勇者二人と初めての魔法
客車が揺れる。整地されただけの道は車輪を傷つけ客車を揺らす。楽しい筈の車内はシンと静まり返り客車は揺れた。対面する顔を真っ青にしている男は客車に揺られ。その隣の貧乏揺すりをしている女も客車で揺れる。揺れる。揺れる揺れる。揺れる揺れる。揺れる揺れる揺れる。揺れる揺れる揺れる。揺れる揺れる揺れる。揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ揺れ。
「この道もう一回舗装した方がよくないですか?」
「お前この空気を読んだ上でしている質問か?」
このヘドロのような空気をぶち抜いたのはアナスタシアの状況を理解している上でした質問だった。
そもそもこの空気になったのは理由がある。理由がなければなりようもないが。
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「おやっさんラヴェル行きの獣車かい?」
「おう!そうだけど兄ちゃんお貴族サマかい?」
「いや?俺は冒険者だし連れはこの格好をしたいだけだ。まぁ、強いていうならペット……かな?」
「おお!そうかそうか!教会の鐘が鳴ったら出るつもりだけど、一緒に誰かが乗るかもしれねーけど大丈夫かい?」
「あぁ、大丈夫だ。それじゃあそれまで中で待っててもいいか?」
御者のおじさんと軽口を叩き合いながら客車に乗り込む。先程、王都目指してラヴェルに行くとセシリアさんと孤児院の子供達に伝えると、笑って送り出してくれた。
子供達は近くで取れた木の実などをくれ、セシリアさんはロザリオをくれた。ロザリオは首にかけちゃいけないと言われたけど、どうみたってネックレスである。
ついて来なかったアナスタシアにその事を談笑していると、客車の外で若い男女の冒険者らしき人が御者のおじさんと話して客車に乗り込んだと同時に鐘がなった。そう言えば今日の鐘突き当番はアリスだと言っていたな。
「なぁそこのあんた、何しにラヴェルに行くんだ?もし奴隷を売りに行くんなら俺にくれよ?」
「あ゛?」
何をふざけた事言ってるんだこいつは?アナスタシアのどこがっ………ってチョーカーか。なる程、首輪にも見えなくはないな。
「い、いやぁ、高かったんだろう?分かるよ、それだけ美人だものね?だけど俺なら例えあんたが使用済みだとしても倍は出せる。」
「使ってねぇよ」
「なら十倍は出せる!いくらだ?いくらで買った?金貨十枚か?二十枚か?それ以上か?幸い俺は金ならたんまり持ってるんだ!言い値でいい!売ってくれないか?」
「嫌だ。」
何を言ってるんだこの男は。体一つにいくらかかっていると思ってんだ。叩き落としてやろうか。しかも目に見えて隣の女性がイライラしているのがわかる。
「はぁぁあ゛?!何で売らねえんだよ?!こっちは言い値で良いっていってんだけど?!俺を誰だと思ってんだ?!」
「あんたいい加減にしてよ!よく彼女のいる前でどうどうと!それに、あの女性のつけているのは首輪じゃなくてチョーカーっていうアクセサリーなの!」
女性は大きくため息をついてそれから三十分、冒頭に戻る。
「ふっ、フフフッ、なーんだか毒気抜かれちゃったわ。ごめんね私の彼氏があんなこと言っちゃって。」
「あぁ、大丈夫だ。彼女さんは良識のある人でよかったよ、ホント。俺はラルフ・レイズという。まぁラルフでいいよ。コイツはバレンシアだ。」
「私は田邉真綾。端っこの方だったし何もしてないけど一応巷で『勇者』って言われていた人達の一人です。最近は冒険者のようなことをしています。それで、こっちが岡部章二です。」
何故突然偽名を出したのかとこちらを見るアナスタシアは直後、勇者だと聞き目に見えて驚いた。小さく「うっそ、なんで……」って呟いていたほどだ。さっきこっそり『鑑定』でステータスなどを見ていて良かった。じゃないとあそこまで華麗に嘘はつけない。
「それにしてもレイズさんたちは何であんなに治安の悪いところに行こうとなさって?」
「いやぁ、王都への道すがら色んな街を見て回ろうと。なにぶん田舎から出てきたばかりだからランクも依頼のレベルも低い低い。だから都会に出れば何とかなるかなーなんて思ってたんですけどね?」
「フンッ、戦えもしない女連れじゃあそこらの男共に犯されないか心配だろうしなぁ?」
「もう!いい加減にしてよ章二!」
「事実だろ?男の端っこに隠れて上目遣いで、なんだ?誘ってんのか?」
いつの間にか俺は立ち上がっていて、抜いていた匕首は章二という男の喉元に切っ先をつけて僅かに皮を切ったのかツーッと赤い血が垂れる。咄嗟のことでなにが起きたのか分からなかったのか悲鳴を漏らす。
「おっと、つい抜いてしまいました。これは失敬、ゆ・う・しゃ・さ・ま?」
「てんめ、こら」
「あんたが悪いんだぞ?人の物を勝手に売買しようとして挙げ句、立場を利用して強制する。そんな傲慢が許されるとでも?はぁ……こんなのが多くないことを期待するのは夢のまた夢なのですかね?」
勇者といえど、数がいるのならその分善人もいれば一般人もいる。しかもこんな沸点の低い輩ならとても御しやすい。
しかも自分から『『勇者』の威を借るアホですよ』と、名乗ったも同然。引っ掛けない訳がない。言わば馬鹿が挑発にのってきたという奴だ。諺のオンパレードだ。
「るっせーな!俺なんかよりももっとすげー勇者なんてざらに痛ってぇな、なにすんだよ!「『固定』」……………………」
「やっとまともに話せるわ。うちの馬鹿がすみませんね?」
「いえ、ここ最近は誰かとここまで白熱した言い争いがなかったのでこちらこそ憂さ晴らしをさせていただいて有り難い限りですよ。ハハハッ」
反論しようとした章二を肘うちして、魔法を発動させる。うわ、文字通りフリーズしてる。国家機密情報満載だしな。箝口令ぐらいは敷かれていて当然とみて良さそうだな。
「ところで何ですけど………そのぉ………バレンシアさんとはお付き合いとかされているので?」
「んーまぁ、婚約者って感じですかね?」
その後滅茶苦茶関係性を訊いてきた。勿論全て嘘で塗り固めて全ての嘘を記憶している。好みのタイプまで聞かれたので相手の容姿やアナスタシアの容姿を混ぜた感じで答えた。演技のしすぎで反吐が出るってのにアナスタシアはスヤスヤしている。
「お、着きましたね。到着だぞ、バレンシア。それじゃあまた。」
「あの、ご自宅の場所って!」
「自宅はないです。冒険者家業は明日生きているのかさえも分かりませんので。でも、また近いうちに会えると思いますよ!それでは。」
「これはもしや伏線t…んんんん!」
御者のおじさんに迷惑料を上乗せした運賃を渡して宿へ向かう。早々にチェックインした後宿の中でバレンシアと荷崩しをしながら話す。
「なぁ、迷惑がかからない程度に大きな高音で歌える?」
「えぇ?まぁ出来ますけど「やって」え?「ほら、やって」いや、ヤってって「そっちちゃうわ」」
バレンシアが歌っている間にサッと必要なことを書いて伝える。彼女は目を見開きながらそれから暫く歌い続けた。ちょっと上手かったのは余談である。伝えたことは
『さっきの女勇者が聴力を強化する先天性スキルを持ってた。そこまで範囲は広くないけどラヴェルは覆うくらいだ。演技は続行。分かったら歌い続けろ。』
しかも男勇者は戦闘向き。全く、両方とも俺の邪魔しかしないな。息が切れて疲れたのか、バレンシアはへたり込んでいる。
「すまないな、バレンシア。なぜか君の歌声が聴きたくなってしまったんだ。喉は痛めてないかい?」
「いえ、大丈夫ですよ、ラルフ様………っ!」
すっとバレンシアを引き寄せて抱きしめる。こうした方が体裁は保てる。それに、抱きしめるにはちょうどいいサイズだしな。色々役得だ。
バレンシアは分かっていて顔を赤らめてるんだよね?演技派だなぁ、ここまで熱心にやってくれるとは。顔から湯気が出た気がしたが気のせいだろう。
「場所は移って冒険者ギルド、ここで私を巡ってチンピラに囲まれる血みどろなイベントが」
「そうそうあってたまるかよ。治安悪過ぎだろ。」
そんなふざけたこと言うなよ。本当になったらどうするんだよ、だるすぎるだろ。まぁそれでも絡まれるのは多分必至だろうな。
バレンシアは絡まれないように腕を組んで来たが、振りほどいて腰から抱き寄せる。絶対に絡まれるだろうしな。今朝いつの間にか獲得していたギフト『雰囲気』を使って恐らく乱暴を働こうと思ってる奴らを睨みつける。
騒がしかったギルドが一気に静まり返り、忍び寄ってきた輩はへたり込みその真下の床を股から濡らしていき、座っていた男共はガクブルその無駄にでかい図体をガクブルさせ時折歯のカチカチする音が聞こえる。『雰囲気』最強説を提唱したい。
受付の人が可哀想なので別の『雰囲気』に変えると震えていた受付の人もやや緊張感は残るものの先程よりかは柔らかい笑顔で接客してくれた。
「今請けられるのはこれらだけですね。簡単な討伐依頼だけですが幾つかスキルを持ってらっしゃるのなら、ランクアップも近いかと。」
「先程は驚かせてしまってすまない。連れがよくあんなのに絡まれるんですよ。それじゃあこれにします。ありがとうございました。」
なんかバレンシアの顔を変形させた方がいい気がしてきた。
それにしても、どこに有るのだろうか。
俺とバレンシアはギルドにあった依頼書の内から取った『ゴブリンとコボルトの討伐』とあり、各十体程狩ってくれればいいらしい。
俺にしてみれば初めての討伐系クエストなので、顔におくびにも出さないが結構テンションが上がっていて、未だに一向に見つからない巣を森の中で一時間位探していても疲れが来ていない程だ。
いくら探しても見つからない巣の捜索を諦めたのか、バレンシアはチョーカーの先につけた十字架を弄ったり石を投げて遊んでいる。
「ね、ねぇ。あのさ………やっぱりいいや。」
「何だよ、そんな言い方だと気になるじゃんか。」
「怒らないで聞いてくれるなら………いいよ?」
と、何か都合の悪いものがあるような言い方をしてくる。腹でも痛いのだろうか。お腹すいたか?
「いや、上目遣いでも時と場合によるけど。」
「あのね?わざとじゃ、ないんだよ?ないんだけどね。さっき投げた石が………」
まさかな。そんなことはないよな。投げた石が魔物に当たるなんてな。
「そこらへんにいた狼に当たって怒らせたみたいなの。しかも、少しボスっぽい狼だったの……」
「何だよ。そんな事か。それならちゃっちゃと殺せるから別にいいよ。」
「そっかぁ。良かった。でも、大丈夫なの?その狼、他の群れも連れてきてるけど。」
「はぁ?!それも言ってくれよ!しかも現在進行系だし!」
どこからいつ来るか分からない狼を警戒しながら匕首を鞘から抜いておく。するとカサカサと三方向から音がして、同じタイミングで三匹の狼が俺に飛び交ってきた。
匕首の刀身が伸びて鞭のようにしなれるイメージで、魔力を通しながらゲームであったような回転斬りをすると、鞭のようになった刃は狼達を豆腐のようにスルスルと裂いていく。
後ろに跳んで避けると、狼の死骸は勢いをそのままにぶつかり合いドサッと音を立てて落ちた。魔力を通すのを止めると素の長さに戻った。
一応体が二つに別れてしまってはいるが、牙や毛皮などはギルドで買い取ってくれるらしかったので、一応道具袋に入れておいた。が。
「いくら見つからないからってもう石を投げるのは止めろ。もうめんどくさいことこの上ないから。蹴るのも止めろよ?」
「はい………すみません………」
「反省したのなら宜しい。っと、あれが巣か?」
少しお説教をしていると、ゴブリンが前方を横切り走り去るのを見つけ、尾行して木の陰からこっそり覗いてみると、両手では数え切れないぐらいゴブリンが暮らしていた。
ゴブリンやコボルトは魔物にしては珍しくほんの少し知性があり、家畜を奪い畑を荒らし人を拉致し、中には道具を作り狩りをしたりするので、独自の言語も実は存在しているという説を提唱する学者もいる。
そんなこともあり巣はどんな感じなのか期待していたのだが、元々は人間の村だったのか何軒か建っているおんぼろの家のドアは蹴破られ中は窓の付着した多量の乾ききった血液で見えない。
村の中心の井戸の周りではゴブリンが殴り合いをして周りはそれをはやし立てる。奥の方にある洞穴のような所に食べた動物の死骸と狩りで死んでしまった仲間が打ち捨てられて、至る所から何かの声が聞こえる。
俺は今まで期待していたゴブリンの巣に落胆した。もっと人間の村に近い集落のような感じかと勝手に想像していたが、ただの人間の使っていたものの使い回し。
それはそれで頭はいいのだろうが、納得がいかない。コボルトも同じようなものかと考えると、何かため息が漏れ出る。
「仕方ない、魔法の練習をしよう………。」
バレンシアからとりあえず火の玉で集落を焼く想像をしてみて欲しいなんて言われても出来るはずもなく、どうすればいいか聞くと、バレンシアは手の平にテニスボールサイズの小さな火の玉を作り出した。
「これがいわゆる『火球』と言われる魔法です。因みに今はそこまで魔力を使っていません。魔法は基本的にイメージに魔力を当てはめるタイプの人と魔法学の理論に基づいて魔法を構築していく人の二種類にだいたい当てはまります。」
そこから暫く魔法的知識などについて教えてもらった。
前者は魔力の多い人や放出する感じの魔法をよく使う人、運動を体の感覚などで覚えるタイプの人が多い。天才的な魔法の才能を持つ人も大体含まれるらしい。魔法陣や詠唱を必要としない代わりにちゃんとしたイメージがないと魔力を無駄遣いして、大雑把な魔法になり発動している途中に魔法が消滅したりする。
後者は魔法についてよく学んだ人や理系タイプの人、几帳面な人などが多い。自分の持つ無色の魔素を使いたい魔法の属性に着色してその魔法の状態にする、一連の流れを詠唱や魔法陣を用いて魔法を使う為手間や時間が必要になるものの、正確で魔力消費効率が前者と比較して圧倒的に高い。
あー、そーゆーことね。完全に理解した。
「つまり、後で専門家に聞いた方がいいということです。」
つまり、今は使えないと言うことだな?しょうがない。意地でもやってやる。要は間をとっていいとこ取りをすれば神がかった才能ってことだ。何故だかもの凄く出来そうな気がしてきた。どうせならどでかい魔法がいい。
想像するのは多数の炎の雨。目の前の奴ら以外は痛くも熱くもない赤い雨。降りしきる雨は塵も遺さず燃やし尽くす死の雨。逃げ切ることは出来ず等しく燃やす。そうだな、名付けるなら────
「『灰燼雨』」
そう呟くと、木々より少し高い位置からゴブリンの集落を囲むように頭上を雲が覆う。何事かと見上げると雨粒のような火球が降って来た。
想像で創造した俺の魔法は、殴り合っていたり雲の外に出たやつも含めたゴブリンたちを焼き尽くし、ガラスを爪で引っ掻いたような断末魔を鳴らしゴブリンだけが消滅したと同時に降り止んで消えた。
あれ?そこまで魔力は減ってない。気がする。お?これはこれはこれはこれは。もしかして?
「いいとこ取りできた感じ?」
「すごいですよ!ある……レイズ様!こんなの初めてみました!何系統もの魔法を駆使してかつそれほど魔力が減らないなんて!」
バレンシア曰わく今のは、雲を創る+『火球』を多数+それらを圧縮+対象を限定する魔法+追尾する魔法+対象と雲を消す。これらすべての行程を一度に終わらせてしまうという規格外な事らしい。さっすが、異世界召喚様々だな。
バレンシアは初めて見た魔法だと言ってたからこれは俺専用の魔法だな。その後、また少し歩き回りまたゴブリンの集落を発見した。それで今度はこれを『灰燼雨』と考えるだけでできるか実験したところ、それだけで余裕でできた。少し俺の才能が怖くなってきた。
それからまた少し歩いて今度はコボルトの集落を見つけた。ゴブリンは小鬼みたいな感じだったのに対し、こっちはガリガリの人の体にガリガリの犬の顔をくっつけた感じで、あっちが棍棒をぶんまわしているのに対し、こっちはナイフの石器だ。
俺の想像に反して自分達の住処を開拓している。ゴブリンのようにゴミ捨て場があるものの、動物以外に人間などもあった。
最奥部には玉座っぽい物に座っているコボルトの多分女王がいて、平コボルト達に色々命令を下しているようでもあった。
やべ、見つかったかも。絶対に目があったように感じて今度は別の既存の魔法を試して沢山くる前に殺っちゃうことにした。
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これは余談であるのだが神の寵愛を受け取る者は受け取る為の資格がなければならない。
資格のない者が受ければいずれ魂は歪み肉体は綻び精神は崩れる。
そうなると取り返しはつかず世界に影響を与える穴となりそれは世界を蝕んでいく。
人はその事実を知らず、神は無作為にギフトをお与えになる。
本来必ず七つと七つの穴を用意している。彼らは均衡を保ち穴が穴を打ち消しあう。
しかし神は四十人もの穴の可能性をもたらした。
我は神を否定する。即ち神によってもたらされたこの世界をも否定する。
「神の抑止力たる君、我は絶対にその首を討つ。」
「朝ですよ?ある……レイズ様。また悪い夢でもってみました?」
「あぁ、起こしてくれたのか。何故バレンシアの膝枕なのかは知らないがありがとう。」
まただ。また変な夢を見る。今度はストーカー勇者による精神的苦痛か。あぁ、全く覚えてない。大事な夢だった気がしたのだが。ってかここどこ?