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バベルの登塔者  作者: Crowley
序章 消えた記憶、変わる人生
1/41

目覚め

 ふと、気がつくと其処にいた。


 仰向けに寝転がって居たのだから寝ていたのかもしれない。


 辺りを見回すと、石の壁に石の階段。窓や手摺りはなく、直径10メートル程の恐らく円筒状の建物の中にいる事だけ、いや、階段から顔を出すと下も上も暗くよく見えない。


 暗い中で、何故か近くのことは分かる。ただ、ライトがないのに何故明るいのかが分からない。


 立ち上がり、後ろを見るとプレートに何やら文字と矢印がある。


『↑バベルノ頂上ナリ。暫ク登レ↓タルタロスノ監獄ナリ。暫ク下レ』


 と、書かれている。なにもない中、登るなり下るなりどちらにせよ早く決めなければならないと直感がそう突きつける。


 タルタロスには余り良いイメージがない。それならせめて、特になにもないバベルに進もうと思う。


 抑、タルタロスとバベルでは原典が違うということに気付いていない。


 進み()()()、一段目。一瞬、視界に目の前の景色と違うものがうつる。本能で、これは自分の記憶だと理解した。


 それは赤い水溜まりだった。中心には赤い染みがじわじわと浸食している人形が落ちている。四肢はあさっての方向を向き、人形の赤い水溜まりは着々と地面に領域を広げていく。


 意識が現実に引き戻され、立ち眩みがする。壁に手を突き、何とかこらえてまた一歩、また一歩と歩みを進めていく度に沢山の景色を見る。


 バスタブに広がった赤。四肢のあるてるてる坊主。人体模型と赤いペンキをぶちまけたような赤の中の薄桃色の筋肉。上半身と下半身の離別した人形。人形の腹を貪る人形etc.


 人形?いや、あれは紛れもなく血の通った人間だ。


 気付いてしまえばもう遅い。立ち眩みにより重心が揺らぎ、一段下がる。


 すると、同じものではなく別の景色だった。赤ん坊が泣き喚く。ギャアギャアと鬱陶しかった鳴き声はいずれ雛鳥の泣き声へと変わり、赤ん坊はやせ細り目玉の大きな雛鳥へと代わった。


 自然と目が冴え渡り頭の中のモヤモヤはすっきりとはれていく。


 まるで天啓が降りたかのように一つの考えが過ぎる。否。定着し、脳が理解し、体が反応し、何度も何度も世界が反転していく。


「俺は………………………死んだ…………のか?」


 至って冷静に、利己的に、理知的に、倫理的に、論理的に、判断した。目の前の広い階段との間の穴を見下ろす。タルタロスの監獄に落ちれば死ねる?いや、もう死んでるか。バベルの塔を登れば生まれ変わる?いや、物理的に無理か。



 助走をつけて、穴の中心に跳ぶ。なんだ。なんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだなんだ。


「簡単に死ねるじゃないか。」






───────────────────────






 はっと、目を覚ました。目の前には見慣れない布団、見慣れないベッド、見慣れない花瓶、見慣れない机、見慣れない椅子……はどこも対して変わらないか。そして、見慣れない部屋。極めつけは、俺の布団を被った脚の上で涙を流した痕のある、見慣れない女の子。


 見慣れないだらけの中、いい加減目覚めてくれないと脚が痺れるが、泣きはらした女の子を無理やり起こしたり退けたりするような無粋なまねはしない。


 恐らく()()()()そうはしなかったと思う。以前の俺は優しくない、なんとなくそう思ったのだった。


 この後どうするか決め倦ねていると、んんっと、声がした。女の子の目をゴシゴシと擦った寝ぼけ眼と目が合う。彼女は少しの間ぼーっと此方を見つめて、今の状況を理解する。


「あ、あわ、あわあわ、えと、あと、あの、その、お姉ちゃん!起きたよ!」


 目をぐるぐると回しながら此方をみて声を出す。いや、俺は君のお姉ちゃんじゃないんだけど…。すると階下からドタドタと階段を登り、扉がバタンと開かれた。擬音が多いな。


「あ、ホントだ!よくやったぞ、レナ!色仕掛けでレナの右にでるもんはいねーな!」

「止めてよお姉ちゃん………恥ずかしい………すみません、こんな姉で………それとお姉ちゃん下はいて……!お願いだからこれ以上恥を晒さないでっ………!」


 こんな姉がいると妹は大変なんだな。何か感慨深いものがある。姉が下を穿いていないをのぞいてだが。すると突然、自分の腹からぐうぅぅぅぅぅと大音量で音を出した。


 妹の方──レナは微笑み、料理を用意してきますねと言って部屋を出ていった。いい加減ズボンかスカート穿いてそのボーダーを隠していただきたい。二重の意味で恥ずかしい。




 レナの美味しかったのだが何かが違う気がした手料理を堪能した。図々しくもそう思ってしまった自分を内省した後、姉妹と俺は自己紹介を始めた。


「私はルナ・ストラクシェ。この家でレナと2人で住んでる。普段は、ダンジョン探索だったりギルドの依頼をこなしてるの。ランクは黒よ。」

「わっ、私はレナっ、・ストラクシェと言いましゅっ。ぁぅっ、お姉ちゃんとおんなじで、ランクは黒ですぅ。……ふぅ、言えた。」


 分からないというか、理解できないというか、それ以前に自分が何者か分からないというか何というか。いや、分かるんだけど正しく理解できていないのか?ただ、少なくも()()()の常識にない概念がある。なので、ある程度改変したり省いたりしたが。


「それってつまり、記憶喪失ってやつ?いやでも以前の記憶が残っているから?うーんややこしいな!レナ!」

「はいっ!」

「後は任せた!」

「はい?!」


 あ、ほっぽりだして逃げた。それから、うーんと唸りながら暫く考えて結論をつける。


「えーっと、目覚めたら此処にいて、今までの記憶は他人の記憶って感じで覚えているけど、それは今の自分の記憶じゃないから今まで何していた分からない……と言うことでいいんでしょうか?」


 まぁ、そうだな。正確には日本で生活していた記憶はあるけれど、ゲームや漫画の主人公の経験した人生を見ていた感覚。彼女には話していない事もあるが信じられないと思うので隠しておく。


「う~ん…もの凄く分かり難いなぁ…」

「あ、要は別人になったってこと?」

「話の途中……ゴホン。そういうことですか?」

「あぁ、まぁ、そうだね。」


 息があっているのかいないのか、とても微妙な双子姉妹である。それよりもルナはちゃんとわかっていたようだ。


 すると、突然開いていた窓から紙飛行機が飛んでくる。ルナは徐に紙飛行機を広げて見ると、小刻みにふるえ始めた。何やらあわあわ言っている。


 それを訝しみレナも広げられた紙飛行機を見ると、彼女は目をきらきらと輝かせ何時になく(さっき話し始めたばかりではあるが)、ハイテンションになっている。嬉しかったのか、そこらじゅうを飛び跳ねている。何があったのか訊いてみると、


「お父さんが帰ってくるんです!久し振りなんですよ!ほら、お姉ちゃんもこんなに嬉しそう!」

「悪夢の再来だ…………嫌だ…………まだ死にたくない…………」


 レナの目は節穴なのだろうか。恐怖で既に死を予感しているじゃないか。どうやら紙飛行機は手紙のようで、中にはこう記されていた。


『ルナ、レナ、もう直ぐ蛙。具体的には10分でつく。部屋に男を連れ込むとは感心しないな。何時でも2人を見ている。待っていろ、すぐ助けにいく。』


 おい。と、ツッコミを入れるのも致し方ない内容である。気持ち悪い以前に、なぜ2人は『蛙』とそれ以降を気にしないのだろうか。謎である。




「珍しいな…バベルの登塔者なんて。最近は降りるって神託が無いからな。あ、それじゃあタルタロスの脱獄囚も対になって……?いや、まだ存在していると聞いたような……?なら最後の……いやいや典型例だからって……確か神鳴の月だった……!伝承と一致するのか。しかしあれは旧暦で、正確な日付と場所は全く違うはずだが…………………」

「父さん、いい加減にして!何言っているかわからないでしょう?私達も彼も!」

「男だ。我慢くらい屁でもない。」

「いや、私達は女だし、そもそもあんたが言うなよ。」


 15分前ルナとレナの父親カルゼ・Y・ストラクシェが帰ってきた。紙飛行機の後半部分を読んでなかった双子姉妹は父親から事情の説明、置かれている状況、していたことをループしながら話し、先ほどの会話文に至る。


 ルナ()()()彼はこの国『セントン王国』お抱えの考古学者らしい。尤も、各地に伝わる伝説を元に、遺跡発掘と調査、探索者の斡旋と、胡散臭い話を信じてギルドに押し付けるだけのお荷物。


とルナが、いってた。大事なことだからもう一度。ルナがいってた。俺はそんなこと思ってない。ないったらない。だからそんな目を向けないでくれカルゼさん………


 カルゼさんの話をまとめると、


 この世界は現界、天界、冥界に別れている。産まれた子供に天界から魂を与えられ産まれる。


 一生を終えると、その者は神により魂を天秤にかけられ、喜ばせた割合と悲しませた割合、つまり善行と悪行の比率を計られる。


 善行が多ければ天界に行き魂の記憶の浄化をし、また現界へ、悪行が多ければ冥界に行き魂の罪を償ったうえで記憶の浄化をし現界へ戻る。


 6周期目を終えると魂が壊れるので冥界で分解し天界に送り届け魂の再構築をして現界に戻る。


 本題はここからで、この時魂は魂のみしか通れず、そして魂は抜け出す事のできない架け橋を渡る。


 ここで問題が生じる。善行と悪行が1:1の時どうなるのか。それまで強制的に階段を登らされて天界に、降りらされて冥界に逝くことが決定されていた筈の魂は自由意志をもって行動する。


 階段を登っていくと魂の(記憶)から自壊していき、降りていくと魂の(保護膜)が溶けていく。その先に待っているのは無であり、無に帰せば天界で再構築されることもなく、輪廻の輪から外れることになる。


 ただ、またこれも通常の場合だ。極々稀に登るなり、降りるなりしても耐えられる強靭(狂人)的な魂があり、それらはバベルの登塔者、タルタロスの脱獄囚と呼ばれ、その魂は神が現界に転送して魂の抜けた肉体(老若男女問わず)に入る。すると、浄化されていない魂は肉体と拒絶反応を起こし記憶喪失になる。


「てこと何だけどなぁ……ただ、それだと若干記憶が残っているってことと……いや、拒絶反応が起きなかったとか……待てよ?……それなら、何故……だとしたら……うーん……やっぱり……」

「いい加減にせいやぁ!」

「アグフッ……ォェ……ルナは強くなったな……」


 懲りずにまた長考状態に入ったカルゼさんにルナは思い切り股間を蹴り上げた。カルゼさんを少し浮かばせる程で言葉の後半は若干白目を剥いていた。父親相手になんて容赦のない攻撃なんだ…




 それからしばらくは親子3人水入らずで話し合って貰うことにした。久し振りの父親の帰還なんだからと、なんとかルナを説得して部屋を出て貰った。理由はない。強いていうならば自分について今一度考えたいと思ったからだろうか。


 恐らく、俺は異世界に居るんだと思う。夢にしては突飛、そして何より長い。だれが、いつ、どこで、なぜ、俺をこの世界に呼び込んだのか。俺には全く理解できない。ほとんど知らないのだから理解のしようもない。


 戻れるのか否か、そこに興味はなく何故来れたのかが知りたい。戻りたいとは考えておらず此処に、この世界に居たい、居続けたいと考える。俺はこの世界についてなにも知らない。まぁ、元の世界でも知ってることが多い訳でもないが。ただ、此処で足踏みをしているだけではいけないのはわかる。俺は俺だが、以前の俺ではない。なら、人生のプレイスタイルを変えてもいいのでは?それなら俺は。


 『俺の生きたいように生きる。目標はなく、思いつきで行動する。結果が悪い方へ向いても良い方に向いても、思いつきを全力で。』


「よし、とりあえず観光とか何かしようかな。」


 小さな一言だった。ただ、それでもしっかりとした一言だった。階下から声が聞こえる。それは次第に近づき大きくなっていく。カルゼさんがルナに御説教を受けているようだ。バタンと大きな音で扉を開けたカルゼさんは俺に向けて開口一番に、


「俺の仕事に一度ついてきてほしい。」

「元々そのつもりだったので助かります!」


 勧誘した。裏表のない純粋な勧誘をした。興味があり元々ついて行こうと思っていたので丁度いいタイミングだった。同意をすると、ルナは待ったをかけた。父親に。あくまで俺じゃなくて父親に。


「父さん、あんた馬鹿じゃないの?!彼は起きてから1日も経ってないのよ?体力も万全じゃないのにあんたの仕事なんて手伝えるわけないじゃない!」

「しかしだな、彼は我等考古学者において希望の星なんだよ。彼が思い出した事はそのまま我々に活かされるかもしれないんだ。国の発展や世界規模での兵器の根絶───即ち、平和に繋がっている可能性がある。旧人類が絶えた理由が正確に分かればそれだけで多くの……これから先の人類史の成長ですらも、救われるんだ。犠牲は何にでも必要なんだ。世の中には犠牲無しにはどうもならない事があるんだよ。ルナはお姉ちゃんだから……って理由にはなってないか。ルナは賢い。だからこそ、この理屈を否定出来ない。否定すれば俺の言葉を信じて生きてきた全ての研究者を否定したことになるからな。ただ、これだけはわかってほしい。彼を危険に晒すような事はさせない。身は呈さないから危険を感じたら逃げるよ。神にだって誓える。レナ?なにを笑っているんだ?まぁいい。ルナ。心配なのはよくわかる……けど、よくよく考えてみなさい?こんな糞親父でも国のお抱えなんだ。その辺のゴロツキ共より遙かに強いし、遺跡に行こうにも同僚や備品が必要な筈だ。それら用意する間に万全にすればいい。簡単な話だろう?」

「わかったわよ……もうっ!」

「だから安心してって………そうか、わかってくれたか。ならいい。君には私の服を貸そう。何時までもそんな寝間着じゃカッコ悪いだろ?さぁ!早速準備だ!」


 俺の容態を気にして待ったをかけたようだが、カルゼさんも伊達にルナの父親をやってない。ルナの心配や憂いをきちんと言葉にして否定する。誤魔化さず、はっきりと。


 カルゼさんが熱弁し、何とか娘からという本来不思議な許可を受けて、晴れて俺はカルゼさんと共にカルゼさんの研究のお手伝いもとい、俺の興味のあるものに首を突っ込んでいく旅が始まる







…………………………はずだったんだけどなぁ

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