やって来た奴隷に迷子のアナスタシア
ラヴェルを街並みを見ていると様々なものを目にする事ができた。流石奴隷の街ラヴェル、と言ったところか。往来で貧相な麻布の服を着た人が多い。
ある冒険者の一行は荷物を持たせて最後尾に侍らせて、また、ある奴隷達は防具もつけず錆び付いて刃こぼれをした槍を持ち、恐らく金を稼ぎに行かされるのだろうが、あれでは少し囲まれたら全滅するだろう。また別の男は女の奴隷を肩に担いでいる。まぁ普通に考えれば愛玩奴隷だろう。
そんな街並みを見て、可哀想でも、怒るでも、そそられるでもなく、ただ興奮状態にある。付けた者の絶対服従をさせるあの首輪はどんな構造なのか、と。所謂、知的好奇心と言うやつだ。
「アナスタシアはあれの構造って知ってるの?」
「残念ながら、私もそこまでの知識はありませんね。あ、でもでも、中に組み込まれている魔法陣の情報量は半端ないことは確かです!」
「うん、それくらいは分かるから食い気味に寄ってくるのは止めような。」
そうやってくっつかれると腕に当たるんだよな。二つのメロンがね。我ながらよくこの肉体を錬成出来たと感心している。
今日はこれから、奴隷市の天幕で奴隷を見学する。けして冷やかしに行くわけではない。見学だ。見学をするのだ。ウィンドウショッピングだ。
そうこうしている合間にも天幕に到着。ドキドキしながらも中に入ると、燕尾服を着て室内なのにシルクハットを被る、肌の黒い銀髪に黒い双眸のやせ細った老人が、薄気味悪いような胡散臭いような笑みを浮かべ佇んでいた。
「当店にお越しくださり誠に御礼申し上げます。私『隷属館公国支部ラヴェル支店』店長のマルコス・パトリックと申します。以後お見知り置きを。」
そう言って深々と礼をして起こした体で俺とアナスタシアを舐めるように見て、何を考えたのか少しだけ口角が上がった。
「本日は如何様でございますか?」
「奴隷売買の見学がしたい。」
「なる程。ですがしかし、生憎と今はお客様以外にお客が居りません故、売買の見学、と言うより奴隷の見学という形になりますかと。如何なさいます?」
「わかった、それならしょうがないな。」
そうして、俺とアナスタシアは案内される。最初はまず、戦闘奴隷から見て回った。左右の檻の中に、目をギラギラとさせた奴らがいっぱいいる。無論、手枷足枷が着いているが。
屈強な戦士たちの中には所々、手枷足枷がなく大きな手錠のようなものも嵌めたもやしみたいな者がいて、パトリックに聞くと魔法を使えないようにしているらしい。どうやら手錠が大きいと強大な魔法を放てる事になるらしい。
更に進むにつれて段々奴隷達が細くなっていく。枷を着けなくなった辺りでここまでが貴族用、ここからが平民用と言っていた。
次は愛玩奴隷、言ってしまえば性奴隷が集まる所だった。何故手足を壁に埋め込まれて猿轡もしていたのか聞くと、パトリック曰わく、檻の隙間から手を出して商品に傷が付いたりするのを防ぎ、猿轡をする事で自害もさせないようにした、とのこと。
貴族はやはり業が深いのか、多種多様な性癖に対応出来るようになっていた。やはり平民用になると、基本的に貧相な体つきをしていた。皆真っ裸だが、俺は今賢者である。今はまだ眠りたまえマイサン。
最後は罪を犯した犯罪奴隷たちだった。一応、男女別にはなっていたが、檻から手が出てきてちょっと怖かった。商品とも考えてないのかもやしが多い。
こっちは貴族用などの区別はなく、売るとしてもそこまで高い訳ではないらしい。基本的に鉱山に入って作業、田畑で作業、など労働者として買われるらしい。
「これで当店が扱っております奴隷は以上になります。何かご質問等はございますか?」
「何で店員が店長だけなの?」
「いやはや、痛い所を突かれましたな。実はですね、ある従業員が店の資金を持って蒸発しまして、とっつかまえたは良いんですが勇者を名乗る人物に脅されていたので逃げるために渡した、といってまして。そのせいで他の従業員に給料が渡せず、給料分の奴隷を現物支給で解雇、他のラヴェルの同業者に聞いたらどこもかしこもそんな感じで。勇者は今どこに居るやら。見付けたら奴隷に堕としてやりたいですよ。」
あ、マジか。すみません、殺しちゃいました。テヘペロ。なんて口が裂けても言えない。ほんと岡部はどうしようもないクズ野郎だな。
「まあ、誰かが殺ってくれたようですがね?」
「バレてましたか……」
「たまたまですよ、たまたま。偶然勇者を名乗る人物を見つけて、追いかけたら偶然あなたがいて。殺っちゃって、店に戻って来て、来たらいいなと思ってたら偶然やってきた。そんなとこですよ。」
「へぇ、偶然ですか。」
「なので、同業者に連絡しておいたのですよ。お礼をしなければならない人が来たと。」
そう言うと、奥の方からゾロゾロと色々な人がやってきた。これは御礼参りというやつじゃなかろうか。どうやって逃げようか考えていると、パトリックが口を開いた。
「なので、我々が厳選したこの奴隷を差し上げた上で、援助をしていただきたいなと。」
もう少し話を聞いた上で要約すると、最上級の奴隷をやるから護衛を雇うお金頂戴?という事らしい。まぁ、余りに余っているし元々そうしようと思っていたからちょうどいいな。
「護衛の相場がわからないが金貨十枚でたりるか?」
「ええ、ええ!足りますとも!ありがとうございます!まぁ、また何か御座いましたらラヴェルのマルコスの名前を使って頂ければ裏の商売では何かと役にたつと思いますので。どうぞこれからもご贔屓に。」
裏の商売で名前を使って良いとは……コイツの身分って何なんだよ。裏世界の首領ってやつか?なんかヤバいやつと関わり合いを持っちまったな………
御礼は後日しっかりと護衛をつけて宿に届けられるらしいのでそれでその場は解散、俺とアナスタシアは手持ち無沙汰に街をぶらつく。
「なんか、良いですよね~。こう、英雄譚の始まりっぽくて。あれ?だとしたら私最後の最後で死ぬの?やだなー、絶対守ってくださいよ?」
「なぁ、アナスタシアは黙れないのか?俺は今昼飯のことで頭がいっぱいなんだ。」
「それでしたらそこらへんの飲食店に行けばいいんじゃないんですか?あとあと、アナスタシアじゃなくて、アナって呼んで下さいよ。」
「昼飯はあそこにしよう。」
他愛もない話(無視)をしていると、いい匂いがしてきた店に入る。店内は冒険者達でごった返し、店員も慌てふためいている。
他の客が食べているものを見ると肉類のジャンクフードが多く、メニューを見ても何ちゃらシープの串焼きや何とかボアの焼き肉などが多かった。
中には元の世界の料理があり俺とアナスタシアはそれを頼むことにした。こっちにきてから初めての日本食、ナイスだ料理の勇者。
「すみませーん、酔い兎の唐揚げと酔い兎の獣酒を二つ下さい」
「はぁーい!ただいまぁー!」
快活な店員の声が騒々しい店内に紛れる。すると程なくして、料理と飲物が運ばれてくる。照明が反射し黄金色に輝く肉汁が溢れんばかりの唐揚げ、赤茶け透き通り並々と注がれたエール。とても美味しそうである。と、一つ疑問が湧く。
「何でエールが一つなんですか?」
「あんた人族で未成年でしょう?なら出せないなぁ。」
「……ほら、これ。冒険者カード。ちゃんと十七って書いてあるでしょう?」
「ん?あ、ホントだ、すまんな。最近年齢詐称が多くってな。食事代サービスすっから店長に黙っといてくれ、な?」
そう言って大銅貨三枚を懐からだした。なる程、少し多いのはお詫びプラス口止め料ってとこかな。
「ああ、いいですよ別に。」
「お?そうかそうか!あんがとな、あんちゃん!」
するとちょっとして、別の人がエールを運んできた。奥から怒号が聞こえる。あー、自分からゲロっちゃったか。正直だな。さて、食べるか。
「いやあ、久し振りに獣酒を飲みましたが美味しいですね。それとこの唐揚げも美味しいです。出てくる前は宮廷で出ませんでしたから。」
「え、ん?宮廷?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?匕首は魂を封印してあっただけで、以前は肉体もありましたよ?これでも皇帝第五夫人の娘で第十二皇女ですよ?」
あれれー?おかしいぞー?そんなこと言ってたっけなー?これは態度を改めるべきか、いや、滅んだ国の皇女だ、そんなことを気にすることはないだろう。それよりも昔から唐揚げがあったのが驚きだ。前言撤回だぞ料理の勇者。
「あ、ちょっ、何で俺のやつも食うんだよ。てか、この唐揚げちょっと酒入ってない?」
「あぁ、酔い兎の血はお酒なんですよ。ほら、この獣酒はその血です。長い年月を経た酔い兎は強い酒になるそうです。他の特徴としては極めて温厚な魔物で、襲わない限り安全なので飼われたりします。温厚でも魔物なのでやっぱりフレブスの葉を餌にすると上質な肉、上質な酒になります。因みに宮廷では上質なフレブスを与えてましたね。お陰でとても美味しかったです。」
なんか知ってるよね?みたいな感じでフレブスの話を聞かされたな。ちょっとした驚きである。あ、だからコボルトはフレブスの咲く所に巣をおくのか。
この日の食事も美味しかったが、やっぱり何かが違ったようだ。小骨が喉に引っ掛かったようなかんじだ。
翌日、宿で待っているとあの爺さんが来た。マルコス・パトリックだ。隣には少女が立っている。出で立ちはどうも奴隷には見えない。
この少女の驚くべきは色違いの瞳とその肌だ。透き通るような金糸雀色の右目に輝くような白金の左目、つまりオッドアイに、顔とか細い腕や脚から覗かせる薄く雲がかかったような白菫の肌、つまり異色肌が特徴的でついでに言えば髪からエルフを思わせる尖った耳の先がちょこっと出ていている。亜麻色の髪を肩ほどで切りそろえ真っ白で高そうなワンピースを着た美少女。傷も何もなく、至って健康体の子、と言ってもただずっと虚空を見つめてばかりいるから精神的な方面ではどうかは分からないが。好待遇の奴隷って、でも最上級ならありえる……のか?
「この子ですよ。」
「この子ですか。」
至って簡潔なやりとりではあるが、ずっと手を繋いでいる辺り手放しがたい程高いのだろう。仕入れも大変そうだな。これからは俺の奴隷だからな、とりあえず互いの自己紹介でもしておくか。
「俺の名前はヴェア・ヴォルフという。君の主人になるものだ。君は?」
「……ノ……ヴォ…ァ。」
「もう一度、言ってごらん?」
「ノルン・ヴォルヴァ。」
「はい、よく出来ました。」
その後、パトリックと事務的なやりとりをする。まずは隷属化の呪陽陣をいれる。隷属させる方には呪陰陣をいれることで奴隷とすることが出来る。
そして、彼女の種族に生まれ故郷やそこでの文化の話、奴隷でない場合の本来の立場など色々教えてもらった。ナルホド、エルフの亡国の王族の末裔ね。おおっと、キャラが濃ゆい。
「で、彼女は何歳なのでしょうか。下手したら俺よりも年上?」
「いえ、それは無いでしょう。確か百年くらい前までのエルフ達は王族の崇拝が凄かったと言いましたでしょう?確か王族の初めあたりに人間だか魔族だかが混血になっていると聞きました。あの肌をみる限り魔族でしょう?それなら、恐らく生まれてから十八年から三十年の間までに成長が緩やかになります。成長スピードが人と同じなのはあと十五年まで。寿命は私の見立てですが行って千年でしょうね。その頃にはお客様も私ももう死んでますよ。」
ケラケラと笑っているが、ゾッとしない話なのでやめてほしい。あれ、死んだら奴隷契約ってどうなるんだろう?契約者死亡て契約破棄となるだろうな。
パトリックとの別れ際、パトリックもノルンも寂しい目をしていた。パトリックはダークエルフのようだし、案外親戚だったりするのかもしれない。…………まさかな。
「……まあ、なんだ、とりあえず、ノルンの分の生活用品を買いに行く。罰則の詳しい範囲は帰ってきてから。いいね?」
「……はい」
「買ってくるったって婦人服売り場は俺は行けないし、アナスタシア、お前が連れてけ。その間に罰則を決めておくから。」
「りょーかいです!さ、行きましょ!ノルンちゃん!ささ!」
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かくして、私、アナスタシアはノルンちゃんと共に生活用品探しの旅(笑)に出かけるのであった。迷子にならないように手をつないで、宿を飛び出してまず向かった先は呉服店だ。
ノルンちゃんはいま、奴隷とは思えないような服装をしている。無論、そこに異議を唱えるようなことはしない。主殿が承諾しているからだ。
ラヴェルに入ってからというもの、隙あらば移動中に雑貨を見て相場をおさえてある。なのでギリギリを攻めて沢山服を着させるプランでいく。
生前は皇女だったこともあり、金銭感覚がトチ狂っていたが、最近はそうでもないらしくモノをみれば、相場を言い当てられる位までは成長した。
「ノルンちゃんは肌の色が灰色だからなぁ、これよりもあれの方が似合うのかしら?ああ、でもこっちもすてがたいなぁ……うーん……そだ、ノルンちゃんの好きな色って何色?買うならその色も見ておきたいよね。」
「黒……が、好きです。でも、その……お姉ちゃんと、お、同じのが!………着たい…です…」
ナニコレ、メッチャカワイインデスケド。あっ、母性がぁ!刺激されりゅぅぅ!!……と、冗談は置いといても、可愛いな、くそう。くっころやくっころ。
それならば、と。アナスタシアは呉服屋を飛び出し、隣の仕立て屋からなかなかにいい生地を二色三ロールずつ買って店を出て、ポンポンその他生活雑貨を買い込み、宿に戻る。
時間にして一時間も経っていない。スピードショッピングで腰を抜かす主を想像しながら、いまだ成長しきらない柔らかい掌の感触を左手に感じる………ことなく左手が空をきる。ヤバい、迷子だ。私。
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出かけていった二人をよそに、どうしようか、どうやって暇を潰そうか。そればかりを考える。まるで日曜の昼下がりである。
剣術の練習?室内でする事じゃない。魔法の練習?危なくてそんな事できない。それも室内でする事じゃない。ゲームは無ぇ、漫画も無ぇ、勉強するにも道具がねぇ………道具はあるか。
ふと、錬金術の事が頭に浮かぶ。この世界において、錬金術は魔法が上手くできない人には攻撃用にしろ生活用にしろ何かと便利なもの、という立ち位置らしい。
手合わせ錬成とか出来るかな?何て思って近くに置いてあった林檎に棘を生やそうとしてみる。この感覚はー、えっと……そうだ、魔力の流れる感覚だ。
つまり、実験は失敗。理解すると同時に林檎の一部分から果肉が吹き出た。アナスタシアを創った時の手に伝わる感覚とは少し違った。
すると、頭から何かが湧いてきたような、それでいて物事を思い出したときの爽快感がでてくる。これは恐らく、新しいギフトの獲得の感覚である。
新しく手に入ったギフトは『特殊錬成』というやつだ。どうやら、錬成陣を用いない方法で錬金術を行えたり、錬金術と魔法の派生したモノを扱えるようになるらしい。何ともまあ、ご都合主義な事で。
林檎を直そうと林檎を手に取ると同時に宿の扉が勢い良く開いた。何事かと思い顔を向けると、ノルンが肩で息をしながら何か言っている。
「はぁ、はぁ……お…お姉ちゃんが…はぁ…はぁ」
「どうした?一回深呼吸をしよう。これ飲め。」
コップ一杯の水を魔法で作り出して渡す。一気にグッと飲み干したノルンは少し落ち着き、呼吸を整えて衝撃の事実を告げる。
「お、お姉ちゃんが、迷子になっちゃった!」
「はぁ?」
「えっと、斯く斯く然々です…」
なる程、そうだったのか。あいつはギリギリまで釣りも渡さない気で。ほうほう、天罰だな。しかして、これで見つけない理由にはならない。あいつの肉体は高かったんだ。ストックも無いんだからやめてほしい。
「そうか。ノルン、これからアナスタシアを探しにいく。行き違いになったら困るから、宿で待っててくれないか?」
「………わた、しも……行きたい……ひと、りは……イヤ!」
「んー、まあいいか。ただ、絶対に俺の手を離すなよ?俺もここの地理に詳しい訳じゃない。俺まで迷子になったら、お前は独りきりになるからな?」
ここまで脅かしておけば離れることは無いだろう。そして俺はノルンを連れ立ってアナスタシア探しに行く。
当てはないがあれがある限りどう転んでもあそこに来る筈だ。勿論、待ちかまえている訳じゃなくてそこから冒険者ギルドに行く動線を探すだけ。
俺は冒険者と覚しき人に一人一人声をかけ、アナスタシアの容姿を伝え見ていないか訊いてみる。その横でノルンは俺の服の裾を握り締めてお姉ちゃーんと叫んでいる。
一通り聞いて回っても見付からない。別のルートで入ったことを考えて、先に目星をつけていた隷属館に出向く。ノルンが嫌なことでも思い出したのか、涙目でプルプル震えていたので頭の撫でてやるとスッと収まった。
一応、パトリックにも訊いてみたものの商品にはなってないらしい。他の店に連れてきたやつを取り押さえておいて欲しいと言伝を頼んだが、あれは売らずに自分で使うだろうと言われた。ごもっとも。
一応伝えてはみると言っていたが、他にどこか連れ出されるような場所はないか訊いてみると、あるにはあるが、治外法権のような場所と言っている。少し強めに訊くとあっさりと答えた。
そこは生まれつきいる奴も含めてクズのような人間の集まる場所。どの都市にも大抵一つ二つはあると言われている場所。
お金、お酒、麻薬、性欲。それぞれに人生を狂わされた人間が自然と集まる場所。───────
─────────スラムだ。
始めてから明日で一年になるな……
あれ、全然進んでなくない?