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02


 結局リエトからは「力への恐怖なら、まずはなぜそれが怖いのかを聞き出すしかありませんね」という返事しかなく、具体的な解決法を持たないままフィオレンティーナはグレフォード領へ向かう日を迎えた。


 護衛と使用人を連れた馬車での旅は、フィオレンティーナにとって初めての経験だった。魔法で振動が極限まで減らされた車内は狭い以外は快適なもので、持ち込んだ本を読んだり刺繍をしたり、途中で一泊はさみながらの道中はそれなりに退屈せずに済んだ。

 エランティアの北部に位置するグレフォードは東西に伸びる細長い領土を持ち、東にコスタクルタ、南に勇壮なるアスオン山脈を抱く内陸の領地だ。コスタクルタとの領境はオルド海に面した港町と隣接しており、今回のフィオレンティーナの訪問もこの港町からグレフォード領へ入ることになっていた。

 祭りのあるパルエはグレフォードでもさらに北部に位置するため、領境まで迎えに来てくれたアッシュたちと共にグレフォード伯爵家を経由し、現地の別荘に滞在することとなっている。


「アッシュさま、お久しぶりです」

「ああ。まさか本当にきみ一人で来るとは思わなかった」

「都合がどうしてもつかなくて…護衛をたくさんつけていただきましたし、こうしてアッシュさまが迎えに来てくださいましたから大丈夫です」


 秋の薔薇会ぶりに会ったアッシュは相変わらずの仏頂面だったが、フィオレンティーナの言葉に少し目元をやわらげたように見えた。それが嬉しくて微笑むと、顔を背けられてしまった。


「アッシュさま?」

「……いや。きみも疲れているだろうが、日が暮れないうちに移動したい。大丈夫か?」

「はい。わたくしは馬車に乗っているだけでしたから…」

「御者はこちらで交代しよう。夜にはうちに着くはずだ」


 使用人たちの計らいでフィオレンティーナはアッシュと同じ馬車に乗ることになった。メイドが同乗しているため、2人きりというわけではなかったが、薔薇会ではあまり話せなかった分を補うことができた。とはいえ、アッシュもフィオレンティーナも口数が多い方ではないから窓の外を眺めて黙っている時間もあったが、それも苦にはならなかった。


 途中休憩を挟みつつ、陽が落ちる前にグレフォード伯爵家の暮らす城へ到着した。

 武骨な石造りの城は年月を感じさせる重厚感があり、夕焼けの中に黒々とうずくまるように存在している。この地を古くから治める一族が暮らすに相応しい立派な城だが、あちこちガタが来ているため、使用しているのはごく一部なのだそうだ。


「フィオレンティーナ嬢、ようこそグレフォードへ。遠いところ大変だったでしょう」

「この度はお招きありがとうございます、グレフォード伯爵さま。とても楽しい旅でした」

「よかったわ。今夜はゆっくり休んでね」

「…お父さま!わたしもご挨拶したいわ!」


 案内された応接間でフィオレンティーナを出迎えたのはグレフォード家当主カルロとその妻アンナ、そしてアッシュの妹のフローラだった。

 にこやかに歓迎してくれるカルロの後ろからひょっこり顔を出したその少女は、母親と同じブロンドに父親と同じはしばみ色の瞳を好奇心いっぱいに輝かせてフィオレンティーナを見つめている。苦笑したカルロが「今お願いしようと思ってたんだよ」と言って少女の背を押した。

 ぴょこんと跳ねるように近づいてきた少女はにっこり微笑み、お辞儀をした。


「はじめまして、フィオレンティーナさま。アッシュお兄さまの妹のフローラです。ずっとお会いしたいと思っていました!お話したいことがたくさんあるんです!」

「あ、ありがとうございます…」

「……フローラ。フィオレンティーナが驚いているだろ」


 話すうちに気分が高揚してきたのか、ずいずいと迫ってくるフローラに思わず体がのけ反りそうになったフィオレンティーナの背に手が添えられる。はっと隣を見ると、渋い顔をしたアッシュが立っていた。

 思わず固まったフィオレンティーナに気付いたフローラが慌てて身をひっこめ、しゅんと眉を下げる。


「あっごめんなさい!わたしったら、楽しみすぎて…」

「え、あ、いえ…わたくしこそ、フローラさまとお会いできるのを楽しみにしていました」


 見るからにしょんぼりとしてしまったフローラに今度はフィオレンティーナが慌てる番だった。いつの間にかアッシュの手が離れていることを残念に思う気持ちを振り切って、フローラに向けて微笑んで見せる。


「よろしければ、お話を聞かせてくださいね」

「…!もちろん!」


 ぱあっと表情を明るくしたフローラにフィオレンティーナの心も温かくなった。両親や兄弟に愛され、自分も愛しているのだろう。天真爛漫で無邪気なフローラがアッシュの救いになっていたであろうことがよくわかった。

 アッシュをちらりと横目で見る。アッシュはフィオレンティーナの隣に立ったままで、視線に気づいて小さく首を傾げた。それに小さく首を振り、フィオレンティーナは視線を戻す。


 ……はじめて「フィオレンティーナ」と呼ばれた。


 手紙で名前が書き記されていたことはあったが、敬称を付けずに呼ばれるのは初めてだ。表情に出こそしなかったが、フィオレンティーナは胸がどきどきとしていた。聞き慣れた自分の名前であっても、アッシュの声で呼ばれるだけでこんなにもときめいてしまう。

 フィオレンティーナはアッシュと出会ってから幾度となく感じる胸の痛みを感じながら、部屋へ案内してくれるというフローラに連れられて歩き出した。



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