、見つけるの遅いんだもん。待ちくたびれちゃう」

「ことねちゃんの気が早いんだよ」


 柔らかそうな頬を膨らませる琴音。

 感情豊かにころころと表情を変える琴音を、サクは微笑ましげに見つめていた。


 琴音が二十数える間に、サクは奥へと進み、四本柱により底が高くなっている建物の裏に隠れる。

 下から覗いて琴音の動向を探ろうという魂胆だ。


 サクは息を殺して琴音が来るのを待つ。


 二十数え終わった琴音は左右を見渡し、猫像や鳥居、水舎の裏を見て周る。


「んー、いない」


 近くにいないことを確認した琴音は奥へと走る。

 途中の建物を見て回り、古びた神殿の前まで来る。

 神殿の横を覗いても見つからず、いるはずがないのにお賽銭箱を覗いてみる。


 全く見つからない。


 琴音は焦り始めていた。蝉の合唱が騒々しく耳障りに感じる。

 神殿の裏へと入っていったのかと予想し、神殿の脇を進む。


 太陽はまだ落ちていないというのに、神殿の裏は青い草木が生い茂り、暗くなっている。

 しかし、視界に入る範囲内にサクはいない。


 琴音は手入れのされてない伸び放題の草をかき分け森へと入る、

 森の奥は闇へと誘うトンネルのようだ。


 琴音の身長まで下がった枝を両手で持ち上げる。

 横に長く伸び、行く先を遮る細い枝はまるでこの先に行くなと主張し、境界線を貼っているかのようだ。


「ことねちゃん!!」

「えっ?」


 急に名前を呼ばれた琴音は、思わず肩を上下させ、振り向きざまに足元の枝につっかえ、重心のバランスが崩れる。


「わっ、危ない!」


 離してしまった枝から守るようにサクは琴音に覆い被さるように飛びついた。


 サクの背中に枝が落ちるが、そんなに衝撃はなかった。低いところから落ちただけだからだろう。


「だいじょう……えっ? ことね、ちゃん……?」


 サクは恐ろしい化け物を見るように顔を歪め、喉を震わせる。


 先程まで人間の形をしていた少女はどこに行ってしまったのか。

 サクの下にいるのは黒髪の少女、ではなく黒い細身の猫だった。


 あまりに奇怪で受け入れられない現象だ。

 サクは思い出す。この町中で囁かれる黒猫の悪戯を。


「まさかことねちゃんが……?」

「……」


 黒猫の姿の琴音が一歩踏み出すと、サクが反射的に離れる。


 サクが黒猫に怯えていることが見て取れて、黒く細い尻尾が上から下へと垂れる。


「いつもこう。私は仲良くしたいのに……。私が猫の子孫じゃなかったら……」


 猫であるはずなのに、黒猫が琴音の声で人間の言葉で独りごちる。

 異常な光景を目前にしてますます恐怖が助長される。


 サクが後ろに一歩下がると、境界線である枝が背中に当たった。



「ねえ、きみ。かくれんぼしましょ?」


 町では黒猫が遊び相手を探している。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ことねちゃんが黒猫ちゃんだった。 遊び相手を探していたのかな。 このあとサクはどうなったんだろう。 そういった余韻が残っているのがいいですね。 ( ´艸`)
[良い点] ご先祖様は、きっと長く生きると尻尾が増える系の猫ちゃんだったのですねぇ。 その子孫もまた・・・ この子だけだったのか? それとも、代々続いたのかは定かではありませんが・・・
[良い点] 短い。 さくっと読める。 [気になる点] 読者へのミスリーディングに、多少無理がある。 前半の主人公「琴音」が、後半で実は、というのは、意外性を狙ったのは分かるものの、筋が通らない。 ホラ…
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