ガリア辺境伯邸到着、再会する狂った愛のストーカー
口車。それは、乗ってもよい安全な車両と、廃棄寸前の乗ってはいけないおんぼろな車両と、大まかにいえば二種類である。
ノルンの知り合いがいるかもしれない、という口車は非常に安心できる。……なんて、甘っちょろいことを考えていた時期が俺にもありました。
実際はノルンの知り合いなんて居らず(抑ノルンは隔離されていたので知り合いはマルコスぐらいのもの)、麻布の薄着をさせられている亜人女性の奴隷が何人もいて、仲間にして欲しそうに此方を見ている。
そんな目でこちらを見られていても残念ながらド○クエのようにそうポンポン仲間にしてやれないし、そんな義理も惚れもない。
衛生的に環境は宜しくなく、トイレに行きたい人達の為に御者は馬車を止めることなく、皆恥辱に顔を赤らめて幌の隙間から排泄している。
御者に聞いたらガリア辺境伯は特殊性癖の持ち主、裏側ではその特殊な性癖故に数々の奴隷を潰してきて、貴族たちの間では『奴隷潰し』『性癖殺し』と忌み嫌われているらしい。
それもそうだろう。どんなに特殊な性癖を持っていても、それを発揮出来るのは社会的地位を鑑みれば奴隷以外に他はない。
その奴隷でさえ、貴族からしてもそこそこ高い買い物になるのだ。奴隷を楽に仕入れられる事は、自分で消費するんでもふっかけて転売するんでも、それだけである程度の他貴族に優位性を持つのである。
その上、辺境にあるという立地故になかなかに広大な領地を持つ。広いと言うことはその分人が住めて税収がそれなりに入ってくる。貴族個々人で商売でもすればより収入が増える。
貴族達はそんなガリア辺境伯に軽蔑と羨望の相反する眼差しを向けるのだ。貴族達はそんなことをしているのなら善政に集中してほしいものだ。やれやれだぜ。
勿論排泄の折はノルンに耳を押さえて貰いながら、自分で目を隠し後ろを向いている。後ろを向いて耳だけ塞げ?嫌だね。それだと流れていったモノが目に入ってしまう。俺にはそんな趣味はない。
日が落ちてきて魔物が活性化し始める頃、俺達は(馬と御者の)休憩をするために小さな村に泊まらせて貰う事になった。
何分、小さな村故に食事処などあるわけがない。よって、俺が村民の方々から野菜や肉をお裾分けしてもらって、鍋を作ることになった。
俺が選ばれた理由は錬金術が使えることと、他に料理の心得がある人がいなかったがためである。村民の方にこれ以上頼むのは申し訳ないし、万一奴隷が火傷を負うものなら買い取りをしなければならなくなる。よって俺。
「そこの酔い兎の骨を抜いといてくれ。小骨が多いから見落とすなよ。」
「了解しました、ご主人様。」
「乾燥させた黒パンが余ってればこっちによこしてくれ。無ければ道具袋から取り出してくれ。」
「了解しました、ご主人様。」
今、俺が作っているのは酔い兎を乾燥させた肉で出汁を取った鍋料理を作っている。黒パンを予め浸しておく事で何となく嵩増しさせている。
獣臭さは栽培しているらしい貰ったハーブで誤魔化して、気にならない程度まで頑張った。この世界のハーブは総じて香りが強いらしい。
出来上がった酔い兎鍋は奴隷達にも振る舞われ、皆涙ながらに拝んで来たのでやめてほしい。一方ノルンに関しては、料理中のお返事然り、口数が増えて少しずつ心を開いている傾向にある。喜ばしい傾向だ。
「ごすりんさまぁ?おしゃけ、いれたら、だぁめれすよぉ?ヒック」
酔い兎を使ったのは失敗だった……か?今となっては仕方無い事だがエルフも成人するまで飲んではいけないみたいで、その年齢は二千歳だそうだ。
明くる日も幌馬車の荷台で疑似ドナドナしている。今朝はノルンが顔を赤らめて昨日の夜の事を聞いてきた。勿論、嘘偽りなく答えてある。
あの後は気持ちが悪くなったと言うので村の端に行って吐かせたら、初めての遠出による疲れからか戻った時には腕の中でスヤスヤと寝ていた。
何度も頭を下げてきたがその度にしょうがない事だった、仕方がないと言って慰めた。年齢は遥かに長いにもかかわらず、肉体年齢は人間の同じ位の子供と対して変わらないようだ。二日酔いらしい。
その日は何もなくドナっていた。魔物も来ない、盗賊も来ない、乞食も無い。平和な一日だった。ただ一つ変化があった事と言えば、仲間にしてほしそうに此方を見ている目が強くなった事か。
今日は雨だ。今日はノルンに歌詞を教えて歌いながらドナっていると、御者からもう少しで着くと教えられて、御者も一緒に歌ってくれた。
その影響でなのか少し寄ってきた魔物を、開発中の空気弾をはじき出して貫通させる魔法、『空気弾』を使うためのいい的にする事ができた。
弾の中の水素を爆発させて射出する方法と魔素を用いて射出する方法との二つを試したものの、前者は弾の推進力の為に予想より水素が必要になることが分かり、魔力消費は少ないものの指向性が若干損なわれ、後者は推進力に問題はなく、魔力消費を増やせば直進どころか追尾までした。
ぶっちゃけ前者は水素を魔素で集めなくても錬金術でどうにかなるから、魔力消費はほぼないに等しい。後者は魔力消費は比較しても微々たるものである。使い勝手はどっこいどっこいだが、使用する相手で決めればいいという結論に達した。
その他にも『灰燼雨』など、対象を消滅させてしまうような魔法は折角の素材が換金出来なくなることから、一旦封印しておこうと思った。
そうこうしていると、ガリア街に戻って来たようだ。門番の人達と御者さんが何かやりとりをしたあと、少しの間路肩で留まる事になった。
ガリア辺境伯邸から使者が来るようだったのだが、何らかの事情で遅れてくるらしく、開いた時間でノルンに訊かれた『アナスタシアとの出会いからノルンとの出会いまで』を、大雑把に聞かせた。
途中から周りの奴隷達も聞くようになったが、そこまで面白くはないと思うし、正直、ノルンにはカルゼさんの死であったり、サマリア夫妻の惨劇を大雑把にでも聞かせるのはまだ早い気がする。
話も終了に差し掛かってきたところで使者がやってきたので、さっと話して使者を含めた皆でドナった。歌うって気持ちいいな。
名簿から全ての奴隷が伯爵邸に降りたのを見計らって踏み台を荷車の中に入れる。奴隷達とはここでお別れとなる。最初よりも明らかに、仲間になりたそうにこっちを見ている。
少しは仲良くなったつもりだが、流石にこいつらを養えるだけの財産は………あるけども。こんな大所帯で俺の目的のために動くことは出来そうにない。
「にしても、広いな。ドーム何個分だろ?」
「?どーむ?」
「ああ、ドームだ。やっほーーーーーー…………」
「やっほーーー………」
心無しか木霊が返ってきたような気がする。ノルンも一緒にやってくれたからかな?いや、関係ないか。いや、ほんとに広い。
門をくぐると最奥に屋敷が建ちその左右に校庭程の庭に、美しい様々な植物が四区画に広がりポツポツと庭師用の小屋が建っている。
屋敷は遠目に見ても豪華で且つ荘厳で品のある外観に意匠を凝らした生け垣と、美術的な学が無いにもかかわらず惚れ惚れする出来だった。
そして、今更だが何故奴隷の搬入が正面玄関なのか使者に聞いてみると、主には何か狙いがあるのだろうと、使者もよく分かっていない様子であった。
とりあえず、やることはやったし御者と一緒にまたラヴェルまでドナろうと思ったのだが、使者が雨がやむまでここにいてもらっていいと、ガリア辺境伯から伝言を伝えてくれたので、お言葉に甘える事にした。
俺とノルン、御者さんで二つ部屋を用意してもらって、少し部屋の中で濡れた服や髪などを魔法で乾かした。改めて思うが魔法って便利だな。
乾ききったのと同じタイミングで、使者が夕食の用意が出来たと部屋にきて告げたので、ノルンを連れて食事をする為の部屋に行く。
お金持ちは一つ一つの用途に於いて部屋を用意したがるから嫌だ。見栄を張りたい、権力を誇示したい、と言うのは分かるがそのために機能性を失っては元も子もなさそうである。
中に入ると純白のクロスを敷いたロングテーブルに等間隔に二つ燭台があり、上座に座って瞑目している人と、その脇に侍っている人がいる。扉が閉まると同時、ゆっくりとその眼を開く。
上座に座っているのはガリア辺境伯なのだろう、黒地に金の刺繍のされたナポレオンジャケットを着ている。黒髪のオールバックとキリッとつり上がった三白眼が美形を引き立たせるも、何人もの屍を踏み潰してきたような澱んだ深紅の双眸と、研鑽が積まれ研ぎ澄まされた刃のような雰囲気が台無しにして、本来憧憬であった第一印象が畏怖へと姿を変える。
その脇に侍っているのは燕尾服を着ているが男性ではなく男性的な女性であった。晴れたような空色のショートカット、薄く細められた眠たげな琥珀色の瞳、しかし、そんなふわふわした印象からは想像も出来ぬ程の魔力量を『魔流視』が感じ取る。よく見ると使者も同じ顔をしている。
一言で言うのなら異常だ。なにがと聞かれれば、どう答えてよいものか考えてしまう。ガリア辺境伯からは誰か考えたのか『性癖殺し』の片鱗は伺えない。考えた奴は絶対闇討ちされてると思う。
「貴様が、ヴェア・ヴォルフか?」
「はい。では、あなたが………?」
「ああ。貴族達に言われている『性癖殺し』、ダンテ・ナルキス・ガリア辺境伯とは私の事だ。今回は御苦労であった。」
口を開いたガリア辺境伯からはやはり威厳が感じられ、一言一言に背筋が伸びる思いである。やはり言い出した奴は今頃大地の一部なのだろう。
「本日はどうもありがとうございます。」
「うむ。折角の飯が冷めてしまうからな、取り敢えず席に着け。隣の子供と共にな。」
そして、ノルンと共に並んで座ると、ガリア辺境伯が纏っていた威圧感がふと消える。本来の威厳は残ったままだがそれでも大きく雰囲気が変わる。
「すまないな、少なくとも初対面の人間には今のように接することにしているのだ。それだけで相手の精神力や力量が図れるからな。それにしても、タフィーが見込んだだけはあるな。」
「ええまぁ、俺のギフトに『雰囲気』があるのでそれを応用して、感じる雰囲気の波長と反対の波長を流して打ち消せば皆同じですので。」
「そうか、通りで。やはり、タフィーが見込んだだけはあるな。」
そう言うと、ガリア辺境伯は柔和に微笑み、そして優雅に食事を口に運ぶ。女性なら落ちてるな。大事な話は食事の後だ、とだけ言ってそのまま舌鼓を打つ。
ノルンが料理と俺の顔とをキョロキョロと見回している。あ、俺が食べ始めるのを待っているのか。そう思い俺も夕食を食べ始める。
実に有意義な時間だった。あそこまで美味しい料理は初めて食べたような気がする。それはそうと、食べ終わったからにはお話をしなければならない。俺からは何もないのだがな。
「それで、お前らは何の為に来た?」
「………頼み事である、護衛をしてきただけですが?」
「…………は?」
「…………いや、え?」
「お前らは何か俺に何かをしてほしいんじゃあ?」
「ないですね。」
ん?何か情報の齟齬があるようだな。話を纏めるとオズワルトは俺達を此処に寄越してただ紹介したかっただけで、ガリア辺境伯は俺がくるということを聴いてガリア辺境伯にすり寄り、その権力の庇護を求めに来たと早とちりしたようだ。
「タフィーは言葉足らずな所があるからな。代わりに謝罪をしておく、すまない。」
「いえいえ、気にしないで下さい。それと、気になった事があるのですが。」
「なんだ、俺に出来ることであれば何でも言ってくれ。大抵の事は出来るはずだ。」
「では、お言葉に甘えて。───何故、『性癖殺し』を否定しないのですか?というと、可笑しいですね。何故、そう呼ばれることを是としているのですか?」
そう言うと、使者は袖から短杖の石突を俺の眉間に突きつけ、今まで舟を漕いでいた燕尾服の女性はどこからともなく短剣を取り出して、俺の腕を縄で縛り首に刃を突き立てる。首の薄皮が切れて一筋の赤が流れる。
「よせ、お前ら。俺の客人だ、手を下すときは俺が下す。手を出したら殺す。BHF-216、お前は後で部屋に来い、覚悟しておけ。CHF-216は短杖をひけ。お前も後で来たいのか?」
そう言うとしょんぼりとして燕尾服の女性、BHF-216と呼ばれた女性は俺の首にハンカチを当てて小さく何かの魔法を唱えた後、傷と共に血を拭き取り、縄を解いた。
CHF-216と呼ばれた使者も短杖を袖に戻し席に着いて、改めて話をしてもらおうとガリア辺境伯を見ると、この話は一旦明日に持ち越させてくれと言って席を立つ。
BHF-216とCHF-216は食器を片付けながら出ていけと目で訴えかけて来る。しょうがなく、与えられた客室に戻り、ノルンと寝具の確認だけして眠ることにした。
窓から差し込む日の光を天蓋越しに受けてうっすらと目を覚ます。この柔らかいベッドは大きく、俺とノルンが横に並んで寝ても力士が後二人ぐらい入れる程に広い。
ノルンは未だスヤスヤと寝息をたてている。今の季節は分からないが、窓から吹き込んだ風に身震いをするほどには最近は寒い。多分秋だな。
ノルンとの間がもぞもぞしていると思った瞬間、そこから見覚えのある、綺麗な黒髪の女性が裸で抱きついてきた。それはあの村に置いてきた筈のひと。
「おはようございます!あ、な、た!」
「うぉっ……てぇ?!フローラ?!」
俺の大声を聞きつけたのか、何事かとバタバタとBHF-216とCHF-216の二人が勢いよく扉を開けて、片や短剣片や短杖を此方に向けている。
ストライプの上下パジャマに同柄のナイトキャップって、初めてみた気がする。いや、そんなことないかな?どうだろ。
俺、未だに寝ているノルン、いつの間にかベッドから降りて下着を装着しているフローラを順に見やり、CHF-216がスッといなくなって恐らく衛兵かガリア辺境伯を呼びに行った。
BHF-216は俺の方へ顔を向けて、何故『狂愛』がここにいるのかと問うてきたがこちらの方が知りたい。ここのセキュリティー緩いんじゃない?
「『狂愛』に告ぐ。何故この場所へと来れたのか、又、何故ここへきたのかを速やかに答えろ。繰り返す。何故この場所へも来れたのか、又、何故ここへきたのかを速やかに答えろ。さもなくば無理やり吐かせるまでだが………?」
「知らないわよ。私は私の旦那様に会いに来ただけよ?ここに来れたのだってこの人特有の『匂い』を辿って来ただけだし、何故ここに入れたかなんてここの守りが薄かったんじゃない?ほら、私強いから。そんなコソ泥から守れる程度の守備じゃ私は素通り出来るわよ。」
それを聞いたBHF-216は驚愕している。やっぱり、最高レベルの警備体制のようでアルビノでも崩せないのにと呟いている。あれ?フローラって強いん?
「さすが『狂愛』、と言ったところか。」
「なら私は差し詰めありがとう、と言ったところかしら?」
「なんだ?侵入者か……ってなんだ、フローラか。よく来たな、と言うよりよく来れたな。」
すると、フローラは振り返ってお久しぶりと言ってまた服を着始めた。上下とも黒のブラウスとロングスカートとなかなかに似合っている。てか、フローラ知り合いが居たのね。
「あの…ガリア様、お知り合い…ですか?」
「あぁ、昔ちょっとな。」
「ええ、昔ちょっと……ね?」
そう言ってフローラは舌なめずりをして、ミステリアスな雰囲気をつくる。フローラの事だから、殺し合いたいなんて言って迫ったのだろう。少なからずも予想が当たっているのは知る由もない。
ガリア辺境伯が廊下へSHF-216という人を呼ぶとテキパキとガリア辺境伯を着替えさせている。本人も着替えさせられている。一人で着替えろよ。
「んじゃ、一人無駄に増えたが役者はそろったことだし、昨日の話の続きを話そうか。ここじゃあれだなし着替えてから俺の執務室に来てくれ。」
そう言ってそのまま部屋から出ていくガリア辺境伯。フローラはつまらなそうにウェーブのかかった黒髪を捻っている。うーん、なんかドタバタしている。
着替えながらノルンを起こす、ってまだノルンは寝ているのか。
「起きろ~、ノルン~?おーい、え?おい、ノルン?ノルン!おい!」
「ひゃい!なんれしょう!………あれ?」
寝ぼけ眼で辺りを見回すノルンはフローラを見ると誰なのかと問うている。あーあ、最初から説明か。なかなかにだるいな。
着替えながらノルンに説明をし終えると、SHF-216と呼ばれた人が部屋に入り執務室まで案内をすると言って手招きする。
フローラは私も行って良いのか聞いてきたが、俺の知ったことではいのでついて来れば良いと言うと、ありがとうと言って抱きついてきた。ノルン、真似をするでない。
フローラを連れ立って案内された執務室に入ると、瞑目し丸眼鏡かけて腕を組むガリア辺境伯が座っていた。彼は待つときは必ず瞑目するのだろうか。
「それでは、始めよう。遡ること六代前のガリア辺境伯、マクベス・ナルキス・ガリアの頃の話だ。」