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千の秋桜

作者: vurebis

初めての恋愛小説を書きました。

どうぞよろしくお願いいたします。

感想等頂ければ幸いです。

 放課後の訪れを告げるチャイムが鳴る。帰りのホームルームを終えた教室は、この後の予定を立てる会話で埋め尽くされる。俺はさっさと荷物を片付けリュックサックを背負い、絵具と筆が入ったカバンを持つ。

「じゃ、また明日な」

 先ほどまで話していた山崎に一声かけ出入口に向かう。

「藤崎~。もう部活行くのかよ?」

「コンテスト近いからな」

 来月末、絵画コンテストがある。まだひと月以上時間は残っているが早いところ終わらせた方が楽だろう。

「それ先月から言ってない? 進捗どんなよ」

「それは言うなって……」

 先月の頭から山崎の誘いを断ってはいるが、それからというもの、全く進んでいない。

「今回こそ金賞取るんだもんな。頑張れよ銀賞君」

「サンキュ。また明日」

 教室から出た俺は、階段を一段飛ばしで昇る。

 もしかしたら鼻歌を歌っているのかもしれない。通り過ぎる生徒が何人か僕の方を振り返る。だがそんなことは今の自分にとって関係ない。美術室に到着出来ればそれだけでいい。

 今居る二学年の階からの、いつもなら長く感じる美術室までの時間が、これから始まる夢の様な時間を思うとあっと言う間に感じる。

 美術室の扉の前に立ち一つ咳ばらいをし、ゆっくりと取っ手に手をかける。

「お疲れ様です」

 扉を開ける。視界に長机を教室の後ろに下げ作られたスペースに一塊に集まる五人の女子生徒を捉える。そのなかでも視界の中心に入れたのは艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、制服のセーラー服を正しく着こなす加藤(かとう)千秋(ちあき)部長だ。

「お疲れ様」

 中心にいた加藤部長が僕の方を向いてくれる。それに合わせて他の女子部員も僕に声をかける。部長にとってはいつも通りの光景だろう。だが僕にとっては特別だ。

「今日もコンテストの作品を描くの?」

「はい。早めに仕上げた方が楽かなって」

「そっか。私も早めに仕上げないとなぁ……」

 一通り部長と話した時、教卓に置かれた置時計のタイマーが鳴る。

「おっと」

 時計に目を向けた部長は小走りで教卓に向かう。タイマーを止め、くるっと一回転し、部員の方を向いた部長は、二回手を叩く。

「はーい、部会始めまーす」

 部長は部員に確認事項を伝達する。

「まずは来月末の風景画コンテスト! これに参加するのは私と藤崎君だけで良かったよね?」

 はーい。と一同が返事をする。

「おっけ。先生に伝えておきまーす」

 コンテストに応募するのは、僕と部長だけ。それだけでちょっと嬉しくなる。

「はい次っ。来週からの活動の事なんだけど……」

 それからの部会はいつも通り。人物画を書いてみようだとか、文化祭の展示だとかの話題。

 聞き流しながらカバンから道具を広げる。他の部員たちが遊び始める前に自分のテリトリーを作らないとすぐに美術部以外の生徒が入ってくるからだ。

 美術の教師が非常勤講師であるため、顧問が居ない日はよく生徒のたまり場になる。特に気にする部員もいなく、僕もその一人だ。

 今もこうして何人かが入って話をしている。

「よし、少しは進めないとな……」

 下書きをしただけの真っ白なキャンバスに向かい鉛筆を走らす。

 河原の土手をメインに置いた風景を描くことに決め、学校の裏に流れる川まで足を運び、写真も撮ってきたが進まない。

「うーん。風景は出来てるんだけどなぁ……」

 キャンバスから少し顔を覗かせ、部員と話す部長をチラッと見る。すぐに視線を外し、キャンバスに視線を戻す。

 中心に何回も消しゴムで消した跡が残っている。そこには人を一人描く予定だ。その人物をどうしようかと悩んでなかなか色を付けれずにいる。

 いっそのこと、色を塗ってしまえば早いのだろうが、それすらも出来ずにいる自分にここ最近は苛立ち始めてすらいる。

 もしかしたらこのままコンテストまでに描き上げることが出来ないのではないだろうが。出来ませんでしたなんて言ったら、部長はどんな顔をしてしまうだろうか。

 漠然とした焦りが心に募っていく感覚になってしまう。

「まだ一カ月あるんだし、そんな難しい顔しなくていいんじゃない?」

「うわぁ! 部長⁉」

全く気づかなかった。キャンバス越しに顔を覗かせる部長はニコニコと眩しい笑顔をこちらに向ける。

部長という立場を排除しても加藤千秋という人はこうやって周りの人に気を配り過ぎるのだ。それが僕にとってはとても魅力的で、構われる度に体温が上がる様な気がする。

おそらく今も友達との会話を切り上げて僕の元に来てくれたのであろう。部長の後ろではまだ女子部員の会話が続いている。

「部長こそ描かなくていいんですか。僕もですけど、部長のキャンバスも真っ白ですよ」

どうしてこんな事しか言えないのだろう。自分でもこんな後輩は嫌な奴だと思いながら、部長の視界から逃げる様にキャンバスに身を隠す。

「私は今年で最後だから思い出みたいなものだし、いいの」

秋に控えたコンテストと同じく十月末に控えた文化祭を最後に部長を含めた三年生は引退をする。勿論、その後も美術室に来ることはあるだろうが、こうして同じ時間を共有する機会は減るだろう。

「コンテストっていうよりは文化祭の展示用ってことですか」

「そんな感じかなぁ。私の絵、そんなに上手くないしね。あはは」

 そんな事ないと言いたかったが、僕は黙ってしまった。

 部長の絵はそのまま部長を映し出した様な明るく、素敵な絵だと言いたかった。

 だが数回コンテストで賞を取っている僕が言うのは、上から言うようで嫌味なのではないかとか、年下の僕が言うようなことではないと考えてしまう。

「隣行っていい?」

 目線を落とし、握った鉛筆を見つめる僕に部長は明るく声をかける。

「は、はい」

「私、藤崎君の絵すごく良くなると思うんだ。まだ真っ白だけどそんな気がする」

 部長は椅子を持って僕の隣に置き、キャンバスを置く。

「藤崎君は河原の絵描くんだよね」

「はい。部長は何を書くんです?」

 目線を合わせずお互いに鉛筆を走らせる。

「私は校舎の絵を描くよ。思い出になるかなーって」

「いいですね。とても部長らしいです」

 鉛筆が擦れる音が不規則なタイミングで響く。周りの話し声も聞こえなくなり、二人だけの空間が広がる。

 気が付くと時刻は六時を迎え教卓のタイマーがまた鳴り響く。

「もうこんな時間。はーいみんな集合、片付けてー」

 外はオレンジ色に染まり、カラスの鳴き声が聞こえる。

「明日は土曜だからいつも通り来たい人は朝の十時から来てね。じゃあ、お疲れ様!」

 部長の掛け声で各々が帰りの準備を進め、美術室から出る。戸締りを任せられている部長は帰る部員に手を振り見送っている。画材とキャンバスを片付けた僕もそれに続き廊下に出る。

「あ、藤崎君」

 振り返って「お疲れ様でした」と言おうとしたところで部長から声をかけられる。心臓が一瞬縮んだように緊張する。

「は、はい!」

 あまりの緊張で裏声になってしまうがそんな事を気にしている暇は僕には無かった。

「無理しすぎないでね。今年こそ金賞取るつもりなんでしょ? 私は応援しかできないからさ」

 そういって僕の肩を叩く部長は弱々しく笑っていた。

 初めて見た部長の表情に冷水を頭から浴びせられた様に冷や汗をかいた。

「部長……」

「ごめん、ごめん。気にしないで! 気を付けて帰ってね」

「僕は大丈夫ですよ。部長こそ無理は駄目ですよ」

 軽く会釈をし帰路に就いた。


 家に帰り夕ご飯を食べ自室のベッドに寝転がる。

(部長、あの時どうしたかったんだろ……)

 いつもならば風呂に入り授業の予習をしている時間だが、頭の中は部長の事を考えて離れない。

 自分の事をどう思っているか知りたくてたまらないのだ。今日、自分を呼び止めたのは只々心配だったからなのか、それとも……。

「いやいや、考えすぎだって……ばかばかしいなぁ」

 ガバっとベットから起き上がり部屋から出る。

(ゆう)(すけ)、お風呂?」

 台所で食器を洗っている母が部屋から出た僕を見るなり声をかける。

「うん」

「今日は遅いのね」

「ちょっと……考え事」

 短く会話を終え風呂に入る。湯船につかる前にシャワーで頭と体を洗う。いつもより熱く設定したお湯はヒリヒリして痛かったが、冷静じゃない今の頭は冴えてきた。

「明日、行こうかな」

 普段、休日には学校に行かないが、より早く絵を仕上げ、部長の心配事を無くしたい。

 しかし、絵が完成したら部長との時間は無くなる。今は同じ目標があるから共有できている時間も、目標が無くなると共に消えてしまう。

「はぁ、なんだよこれ……」

 初めてこんな感情を知った。よく映画やドラマで聞くが、こんなにも自分の感情が気持ち悪く感じるとは思わなかった。きっと叶わないと思う自分と、あわよくば……なんて考えてしまう自分もいる。

「出よう……」

 お湯の温度も相まって見事にのぼせてしまった。

「はぁ……」

 溜息の回数も増えたように感じる。クラクラする頭をおさえて部屋にこもる。

 今日は早く寝てしまおう。そう思い部屋の電気を消し、ベッドの上に転がり込んだ。


 人気の全くない廊下を歩き美術部にたどり着いた。休日に登校するのは初めてではないが、何か悪いことをしているような錯覚に陥る。

 取っ手に指をかけ美術室の扉を開けようとした時、中から男女の話し声が聞こえた。

「千秋はコンテスト出すの?」

「はい! 出そうと思っていますが、リュウジさんの様には書けませんね、あはは」

「そうか? 千秋の絵は素敵だと思うんだけどなぁ。まるで千秋をそのまま描いたみたいだし」

 くぐもって聞こえた会話はリュウジと呼ばれた男と部長の会話だった。口調や会話の雰囲気で二人が仲の良い関係だと伺い知れる。

 まだ室内では会話は続いており時折笑い声も聞こえてくる。

「…………はぁ」

 なぜか教室に入る気にならなかった。取っ手に触れる指をだらりと落とすと自然とため息がこぼれた。

 もちろん室内に入ることも出来た。だが出来なかった。僕が昨日言えなかったことを平然と、当たり前かの様に言うリュウジに僕は嫉妬し、走って学校から飛び出した。

「なんだよ、なんだよっ、なんだよっ!」

 走り疲れ、河原の土手で膝に手を当て、息を切らしながら叫んだ。

 なぜか部長に裏切られた気がした。昨日見せてくれたあの顔は何だったのか。僕の知らない部長が居ることが許せない。知っているリュウジが妬ましい。

 何より、こんなことを思ってしまう自分が一番醜く感じる。

 誰の物でもない部長を勝手に、昨日の弱々しい表情を見ただけで自分の物だと勘違いし、あまつさえ裏切られたと感じている自分が恥ずかしい。

「帰ろう……」

 顔を上げ歩き出す。土手の坂を下りた先の河原では親子がボールを投げて遊んでいる。幸せそうなよく見る光景も今の自分には妬ましく感じる。

 家に帰ったが何もする気分にならなかったので、一日中寝て過ごした。


「今日も部活?」

 ホームルームが終わり下校のチャイムが鳴る。鞄を背負った山崎がいつも通り声をかけてくる。

「今日は行かない」

 一日経てばいつもの調子に戻るかと思ったがそういうことも無かった。今は部活に行きたくない。

「お? マジか、この後遊ばね? 新しいゲーム買ったんだ」

 よく毎日声をかけれるものだと、今までは感心すらしていたが、これ以上ない救いに思えた。

「行く」

 山崎の誘いに乗り、山崎の家でゲームをすることにした。

「これこれ、お前が好きなシリーズだったろ? お前ん家でやった時面白くてさ、俺も買っちゃったよ」

 自信満々の山崎が出したのは最近発売された僕の好きなシリーズの最新作だった。

「買ったのかよ」

 まるで自分が作りました。と言わんばかりにパッケージを掲げた山崎は「早速やんぞ」とディスクをゲーム機に挿入した。

「死んだら交代な」

 意気揚々とコントローラーを操作する山崎は床に胡坐をかいてゲームを進める。僕はベッドに座りゲームの様子を見る。

 数回交代し、数体のボスを倒し終えた頃、山崎はゲームを操作しながら僕に聞いた。

「なんかさ、今日の藤崎元気なくね?」

 テレビ画面を見たまま話す山崎に「そんなことないよ」と返すが、山崎は。

「絶っ対に変だ。先月辺りから俺の誘いは断るし、今日は特に変だ。いつもはクールって感じなのに今日は根暗~って感じ」

 少し聞き逃せない箇所もあったが嘘を貫き通すにはこれ以上は無理がありそうだ。

「山崎はそういうところだけ鋭いよな」

 お返しに少しからかう。

「だけってなんだよ」

「褒めてんだよ」

「で、どうしたのよ」

 山崎の声のトーンが一つ下がる。僕は観念して溜息を吐いた。

「例えばさ……」

「うん」

「好きな女の子がいたとして、その人が自分にだけにしか見せない顔を見せてくれたら、山崎はどう思う?」

 我ながら下手な相談の仕方だと言い終わった頃思った。これだと好きな人が居ると言っているようなものではないか。

「なるほどね~。俺なら、告っちゃうかもなぁ」

「簡単に言うなよな……」

 大きくため息をついて肩を落とす。

「そんだけ?」

 ゲームを止めた山崎がこちらを向く。今こちらを向かれるのは無性に恥ずかしい。

「こっちを向くな。話さないぞ」

 山崎の頭をガシっと両手でつかみ無理やり目線をテレビ画面に向ける。

「分かったからそれ止めて? 俺が悪かったって」

 ヘラヘラ笑いながら山崎はゲームを再開する。

「ほんとに反省してんのかよ」

「してまーす。っぶね! 死にところだった……死んだら尋問出来ないからな……」

 右手を挙げ返事をした山崎は、急いで操作を始める。

「お前が反省するわけないよなぁ……」

 ついつい笑みがこぼれる。足を組みなおし俺は続ける。

「その好きな女の子がさ、知らない男と話しているのを見たらどうする?」

 これも下手な聞き方だがもう手遅れだろう。

「うわぁ、それはしんどいな……俺は聞いちゃうかもな。その人誰って」

「デリカシー無しかよ」

「つまりお前が好きな部長さんが、知らない男と話しているところを見ちまったってことか」

「なんで知ってんだよ⁉」

 山崎の言葉を聞くなり立ち上がった僕は、山崎の肩を掴み揺さぶる。

「なんでって隠してたつもりなんか……分かりやす過ぎるって」

 大笑いをし、掴んだ肩を上下に揺らす山崎。僕は更に顔が熱くなる。

「顔! 顔真っ赤じゃん」

 俺の方を向いた山崎は驚きの声をあげる。

「とりあえず飲んで落ち着いて」

 山崎から渡された麦茶を飲み干し僕はベッドに座る。

「土曜に見ちまったの?」

 ゆっくりと問う山崎に頷くことでしか答えられない。

「声はかけたの?」

 首を横に振る。

「だから今日は部活に行きたくなかったのか」

 頷く。

「どう思ったよ」

「……すごく、嫉妬した」

「そっかー」

 山崎も一口麦茶を飲む。

「そう思ってる俺が一番嫌だ。初めてこんなに人を好きになったから、どうしていいか分かんない」

 もう言葉を止めることは出来なかった。

「どうしたい?」

「それは……」

「付き合いたい? それとも好きなだけで終わりたい?」

「終わりたくはない」

「じゃあ、告白するしかないな」

 告白。山崎は簡単に言うが、したことも無い告白をどのようにすればいいのだろうか。

「どうやって」

「そりゃあ、お前らしくだよ」

「俺らしく……」

 これ以上は俺から聞いてもなんも無いぞと山崎が言う。一つ頷いて、その日は遅くまでゲームをした。


 十月三十日。文化祭を明日に控えた美術室は慌ただしく活動をしている。

「みんなの絵は三年A組に展示するから各自持って行ってね!」

 自分の作品を持ちながら部長は皆に呼びかける。「今日は作業だから」といつもはそのまま下ろしている長髪を一束に結っている。冬服になり、黒になったセーラー服によく映えるその髪を忙しなく左右に揺らす部長を見ながら僕は黙々とキャンバスに筆を走らせる。

 山崎の家での一件から何かが吹っ切れた僕は、ひたすらに絵を仕上げにかかった。下書きの状態だった河原は、無数のピンクや紫の花が一輪一輪丁寧に描かれ、咲き誇っている。今塗っている箇所を仕上げればほとんど完成する。この花を描くためだけに一カ月かかった。

 ただ、中心は白いままだ。今日このタイミングで、この箇所に人を一人描く予定なのだが、

ようやくその時が来た。

「藤崎君、終わりそう? 今日は先生の許可とって遅くまで居れるようにしてるから、ゆっくり描いていいからね」

 数人の部員を連れた部長が僕の方を見る。

「ありがとうございます。今日中には描けるので、描けたら持っていきます」

「わかった! 先に行ってるね。みんな付いてきてー」

 部員は部長の指示に従い美術室から出ていく。残ったのは僕一人。フーっと力強く息を吐いた僕は筆を強く握った。

 時間は短い。下書きも無い。上手く描ける保証なんて一つも無いが僕は迷うことなく筆を叩きつける。

 描く人物はもうずっと前に決めた。今まで描かなかったのはこの瞬間、一人で部長に見られずに描くため。まだリュウジについては聞けていない。でも僕の想いは日に日に大きくなるばかりだった。山崎と話す前まではこれを鬱陶しいとまで思ったが今ではとても心地よい。この想いのおかげで今この絵に命を吹き込んでいるのだから。

「よし、体は描けた。あとは……」

 すらりと細身の体に黒のセーラー服を着た女子高生が中心には描かれている。しかしこのままではこれが誰なのかは分からない。

 僕は筆に黒の絵具を付けると一気に描き上げる。

「……完成した」

 一体どのくらいの時間が経っただろう。部長が出て行ってから明らかに外が薄暗くなっている。

「早く持って行かないと……」

 僕は出来たての絵を抱え、三年A組へと走った。

「部長、お待たせしました……って他の皆さんは?」

 僕が駆け込んだ教室には部長が一人、展示の最終チェックを行っていた。

「あ、藤崎君。描けたんだね! みんなはもう帰ったよ」

 ニコっと笑いこちらに手を振る部長。内心ズルいなぁと思いながら部長に駆け寄る。

「これです。僕の作品」

「よし、じゃああそこに飾ってくれるかな」

 部長は壁を指差す。キャンバス一個分の隙間が空いている。隣には校舎の前で笑う数人の生徒の絵が飾ってある。

「分かりました」

 僕は近くにあった脚立に昇り、絵を引っかけた。

「よし! これで全作品が揃ったね」

 指を組み伸びをする部長。僕は脚立から降り部長のもとに向かう。

「すみません。こんなに待たせて」

「いいのいいの。じゃあ、私たちも帰ろうか」

 荷物を持ち教室から出ていこうとする部長を僕は引き留めた。

「部長! ちょっとお話いいですか」

 こちらに向き少し驚いたような表情をする部長。

「藤崎君、なに?」

 喉が渇いてくる。それなのに汗は止まらず、鼓動は早く鳴り続ける。

「ぶ、部長、迷惑かもしれないですけど……部長が好きですっ! リュウジさんとお付き合いしているのは知っているんですがどうしても伝えたくて……好きです!」

 僕は大きく頭を下げる。

「え……」

 部長は困っているように声をあげる。やっぱり迷惑だっただろうか。

「ふふ……あははははは‼」

「え⁉」

 突然部長は大笑いしだした。

「藤崎君、勘違いしてるよ。リュウジさんはこの部活のOBで、たまに様子を見に来てるだけだよ。あはははは」

 部長はまだ笑い続ける。

「え……ってことは……」

 ゆっくりと顔を上げ部長の方を見る。

「もちろん、こちらこそよろしくお願いします」

 部長は手を握ってくれた。僕の想いは部長に届いた。その瞬間、僕の目からは涙が溢れていた。


「この絵の人、私でしょ」

 ひとしきり泣いた僕は部長と手を繋いだまま僕の絵を見ている。

「はい。どうしても僕なりの告白がしたくて……泣いちゃいましたけど」

「すっごく嬉しいよ」

「この絵のタイトルは?」

 部長はこちらを向いて問う。部長の瞳って少し茶色なんだな……っと、ふと思ってしまう。

「この絵のタイトルは……」

 ぎゅっと僕の手を握る力が強くなる。


「『千の秋桜(コスモス)』です」


終わり



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― 新着の感想 ―
[良い点] 季節にあった良い作品ですね。 爽やか〜。
2020/10/12 19:00 退会済み
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