異常性の塊/進撃開始の幕開け
獣車の中でヴォルフはカルゼさんの連れてきた2人の幼女と話し始めた。
「あなた方の名前は?」
「リノ。んで、俺はあんたより年上だから──」
「ナル。そして、私はあなたより年上なので──」
しろよ?」
「「死んでも敬語を徹底
しなさい?」
と、何とも面倒くさい自己紹介をされた。見た目が幼女なのでしようとすると、周りが変な目を向けると思ったが、カルゼさんを見ると首を横に振っていたので乗ってる人はみんな知っているのだろう。
「すみません先輩方。そうとは知らずご無礼を。差し支えがなければ、これから行くところがどのようなところか、御教授願えませんでしょうか?カルゼ氏からは何も教わっては居ないのですよ。唯、仕事場、古代遺跡、とだけしか私は認識できておらず、これ以上の予想は皆目見当が尽きませんので………」
「フッフッフ…それでは!この!リノ様が!右も左も分からぬようなガキに!教えてやろうじゃあないか!さぁ!特別授業の始まりだ!」
と言うわけで、リノにこれから行くところについて解説して貰った。
場所はここ、セントン王国の南東部に位置する先程の街『ガリア』より、南下して500㎞、東京~大阪間と大体同じぐらいの距離を半々日かけた所、最も最近に発見された古代遺跡、門と思われるものを勇者が見たときに、呟いたところから名を『トゥリィ』。
先行調査をした使役型調査用ゴーレムによると、内部の文化体系はセントンの東方の国、『ダォスン皇国』の遺跡群に近いものがあり、構造的には神社や寺と言うよりもパルテノン神殿に近いギリシャ式の建築物のようだ。尚、構造の部分は話を聞いたヴォルフの見解である。
実地探索が未だ進んでいないのは発見時に魔獣の巣窟になっていて、探索を進める度に戦闘になっているようではおちおち調査もしていられないから。冒険者を雇おうにも中のものを勝手に持ち出す恐れがあるが故に社会的な立場や責任、多くの信頼を持たれていて尚且つ大きな権力を持たない冒険者でなければ成らず、根こそぎ討伐するための人集めをする時間が掛かったからである。
と言うような話しをされ続けること一時間。同乗している他のお客さんも苦笑いをしながら聞いている。尚、リノは同乗者に話している気はなくヴォルフにしか話していないつもりらしいが、同乗者の方々はそれに気付けない。
長々と話し続けている解説の区切りを見つけたカルゼは、ここぞとばかりにきれいな姿勢で挙手をし少し早めの昼食の提案をするも、ナルによりバッサリと却下されあえなく撃沈。
だがしかし、誰かの腹の虫が大きく鳴り響きナルの腹の音だと自他共に気付くのに時間は掛からなかった。そこで一旦獣車から降り、4人で昼食を食べることにした。
「ん………!このサンドイッチ旨いな。どっち作ったの?」
「私よ。ありがとう、あと、敬語。「ア、ハイ。」」
「何でしれっと俺を外してんの?バカにしてんの?女の子だぞ?」
「まぁ、しょうがないよ。リノはガサツだから。」
「よし、カルゼ!裏に来いよ、ぶっ殺してやる。俺は優しいからな、痛みを感じる前に殺ってやるよ。「フフッ」おう?どうしたクソガキ?お前も殺って欲しいのかよ?いいぜ、二人まとめて塵にも残らねぇぐらい粉々にしてやんよ!」
「いや、待て待て。そんな意味で笑ったんじゃなくて。何かこんな感じなのが久し振りな気がして、記憶は無いですけど、何か懐かしいなぁって。」
すると三人とも静まり返り、真面目な顔をしてカルゼはお前の今の居場所はここだと、リノは目を見開きお前は自分の記憶が無かったのかと驚き、ナルに至っては眉間に皺を寄せながら唯、敬語とだけ呟いた。
「カルゼさん、ありがとうございます。ってか、リノは知らなかったのかよ!」
心の底から思ったことを言った初めての瞬間だったかもしれない。直後、後頭部を思い切り殴られて悶えている時に、ナルに敬語とまた言われたのは、言うまでもない。因みに、加減は一切なかったフルスイングの拳はナルにとってはとても加減をしたほうらしい。
獣車に再度乗り込み、また揺られること二時間。道中車内でリノがカルゼさんの首を締め上げ、カルゼさんが気を飛ばしたり口から泡が出てきていたりなど、様々なことがあったがやっと件の『トゥリィ古代遺跡』に着いた。
同乗者の人達はここより以前の場所で降りており、ここにいるのはカルゼさんとヴォルフ、リノナル姉妹の四人だけ。
遺跡は地面の下にあり、行くための階段が下へ続いている。降りていくと一寸先は闇を体現したかのような暗さで、雨の日のアスファルトと打ちつける雨による嫌な臭いと似たような悪臭がして、中の生暖かい外気と合わさり、より一層嫌悪感が増していく。
降りていくほど強くさせられる嫌悪感は最後の一段を降りた瞬間に霧散する。突如現れた光源により、霞む視界が段々慣れてきて周りの光景に目を疑った。
眼前には人一人入れるほどの比較的小さな鳥居が大人一人分の歩幅と同じ距離で等間隔で並んで道を形成している。所謂、千本鳥居である。その脇には広大な花畑が広がっており、ナルに聞く限りではどの季節の花も咲いているらしく、頭上に疑問符が増えていく。
鳥居を潜ると鳥居の足元の手のひらサイズの行灯に火が灯る。一個、また一個とどんどん潜っていくと、ちょうど千本目で視界が開け先程までの光景とは打って変わって、全く違う様相の建築物が建っている。
細い道が長く続きその脇には鳥居の周りの花畑と同じように四季折々の花が咲き乱れ、奥の小さめな丘陵の上にぽつんとパルテノン神殿に酷似した神殿があり、よく見るとその中央部分にガルニ神殿にこれまた酷似した神殿がある。神殿IN神殿である。
五分ほど歩き内部に到着すると、乾ききった血や腐敗してもなおハエの集らない魔獣の死体、死体、死体。腐敗臭の無い死体たちからは大きなハエトリグサや、ウツボカズラがそこかしこに自生して死体を捕食している。それ故に、白骨化した死体もある。
恐らく討伐の時に死んでしまった人間の骸を幾つか見受けられ、ナルは顔を青くして口元を抑えている。
そのまま各自役割ごとに散策に行った。カルゼさんはゴーレムを上空(といっても地中なのには変わりはないが)に放ち全体像の把握と、疑似太陽と海もないのに空が青い事の解明の糸口を探す。リノは四季折々の植物の自生している理由の考察とサンプルの回収。ナルはひとしきり吐いた後、建築物の構造や形式、模様を調べいつの時代なのかどこの地域のものなのか、それによってこれらは何のために創られたのかを調べる。リノに女子っぽいと言ったら回し蹴りされた。脛はやめろよ………
一方、俺はと言うと─────
「いやぁ……しっかし、内部探索とはねぇ……でも、それに重要なもんって俺みたいなのが触って良いものなんかね?」
独り言を呟きながら中の神殿の中に入っていく。中はどこにそんな空間が?というほど広く、入り口の足下に魔法陣が画かれていたので、恐らくそれによる魔法的干渉が施されているのだろう。
広さは一般的な体育館と同じ位の広さで、よく見なければわからないほど細い線が深くまで彫ってあり、部屋の隅から隅まで白く、色の失せた世界にやってきたかのように感じられる。
そんなこともあり、陰もできない幾つかの白い段差の上にあるちゃんとした色が際立ってこの世界の異端になる。我々が異端であり、この世界は何もなく、何でもなく無垢で純粋な白。白を穢しこの世界を破滅させ、様々な色を与えられた異端なるあの世界は「『状態修復』」…………
「これは精神汚染ですね。見たこともない型の陣形だったけれど、古代で使われていたものかしら?」
「ナル?」
「さんをつけなさい馬鹿者。でも、よく耐えたわね?そこは誉めてあげます。」
ふと、後ろから声が聞こえて振り返ると、ナルが此方を見ながら呆れ顔で腕組みしていた。
話を聞いてみると、早くやることが無くなったナルは中の神殿を調べることにしたが、そこで神殿の門の上を見やると精神汚染に似た魔法陣を見つけた。
中に入っていった俺の安否を確かめに来た所、まんまと罠に引っかかり中の俺を見つけ、魔法陣を壊した後俺を魔法で助け出したそうだ。
とりあえず、助けてもらった御礼を言った後カルゼさんとリノもやってきたので中のことについて少しはなす。すると二人は白い段差の上のモノを物色し始めた。
白い段差の上にあったのは、一つは鞘に納まった黒い匕首の短刀で、鞘には金色の蚣と蛇が巻き付くような模様が彫られている。なんとも派手である。
そしてもう一つが畳まれていた、フードのついたロングコート。と言っても唯のロングコートではなく、これまた派手。とにかく、派手。濁ったワインレッドの生地で内側、カフスの縁やフードの縁などが黒く、ついでに言うならばボタンも黒い。その金属製のボタンには女性の横顔のようなものが刻印してある。背中側は、対になっている鷹か鷲を左右に真っ二つに切断した二本の剣。中心には双頭のドラゴンが二匹おり互いの尾を咬んでいる。それらを円く囲む荊棘。茎の部分に描かれている文字が読めないので古代の文字なのだろう。そんな派手派手な紋章がこれまた金の刺繍ときた。その上、同じものが内側にもある。
他の段差の上に、落ち着いた色合いの、ボタンと同じものが刻印された指輪や、派手派手な紋章の刻印された指輪が二、三個と、荊棘のイヤリング三ペアがひとまとめにして置いてあったり、また別の段差では派手派手な紋章の刻印された懐中時計であったり、それまた別の段差には先に輪のあるチェーンが花布に繋がった一冊の文庫本程の大きさの革装丁の題のない鍵のついた本があった。
精神汚染でなくても、これらは異常だと脳が訴える。カルゼさんたちをみると、彼等も頬を痙攣させて引いている。ここにきてあまり何もしていないので、とりあえず動くように促し厳正なる相談の結果、ナルと俺の二人に決まった。
とりあえず簡単なものから調べていこうと、まずは指輪とイヤリングから始めた。指輪の紋章の裏に判らない魔法陣があったくらいで収穫は無し。
懐中時計は裏と蓋の内側に魔法陣があり、内部は開くことが出来なかった。文字盤が透明になっているのでそれで中を覗いたナルは驚愕していた。彼女曰く、外気から魔素を吸収出来る限り動き続ける半永久機関らしい。魔素を外気から吸収出来るのは生物だけらしい。正しくは魂の器がうんたらかんたら言っていたが難しい話だったので覚えていない。
本の方は鍵が開けず、チェーンは外れるだろうこと、外したらいけないこと、チェーンと鍵は何らかの関係性があること、そして複雑そうな顔をして、
「この革、人間の皮だわ。」
そう話していた。
グロ系が無理なのに想像してしまったナルは外で出ない中身を吐き出した後、もう一度他のものを調べ始めた。
匕首を調べると彫られた模様は魔法陣が幾つも鎖状に連なり蚣と蛇となす。ナルによると、此方はこの匕首の認めた者以外は抜けなくなっており、認証方法はこの匕首に付与された魂が識別するようだが、それを伝えるまでカルゼさんとリノが端を持って引っ張っていた。
残るはあの派手派手なロングコートだけだったが、どの遺跡にもなかった家紋であったことと、荊棘の古代文字は鎧袖一触、獅子奮迅、龍驤虎視、勇往邁進、奔放不羈などだった事から、古代の国の重要な場所であることが判った。
恐らくモットーなのだろう。己の国が最強だと言わんばかりの四字熟語の列挙である。どうやらそれはどこの国も同じようで、王城の遺跡などでは度々強気なモットーがみられるらしい。他国にナメられないような工夫なのだろう。
研究材料の為に残ったそれら全てを持ち帰る為の袋に入れてから来た道を引き返す。すると、部屋は真っ黒くなり、花は枯れ始め、鳥居をくぐった時に行灯の灯が消えた。全体的に管理者のいない廃れた楽園を彷彿とさせる。否、楽園ではなく失楽園。
尋常でないスピードで枯れていく植物、風化する鳥居と神殿、苔に覆われていく行灯、神殿の中から湧き出る魔獣。
ナルは何か思い出したようで、早く出るわよ!と、大声で叫ぶ。カルゼさんもリノも気付いたようで、階段を猛スピードで四人は走り抜ける。
行きとは違い周りを見る事が出来るほどの明るさになった階段は、上ってくる魔獣達のギラついた眼と牙を照らし恐怖を煽り、天井から見下ろす複数の赤い眼光を意識させる。
地上へ飛び出し、ナルは土魔法で作り出した土の角柱を階段へ流し込む。小さな隙間から魔獣達の断末魔が微かに響いて、魔獣の鳴き声が聞こえず安心して四人はへたり込んだ。
「危ないところだった………ナル、さっき何かに気付いたみたいだったけど、何でわかったの?」
「ハァ……ハァ………敬語を使いなさいって………ハァ………言ってるでしょ?…………ふぅ。以前あれと同じ仕掛けがあったのよ。重要なものが盗られないようにする安全装置みたいなものよ?ギルドで言う金庫のような物ね。多分あの花々全てが魔獣の素材で、それも一輪で一匹。魔獣が跋扈していたのはそれが原因で一匹一匹が銀ランク級、或いはそれ以上よ。」
「ウワァ…………嫌らしい。」
カルゼさんか小休止を挟もうと提案したが誰も反対派はいなかった。
この時遠くの森から鳥の魔獣の群れが飛び出したのを確認する事が出来れば、この後にああはならなかっただろう。
小一時間程休んだ後、カルゼさんに疑問を投げかけた。
「神殿の物を入れた袋って何であんなに入るんですか?」
「あぁ、これはね簡易型アイテムボックスといって、魔導具と呼ばれる種類の道具だ。その道具を媒介に魔法を扱うことが出来るんだ。魔導具と魔法具があって細かく分けると違うんだけど、まぁ、大体は攻撃系統の魔法が魔法具で非攻撃系統が魔導具だと覚えればいいよ。これの効果は沢山の物を入れられるってだけ。他とごっちゃにならないようになってるから安心だよ?」
それから獣車乗り場まで歩きながら、他愛もない話をしていると、地響きがして俺以外の三人は臨戦態勢になる。
理由を聞くとここらには地響きをさせるほどの魔獣の類はいないそうで、遺跡の出口から出られる程の魔獣は大きくないことなどの理由を考慮して、恐らく使役された魔獣、或いはモノによっては倍以上の体格や力を持った魔獣の突然変異種───────
『アルビノ』が現れると踏んでいるらしい。
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「こちら───、───の乗った獣車を遠方より追跡中。車内にゴーレムを忍ばせてはいるものの、万が一を考慮し彼等が内部に潜入し次第、ゴーレムを生成し攻撃させます。」
記録用魔導具に報告用の音声をいれる。今現在彼女は狼に似た魔獣の背に乗り───を追いかけている。ゴーレムの場合歩行時に地面に振動が伝わり獣車の狼が感づいてしまう。
一時的に休憩をしている彼等を見ると無性に腹が立ち、蠅型ゴーレムの送る映像もまともに見ることができない。音声が聞こえないことだけが救いだった。
休憩も終わり彼等はまた獣車に乗り遺跡を目指して進む。到着した彼等はすぐさま中へと進んでいった。
出て来るまでには恐らく一、二時間程度だろうと思い、森へ行って魔獣の促成栽培とゴーレムの生成を始めた。
魔獣の場合は現地、つまりここで調達しなければならない。行きで使った狼の魔獣を使うと帰りにくくなるためなのだが見渡す限り問題の魔獣がいない。
仕方なく、近くの小鳥を捕まえて小鳥の持つ魔素を心臓部で凝縮して魔核を作り魔獣化させる。そのまま、ありったけの自分の魔素で肥大化させる。
急造した魔獣に自らの肉体を破壊して再生させ破壊して再生して、を繰り返させて森の木々程の大きさになる。
これを何度か繰り返して一小隊程まで作る。ここまで約三十分。三本ほど魔素摂取薬を飲み干し、今度は人間サイズのゴーレムを作る。
魔法で地面から一大隊程の地面の中の金属から人形を作り上げる。全員の関節と、関節から関節までの間の真ん中あたり、脳と心臓部に小さめの魔核を作る。
そうすることによって機能停止させるのに時間をかけさせることができる。
ついて行かせた蠅型ゴーレムによると直に出て来るらしい。
「私はそこをこいつらで襲い、捕らえる。他は死んでもかまわないと言っていた………と、思う。」
私は高みの見物をするために、ゴーレム部隊を先行させ魔獣部隊を指揮する事にした。