馬鹿な貴方をこんなにも愛してしまった
悪役令嬢は傾国の美女。
王国の聖誕祭前日の舞踏会。
キラキラと綺麗な色の花が舞い、冷たい雪空を優しく溶かすこの季節に、我が国にも都市伝説のような出来事がやって来た。
「――ロレリーザ・メール・ナハート公爵令嬢! 貴殿との婚約を破棄させてもらう!!」
突然始まった罵詈雑言に、わたくしはあらあらと首を傾げる。
如何にも偉そうなポーズで此方を睨みつけているのはこの国の王太子、リカルド様。
フルネームは長くて面倒くさいので省略する。確かラ行が5、6個はあった気がするけれど、いつも殿下で押し通しているから覚えてなくても問題ないのよね。
それにしてもこのばk……金髪王子は何をしているのかしら?
わたくしの婚約者にもかかわらず王国の聖誕祭にエスコートにもこなかったもの。 不測の事態でも起こったのかと思ったら、こんなことをしているとは驚いたわ。
やはり彼の思考だけはいつも読めないのよね。そこが面白いのだけど。
殿下の礼服、白の色彩に金の鷲の刺繍のしてあるジャケットの裾を健気に握りしめているのは、一人の少女。
殿下の周りの女性にあんな方居なかったと思うのだけど、記憶違いかしら?――あぁ、この子、ウォルト男爵の娘じゃない。確か、男爵が先日不祥事が見つかって地方へと飛ばされるって騒いでいたわね。童話に出てくるピンク色のウサギのような可愛らしい小動物を思わせる方だわ。
わたくしから寝取るなんていい度胸してると思ったら、何故か青くなってふるふると顔を振っている。
大事になったのを今更恐れているのかしらね? 目が合ったとたんに顔を土器色にしないでくださいませ?
わたくしいま、とても笑顔ですことよ。
そう考えている間にも彼の話は進んでいく。
何を言っているのか要領を得ないが、無駄に貴族界で磨かれてきた語彙力と言い回しにより、周りの反応が少しずつこの男よりになってきているっぽい。
ふわぁ、とあくびが出そうになるのを扇を広げてごまかすと、その男はビシ! と効果音が出そうなポーズでわたくしを指差し「――よって、貴殿との婚約を……」と追い出そうとした。
周りの目が鋭くなっていく中、扇を少し強めに閉じて、わたくしは殿下の御言葉を遮る。タイミングを見計らったわけではないが、自然と会場の視線はわたくしに集まってしまったようで。……頃合いかしらね?
「まぁ、そんなに見られると恥ずかしいですわ」
含み笑いをし、ゆっくりと殿下に近づく。どうしようかしらと考えているといつの間にか殿下まであと3歩、という距離まで来ていた。
迷わず進む。
アリアナ嬢がご親切に怯えるように一歩下がって下さったから、殿下は慌てふためいていらっしゃるわ。
2歩。
それにしてもまあ、びっくりするほどに音がないのね。わたくしのヒールの音だけがコツンコツンと響いているもの。騎士様も殿下を守ろうという気概はないのかしら? 小娘一人に怯えるようじゃまだまだね?
1歩。
仰け反った殿下の心臓に、軽く、しかし確実に仕留めるように人差し指を置く。ふわりと意識を奪うような甘い香りを漂わせ、耳元に口ずさんだ。
ああ、自然と甘い声になってしまう。
「リカルド様、お遊びは終わりですわ。御出でなさい?」
貴方の恋人は一人で十分でしょう?
こくん、と赤い耳で頷く殿下、かわいいわ。
「皆様お騒がせいたしました。今宵はまだまだ長いものですわ。どうぞ存分にお楽しみくださいませ」
***
「殿下、何故あんな事したんですの?」
「……それは」
「あの子――アリアナ嬢は即席の『ヒロイン』でしょう? そんなことしてわたくしの愛を確かめずとも――わたくしは、ずっと前から、貴方を愛してるのに」
「――っ」
あら可愛いと笑い、彼女はひらりと蝶のように過ぎ去っていった。常闇の蝶達は美しく、そしていずれも男を狂わしていく。なのに、なのに。
「俺は、何故あいつのことをっ……――」
蝶は笑い、舞うように美しく彼を惑わしていった。
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