時間を吸い取る図書館での話Ⅱ
「教師がいらっしゃっていること忘れてました……。」
「ああ!いやーフェルンでビビるとドジさが増すところ、本当に毎回助かってるよ」
僕は途端に気分がとてもよくなった。やっと気が付いたかという感じだ。気が付かない間もなかなかハラハラさせてくれて楽しいのだが、やはり気が付いた時の青ざめた顔はたまらないものがある。
「何でですか!彼は王子が唯一とても尊敬してる人じゃないですか!」
フェルンはショックを受けたように納得いかない様子を見せた。その必死な形相は、困っているような、悲しいような、辛いようなそんな気持ちをぐるぐると混ぜ合わせたようなものであった。
「それと図書館は別。毎日会う教師なんかよりも自分の好きなものを勉強するほうが数倍楽しいからな」
僕が前に進みながらいうとフェルンもついてきてまたフェルンが先頭に立った。
「私は謝りませんからね!!」
後ろを向いたままフェルンは言った。膨れ上がった顔が想像できるほどの変なことを言い出した。
「実は忘れていたんだよ。恥ずかしくて言い訳して……。ああ、これは僕だけの責任なのでしょうか。僕の予定を管理している執事のフェルンには責任がないのでしょうか。神様、どうかお教えください……。」
「あああ!!見え透いた嘘をつかないでください!まあ、しかし、確かに周りからは私の責任とみられるでしょうね!全く、王子は悪魔ですね!」
フェルンが起こればおこるほど僕の愉快な思いは募っていった。
「いつも天使のようにかわいい王子と……」
僕は王やおばさんたちの言っていた言葉を思い出して、また帰ってくる言葉を予想しつつ、いった。
「王子の上辺は年相応じゃないんですよ!本当はいくつなんですか?!私はこんな人を11歳のまだ幼い少年には思いたくないですよ!」
「11歳は幼いのか?」
フェルンは確か20くらいだったか?確かに、フェルンの年齢から見たら僕はとても若いのかもしれない。そう考えると僕はほかの人と少し違うのか、いや、同い年の子供を見たことがないからよくわからないが。
「一般にはまだ幼いですよ」
「そうか、この国は随分馬鹿しかいないんだな。将来が危ういよ。」
挑発した言葉だった。
「印刷技術の普及で国民の学習レベルは随分高くなりましたよ。っていうか、私が言っているのは学習面のことではありません!ずるいというところを指摘しているのです!」
フェルンは伝わらないことにとてももどかしさを感じているようだった。
「心理学書で成長の過程で嘘をつけるようになるということは言語による記憶構成や仮定という概念が生まれることによってできるようになるから、大体3歳程度でできていておかしくないと書いてあったが……。」
だから、僕はそれを刺激した。
「それは知りませんでしたが、そういうわけではありません!いいですか、私が言ってるのはですね、なぜ決まりを破り、嘘をつき、意地悪いことをするのかということです。大体、殆どの人はそれができてなお、しても無駄だということを理解して素直に親の言うことに従うものなのです。あなたという人はそういう理解のない子供だということにいつ気づかれるのでしょうか」
「悪いけど意味が分からないな。」
わかりきったようなことを言われているのに返事をすることはとてもめんどくさいと感じたが、しかし、胸が弾む振動に僕の不快な思いは飲み込まれた。
「どこが意味が分からないのです?」
「んー……。」
ずっとフェルンの背中を見ているためには必ず声を出さなくてはならない。僕は必死に返事を探していった。
「もう!!じゃあ、最初から説明しなおしますよ?全くもう!!」
「お願いします」
「あのですね、まだ王子は幼く、自分の力で今までどうにかなっているとお思いになっているかもしれませんが、そもそも家庭教師に文字から何まで教わり、その上礼儀まで教わり、最初から何まで何も学習のない王子を教えてきたわけですよ。教師がわかりやすい例かと思い言いましたが、国王様も侍女さんたちも、もちろん私も、王子を導く見本なわけであります。今だって、こうやって教えているでしょう。為になっているでしょう?」
フェルンは少し満足したような顔をして僕のほうを見た。大部疲れてきた僕はフェルンににこりとしたのだが、同時に見えた重そうな門に本物の笑みがこぼれた。
「ああ、やっとわかってきましたか。つまりですね、」
「もういいよ。フェルン。よくわかったから。」
「妙に素直ですね。まるで裏に何か企んでいるような王子ですね。実に不気味…………………………………………………ああ~企んでたあ……。」
図書室の大きな門を見た途端、何か気が抜けたようなフェルンの顔は少しばかり悲しそうであった。しかし、僕はほんの少しも罪悪感を感じなかった。
「ばーか」
自分でもわかるほどニヤッと笑った僕をフェルンはぼんやりと見つめた。
「ああ、じゃあ、入りましょうか。」
フェルンは魂が抜けたかのように、教師が来ていることを忘れているかのように、真顔で門の取っ手の上にある他よりもかすかに濃く、薄く、不揃いに丸く、しかし、石の質感は他よりも少しばかり滑らかな程度で、僕には少しも見分けのつかない石でできたボタンを決まった順番に押し、門を開く。まるで言いなりの執事であった。
入るとそこは真っ暗である。恐ろしいほどに暗いまま。フェルンは図書室の壁に手をかざし、そして呪文のように何かを唱えた。すると、明かりがつきそこには石でできた本棚がずらりと並んでいるのが見えた。
僕は前になぜ石でできているのかとフェルンに聞いたことがある。するとフェルンは「もしこれが木だったら何かの過ちでこの貴重な書物が燃えてしまうでしょう?」と言っていた。確かにそうなのだ。それはとても通りが通っていると思う。しかし、いったいどこの彫刻家がこんなにも長く大きな本棚を作ったのだろうか。いったいなん百年かかって作ったのだろうか。まさかその彫刻家が一生のうちに作り終えられたわけがないだろう。恐らく、何代もこの本棚を作り続けてきたのだと思う。それも数えきれないような人数で。何のために?王が命令したとして、そこまで動くような彫刻家がいたのだろうか?ああ、とても謎で、よくわからない王国だ。どんな物語でもここまで謎に包まれた国など見たことがない。
僕は明るくなった図書室に足を踏み入れるとふと寒く感じた。その冷気は僕の体を優しく包みこみ離さない。
「ちょっと寒いですね」
諦めた様子のフェルンがそういって自分を包むように丸まった。
「そうか?そこまで寒く感じないけどな」
僕は目の前にある夥しい数の本を、そして誰だかが(こんなところにくる人など大体決まっているが)積んでそのままにした本の山に意識を奪われた。
「それどこかの本で凍死する前は暑く感じるみたいなのを読みましたよ⁉大丈夫ですか⁉」
フェルンは相変わらずのわざととも思えるほどのひどい冗談を言ってくる。僕はあまりの悲惨さに黙ってはいられなくなった。
「いや、まあ、どんなに寒がりでも流石に凍るほどの寒さじゃないだろ。」
「じゃあ、何でですか?」
「すっごくテンションが上がるってことに決まってる」
僕が今、目にしているフェルンは本当にフェルンなのだろうか?実は多重人格で、記憶が飛びやすいとかじゃないのだろうか?とてもじゃないが、殆どの時間を僕とともに過ごし、さらには日記を盗み見をし、執事というよりも下手したらただのストーカーのようなそんなフェルンが、僕のどきどき間を感じてくれないのだというのだ。ありえないだろう。
「ああ、なるほど。王子らしいですね。」
「王子らしい」ときたか。「らしい」というのは実に曖昧で、よく知らない人に良く使える言葉である。「貴方らしいね」と言われたらとても親しいように感じるが、「らしいって何?」と聞いたときに、「らしいはらしいだよ。どんな風にも表せない」と言われたら「ああ、そうか。」と不思議と認めてしまう。魔法の言葉なのだ。
だから僕は警戒した。
「僕らしいって何なんだ?」
そう。聞いてみればいい話なのだ。
「……………変な人見たいな?」
僕はふと思い出した。フェルンはそういう人だったと。
僕はため息をつくと、フェルンはにこりと笑った。
「僕が変な人かどうかは置いておいて僕はフェルンはいつか暗殺されるんじゃないかととても心配だよ。」
ありえないほど馬鹿なフェルンに僕は何回も「裏があるのではないか」と探ったがmに事なほどに全く、影すら、足跡すら見えない。
「いや、私は暗殺して得する人いませんよね」
「ははははははは!フェルンはそれでいいのか?……でも、一応これでも王子の執事なんだろう?いったいどんな手を使って執事になったのかよくわからないが。」
「騙されやすいからかなあ」
フェルンはしみじみといった。
「騙されやすいってっ本当にフェルンのここには何が入ってるんだよ。ケーキか?ババロアか?プリンか?ああ、ゼリーでもいい。」
「王子は逆にすごい発想力ですね。僕の脳みそは王子に食べられる運命ですか?ふははは」
「フェルンだけにすごく甘いんだろうな」
フェルンの顔が甘いケーキやゼリーに見えてきてお腹が鳴った。しかし、フェルンのあきれたような深いため息を聞くと、途端に今まで想像していたものが生々しく見えてきて吐き気を覚えた。
「おえ…。」
「なんて自分勝手なんだ……。」
僕はその言葉を聞くと軽いと思っていた石が案外重く持ち上がらなかったような不快な感情を思えた。
「本が沢山あるなあ~!!」
逃げるように目の前に広がる本棚に目をそらした僕にフェルンは大人なのか子供なのかわからない顔でついてきた。
この奇妙な本棚はそんなフェルンでさえも引き込んでいった。
気がつけば何時間も経過している。それがこの図書室なのだ。
僕らの時間を吸い取るのが、この図書館なのだ。
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