回想:田邉真綾
「遅いわね。何してんのかしら。」
私は一人、ガリア街の中心の噴水に腰掛け待ち人を探す。本当に一体どこをほっつき歩いているのかしら。遅すぎてシスターや修道士を巻いたのはもう三度目になる。
待ち人の名は岡部章二。一応、私の彼氏である。彼の一目惚れにより、中学生の頃より付き合っている。最も、一目惚れをしたのは私もである。
高校に入学して、彼には一つ大きな欠陥があったことが判明した。とても浮気っぽいのである。異世界にくる前で一番最近だとサッカー部のマネージャーに手を出そうとしていた。
こう言ったら悪いが私の中学校は顔面偏差値がなかなかに低い。そのおかげで中の下位の私が彼と付き合えているのはあるのだが、彼だって中の中で今となっては何故一目惚れしたのか皆目見当がつかない。
向こうからこちらに向かって大きく手を振りながら走ってくる人影がある。やっと来た。それは見慣れた私の彼である。
「いやぁ、スマンスマン、会計に手間取っちゃって。」
「だーから言ったじゃない、私が会計するって。」
あはは、なんて笑いながら謝られても許せるわけがないと思いながらもスッと立ち上がり彼と腕を組んで、獣車乗り場にむかう。
傲慢なところが最近は顕著に出てきている。今だって獣車の御者さんと少し口論になっている。あ、負けた。
「何やってんの!ホントもう止めて。私が別の獣車を見つけるから、そこら辺でつったってなさい!」
いい加減にしてほしい。そう思いながらもなあなあにして過ごしている。先ほどの人には悪いが別の獣車にしておこうかと、後ろの獣車に乗せてもらう事になった。
客車の扉を開き中に入ったと同時に鐘がなり、獣車が発車する。そして、こっちに来てから如実に出てきた浮気癖が今また発動している。
目の前には貴族っぽい男と美女。男性の方は雪のような白く透き通った髪に、キリッとした切れ長目はこの世界の月のように赤い瞳をしていて、その上そこらの女性より白い肌とどこか現実離れした見た目がここが異世界であることを思い出させる。
今日は少し暖かいにもかかわらず黒いちまちまとした金糸の装飾のコートを着ているところはどこか不思議な感じがする。ん?この人どこかで見たことあるようなないような。気のせいだろう。
美女の方は────訂正、超絶美女の方は若葉色の髪の色と瞳をした色白な二十歳位の女性。その大きな双丘はさぞ、多くの男性が釘付けになることだろうことはどれだけ鈍感でもわかるだろう。
さぞ口説かれることだろうが、高嶺の花なんて言い表せない程。一般的な黒を基調としたメイド服を着ていて、宮廷の侍女よりも着こなしているもののやはり、首についているチョーカーが目立ってしょうがない。
この世界では奴隷につける首輪を『隷属の首輪』と呼び、奴隷に主の命令を聞かせる魔法を付与した魔導具。
ちょっとした装飾と真ん中あたりからチェーンでぶら下がっている十字架が、それではなくお洒落としてつけていることを分からせる。まぁ、隣の馬鹿はそんな事にも気付いてないが。
章二はイケメン君に奴隷を売るようにまくしたて迫るも、向こうも一歩も引かない。それはそうだろう、あんなメイドを失うくらいならば幾ら金を積まれても…、と察する事ができるはず。
遂には章二が勇者としての力で難攻不落なイケメン君を攻略しようと試みるもあえなく失敗に終わる。というところでいい加減堪忍袋の緒が切れた。それはもう、バッサリと。
「あんたいい加減にしてよ!よく彼女のいる前でどうどうと!それに、あの女性のつけているのは首輪じゃなくてチョーカーっていうアクセサリーなの!」
あースッキリした。言いたいことを言い切るととても心地いいな。最も、章二が原因であれど私が大声を上げたことで静まり返ってしまったのは、まぁ、気にしないでおこう。
それにしてもイケメン君は未だ章二を睨み付けている。よく見ると僅かに瞳の奥から滲み出るような、白とも黒ともとれないような、だからと言って鼠色と言う訳でもない、魔法的な波動が見えた気がした。もしかしたら彼は魔眼持ちかも知れない。
魔眼はスキルの中でも先天性スキルと呼ばれ、魔眼と言っても多種多様な種類がある。私達勇者の中でも五人位が魔眼である。あ、目があった。やはり綺麗な目の色をしている。
三十分くらいしてメイドさんの方からこの空気を壊しにきてくれた。ハイスペックメイド?緊張感の糸が切れたように私とイケメン君は談笑する。
自己紹介をすませるとまた突っかかって来たので、魔法を使って彼を固定させる。この魔法は対人捕獲用に使われだした魔法らしいが、まさかここで活かされるとは。
そうこうしている間にラヴェルに到着。お詫びをするのに、自宅の場所を聞いてみると家は無いと言っていた。いくら冒険者といえど家くらいはある。
むしろ、力量さえ誤らなければ危険は無に等しい。自然災害や魔獣災害、突発的な事故が起きると緊急を要するクエストとして登録され、それに派遣される場合だけだろう。
「………ねぇ、章二。彼、何か変な感じしない?」
「………」
「あ、ごめん、『流動』」
「知らねぇよ、あいつのことは今は考えたくねぇ。調べるんなら勝手にしろ。俺は奴隷達の方に行ってくる。八時にそこのオベリスク前に集合な。」
そう言うと、スタスタとわらわらと厳つい人が多い中に紛れ間もなく見えなくなる。治安が悪い街に人並みの顔の女性がいれば、想像には難くない。
「さっさと後を追いますか。はぁ、憂鬱だわ…。」
それから私のギフト『壁に耳あり』を使い、レイズとバレンシアの後を追った。
「はぁ、何なのあの人たち……」
もう一度、大きくはぁと溜め息をついて先程までの聞こえていた状況を思い出す。
と、いうのも真綾のギフトはざっくりと言えば聴力強化である。範囲はラヴェル全域と、鍛練をつむ機会が少ない事もあってか、強化系ギフトの中では未だに狭い。それでいて聞こえる音の大きさは日常的な会話を聞きかじる程度。
それでも、範囲を狭め半径五メートルであれば心音を聞き分けることも出来なくはないし、手の届く範囲であれば動いた時の空気の振動でさえ聞き取ることができ、中級までの気配遮断であれば察知できる。
脳が焼き切れたり、鼓膜が破れるのも厭わずに能力を行使するのであれば、ラヴェル程の範囲ならば音の反響を利用して、特定の何かを追跡する事も可能であろう。
そんな事も知ってか知らずか、レイズなる冒険者の後をこうして借りた宿のソファーの背もたれにスライムのようにへたりながら、動向を調べる。
レイズとバレンシアは宿を借り、実は向かいの三軒右隣なのだが、突然歌わせたり筆談を始めたりなど、盗聴?している私が言うのもアレだが、奇行が目立つ。
もう少し強力にしてみると、どうやら私のギフトが知られてしまったらしく、バレンシアにそのことを話していた。筆談で。バレンシアはその場にへたり込んだようだが、そのまま歌い続けさせていた。
その後、ギルドに向かっていき、中に入ってすぐにチンピラ共が歯をカチカチ鳴らし始めた。どうやら威圧でもしたのだろう。あの中性的な顔でどうやったのかは分からないが。
彼等はそのままどこか装具屋に寄っていくようなことはなくそのまま門を出て行った。恐らくクエストに行くのだろう。
すぐについて行かなければ追いつけなくなるだろうが、私はあまり戦闘が得意ではない。対人も対モンスターも。
魔法は使えなくはないがギフトを考えるとどうしても索敵系統に偏ってしまう。援護魔法は使えても、使い慣れない分索敵魔法よりも劣ってしまう。故に
「遅い……一応護衛も兼ねてるんだから、早く戻らないかな。」
章二が居なければいくら『勇者』と言えど冒険者の中では、普通より少し強いかな?程度もあればいいとこだ。
「はぁ、帰ってくるの遅いかもだし、冒険者でも捕まえて来ようか。ラヴェルの男女比って確か……」
奴隷を除けば一パーセントも満たない。治安が悪いような土地では結局私も奴隷に頼るしか無いのだ。労働奴隷はさほど高くはないが求めるのは愛玩奴隷と並び高額な戦闘奴隷である。
今持ち歩いている国の援助金で足りるかどうか。『勇者』と言っても、国からすれば功績を挙げる働き者とタダ飯食らいといるわけで、クラス委員長とそのパーティーやらその他の人達は、それはもう私達タダ飯食らいと雲泥の差が。
冒険者をしているのなんてお小遣い稼ぎであのヲタクの高等遊民共以外のタダ飯食らいだけがしている。
私もタダ飯食らいの一員だが、この索敵能力があれば、他のパーティーに毛が生えた程度には稼げる。はず。
「はぁ、買おうか買わまいか。コイントスで決めるか……はぁ、憂鬱だな……」
表が買う裏が買わないとしてコインをはじき、上手く手に着地させられず床に落ちる。何回転かした後結果が出る。
「ま、とりあえず置き手紙は………いいか、はぁ、首を突っ込むんじゃ無かったわ……」
何度目かわからないため息をついて荷物をまとめて、宿をでた。
「やっぱり常時展開はきついわね。頭痛い。」
森の中を結局ひとりで歩いていると、いくら昼間とは言え薄暗い中は、こんな奴にも少しはある乙女心を寂しくさせるには十分であった。
コインは裏、奴隷を買わない選択をして、森の中を進み始めた。普段はそこまで長時間展開はさせないギフトを酷使すると、頭痛が始まる。
森に入り少しの間捜すとおおよその居場所は掴めたが、それでも私の身も守らなければいけないわけで。モンスターを避けつつ追いかけるとなるとそれなりの集中力がいる。
そんな中、面倒は耐えない。羽虫の羽が五月蝿かったり、前のレイズ達がやったのかモンスターの断末魔が聞こえてそれも反響して邪魔。
「うわ……何があったの……コレ。」
地面には大きな赤い染み。三つもある。死体だけを取って行ったのだろう、未だここには血の臭いがプンプンする。
ちゃんと消臭しないと獣がよってきてしまう。あぁ、いわんこっちゃない、狼がいくらか寄ってきてる。
襲われる趣味も無いのでそそくさとその場から退散すると、何かが燃えたような臭いと嫌な予感がしてきた。
走って来て木の影から顔を覗かすとする事は終わったのか、二人は既に退散している。果たして何があったのか、それを知ることはおそらくできまい。
食べかけの何かの新鮮な肉、燃え始めたばかりのような焚き火、割られた窓ガラス、そして何より散らばった無数の腰巻き。
二度目になるが、何があったのか、それをしることはできまい。確かにそこに居たような生活感は消えることなく異様な存在感を出す。
異常を目の前にするといくら勇者と言えども足が竦むと言うもの。竦まない者は己が力量に自信があるものか、ただの馬鹿ぐらいのものだろう。無論、力があるわけでもなく馬鹿でもない真綾は膝が笑っている。
「キャァッ!」
突如、ドドンと爆発音が聞こえ悲鳴を上げて我にかえる。そうだ、私はレイズ達の後を追っていたんだっけ。
「うっそ、え?なに……コレ?」
我にかえり、爆発音の近くにいた人型を追ってみると、先程のような有った物が一瞬で無くなったような異常ではなく、モロ異常、一目でわかる異常。
「更地って………ふざけないでよ……」
見事に更地になった土地を横目に彼らを追う………そんな事今の真綾には出来ない。要は、今はギフトを使っていない。それはつまり、まともに戦闘訓練を積んでいない彼女は背後から忍び寄る魔の手に、気がつくことを放棄したともいえる。
「イギィィィイイ!」
「!?『ハイゴブリン』っぎぃゃぁぁあああ!!」
錆びた鉄剣で切りかかるゴブリンの上位種、『ハイゴブリン』の鳴き声が聞こえ元々背中を切り裂く筈だった刃は、振り返った真綾を肩口から袈裟切りに一閃。
何も盗聴するしか能のない少女はゆっくり暗転していく視界の中、少女を担いだハイゴブリンの後頭部に向かって、恨めしい殺意を乗せて凶刃の如く鋭い眼差しを向ける。
少女の見れなかった最後のハイゴブリンの顔は強かに嗤っていた。下品に、卑しく、凶悪に。
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真っ暗な中、失われていた意識を取り戻す。手錠のような物が両手首に、両足首にも何かの枷が付いている。目の回りには麻布の感触があるため、真っ暗闇にいる上でつけられたものだと判断する。
自分でも異常なほど冷静に冴えた頭で、ここの場所を考える。恐らく、否、確実にハイゴブリンの巣だと予想。周りからたくさん聞こえるガラスを引っ掻き回したような鳴き声がその証拠だろう。
ゴブリンはコボルトが人類種と交わる事で産まれたとされている。働き蜂のように仕事をするオスのコボルト、それで楽をするクイーンコボルト、巣にはクイーンがメスとして一体、他は全てオス。
ハイゴブリンはゴブリンの巣の頂点に属するか、コボルトの配下に置かれるか、立ち位置が曖昧だがその代わりにどちらよりも頭が働く。
ハイゴブリンの巣、とどのつまり、ゴブリンかコボルトの巣である。前者ならハイゴブリン一体に、後者ならクイーンの相手になれない多数のコボルト達に苗床として、全身を蹂躙し陵辱され最期には食物となる。
「………そ、そん、な………のは、嫌……嫌だ嫌だやだやだやだやだやだ、いやあぁぁぁああああああああ!!!あぅっぐぇ……」
そんな事が許されるわけない。この私が?あんな糞雑魚のゴミモンスターに?いい訳ない。そんな事があるわけがない。
だらしなく唾液と涙と尿を垂れ流し、終いには叫んだ直後に臓腑を蹴り上げられた所為で汚物の中にまた、新しく吐瀉物が加わることになった今も頭の中では現実への拒絶が行われる。
『力が欲しい?』
「………誰?どこにいるの?助けて!そこにいるの?!見てるんでしょう?!早く助けてっぐぅ………」
どこからか見知らぬ声が聞こえる。声の主を探そうとも、見えない視界に可動域の狭い手足、更には見張りが居たのか助けを求めた声を聞きまたも腹を蹴り上げられる。
『人ならざる力を欲しい?』
「いいから、早く!この私をぉ!たすぐぇっぶぅ………」
まだ聞こえている見知らぬ声。助けを求める途中でも蹴り上げられた。もうどうでもいい。早くここから出ることだけを考えよう。
「そうか、それならば与えよう。『蛸蜘蛛』を。目覚めてから一時間で二十五パーセント、そこから二時間で半分、三時間で百パーセント力を発揮出来る。ただし、百パーセント近くなると、自我が崩壊して己の記憶とその土地の負の魔力もを混ぜ合わせられ、完全に蛸蜘蛛になる。さぁ、力を解放して暴れまわれ!」
先程までよりも鮮明な声の主が自分に何かの力を与え、自分の中の魔力が高まっていく。気持ちがよい。ここまで気持ちよいのは、章二と五回目にシた時以来だろうか。あの時はとてもとても。
「ありがとう、ございます………名前をおし、えてくれませんか?」
「僕の名前かい?それはねぇ─────」
礼を言いい、恩人の名前を聞こうとすると同時に意識が少し遠のいていく。
『ギルガメッシュ・バビロニウス・エンペル』
───────────唯一神だ。