3話 万能錬成スキル
魔法道具屋を出た俺は、自分が借りてる部屋へと戻っていた。
深夜だし、他の住人に気を使いながら静かに階段を上がって行く。
それでもギィギィと軋むボロ階段をゆっくり進んで、自分の部屋にたどり着いた。
「はぁ〜……」
ベッドの上に腰掛けて、ようやく一息つけた感じがする。
パーティを解雇された俺が稼ぐ方法を、これから考えないとダメなんだよな。
そこそこの貯蓄はあるけど、ここの家賃とか食費の事を考えたら気が重い。
俺が解雇された事は、もう他のパーティにも知れ渡ってるだろう。
この業界は信頼関係で成り立っているから、そんなに簡単には他のパーティが見つかるとは思わない。
「もう故郷の実家に戻るしかないのかなぁ……」
と言っても何年も音信不通にしてるし、いきなり帰っても両親が俺を受け入れてくれる可能性は低い。
仮に受け入れてくれたとしても、弟夫婦と住んでるはずだから、俺の居場所なんて無いし。
考えるだけ無駄か。
余計に悩んでしまいそうだし……お姉さんに貰った本でも読んで気を紛らわそう。
懐から本を取り出して、ランプの灯りの下で開いてみた。
『錬金術における禁断の書。心して開けるべし』
「なんだ、こりゃ?」
錬金術師における禁断の書?
なんて仰々しいんだよ、この煽りは。
ただの本の割には、ずいぶんと生意気だな。
「他のページも見てみるか。ま、どうせ大した事は無いと思うがな」
ペラリと一枚、ページをめくる。
なんか殴り書きの汚くて読みにくい文字があるな。
なになに……
『これは悪魔の書だ! 今すぐ閉じろ!』
はははは。
お、大袈裟だなぁ。
こ、こんなの書かれても、ビ、ビビる俺じゃない。
「次だ次ぃ!」
声を殺して俺は小声で叫んだ。
夜中の大声出すのは近所迷惑だからな。
また一枚、ページをめくった俺は、そこに書かれていた内容に驚愕する。
「おいおいおい……なんだよ、こりゃあ!?」
この世界にある既知の素材名が幾つか書かれているが、問題はそこじゃない。
今まで見たことも聞いたことも無い調合方法と、薬の効能の説明が書かれている。
俺は慌てて他のページもめくるが、どのページの内容は現存するどの書物にも載っていない内容ばかり。
こんなのがあったと知れたら、魔道士や錬金術師の学会が大混乱どころじゃ済まない。
こんなの持ってたら、正直命が幾つあっても足りないくらい危険な書物だって俺でも分かる。
俺は本を閉じてベッドの上に慌てて放り投げた。
「……まさしく悪魔の書だな。こりゃ……うん?」
しばらく俺は本をじっと見つめていたが、裏表紙に文字が浮かび上がってる事に気づいた。
道具屋で見たときには、そんな物は無かったはずなんだが……
再び本を手にした俺は、裏表紙の文字に目を通す。
『指輪を嵌めし者に知識と栄誉を』
知識と栄誉……?
「それと指輪ってこれか……?」
俺の人差し指にある指輪に視線をやった。
何処にでもある普通の指輪だ。
俺は裏表紙から本をめくった。
逆からも読めるような仕様になってるなんて、この著者はずいぶんと捻くれた人物だな。
ざっと一通り読み終えるとだいたい理解できた。
この本の知識と指輪が有れば、素材や調合なんかせずに錬成できるって書かれている。
えーっと、つまり何も無い空間から調合済みの物を錬成できるって事……?
ふむ……やってみる価値はある。
冒険者的探究心ってやつが俺の心でムクムクと湧いてきやがった。
開けたページに書かれている内容を確認する。
そして頭の中でイメージを浮かべた次の瞬間だった。
何の前触れも無く、いきなりボトリとベッドの上に小さな物体が落ちてきた。
「……マジかよ……」
そこにあったのは、小さくて丸い錠剤。
俺が見たページには、【速度上昇薬・効果は一時間程度】と書かれている。
これがそれなんだ言うのか……?
「ほ、他のページ! 他のページは何があるんだ!?」
俺は本を端から端まで、夢中で読み漁った。
一ページ毎に書かれている内容に驚きながらも、俺は一気に本を読んだ。
窓の外が明るくなっていた事に気づいた俺は、読み終えた満足感いっぱいで本を閉じた。
この本に書かれている内容って、今学会で発表されている内容とも既知の知識とも全く違うものだ。
どんな偉い錬金術師や魔道士でも知らない内容だろうな。
それだけじゃない指輪と本の秘密まで書かれていた。
――ちりーん
小さな鈴の音が聞こえた。
これって確か、冒険者カードの更新を知らせる音だっけか。
右のポケットからカードを取り出すと、今まで無かった項目が追加されていた。
冒険者ランク:S
冒険者レベル:C
装備アイテム:賢者の指輪
保有スキル:万能錬成術
「な、なんだ、こりゃあ!?」
指輪に万能錬金術?
聞いたことも見たこともない項目が追加されてるじゃないか。
驚いた俺は、近所の迷惑なんて考えずに大声で叫んでいた。