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02


 秋晴れの気持ちの良い青空の下、ラ=トラッソ家の庭には当主の招きを受けた紳士淑女が見事に咲いた薔薇を楽しみながら歓談をしている。

 無事に秋の薔薇会を迎え、フィオレンティーナもマダム・エレナが仕立てた新しいドレスに身を包んで婚約者の到着を今か今かと待ちわびていた。

 今日のドレスはオーキッドのやわらかな赤紫色の生地に銀糸で刺繍を施し、ところどころに差し色として赤を使った少し大人っぽいデザインだ。まっすぐな黒髪はデビュー前の子女らしく下したまま、ドレスに合わせた色の帽子に赤い薔薇のコサージュを飾っている。

 父親の少し後ろで目を伏せ、挨拶を受けて小さく微笑む姿は花開く前の薔薇のつぼみのようだと評判で、”薔薇の妖精みたいに”という母のオーダーに見事に応えていた。当の本人は客人たちのそんな視線に気づくこともなく、人見知りを発揮しているだけであったが。


「コスタクルタ卿。本日はお招きいただきありがとうございます」

「グレフォード卿!ようこそいらっしゃいました」


 ワインを片手に談笑していたランベルトへ声をかけてやって来たのはグレフォード伯爵とその妻アンナ、そして緊張した面持ちのアッシュだった。


「こちらこそ、お忙しい時期にもかかわらずご夫妻でおいでいただけるとは。コスタクルタの秋はいかがですか?」

「過ごしやすく美しい、素晴らしい土地ですね。ここへ来る道すがら、馬車から見えた景色に妻も喜んでいましたよ」

「ええ。一面の葡萄畑は壮観でしたわ。お庭の薔薇も、とてもきれいで。改めてお招きいただけましたこと感謝申し上げます」

「アッシュ、お前もご挨拶なさい」

「コスタクルタ伯、フィオレンティーナ嬢。本日はお招きいただきありがとうございます」

「アッシュくんも少し見ない間に随分背が伸びたね。フィオレンティーナ、お前もご挨拶を」


 アッシュと同じ銀色の髪にはしばみ色の瞳を人懐っこく細めるグレフォード伯カルロと、彼にエスコートされて来たブロンドの髪に緑の瞳のアンナ、それに続いて紅い瞳のアッシュがぎこちなく挨拶を終える。

 数か月ぶりに見るアッシュはランベルトの言う通り少し背が伸びたようで、前回は青いリボンで束ねていた髪を今日は深紅のリボンで結んでいる。自分が差し上げた薔薇のことを考えてくださったのかしらとフィオレンティーナは胸をときめかせながらも、それを一切表情に浮かべることなくきちんとカーテシーを行った。


「噂には聞いていたけれど、本当に可憐なお嬢さんね。フィオレンティーナさん、お会いできてうれしいわ」

「妻はフィオレンティーナ嬢に会うのをとても楽しみにしていましてね。仲良くしてもらえると嬉しいよ」

「もったいないお言葉です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 グレフォード夫妻からの言葉に頬を染めて頷くフィオレンティーナを微笑ましく見守っていたランベルトは、2,3度手を叩いて客人たちの注意を引く。


「ご歓談のところ失礼。我らの新たな友人を紹介します。グレフォード伯爵家のカルロ・フィアマ・グレフォード殿とアンナ・グレフォード夫人。そして我が娘フィオレンティーナの婚約者、アッシュ・グレフォードくんです」


 優雅に挨拶をするグレフォード夫妻の横でフィオレンティーナとアッシュはランベルトに背を押され、並んで一歩踏み出す。薔薇を愛でていた視線がこちらへ集まることに怯みながらも、2人揃って礼をした。


「正式な発表はデビュー後になりますが、両家を結ぶ若きつぼみたちを、どうか温かく見守っていただきたい」


 ランベルトの言葉に場内がわっと沸き立ち、あちらこちらから祝福の言葉と拍手が送られる。突然注目の的となった子どもたちは恥ずかし気に顔を見合わせ、ほころぶように微笑んだ。



「アッシュさま。お久しぶりです」

「ああ。…きみも、元気そうでよかった」


 フィオレンティーナとアッシュはあれから一通り挨拶を済ませ、今は庭に置かれたガゼボの中でお茶をしていた。大人たちはまだ積もる話があるらしく、子どもたちでゆっくり交友を深めなさいとのことだった。


「お手紙でもおっしゃっていましたが、この時期はグレフォードのみなさまはお忙しいのですね」

「収穫期だからな。やることは多いみたいだ」

「グレフォードは『エランティアの食糧庫』ですものね」


 雨の多いグレフォードは広大な農耕地が広がる農業が盛んな土地だ。麦やワイン、オリーブなどが育ちやすいコスタクルタとは違い、様々な種類の野菜や果物が収穫されることで有名だ。今日の茶会で出されている料理にも多く使われているのだろう。

 しばらくぽつぽつと会話しているとアッシュが何か言いたげにしているのに気づき、フィオレンティーナは首を傾げた。


「アッシュさま?」

「きみは……、…大人しいんだな」

「大人しい…ですか?」


 話の意図が汲み取れず、不思議そうな顔をするフィオレンティーナにアッシュはどこかばつの悪そうな表情を浮かべる。それから、言いにくそうに言葉を選びつつ口を開いた。


「…きみに挨拶する前に、他の客人たちと話しているのを見た」

「そうでしたか」

「ああ。…その、きみは、とても社交的な人だと思っていたから」

「……わたくしが?」


 驚くフィオレンティーナにますます居心地が悪そうにしながらアッシュは続けた。


「…初めて顔を合わせたとき、きみはおれによく話しかけてくれただろう」

「それは…、」


 ”未来予知”であなたのことを知ったから、自然と言葉が口をついて出たから。

 そんな風に答えるわけにもいかず密かに狼狽えるフィオレンティーナの心中など知る由もなく、アッシュは気遣うようにフィオレンティーナを見た。


「もし、きみが…婚約者相手だからといって無理をしているなら、その必要はない」


 その言葉に、フィオレンティーナは自分が思っているよりもずっと大きな衝撃を受けた。反射的に口を開こうとして何を言うべきかわからなくなり、はくはくと唇を動かした後、ようやく絞り出すように一言尋ねた。


「……ご迷惑でしたか?」

「そ、そういう意味じゃない!」


 明らかにしょんぼりと肩を落とすフィオレンティーナに慌てたアッシュが答える。思いがけず大きな声になってしまったことに気付いてはっと紅い瞳を瞬かせ、小さく咳ばらいをした。


「…迷惑だとは言っていない。ただ、きみが無理をしているなら、そうしなくても良いと思っただけで…」

「アッシュさま…」

「……すまない。おれは喋るのが得意ではなくて…妹にもよく怒られる」

「…わたくしも、おしゃべりは得意ではありません。でも…」


 フィオレンティーナは紫の瞳を伏せ、少し恥じらうようにソーサーのふちを細い指でなぞった。


「アッシュさまとお話するのは、楽しいです」

「そ…、……そうか」

「はい。アッシュさまがお嫌でなければ、お話させていただいても良いですか?」

「ああ。…おれも、きみと話すのは楽しい」


 ぶっきらぼうではあるが、逸らした顔が赤くなっていたから、フィオレンティーナは嬉しくなってはにかんだ。



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