ウミガメから生まれた人の子Ⅱ
「フェルン、どうしたらこんなにも満足させられるんだ?」
僕はフェルンのまだ爽やかな目を見た。
「なんというか、こう言ったら喜ぶかなってその人の顔見たらわかりません?」
「わかりません」
当たり前のように言うフェルンに険しい顔で返した。あまりにもフェルンは考え込むしぐさも、間もなかったから、にやりと笑うような顔に腹をたてる気も失せた。
「わかりませんか。まあ、初めから、わかると思ってませんが。」
「つまり、フェルンはその一言を言って僕が喜ぶと思ってるってことか?」
「ん~……そうかもしれないですねえ」
そういうと僕は次の言葉に少し迷った。そう答えたフェルンの顔はさっきまでの顔とは違い、親の言うことを真剣に聞く子供のような顔だったからだ。余りにも素で言ってるよいうな、ある意味純粋な顔で、その顔はうそなのだ。フェルンがそんな顔を見せるは全く珍しいことではないが、この状態でこの顔を向けられるとどうにも「慣れている」と思えない。
「…………意味が分からない。…………あ、一応言っておくが、喜んでないからな?」
暫く、
「ふははwそんなに悲しい顔しないでくださいよ!!私が悪いみたいじゃないですか!」
「……え……あ……………」
「喜ぶなよ」という声を出しそびれた。ああ、ここで言えていれば、恥を冗談に終わらせられたのに。後悔の渦のようなものが僕を取り込んだ。くるくると脳を働かせようとすればするほど上昇気流に飲まれるように上がっていく。
「私は、王子には自分のわがままを言っても怒られないかなと信用してるから少し、いやかなり、ふざけてしまうんですよ。だって王子は優しいから。」
もう、フェルンの表情などぼやけて見えていた。しかし、フェルンはきっといいことをしたと思い、ずいぶんすっきりした顔をしているのだろう。
「はああああ」
「喜んでる喜んでる。ふはははは」
喜んでいるわけがない。見当違いの分かりやすい慰めに自分がみじめに見えてならなかったのだ。それにしても、笑ってもいない顔を喜んでるなんて言うなんて、自分で言う通り、ふざけた執事である。
「……もしかして、真剣に聞いてました?」
フェルンは心配した顔で僕を見てきた。とんでもないことを言いながら。
「………あ?ああ、僕がやさしいってことか?」
「いえ、どうしたら満足させられるのかって」
話が通じてなかったのかと思うとなんだか後悔も何もなくなったような変な感覚になった。今まであった後悔でおこった激しい風の影響を受けたせいなのか、頭の中はまるで真っ白で、何もない。
「そのことか、」
「そのことですよ!浮かれてる王子を地の底に陥れるような卑劣なこと、私が言うわけないじゃないですかw」
「あーそうだなあ。そういうやつだよなあ。」
僕はそういうと、どこか力が抜けたように笑えた。
「王子は笑顔が一番ですよねえー」
僕の疲れ切った笑顔を一番というような執事がどうして妹と仲良くできてしまうのか分かった気がした。
「それで、なんでかってことでしたよね。んーまあ、正直感覚的なんですよねえ~。説明しようにもできないというか、なんとなく、こう言ったらいいのかなと浮かぶというか、なんというか………。」
「つまりは、才能なんだな」
「ああ!!そうそう!!私の才能なんですよ。だから、理論とかでは語れないです!!っていうか、この際言いますけど、王子はよく、「こうすれば人はこう動く」とか私に教えてくれますけど、私、そういうのって全然あてにならないと思うんですよ!だって、やっぱ、状況一緒な時なんてほとんどないじゃないですか。」
褒めて終わらせようと思ったのに、褒めて調子に乗らせてしまった。フェルンが言いたいことはきっと、「人の感情をひとくくりにするのはおかしい」ということなのだろう。何しろ、前に心理学を批判するような本を読んでいたから。
「………まあ、あんな曖昧なもの、考えてみれば気休めだよな。」
僕は何もないままの頭にいきなり反論され、なんだかそれが正しいように思えた。
「物分かりがいいのはいいことです。」
フェルンは自分の言い分が通ったらすっきりしたように優しい笑顔を見せた。
なんて、何も考えていない笑顔なのだろう。僕は羨ましく思った。
フェルンも妹と同じ人の子。つまり、親がいる。僕の執事になる前、つまり、王宮暮らしをするようになるまでは、親と暮らしていて、そして、今も1年に一度は王宮を出て会いに行くらしい。
親がいるのといないのではこんなにも違うのだろうか?
僕は激ししく劣等感を覚えた。どうしようもないことを責めた。
今はこうして周りの大人は僕のような親のいないものばかり。フェルンは僕が妹を見るように、変わったやつという風にみられる。
しかし、ここ2年程に生まれた子供は、親がいないという子供のほうがいない。良いことである。それだけ、食糧も行き届くようになり、平和になっているということなのだから。
しかし、それは、フェルンへは厳しい王宮入門審査(人格、能力などを調査するもの)が行われなかったように、能力値が高く、人格もいいと信頼された子供だ増えるということ。
僕は、いずれ、そのような子供の上に立つということ。
そのためには、やはり、劣らない力が必要なのだ。
一番に立たなければいけないのに、どう追いつこうか。