04
アッシュとフィオレンティーナは遅れて夕食の席へ着いた。アッシュは泣き腫らした顔で出席するのを渋っていたが、さすがにランベルトが来ているのに挨拶をしないのは気が引けたらしく、少し目を冷やしてから向かうことになった。
使用人の案内で食堂へ向かうと、既に食事は始まっていた。2人に気付いたカルロが軽く手を上げ出迎える。その隣には銀髪にはしばみ色の瞳の少年が座っており、興味津々な顔でフィオレンティーナを見ていた。
「お待たせしてしまってすみません」
「アッシュ。少しは元気になったみたいだね。フィオレンティーナさんのおかげかな」
「この意地っ張りの心を溶かすとは、さすがはコスタクルタの薔薇の妖精」
「ははは。妖精のように愛らしいのは認めますがね」
謝罪するアッシュにカルロが微笑みかけ、その横で銀髪の少年がからかうような言葉を口にするが、ランベルトは軽く受け流して笑った。
「食事中ですが改めてフィー、ご挨拶を」
「はい。フィオレンティーナ・ルーチェ・ラ=トラッソです」
「うちの弟が迷惑をかけたね。私はセスト・グレフォード。アッシュの兄だ。よろしく、薔薇の妖精さん。やっと挨拶できて嬉しいよ」
「兄上……」
「そう怖い顔をするなって。これでも本当にフィオレンティーナ嬢には感謝しているんだ」
セストはアッシュとよく似た端正な顔立ちにいたずらっぽい表情を浮かべる。表情一つで随分印象が変わるものね、と思いながらフィオレンティーナも「わたくしもお会いできてうれしいです」と返せば、満足そうに頷いた。
「パルエ祭にも行ったんだってね。母上もフローラも君と祭りが楽しめて喜んでいたよ。ありがとう」
「…いえ。わたくしこそ、お二人にはとても良くしていただきました」
楽しかったパルエでの思い出を話すうちに食事は進んでゆく。アッシュもどこかすっきりしたような様子で、話を振られてはぽつぽつと言葉を返していた。
セストは話を回すのがうまく、亡くなった2人の話に及んでも場の空気が湿っぽくならず、フィオレンティーナも珍しく楽しく会話をすることができた。
翌日、アッシュやセストも共にグレフォード家の墓地へと向かった。カルロは仕事が忙しいらしく、申し訳なさそうな顔をしながら送り出してくれた。
道中ではセストから魔法学園の話や、セストの双子の妹であるクロエは研究発表のために先に学園へ戻っていることなどを聞くことができた。
グレフォード家の先祖代々の墓は森に囲まれた場所にあり、出迎えてくれた墓守の案内で奥へ進む。陽が差し込んで明るく、様々な花や植物が植えられている。まだ新しい墓石に刻まれたフローラとアンナの文字に胸が痛んだが、大切に弔われているのを見ると少しだけ心が安らぐ気がする。
フィオレンティーナはラ=トラッソ家の庭から摘んで保存魔法をかけておいた薔薇を墓前に供え、祈りを捧げた。
「こんな機会とはいえ、お会いできて光栄でした。コスタクルタ卿」
「私も色々と話を聞けてよかったよ。グレフォードはこれから大変だろうけど、君のような後継が居るならグレフォード卿も安心だろう」
「恐縮です」
墓参りを済ませたその足でランベルトとフィオレンティーナはコスタクルタへ帰ることになった。領境までアッシュとグレフォード家の護衛が同行してくれることになり、セストは一足先に戻って父親の手伝いをするとのことだった。
ランベルトは仕事をすると言うので、フィオレンティーナは領境までアッシュの馬車へ同乗させてもらうことにした。先ほどまで4人乗っていた大きめの馬車であったため、アッシュとフィオレンティーナ、そして使用人の女性が3人で乗る分にはかなり余裕がある。
「兄の相手は大変だっただろう」
「いいえ。色々なお話が聞けて楽しかったです」
「…おれも、兄上とあんなに話したのは久々だった。アンナとフローラのことで兄上も姉上も帰って来てはいたんだが…」
アッシュはきまり悪そうな表情を浮かべる。昨晩の様子を考えれば兄弟と話をするどころではなかったのは歴然としていたから、フィオレンティーナは小さく頷いて返すだけに留めておいた。
「……いつの間にか、春が来ていたんだな」
静かになった馬車の中で、アッシュが窓の外を見ながらつぶやく。外は良く晴れ、のどかな春の風景が続いている。アッシュは今までずっと冬の中に居たのかもしれない。ようやく外を見る余裕ができた様子に胸を撫で下ろしつつフィオレンティーナは答える。
「ラ=トラッソの庭も春咲きの薔薇が咲き始めてとってもきれいですよ」
「春も薔薇会があるんじゃなかったか?」
「はい。今はその準備の最中です。わたくしはまだお手伝いをさせてもらえませんが…アッシュさまは春はお忙しいですか?」
「おれは…」
アッシュは少し考えたあと、こくんと頷く。
「……14歳になったら魔法学園へ入学するつもりだ。魔力テストがあるらしいが、おれの魔力量なら問題はないと思う」
「魔法学園へ…」
魔法学園という言葉に”未来予知”のことを思い出して無意識に胸元を握る。フィオレンティーナの様子に気付くことなくアッシュは話を続ける。
「おれはちゃんと自分の力の使い方を学びたい。そのためにも、今まで以上に勉強をしたいと思ってる。だから、入学まではきみと会うのを控えたい」
「それは……」
まっすぐな紅い瞳がフィオレンティーナを見る。
”それは、わたくしがお邪魔だからですか?”と喉元まで出かかった言葉を飲み込むと、何か感じ取ったのか、アッシュは慌てて言葉を重ねた。
「べつに、きみと会うのが嫌になったわけじゃない。ただ、その……」
「…アッシュさま?」
「きみにはもう、情けないところを見せたくないんだ」
決意のこもった声にフィオレンティーナは瞳を瞬かせる。アッシュのことを情けないと思ったことは一度もないが、昨日のことを気にしているのだろうか。確かにフィオレンティーナもリエトの前で泣いてしまったのが恥ずかしかったから、そういうことかもしれない。
複雑な感情が表情に出てしまったのか、アッシュは眉を下げて困ったようにフィオレンティーナを見る。
「……そんな顔をしないでくれ」
「すみません…あの、お手紙はお送りしてもいいですか?」
「ああ。おれもきみに手紙を書く。だから、待っていて欲しい」
本当は、”予知”のことを考えるとアッシュとの交流を途絶えさせたくはなかった。でも、アッシュの決意を否定することもできない。意を決してフィオレンティーナがひとつ頷くと、アッシュはほっとしたように表情を緩めた。
「ありがとう」
「いえ。…わたくしは、どんなアッシュさまでもおそばにいたいです。だから、あまり無理をされないでくださいね」
「……きみは本当に、おれを甘やかすのがうまいな」
ぼそっとつぶやいたアッシュがそっぽを向いてしまう。急にどうしたんだろう、と思いながら首を傾げるフィオレンティーナに、ずっと2人の話を聞いていた使用人はあまりの微笑ましさで頬が緩みそうになるのをこらえるのに必死だった。




