アナスタシアの発見と諸々の面倒
何故、私が迷子なのか。ノルンちゃんが迷子じゃないのか。その問いに対する答えは、私が方向音痴であるからというものになる。
もしノルンちゃんが方向音痴ならどうにもならないがそうではない気がする。虫の知らせと言うや
つだろうか主殿と共に捜してもらっている感じがする。
方向音痴が動いているのは良くないと聞いたことがある、と言うより当然至極だが迷惑はかけたくない一心から私は私から主殿を捜しに行くことにした。
ここで、動いてしまったことが大きな判断ミスであることは火をみるより明らかであるのだが、そこに今は気付けない。
とりあえず何か二人の痕跡が無いか探しながら街を練り歩くも、街中の石畳に足跡がつくのは体重が異常に重い人か、足の形状が特殊な魔族ぐらいだと思い至り捜索を打ち止めにする。
だがしかし、遅かった。周囲を見ると人が疎らになり、建物は壁が崩れ始めている。道の端には浮浪者の天幕が張ってあり、物陰から少年が此方を睨み付けて奥へ消えていった。
見たことがある訳ではないがこれは所謂スラムというやつなのだろう。先程財布に伸ばされた手を叩き落としたのが五回目なので間違いないだろう。
また少し奥へと歩いていると、奥からゾロゾロと屈強な男性が沸いてくる。どれも蛮族のような格好で一人は斧やナイフを、他は縄を持っている。
「おいおい嬢ちゃん、ここがどこか分かって来てんのかい?嬢ちゃんみたいなのが居るから、俺らは儲かるんだが、本当はこんな事をしたくないんだよなぁ?」
目の前のクズは気色の悪い下卑た嗤いでこちらを嘗め回すように見つめて言う。それに同調するかのように周囲のクズも笑い出す。
クズ共の背後には先程物陰から見ていた少年が、クズを盾に隠れるようにして睨みつけてくる。なる程、このガキがクズ共を呼びつけたのか。いい根性をしている。
「クズ共、私が誰か知っていて呼び止めているのではあるまいな?」
「ははっ、何?あんたはどこかの良家の嬢ちゃんだって?ハッそんな奴はこんなとこに来ねえよ。てか、俺らがクズだって?冗談もいい加減に───」
そうか、彼等は私の身分と言うより肩書きを知らないのか。無理もない、恐らく私がそう呼ばれていたのは何千年か前の話だからな。
「そうか、クズ共。ならば名乗らせて頂こうか。
私の名はアナスタシア・バビロニウス・エンペル、三代目『《理》の魔女』にして、亡国エンペル帝国の第十二皇女である!本来話しかけてきた時点死をもってしても生温いと言わせる程の罪に値するが私は寛大だ、一瞬で殺してやる。そこを一列に並べ。順に首をはねてやるが安心しろ、首が胴体とお別れしたあとに死んだことを理解するからな。」
「人が話してるんだからさぁ、話を遮るなよなぁ?お前ら………ぁ?」
珍しく自ら口上を垂れてしまった。自分の魔力をこんなクズ共の為に使ってしまうのは、少々いただけないが言ってしまったものは取り消せない。
無詠唱で『生物創造』で魔物『鎌鼬』を創り手始めに目の前クズを殺させる。………つもりが制御を誤り後ろの少年以外を切り刻んでしまった。
タイムリミットが過ぎ鎌鼬が消滅したが、唯一残ってしまったクズはその場で立ち尽くし失禁している。穢らわしいことこの上ないが始末して行くか。
「オイ、姉ちゃん!コイツを殺すのか?」
「私は今、自らの失態ではあれど非常に機嫌が悪い。邪魔立てするなら一緒に始末してやろうか?」
「俺らのボスと会ってくれないか?そうすりゃ、姉ちゃんから財布をすらせたことをボスは謝罪すると思うんだ!」
だから何だというのか。私は謝罪が欲しいのではない、制裁を加えたいだけだ。言ってしまえば、奴らのしでかした事に対する憂さ晴らしである。
「それに姉ちゃんは人に捜されてんだろ?俺らのボスがこっちに来るように誘導するらしいから、待ってれば下手に歩き回るより見つかると思うんだけど?」
………口車にのるのは癪だがしょうがない、待たせて貰うとしよう。
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「なぁ、兄ちゃん達か?メイドの姉ちゃん捜してんのって。」
スラムの入り口で少年に呼ばれ立ち止まる。詳しく問い詰めると、アナスタシアと特徴がほぼ合致した人を匿っているという。
本当かどうか考えていると、ノルンが袖を引っ張ってきたので何かと尋ねると、本当だと言っているので根拠を訊くと私には分かると言っていた。嘘をついているふうでもないからそのままついていった。
後から聞いた話で、ノルンは相手の考えていることがぼんやりとではあれど分かるらしい。そう言えば以前アナスタシアがオッドアイは魔眼持ちである証拠だといっていたような…………?
俺の後ろを歩いていれば大丈夫だ!と少年が快活に言っていたが何が大丈夫だ。何度もアナ首をすられかけた。その度に手を叩き落とすのに苦労した。
時折、ノルンに手を伸ばそうとしている輩もいたので途中からノルンを抱えて歩いた。ただし、お姫様抱っこなんてキザな持ち方でなく子供が人形を持つ持ち方だが。あ、これでも顔は赤くなるんですね。
伸ばしてきた手を叩き落としたり、ノルンを肩車してノルンの頭から湯気が出たりと、そんなこんなありながらも首領のいる館についた。
館に着くと下女の人?が何人かでお出迎えをしてくれる。少年は自分で案内をすると言って下女を下げさせた。こいつ下っ端じゃないのかな?
見た目はこの世界で一般的なタコ屋敷のような洋館風ではなく、うろ覚えだが確か四合院という建築方式だったような気がする。中庭に四方から入れるから四合院だと思う。多分、きっと、そうだろう。
どこかひっそりとした周囲の人の佇まいと裏腹に、奥からは何かで遊んでいるのか、大きい笑い声が聞こえる。あれ?アナスタシアって無理やり閉じ込められたんじゃないのん?
少年が部屋の扉を軽くノックするとあーいと、軽い返事が返ってきたので少年と共に中に入る。そこには、机の上にボードを乗せて駒を動かしている二人。お菓子をつまみながら遊ぶアナスタシアとダンディーなおじさん、いや、おじ様?
「やあやあ、アンタがこの娘っ子の主かい?ナイトでクイーンを取って……」
「ええ、まあ。ヴェア・ヴォルフです。で、それが何か?」
「ん?あぁ、ちょいとね。一応、ダメ元で訊くんやけど、この娘っ子ウチに譲る気ぃあらへん?この子なかなか優秀やさかい、アンタにはもったいないなー、て思」
「嫌です。」
「うわあ、食い気味やん。」
謎のエセ関西弁のおじ様が、ってもうおじ様じゃなくておっさんでいいや、それがアナスタシアとチェスのようなゲームをしているが、明らかにおっさんが優勢である。キング一つ対キング+クイーン×六戦況をひっくり返すのももう無理だな。
「あっ、チェックメイトだ……って主殿!私を心配してお迎えに来て下さったんですね!ありがとうございま、ぶふっ……」
「これはお仕置きだ。まだ小さいノルンの手を離して行くんじゃねえよ。もしノルンが攫われたらどうするつもりだったんだ?ええ?」
今更になって気付いて抱きつこうとしたアナスタシアを足で引っ掛けて転ばせる。勢い良く頭から床にぶつかったアナスタシアは、額を赤く腫らしてこれはこれで……なんて呟いている。
「堪忍したってぇな。この娘っ子、ここに着いてからずぅっとやっぱりアンタを捜しに行くんやーって言って聞かなかったんやから。せやからここで気ぃ紛らわすためにゲームをしとったんや。それでも主の帰投に気付かないんは、夢中になりすぎやし、そこつつかれたら何も言えへんけどな?アンタはアンタで自分が愛されてること自覚しぃや?下手したらアンタの周りから誰も居らんようになるで?この俺だってそこな下女だけじゃあ淋しいしせやからこうして遊んで貰てんの。何なら対応料とる?この子やったら高くつくんやろなぁ。」
まぁそんな事ならと了承する。勿論言われたとおり対応料を金貨一枚で取った。提案するんやなかったわぁ、と言っているが墓穴を掘ったのは己だ。
っと、そう言えばここがどこか………はある程度察しがついているが、コイツが誰か………も察しがついているが名前は知らん。聞いてないのだから。と、思ったが自ら名乗り出てくれた。
「そういや、まだ名前言うてへんかったなぁ。せやな、今しとかんと。俺の名前はタフィー・オズワルト。ここ、ラヴェルのスラムの頭領をしとんのやけど、俺の目ぇが行き届くんはラヴェルだけの小物やから、あんまし期待せえへんといてな。あと、これは秘密なんやけど────」
そこで切って声を整えてーの爆弾発言。
『────俺の本名は真田薫や。一応俺の中では転生者って考えてんの。んでもってアンタもやろ?』
それは日本語で発せられ、周囲の人は誰も彼も頭の上にクエスチョンマークを掲げ、表情の表層には出していないが、何語で言ってるんだろう?と、考えていることだろう。アナスタシアだけは直接俺にコソッと訊いてきたが。
元より隠すつもりは毛頭無い。この世界の魔法事情に詳しくないが故に、異世界から人間がよくくるのかは分からないが多分そんなことはないのだろう。
『何で分かんのやって顔しとるよ?ふふん、教えてやるわ。理由は簡単、この家の造りに驚いておらんことやね。地球じゃ四合院っちゅう造りなんやけど、この世界じゃ同じ造りをしているところが一つの地域しかあらへん。しかもそこに行くんもそこから来るんも、その地域の法で定められた成人になってから。そこだと成人は二十歳なんやって。つまりや、あんたは四合院を知ることは出来まへん。そんで外国人みたいな名前やったから転生者と思っとる。どや?名推理やろ?』
タフィー・オズワルトは、これなら西の高校生探偵も越えられるんちゃうんかいな?などとのたまって呵々として笑う。
これには正直に答えない方がいいと直感が判断する。この選択が後にどう関わっていくかは俺には分からないが、少なくとも転生者だと答えない方がいい。そう判断する。
「オズワルトさん、あなたどこの言葉を喋っていたんですか?」
「あぇ?ああいや、ははっ、あっれぇ?精度が落ちたんかな?」
「精度がどうかしたんですか?」
「いや、カンニングなんてしてへんよ、ってそんなこと訊いてへんかったな。」
せやな、せやな。と言ってオズワルトは頭をかいている。精度と言うのは詰まる所、『鑑定』のことなのだろう。
其処に何が書いてあったのか知り得ないが、記憶が無い事を特に気にしている様子や以前の状態について、何も言及しないので記憶を無してからのことしか書いてなかったのだろう。
無論、『鑑定』はギフトではあるが故に、間違いなど存在しないが、勘違いしてくれている分にはありがたい限りである。
「んで、アンタに頼みがあるんやけど。」
「えっ?頼みですか?」
「せやせや。あの娘っ子、ウチの用心棒が声かけたら皆殺しちまうんやからびっくりやわ。他にも手ぇ出そうとしたスラムの奴らには両手切り落とされたっちゅう奴らもおんねん。そこでアンタには借りがある。もっと言えばあの娘っ子を保護していた事でもや。せやから………頼み、聞いてくれるな?」
「わかりましたけど、こちらにも予定があるので出来る事だけならやりますよ。」
「よっしゃ、契約成立やな。」
そう言って握手を交わし、下女から契約書を取り出してもらい、期限などしっかり漏れがないよう契約内容を書く。この契約は魂に刻まれることから逃れることは出来ないらしいので、それを考えるとより入念に見直してからサインをする。
………待てよ?このおっさんが保護しなかったら、ここって更地になってたのかな?だとしたらただの自衛手段ってだけで借りにならないんじゃ…?
アナスタシアの肉体は人造人間なのだから目の前でアナ首で始末すれば魂はアナ首へ、自ら処刑したとあればこの世にアナスタシアがいないと思わせられる。後で顔と髪色と目の色を変えればいけるんじゃ……?
そんなことを考えても後の祭、なるようにしかならない。被害報告を聞いてゾッとしたので、後でアナスタシアは絶対にシバく。てか、あいつ戦えるのかよ。色々心配して損したな。
それよか用心棒を殺せるっておっさんの方が弱いの?アナスタシアが強いの?考えていても仕方がない。殺っちゃったもんは殺っちゃったんだから。
今更悔いても仕方ない。そうだ、仕方なかったんだ。己にそう言い聞かせながらアナスタシアの後頭部をシバく。痛がってるアナスタシアはどこか嬉しそうだ。まさかコイツMだったのか………?
「んじゃ早速。頼みたいっちゅーのは護衛や。近々ガリア領のあるお家に荷物を運んで行って欲しいんや。」
「ガリア領?ガリア街じゃなくて?」
「ああ、そこはガリア辺境伯直轄の統括地やな。ガリア領は無駄に広いから辺境伯の息子たちが別れて統括しているんやけど、ガリア街はその辺境伯の直轄統括地ってわけや。目的地はその辺境伯邸、辺境伯の御屋敷なんや。」
貴族がスラムの統括者と何の関係が?と思ったがどうやらガリアが何かの用事で出掛けた所を、魔物に追われて這々の体で逃げていたら、オズワルトに助けられたと言う。
意味もない勘ぐりだがコイツを見ているとマッチポンプな気がしてならない。それが元でガリアの性癖に合う奴隷を割安で売買している。貴族の裏の黒い所が見えた気がする。
奴隷か………。多分、あそこなんだろうな。自分から、裏の人間には通用するって言ってたし。いや、あんな胡散臭い人じゃないかも知れないし、確かめるしかないのか………。憂鬱だ。
「んじゃあ、その荷物って」
「せや、奴隷やで。それも、そこの嬢ちゃんが居たっていうあの『隷属館』の奴隷や。もしかしたら、嬢ちゃんの友達がおるんやない?」
「……はぁ、だろうとは思ったけど。なら、またマルコスの所に行かなきゃだな。んで、近々って言ってたけど、実際はいつぐらいなの?」
「なんや、いきなり口悪なってへん?まあ、いいわ。せやな、うーん………三日後、それが一番妥当やな。三日後にガリア方面の門の前で待っとって。獣車やと傷がつくから馬車で街道を通る事にするから、魔法を使うんやったら御者台か荷車の後ろに乗って使わへんのやったら馬に乗りや。馬にも乗れへんのやったら………着くまでの間に奴隷たちの面倒を見たってな。あー忙しい忙しい。おーい、これマルコスさんに渡したって。さっきのチェスの圧勝がつまらんくて今更イライラしててん、早よ出てって。ほなら、また明明後日な。」
何だコイツ、情緒不安定かよ。まあ、この世界には転生者もいるって分かったのが一番の収穫かな。……お仕置き何にしようかな。
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三日経った。錬金術を使ってノルンのメイド服を創ったり、混合物から純物質として抽出出来るようになったり、魔法のレベルを最小限に抑えて人並みの威力に出来たりと、なかなかに有意義な時間だったように感じる。
そして今。俺達は門の下で馬車を待っている。アナスタシアは理の魔女の話を黙っていたので今は帰るまで待機命令を出している。
その代わり、と言ってはなんだがノルンを連れて行く。いるかもしれない旧友と再開すると言う名目で、もう少し仲良くなりたいと言うのが本音だ。
アナスタシアをシバいてから、いや、最初からあまり反応が芳しくないのである。頼み事はしっかり行ってくれるし、むしろアナスタシアが見習った方がいいレベルで完璧にこなしてくれる。
ただ、アナスタシアならばなかなかのハイテンションで「分かりました!主殿!」なんて言っているのだがノルンは「……(コクッ)。」と、頷いているだけなのだ。
仕事は完璧だから言うことは分かっているのだろうし、アナスタシアほどテンションを上げて欲しい訳ではないけれど、どこか距離を置かれているように思えてならない。
という訳で、これから一週間の間ノルンとお仕事デートとするわけである。変態紳士なんかじゃないんだからっ、勘違いしないでよねっ!……………自分で考えていて反吐が出そうになった瞬間である。
「ノルン、また迷子にならないように手を繋ごうか。」
「(コクッ)。」
………言葉で反応を返してくれないなんて。せめて投げ返さなくて良いから、せめてゴロで中継して欲しいなと思う今日この頃。
そんな訳で(どんなだよ)言葉を返さないノルンは本人に何か心的な問題があるんじゃないか、そう思ったので、『鑑定』をしてみた。
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名前 ノルン・プリンケプス・ヴォルヴァ
種族 混血亜人[エルフ・ダークエルフ・聖霊]
年齢 106
ギフト 『思念書見』『秤の魔女(仮)』
スキル 『魔力増幅』
魔法適性 光 闇 聖 邪
状態 健康 隷属 魔女の繭
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なんか、厄介事の種みたいな感じがある。ミドルネームがあるだなんて聞いてないぞ?亡国だから名乗る必要が無くなったのだろうか。
それに年齢って人間なら敬語どころか皆から労られるレベルじゃ?……いや、エルフやダークエルフの場合人間の寿命として見るときは、百分の一にするらしいし、それなら十歳になるのか。
思念書見もそうだが、魔女って………帰ったら魔女について聞いてみるか。それの影響なのか魔法適性の種類が豊富だな。関連性もまた聞いてみるか。
知りたいことが山のように増えていく感覚。知的好奇心を擽る単語の数々。己の知識欲に身を焦がし、新しい事を知り得る快楽。
どうやらやはりここは前の世界と比べて、世界の殆どが明らかになっていないことで溢れているらしい。知り得ない現象に溢れる世界。
消えた記憶がうっすらと口角を上げさせている事に気がつかぬまま、やっと来た幌馬車に乗り込みガリア辺境伯邸を目指す。忘却より還る日は近い。