ショートケーキ、いちご抜きで!
「らっしゃーせー」
気の抜けた声がこの商店街には良く似合う。
数年前に大型ショッピングモールが市内に出来てから、あっという間に廃れてしまった。まあ、廃れたおかげであたしなんかが働く隙が生まれたのだが…。
大学生(仮)になったのは、大学の教授をぶん殴ったからだ。
教員志望だった当時のあたしは、いわゆるトガった人で、大学で一際浮いていた。例えば講義中も、納得出来ないことがあればすぐに意見し、時間もお構い無しに討論しあった。今思えば、討論と思っていたのはあたしの方だけだったようだが。
「くるみクンは協調性に欠けるねえ。」
「自分を持つことはいけないことなんでしょうか?」
「そうではないよ?キミは周りに合わせることを覚えなければならないということだ。」
「はあ」
「講義中、キミが私語を慎まないことで他の学生がどれだけ損を被っているか考えられるかい?」
「私語をしているつもりはないのですが。」
「強情だなあ。それでも教員志望なのかい?やめた方がいい。」
「何故強情だとやめた方がいいのでしょうか?」
「少しは自分で考えたまえ。まあキミが教員などなれるはずもないが。」
気づいた時には教授をぶん殴っていた。因果応報の拳。今まで脳内では何度もぶん殴っていたのだが、現実だと比べ物にならないくらいスカッとした。
それから謹慎、そして休学。今に至る。
中学校が近いせいで、登校する中学生とすれ違い、死にたくなる。そんな毎日。
そう、人間のクズなのです。
普通の人間は嫌いなやつを殴ったりしないのだ。綺麗に並んだケーキたちと、ショーケースに映る金髪つり目の自分を見比べながら思った。
「お嬢さん、これ一つ。」
「ん、あ、はい。」
突然の来客に少し戸惑った。ああ、もう夕方か。夕方はケーキ屋が1番賑わう時間だ。賑わうといっても両手で数え切れるほどの人数だが。
モンブランとフィナンシェを丁寧に梱包する。
「あざーしたー」
次のお客さんはお姉さん。珍しい。
こんな寂れたケーキ屋に来るのは近くに住む老人か、おばさんばかりなので少し驚いた。
「どれになさいますか?」
「このショートケーキ一つ。」
「かしこまりました。少々お待ち下さい。」
また丁寧に梱包する。このお姉さんは、なぜショートケーキ一つだけ買いに来たのだろうか。ぼんやりと考えた。
「お待たせ致しました。」
「ありがとう。」
お姉さんは整った顔のままにこりと笑って、ケーキを受け取った。女ながらに少しどきりとした。
「あざーしたー」
その数分後、厄介な客が現れた。
鮮魚店の親父だ。こいつは近所で有名な乱暴者である。慎重に対応しなければ。
「どれになさいますか?」
「これ一つくれや。」
「これ…といいますと?」
「これに決まっちょるがや!」
あかん、もうキレそうや。我慢我慢。
「すみません、こちらからよく見えないもので。木苺のタルトですか?」
「そうや、はよせい!」
「はい、少々お待ち下さい。」
よし、何とかなりそうだ。
「おい、これもおまけしてくれや」
「はい?そちらは300円になりますが。」
「ええやないか。ほれ。」
「ダメです。」
「ああ?」
まずい、このままだと因果応報の拳が炸裂してしまう。
その時
「おじさん、お金ないの?」
親父の後ろから現れたのは、さっきの綺麗なお姉さん。
「か、金がないわけじゃ…」
「じゃあ、払えるよね」
さっきの笑顔とは違い、緊張感のある笑みに気圧されて、親父はいそいそと去っていった。おーい、タルト置いてってるぞー。
「ありがとうございました。おかげでクビにならずに済みました…」
「いえいえ!ケーキ屋さんは悪くないですよ。」
「それと…お渡ししたケーキ、何か不備がありましたでしょうか…?」
「あ!そうだ!」
先程包んだショートケーキをショーケースの上に置く。
「言い忘れてたんですけど、私、いちご抜きがいいんです。」
ああ、いちご抜きね。初めて聞いた、そんな注文。
いや待て、じゃあショートケーキを頼むなよ。いちごが入ってるからショートケーキじゃないのか?普通、ショートケーキは…ってあれ?あ、そうか。
きっと普通のレッテルから外れた、変な自分が好きなんだ。
あたしと同じで。
「ありがと!」
白のロングスカートを翻しながら歩いていく。
「あざーしたー!」
その後はいつも通り。老人が数人来店。注文。あざーしたー。
機械のように仕事を終えてマンションへ帰宅。今晩のメニューはカップ麺。これもいつも通りだな。
いつもと違うのは、あの人のこと。
あのお姉さんはどんな毎日を送っているんだろう。きっと、あたしとは似ても似つかない、楽しい毎日を送っているんだろうな。
翌朝、少し早く起きた。理由は簡単、いちご抜きショートケーキを試作するためだ。理由もそうだが、自分もつくづく簡単だなと思う。またあの人が来た時のためになんて、来るかも分からないのに。
コーヒーを飲み干して、化粧水を付けて、いざケーキ屋!
ぐっとドアを開ける。久々の朝出勤だ。
「あ!おはようございます!」
突然声をかけられ驚く。挨拶すら久々で恥ずかしい。
「お、おはようござ………て、昨日のお姉さん!」
なんと!これは運命の出会いというやつか。
朝からお姉さんに会ってしまった。しかもマンションの廊下ということは、ご近所さん?
ん…?
「なんで制服着てるんですか?コスプレ?」
「やだなあ、私、"現役"中学生ですから!」
え?
ケラケラと笑う女子中学生と、呆然とするフリーター女。
「やっぱり気づいてなかったんですね。私、お隣に住んでるあずきです。」
お隣!?
「お隣って…あ、近いからうちのケーキ屋に来たの…?」
ここからケーキ屋までは5分とかからない。
「違うよ」
「え、じゃあなぜ…」
「だって、ショッピングモールのケーキ屋さんでいちご抜いてくださいなんて言えないですよ。」
「だってうちだって普段いちご抜きなんて…」
「お姉さんならしてくれると思ったの。」
えっ…
「たまにここでお姉さんを見かけるとね、面白そうな人だなって思ってたの。だから近づきたくてさ。」
えっ…
「これからもよろしくね。くるみさん!」
あっ…
その時、あたしは自覚してしまった。
あたしはこの子と共通点があるように思いこんでただけなんだ。
共通点を探してしまう、無意識に考えてしまう、気をひこうとしてしまう。今までこんな気持ちになったことがなかったから、勘違いしてしまっていたようだ。
あたしは、女子中学生に恋をしてしまったんだ。