タクシードライバー横尾の東京の怪しい夜1
東京ほど怪しい街はない。
深夜に仕事をするタクシードライバーにとっては
なおさらである。
シナリオ的に書いています。
小松川の老人
その老人は財布を広げて見せて、好きなだ
け取ってくれと言った。財布には数千円と小
銭が見えた。2月の寒い夜だ。2時もすぎた
かというところで、老人が乗せてくれと言う
のだ。タクシードライバーの横尾は自動販売
機で熱い缶コーヒーを買い車内で飲んでひと
ごこちついたところであった。
「もう、営業終了だ。帰るところだ」
横尾はそう言った。
「頼むよ。歩くわけにもいかない。寒いし」
「余分に払うから」
むろん、横尾は最初から乗せるつもりだっ
た。そこは、江戸川区の一の江の辺りで古い
町工場と住宅と商店が混在しているような地
域で近場の地下鉄の駅へもバスに乗らなけれ
ばならない。ましてや、深夜に交通手段があ
るわけもなく、乗せるほかないのだった。
「小松川2丁目」
老人は少し酒が入っているようだった。横
尾は冷え性で、車内は暖房がきいている。老
人は「あったかいね。たすかるね」と言った。
細かい道は分からない旨告げると。任せると
言った。タクシードライバーの横尾は勘で車
を走らせ、ある深夜営業のラーメン屋の前を
過ぎたところで停車した。
「ばあさんがこないだ、亡くなったんだ」
大した距離はなかったが、老人は語った。
「長男の嫁が看ていたんだ。嫁は出て行って
しまった。しょうがないから、デイサービス
とヘルパーさんでなんとかやっていたんだが、
去年の暮れに肺炎で逝ったんだ。俺には良く
してくれた嫁だったが、まさか、ばあさんの
面倒まで看るとはおもわなんだろう」
「千円一枚貰いますよ」
横尾は老人の財布から千円札一枚取り、後
部座席のドアを開けた。スーッと、老人は消
えた。ドアから外へ出て行ったのは影のよう
なものだった。横尾は車外へ飛び出した。目
を凝らして老人の姿を追ったが、見当たらな
い。人影はない。街路樹の柳の葉が風に揺れ
ている。その合間に、ラーメン屋の赤いテン
ト状のヒサシが揺れて見えた。横尾はブルッ
と震えて、運転席に戻った。そこには、老人
の財布が残っていた。
大森の姉
第一京浜を大森から川崎方面に行くと大森
警察署の手前を左に分かれて産業道路方向へ
行ったところでその女は降りた。黒髪の長い
女で白いトップスと黒いパンツの社会人とし
てはまだ、2,3年の営業か販売系の仕事か
とタクシードライバーの横尾は勝手に勘ぐっ
ていた。降りるときの、黒いパンツの白いス
トライプの尻の曲線がたまらなかった。
何組か短距離の客を乗せたとき客の一人が
携帯が落ちてるよと声を上げた。それは、デ
コって、盛ってある白いスマートフォンだっ
た。7月、夏が始まろうとしていた。先ほど
大森で降ろした、魅力的なあの女が銀色のバ
ッグを抱えた手に持っていたものだ。女は酔
っていた。まだ、夕方になる前だというのに
北品川付近で乗り込んで来た時に、もたれこ
むように運転席の裏へ倒れた。タクシードラ
イバーの横尾は大丈夫ですかと声をかけた。
「大森へ行って」
女は黒くて長い髪で顔の半分は分からなか
ったが、少し切れ長の左目が印象的で、白い
トップスはYシャツというのかブラウスとい
うのか横尾には分らなかったが、大きくはち
切れそうな胸が色っぽくてまぶしく思えた。
そして、黒いパンツの尻の曲線が...。そ
んなわけで携帯を落としていったことに気が
つかなかったのだ。
忘れ物は営業終了時に営業所に持ち帰り届
け出るのが決まりなので、運転席の物入れに
置いていた。しばらくして、そのスマホが鳴
った。タクシードライバーの横尾はスマホの
操作がこの時点では分らなかったが、何とか
電話に出る事ができた。意外にも電話をかけ
てきたのは男だった。スマートフォンを持っ
てきてもらいたいとの事だった。女を降ろし
た場所で待ち合わせをした。
その若い男は好青年という印象だった。女
を降ろした道路の反対側に7,8階建ての賃
貸用と思われるワンルームマンションが建っ
ている。好青年はそこから出てきた。横尾は
スマートフォンを渡した。電話番号を知って
いてかけて来るのだから間違いはないだろう。
「弟です」
好青年はそう言った。お姉さんは酔ってい
たようですねと横尾は言った。すでに日は落
ちて薄暗くなってきていた。
「姉は、中毒なんです。ずーと」
横尾はそれ以上姉のことを聞いてはいけな
いような気がして言葉をためらった。ふと、
見上げると、あのワンルームマンションの7,
8階のべランダから一羽の黒くて大きなカラ
スが横尾目指して飛んでくるではないか。そ
のカラスの左目は切れ長のまさにあの女の目
だ。何かしらの気配を感じて、好青年の弟が
振り返ったとき、あの女の左目をした黒くて
大きなカラスは踵を返してどこかへ飛び去っ
た。悲鳴のような、ため息のような、嗚呼ー
という鳴き声が聞こえた。翼には一筋の白い
羽があった。呆然と立ち尽くすタクシードラ
イバーの横尾に好青年の弟はお礼ですと言っ
て缶コーヒーを一つ渡した。横尾は礼を言う
のも忘れてあのワンルームマンションのべラ
ンダを見ていた。先ほどまで暗かったのに今
はぼんやりとした明かりがついている。おそ
らく、横尾はあの女の姿を探しているのであ
る。
別紙
著者紹介
・静岡県在住
・氏名:小堀 マサユキ(コボリ マサユキ) 及び、
小堀 ユウコ(コボリ ユウコ)
・年齢:不詳
・職業:システムエンジニア 及び、専業主婦
・電話番号:080-5407-5805
・Eメールアドレス:スマホ,kokokom0092@gmail.com
PC, kokoko092@gmail.com
※連絡はスマホメール優先でお願い申しあげます。