二話 恋人
2015年5月7日 ブログ初投稿
総支配人の堤…ホテル万華鏡の支配人兼従業員兼受付係兼会計でもあり、ドアマンからお客様のお荷物運びに客室の清掃まで。つまりは万華鏡のただひとりの働き手で、文字通りの総支配人。
勝子…ストーカーに悩んでいる、らしい女性。
一志…勝子をストーカーしている、らしい男性。
ホテル万華鏡のロビー。木目調のカウンターには、立て型の一日カレンダーが置いてある。中央付近の床を丹念に掃いている男がいる。
堤「(舞台正面に向き直り)……あっ、これは失礼致しました。ようこそ、ホテル万華鏡へ。わたくしは当ホテルの支配人であり、従業員であり、受付会計、ドアマン、お客様のお荷物運び客室清掃、他にも……えぇ、まあ、あれこれと雑務もこなす総支配人の堤と申します。お客様に当ホテルでお過ごしいただくにあたり、ご快適に且つご安全に、を社訓教訓モットーと致しまして、ホテル従業員一同、と申しましてもわたくしひとり、努めさせていただいております。何故わたくしひとりかって? よく承るご質問でございます。(ホテルを見回して)……見ての通りでございます。これで誰か何か見えた方は、当ホテルではなく、病院へ行かれた方がようございます。冗談でございます。お気を悪くされたあなた、……そう、そこのあなた。当ホテルの無料宿泊券を……あ、その必要はない。左様でございますか。失礼しました。お気が変わられましたら、いつでも。ご予約は今のところ常にご必要ナッシングでございますので。そうなのでございます。ハッキリ申しまして、暇です。ものすごぉく暇人です、わたくし。どんなに掃除をしたって、会計脱税の術を学んだって、見ての通りございますから。ですが時折、飛び込み、いや、駆け込みのお客様がいらっしゃる、そんなことも…………」
勝子、上手からホテル内に駆け込んで、堤を盾にしようとする。
が、堤がくるりと回って、結局勝子の背は、入口の方を向いている。でも、勝子は気付いていない。
勝子「(堤を盾にしていると思って)たっ、助けて……! 助けてください!」
堤「落ち着て。どうされたんです?」
勝子「ストーカー!」
堤「ストーカー?」
遅れて、一志も駆け込んでくる。
一志『ストーカーじゃない!』
勝子「(堤の背からやっと顔を覗かせ)ストーカーでしょ? あれ? いない? 一志、成仏しちゃったの……?」
堤「彼はあっちです」
勝子「(振り返って)あっ! (また堤をぐいっと前へ押し出す)ストーカー幽霊!」
一志『幽霊だけど、ストーカーではない!』
堤「幽霊は認めるんですね」
一志『嘘吐いたって生き返れないから』
堤「確かに」
勝子「じゃあ、なんであたしに付き纏うのよ?」
一志『付き纏ってるんじゃない! 背後にいるだけだ。今の勝子みたいに」
勝子「それじゃ、あたしがストーカーみたいじゃない! 世間一般では、後ろを付き纏うことをストーカーって言うのよ! 背後霊みたいに!」
堤「いや、彼は背後霊です」
一志『そう』
勝子「あなた、どっちの味方なのよ?」
堤「わたくしはどちらの味方でもありません」
一志『えぇ? そうなの?』
堤「そうなんです」
勝子「なら、どうしてあたしを庇うのよ?」
堤「あなたが前に押し出してんです!」
勝子「あ、そっか」
堤「宿泊する気がないなら、とっとと出てってください。こっちは忙しいんですよ」
勝子&一志「『(周りを見回し)暇そうだけど?』」
堤「うん、相手の気持ちを考えよう」
勝子「宿泊する気はないけど、ここしか飛び込めなかったの! だから、助けて!」
堤「ハッキリ仰るお嬢さんだ」
一志『僕からもお願いです。助けてください』
勝子「どうして一志がお願いするのよ? ストーカー側なのに」
一志『ストーカーじゃないってば!』
勝子「じゃあ、なんで付き纏うの? 早く成仏しなさいよ!」
一志『……いいの? 僕が成仏して……』
勝子「そ、それは、……い、いいわよ、とっとと成仏しなさいよ」
一志『じゃあ……』
勝子「あっ、まっ、待って……!」
堤「どっちなんですか?」
一志『あなたが言うんですか?』
勝子「付き纏われるのは嫌なだけで……」
堤「じゃあ、前にいてあげたらいかがです?」
一志『なるほど』
堤「朝起きて」
勝子「うぅん、……良い朝の……」
勝子&一志「『幽体離脱』」
堤「出かける時」
勝子「ああ! 遅れちゃう……って一志! 早く先行ってよ!」
一志『幽霊だからノブに触れないし、開けられないんだよ!」
勝子「ウザッ……! そんな毎朝ウザッ!」
堤「まあ、問題はそこじゃないと思いますけどね」
一志『僕が幽霊だからいけないんですね……』
堤「根本はそこなんですけど、そこ言い出したらキリがないですよ」
勝子「あぁあ! じゃあ、どうすればいいの? あなた、……は、誰ですっけ?」
堤「随分と今さらですが。このホテル万華鏡の、まあ諸々の仕事をしております、総支配人の堤です」
一志『総支配人さんなんですね』
堤「総支配人の、堤、です」
勝子「総支配人さん」
堤「堤です」
勝子「何か良い共同生活の仕方はないんですか? 総支配人さん」
堤「他人にはハッキリものを仰いますが、他人の言うことを聞かないお嬢さんだ……そうですね、勝子さんと一志さんは……」
勝子「ちょっと待って」
一志『なんで僕達の名前を知ってるんです?』
勝子&一志「『名乗ってないのに』」
堤「このふたりウザいわぁ」
一志『あなたはテレパシーが使えるんですか? 僕達はあなたの名前を知らないのに』
堤「お互いに名前を呼び合ってたでしょう? わたくしには偶々呼んでくださる方がこの場にいないだけで。それにわたくしも、名乗りましたから!」
勝子「一志、失礼よ。え、っと。総支配人さんに」
堤「憶えてないじゃないですか」
勝子「冗談よ」
堤「はい、わたくしの名前は?」
勝子「はい、総支配人さんです」
堤「はい、もう結構です。(勝子の背を押し)出てってください」
一志『冗談ですってば! 筒井さん』
堤「ブー」
勝子「堤下さん!」
堤「ブッブー。てか、なんで余分なもんを付けちゃったんですか?」
一志『筒さん!』
堤「ブッブッブー! なんで一文字端折るんです?」
勝子&一志「『あ! ツツツさん!』」
堤「ウザい! これほどウザいお客様は初めてだ!」
勝子「はい、これであたし達はあなたのお客様よ」
堤「え……」
一志『何か一緒に暮らせる良い案はありませんか? 堤さん』
勝子「なんでもいいんです」
勝子&一志「『お願いします!』」
堤「……なるほど。とんだ茶番に付き合わされたものだ」
勝子「楽しんでたくせに」
一志『勝子。ああでもしないと、ここに来られないと思ったので……』
勝子「騙したことは謝ります」
勝子&一志「『ごめんなさい』」
堤「いいえ。騙される側も、時には悪くないものです」
勝子「一々気取る人ね」
一志『勝子っ……』
堤「言っておきますが、ここはアパートやマンションではありませんし、幽霊と共に生活できる住居をご紹介する不動産会社でもございません」
一志『知ってます。でも、……!』
堤「ここは、ホテル万華鏡。ご宿泊されるお客様のみに、ひと時のお安らぎをご提供させていただく場であり、それがわたくしの務めにございます」
勝子「じゃあ、あたしがここの宿泊費を払い続ける! それでここにずっと泊めてもらえるでしょ?」
堤「いいんですか?」
勝子「いいわよ。素泊まり五千円くらいでしょ?」
堤「ビジネスホテルと一緒にしてもらっては困ります」
勝子「じゃあ、休憩何千円とか?」
堤「ラブホテルでもありませんから!」
勝子「なら、いくらなの? 大丈夫! 貯金はあるんだから」
一志『ごめんよ、勝子に負担ばかりかけさせて……これじゃ、背後霊じゃなくてヒモだよね……』
勝子「何言ってんのよ。元々ヒモでしょ」
一志『うん、そうだね』
堤「そこは頷いちゃいけないでしょう?」
一志『だって、嘘吐いたって生き返れないし』
堤「無駄に正直者なんですねぇ」
勝子「無駄とか言わないで。そこが一志の良いとこなんだから!」
一志『勝子……』
堤「良いところが、無駄の方なのか正直者の方なのか判断し兼ねますが、いいでしょう。そこまであなた方が仰るのでしたら」
勝子「ずっとここにいさせてくれるの?」
堤「ええ、ご宿泊費をお支払いいただけましたら、ずっと」
勝子「やった! 一志!」
堤「ただし、ご宿泊費はあなたの時間です、勝子さん」
勝子「え?」
一志『勝子の時間……?』
堤「はい。勝子さんが今後迎えられるかもしれない、喜びの時間、楽しみの時間、苦しみの時間、哀しみの時間、怒りの時間……ありとあらゆる今後の勝子さんのお時間を、ここで一志さんとのお安らぎのお時間に代えさせていただきます」
勝子「なんだ、そんなこと」
一志『そ、それって、でも、……勝子がこれから何もできないし、感じられないってことでもありますよね?』
勝子「どういうこと?」
堤「おふたりがお望みなられるのは、おふたりのお時間、ですよね?」
勝子「そうよ」
一志『でも勝子! それだと、勝子は何もできないんだよ?』
勝子「だから、どういうこと? あたしは、一志といられるなら、別に何もいらないよ? だって、すべてじゃん。安らぎなんだもん。一志といられる時間が、あたしにとって宿泊費って言われた時間すべてだよ」
一志『それは、僕にとっても、なのかな……』
勝子「え……?」
一志『ずっと思ってた。勝子の時間を拘束してるってことをずっとどっかで後悔してる。だから、こんな風になってまで、……ストーカー幽霊になってまで、勝子の傍にいる』
堤「だから、一志さん。あなたはここへお見えになったんですね」
一志『……はい』
勝子「どういうこと? ねえ、分かんないよ。一志、ちゃんと説明して」
一志『ここは、ホテル万華鏡。ひと時の安らぎの場』
勝子「ひと時って、だからずっと一緒に、……ずっと一緒にいようって、約束したじゃん。破ったの、そっちじゃん……なんで今さらそんなこと言い出すのよ?」
堤「ここに来れば、勝子さんが諦めてくれると思った」
一志『はい』
勝子「諦めるわけ、ないじゃん……むしろ、期待した、期待しちゃったじゃん……ずっと一緒にいられるって、……総支配人さん」
堤「堤です」
勝子「ねえ、どうにかしてよ! ここはホテルでしょ? 宿泊費払ったら、ずっと泊めてくれるんでしょ?」
一志『勝子』
勝子「ねぇ、……ずっと泊めてよ。一志とずっと一緒にいたかったのに……ずっと泊めて、堤さん!」
一志『僕もずっと一緒にいたかった』
勝子「朝起きて、「幽体離脱」って冗談言って、会社遅れそうなのに、目の前に立たれてイライラして、……」
堤「本当にやってたんだ」
一志『毎朝のように』
勝子「帰ってきたら帰ってきたで、ゴロゴロしてて……でも、用意された夕食は悔しいくらいに美味しくてさ……」
堤「お料理はお得意だったんですね」
一志『料理学校に通ってたんです。勝子と店を出すのが夢だった』
勝子「あたしが何のために貯金したと思ってんの? お店のためじゃん……一志が『一緒に店やろうよ』って言ったからじゃん。あたし、何のために今まで働いてきたのよ……?」
一志『これからの勝子のためだよ』
勝子「そんなこと……」
一志『神様は、きっとこうなることを知っていたんだ。うん、きっとそう。だから、……』
勝子「そんな神様、いらないよ……そんな神様、ひどい……」
一志『堤さん』
堤「はい、なんでございましょう? お客様」
一志『一泊だけ、お願いします』
勝子「勝手に決めないで……! 勝手に事故って、勝手に死んじゃって、……」
一志『轢かれそうなる猫をほっておけないよ」
勝子「そんなとこも、まだ好きなのに……勝手にまた……いなくなるんでしょ!」
一志『明日の朝まではずっと一緒にいるよ』
勝子「明日の朝まで……急過ぎるよ……心の準備、させてよ……一志っていっつもそう……」
一志『ごめんね、約束破って』
一志がそっと勝子を抱き締める。
勝子「……うそ。一志の手……一志の腕が、あたしを……」
一志『ここはホテル万華鏡』
堤「最期の、おふたりのお望みを叶えるお手伝いをさせていただきます」
堤が一礼し、正面を向く。
一志と勝子もそれに倣う。
波の音とカモメの鳴き声が聞こえてくる。
一志『最初で最後の、僕達の旅行だ』
堤「当ホテル最高のお部屋でお過ごしください」
堤に連れられ、ふたりは寄り添いながら下手へ。
一志と勝子ははける。
堤だけ、下手に残る。
堤「翌朝、「幽体離脱ごっこ」をされ、恒例の痴話喧嘩をされたおふたりは、勝子様だけ先にホテル万華鏡を出られました。恐らく、もう二度と一志様とお言葉を交わせないことを分かっておいでだったようです。一志様は、勝子様が当ホテルを出られた後、わたくしに一礼し、お姿を消されました。きっとまだ勝子様の背後霊……いや守護霊になられたのでしょう。彼もまた二度と彼女とお言葉を交わされることなく、彼女の生涯を見守られるはず。おふたりは分かっておいでだった。生と死は、隣り合わせで、本来ならば交わることのない時と空間。ホテル万華鏡は、それをほんの少しだけ重ねさせていただくだけ。そう、本当に僅かな時間。それをご必要とされ、心から望まれている方のみ、どなたでもご宿泊いただけます。しかし、今のところ百年先までご予約ナッシングなので、みなさま、あなた様、お早めに。さて、と。今日もひとり、仕事に勤しみますか」
堤、中央のテーブルを拭き出す。
暫くまた、ホテル万華鏡は開店休業状態だろう。
~おわり~