旅の為の足を買ってみた。
秋の暁、草原を駆ける牝馬の蹄は朝露を踏みしめてその肌を濡らす。鞍には一人の少年と美少女。手綱を取る少年は守るように少女を抱き寄せ少女は安心したように眠り続ける。
ラヴェルの門番もその姿を見て、とてもその二人の間に主従関係が結ばれているとは夢にも思わないだろう。
傍目に見れば妹を守る兄、しかし血は繋がらない。どこか訳ありのように感じられるこの二人を待つのは、先日からここ門兵兵舎で寝泊まりしている美女。正常な男なら誰しも目を奪われる程の美女。
門番Aは歯噛みする。生まれ変わるならば、あの少年のように美人に囲まれて生きていきたいと。近くまできた少年を見て、今日も長い長い仕事が始まったと気を引き締める。そろそろ休みが欲しい。
ダンテのところからラヴェルに戻るのに、行きに掛かった時間の三分の二ほどしかかからず内心でとても驚いた。
途中途中、魔物や肉食動物から身を守りつつ、それでもこれだけしか掛からないのは嬉しい限りである。
その上、門番の人(Aとしておこう)から、アナスタシアが兵舎の方でお世話になっていると聞き、Aさんに宿代を渡しておく。御礼だとしたらそれで足りるだろう。
兵舎から深く隈を残した眠たげな忠犬アナスタシアを回収して、本来の宿を引き払いに行く。アナスタシアは俺らが向こうに行ってからは一睡もしていないそうだ。忠犬を通り越して忠誠心が寧ろ怖い。
引き払ったその足でオズワルトの所へアルバイト終了のお知らせをしにいく。予め予想していたのか、それとも偶々か、スラムの入り口には案内役の少年が腕を組んでじっとこちらを見据えている。
「ん?なんでこっち来るんだよ!」
「何故もなにもこっちは『頼み事』を完遂した報告をだな……」
「………っ!そうだな!そうそう、わかったわかった。付いて来い。俺は頼まれた仕事を忘れてなんかいないからな!」
いや、聞いてないし。どうやら偶々ではなく、オズワルトの差し金らしい。なんて便利な小間使いなんだ。オズワルトは良いものを持っている。
相も変わらず彼らは道具袋をすろうとしてくるが、対策は既に万全だ。『無限容量』の中に道具袋を入れて腰に付けた道具袋モドキには、所々で毒針を仕込んだ。
闇雲に触れた窃盗未遂犯は死に至り蛸蜘蛛の毒の半端なさを思い知らせる。気付けば後ろには幾人もの屍があり、それから持ち物を漁る人々。うっかり手に触って二次被害何てのもいる。
ざまあみろ、と思っていると四合院の屋敷が見え、以前同様下女たちが入り口までの階段前でお出迎えしているようだ。
中に入ってオズワルトの執務室に行くと、今彼は出先に居てもうじき戻るらしいと下女から聞き、ソファーに掛けて出された紅茶を嗜む。
四半刻して襖が開きオズワルトがやって来た。ちらりと顔を伺うと、ニコニコしながら対面のソファーに座り込んだ。
「その紅茶、美味いやろ?基本的なお茶っ葉だけやのうてフレブスの花弁を混ぜとんねん。まあ、試作品第一号なんやけどな。」
「美味いが……副作用の為の毒消しを入れてくれ。これじゃあ、多分売れないな。あと、販売元がここっていうのもマイナスに働きそうだ。この二つの問題点を解決させないとな。」
「まあ、それは良い意見やな。参考にさせて貰うわ。抑売り込みに行くのは後ろ暗い成金貴族だけやったからな、いやはや、勉強になりますな。」
そう言ってニヤニヤしながら立ち上がりわざわざ真隣に座って、下卑た笑みで物乞いのように掌をこちらに向けている。未だにニヤついている。
「それでなんやけどぉ、はい、お金。だーして。」
「なに?金を取るのか?試作品じゃあなかったのか?寧ろその実験じみた手法に乗ってやった賃金が欲しいな。」
「は?そんな事ちゃうよ?俺が欲しいのは、ガリア辺境伯が支払うお金やで?何や、貰ろてないんかいな?」
確かに、俺は実験体の………もとい、奴隷の代金は貰ってない。しかし、御者が貰っているのでは無いだろうか。その想像はオズワルトの次の言葉で否定される。
「まだ御者も帰って来うへんし、はあ、これは御者に持ち逃げされるやろなぁ。」
ニヤニヤとした表情から一転、目が虚ろになり残念そうな表情に変わる。この件に関してはどうしようもない。
「それよりも、あんた甘過ぎだな。角砂糖より甘いよ。こんな裏の仕事しておいてよくそんな甘々で生きていけたな。蟻でもよってくるんじゃないか?」
「あんた言葉きっついなぁ、ま、事実なんやけど。これで生きていける訳無いやん?一応、奴の弱味は握っとるんやけど、戻って来うへんやろな。」
結局、その弱味は教えてくれなかったがその代わり家族のことに関する事とだけ教えてもらった。いや、それは裏切らない奴だろう。
こうして、俺らのラヴェルでのアルバイトは恙無く終了した。
「ところで……二人共、冒険者登録をしようか。」
「え?」
「?」
唐突に俺から発せられた言葉にアナスタシア何故と疑問符を浮かべ、ノルンに至っては冒険者のこと自体を知らないようだ。
俺は今ここで彼女らに冒険者登録をしてもらう事によって、特に今何かが起こる訳ではないがノルンは兎も角としてアナスタシアは戦闘に参加してほしい。
表向きは彼女の成長の為、裏は俺が楽をしたいから。そんな事とはつゆ知らず、白々しく表向きの理由を語るとアナスタシアは二つ返事で承諾した。
「なので今日は二人とも冒険者登録に行ってきて欲しい。俺は獣車用の魔獣と小さい客車を買ってくる。あんな奴らの仲間と鉢合わせない為だ。」
アナスタシアは勇者二人を知っているし、ノルンはアナスタシアにでも聞かされるだろう。三人の中でそれが決定した時にノルンに袖を引っ張られる。
何かあるのか聞いてみると、アナスタシアが極度の方向音痴の事を思い出させ、それについて何も考えていないのを理解する。
どうしたものかと唸っていると、アナスタシアの提案でアナスタシアの腰とノルンの腰を繋ぐロープを作る事になった。
作業は『特殊錬成』を使えば一瞬である。リノとナルの服の余りから長い長いロープを作り、それぞれの腰にしっかり結んで固定した後更に『特殊錬成』で繋ぎ目をなくした。よし、これでほどけない。
「それじゃあ、俺は先に行ってくる。登録に確か金はかからないからカードを貰ったら宿に戻ってくれ。寄り道はするなよ?」
アナスタシアははーいとよい返事で返すが、こいつは返事だけだ。今回は金は持たせてないから、損失があるとすればこの二人が消えることぐらいだな。
俺は単身で街に繰り出して獣車用の魔獣を売っている所を探す。途中途中同業者に声をかけて聞いてみると、見事にヒットした。今度会ったら串焼きでも奢るか。
二階建てで大きくも小さくもない普通の店で小汚い土壁の店構え。入り口の上に『ゲルマのお店』と看板があるがこれでは、中から動物園のような臭いが漏れ出てないと分からなかったな。
中に入ると店番をしているのか、カウンターで赤毛の少女が突っ伏して仕事放棄していて、どこから来たのか少女のおさげを拳大の鼠がかじっている。
カウンターへ近付くと鼠は一目散に少女の頭を上っていき少女の服の中へはいっていった。すると少女はガバッと勢いよく起き上がってお笑い番組のように椅子ごと後ろへ倒れる。
「痛てて……後頭部打ったぁー……」
「………あの、大丈夫ですか?」
「ん?ああ、大丈夫、大丈夫。これでも頑丈な方なんだよね、アタシ。」
「それもですけど……服、ビチャビチャですよ?」
「んえ?ってああ!な、ナニコレ!お気に入りだったのにぃ……」
どうやら鼠は背中に潜り込んだ後、逃げ遅れた上に少女の背中と椅子の背もたれとの間に挟まれてしまったようで、床と少女の背中には真っ赤なシミが出来てしまっていた。
手を貸して少女を床から起こした後、少し待っててと言ってカウンターの左手の階段を駆け上がっていった。数分して青いワンピースにフリルの付いた白いエプロンを着て降りてきた。
そして何事もなかったかのように改めて始めた。
「ゲルマのお店へようこそ!」
「………」
「どんな動物をご所望ですか?」
「………」
「あのー、顔に何かついてますか?」
「!あっ、いや、何も。」
突っ伏していた時から薄々何かあるとは思ってたが、まさか青目で雀斑までついているとは思わなかった。アンさんじゃないすか。
「獣車用の魔獣を探しています。客車も小さいのでいいから欲しいのですが。」
「それでしたら長時間走らせ続けても速度が落ちず上がらすな温厚猪、トップスピードを短時間だけなら出せる騎乗狼、後は貴族の人や豪商が買っていくような珍しいのが数種類を数頭ぐらいですかね。」
なるほど、それはそれで見てみたい気もするが実際金はたんまりあるし贅沢しても……いや、でもなぁと、悩んでいるとアンさん(仮)はとりあえず見てから考えればいいと言っていたので、見させて貰うことにした。
カウンターの右手の扉を開けると檻が両脇にあり、右には眠っている赤い汗をかいているツルツルとした猪……ってか牙は有るけどどうみても河馬だろ。
左にはよく獣車バスなどで見かける大きい狼がこちらをチラと見やるとまた眠り始めた。どうやら彼(彼女)の主には俺は認められなかったようだ。
五つくらい両方の檻を見たところで、貴族の方も一応見てみるかと問われたので一応、一応見ておく。これでいいんだ。これは実地調査だ……っ。断じて好奇心ではない……っ。
通路を通り貴族様用と書かれたプレートの掛けてある扉を開けて、中にはいると先程よりも大きな檻が両脇に三つずつ最奥に一つの計七つが設置されている。
実際に見たことはないが駝鳥の背丈程もある大きな蜥蜴……と言うより小型の竜といった方が正しいようなものしか居ない。彼らの種族名をアンさんに尋ねると彼ら彼女らは地竜と言われるものらしい。
地竜とは龍の子孫である竜種の一つで、他にも飛竜と海竜の二種類いて、地竜にももっと細かくすれば色々な種族がいるらしい。
ここ近年は国が地竜の品種改良を行って、騎馬兵ではなく竜騎兵とするための訓練なども行われているとかいないとか。
目の前に居るのはそんな騎竜を品種改良するにあたり、騎竜に向かなかった者達が揃っているとアンさんがちろっと愚痴っていた。
「こいつらも単なる苗床や種馬……種竜?まあ、どちらにせよそんな感じで、生きるんじゃなくて自由に生きたかったよな。」
そう言ってアンさんが地竜の頭を撫でると、肯定するようにフスッと嘶く。地竜には犬猫と同じように幾つもの種類があるみたいで、ここの奴らはあまり訓練等で懐かなかった奴ららしい。
「卵とかないですか?懐かないんだったら買っても逃げられちゃうじゃないですか。」
「いやぁ~、この子たちが仲悪くって卵を産んでくれないんですよ。どこから持ってきたのか分からない卵は幾つかあるんですけどね。」
それって多分地竜の卵なんじゃあ……?それを話してみると、一度そう思って孵化させてみたところそこから産まれたのは地竜のようでどこかおかしい生き物だったらしく、持っていた地竜の檻に入れておいたらそのまま少し育ったという。
「で、その子はどこに?」
「そこの奥の子だよ。何なら卵も買ってくかい?」
「何はともあれ先ずはその子をみたいかな。」
左側の一番奥、つまり三番目の檻の中にそれはいた。母親とみられる黒い地竜の後ろで眠る地竜。それは暗く薄汚れた檻の中であるにも関わらず、僅かに生える体毛ですら神々しい輝きすら魅せ、白より白いまさに純白ともいえる色。
薄く開かれた眼から覗く黄金の眸に一瞬にして引き込まれる。数瞬の間に両者には無言の空気が流れ、最初に行動を起こしたのはヴェア・ヴォルフ、つまり俺だった。
「……来るか?」
「フスッ」
しゃがんで手の平をその地竜に向けると小さく嘶いて顎をその上にのせる。そのまま顎を掻いてやるとクルルと嬉しそうにまた嘶く。
「………あーの、お客さん?買ってくかい?」
「…………あ、ああ、ごめん、買ってくよアンさん。」
「アンさん?!」
不意に出た愛称を何でもないと一応否定しておき、早く地竜を出してもらうように頼む。改めて見ると小さいな。って、客車ひけないじゃないか。
元々売る予定がなかったそうなので、金貨を三枚渡したらこんなにですか!と驚いていた。育成費、経費、諸々考えても安い方なのでは?と思ったが、騎竜なら兎も角、魔獣と比べても売り物にならないから売っても金貨一枚程度らしい。これを誤差だと思ってしまう辺り、俺は金銭感覚が麻痺でもしているのだろうか。じゃないといいな。
「というわけで、また獣車に乗ります。」
「というわけで、じゃないですよね?またあんなのと会う可能性を持ったまま王都に行くんですか?」
「お姉ちゃん、ご主人様にも考えがあるんですよ。ですよね、ご主人様!」
「残念だがノルン、俺は何にも考えちゃいないぞ。これは言ってしまえば只の一目惚れだ。」
「そ、そんなぁ……」
宿に戻って説明した時の反応だ。地竜は今宿の厩舎に一時的におかせてもらっている。彼女らだってあれを見れば一目惚れするだろう。
「とりあえず装具屋に行って色々買おうか。」
「主殿と行った地下室の武器を使えば宜しいのではないですか?」
「馬鹿か?国宝級の代物の武器をなくしたり盗まれたらどうするんだよ。」
「あ、それもそうですね。」
「お姉ちゃん……それぐらい分かりましょう?」
「無理よそんなの。主殿、貧乏性だもの。」
「それで贅沢をするはずないと?それだったら一目惚れして地竜を買ったりなんてしませんよ。」
何故だろう、ノルンは結構無意識に心にグサグサ刺さることを平気で言うんだよな。天然系毒舌なのかな?ごめん、俺はMじゃないよ。
そんな一幕がありながらも、三人で装具屋に出向く。装具屋に来たのはステファニーさんに会いに行ったとき以来か、えてして時が過ぎ去るのは早いものだ。
アナスタシアは魔法を使うから杖とかだとして、ノルンはどうしようか考えるとそう言えばと思いノルンに幾つか質問をする。
「ノルンは何か武器を使ったことある?」
「無いです。」
「魔法を使ったことはある?」
「……無いです。」
「どうにかして戦えそう?」
「……私はお荷物です。グスン。」
アナスタシアが女の子を泣かしたと茶化してきたので額にチョップをいれて黙らせる。幸い、ノルンは魔法を使う素養だってあるんだし後で覚えてもらおう。
「アナスタシア、決まったか?」
「頭痛くてそれどころじゃないですけど、そこの短杖に決まりました。」
指をさしたその先にあったのは先に透明な水晶玉の付いた木製の短杖で金貨一枚もした。本来のあの地竜と同じ値段がしたが、どうやらそれに見合った性能を誇るようだ。
杖の能力としては先端に付けた透明な水晶玉、つまり珍しい無属性の魔石を嵌め込む事によって色々な属性にも対応出来る万能型の杖らしい。アナスタシアは魔女らしく多種多様な魔法を使うのだろう。
在庫はまだあるそうなので、ノルンにも魔法が使えるようになったときの為に買っておく。そうなると全員魔法使いという偏りすぎたパーティーだな。
無論、俺は杖があろうがなかろうが関係ないし、近接戦においてはアナ首だってある。そろそろアナ首にもちゃんとした銘が欲しいかな。『蠱毒』何てどうだろうか、蚣と蛇が書いてあるし。と、思ったら峰に銘が書いてある。しかもモロ被り。
「どうしたんですか?私の匕首なんか見て。」
「無いと思ってた銘があったんだよ。」
「!なんていうんですか?」
「『蠱毒』だって。」
「……なんか、虫酸が走りますね。」
「お前、こん中に入ってたんやぞ……」
とりあえずとして、ノルンの魔法習得は必須の今後の課題だな。何はともあれ、彼女らの武器は決まったようだ。
さて、次の問題は防具だがこれについては案外すぐに済んでしまう。と言うのも、アナスタシアはメイド服をいつの間にか魔改造して、ノルンのも自分のもガチガチに防御を固めているらしい。
その上、俺はこの派手派手なロングコートが超性能で守ってくれるので安心安全なのである。よって、防具は要らない。剣士でも居ればガントレットぐらいは買ったかもしれないが。
装具屋を出てから帰るまでに地竜の名前を考えておく。候補は幾つも挙がった。
「『ハチ公』『ゲオルギウス』『シグルド』『ヨーゼフ』『チャーチグリム』『ウシュムガル』。竜の名前に竜殺しって。」
「でも、ご主人様が出したのも犬の名前なんですよね?」
「そう言うノルンだって墓守り犬と種族そのまんまじゃないか。」
それぞれ二つずつ出してみたものの、まともなネーミングセンスのしていない。これはアンさんに聞くしかないと俺は一人でゲルマの店に向かう。
中に入っても店のカウンターには居らず、奥の方から何か戯れる声が聞こえる。ノックのをして扉を開くと、騎乗狼に片おさげを噛まれて頭から檻に引きずり込まれそうになっている。
アンさんは笑っているが騎乗狼は完全に捕食者の目をしている。これは危ないと、すぐさま檻の前でおさげを切り捨てアンさんを抱き留める。
アンさんはおさげを少し気にしていたが、危なかったことを説明するとありがとうとお礼を言ってくれた。ここにきた目的を言うと、「とりあえず、腕を離してもらってからでいいかな?」と言われて気付いたのでパッと手を離す。
いつの間にかついてきていたノルンとアナスタシアがドアの隙間からこちらを覗いて一言、ギルティと同時に呟いたのが重なった。