時間を吸い取る図書館での話Ⅰ
フェルンは覚えが大変いい執事である。無駄に複雑な図書室までの地下道を迷うことなく進んでいった。薄暗く、ライトの寂しい明かりだけで進む道などこの地下道の場所くらいしかないだろう。何しろ、ここでは何もかも持ち込むことは禁止されているのだ。たとえそれが方向を示すための機械だとしても。
「フェルンはなぜそんなに道がわかる」
この地下道をろくに照らせない光をフェルンの顔のほうに向けた。振り返るフェルンの顔に不気味な影ができ、思わず後ずさりをする。すると、走馬灯のように、僕が昔、初めて国王と会ったときに同じようにされたことを思い出し、目のまえが少し歪んで見えた。
「大丈夫ですか?いや、王子実は怖いの苦手なんですね!いやー。明かりがないと眠れないって言っていたのでまさかとは思ってましたけど実はびくびくしてるんじゃないですか?」
「質問に答えないのか?」
僕はそういうと、少しフェルンをにらんだ。フェルンは慣れているかのようにそのにらみに苦笑いで返しつつ、後ろを向きまた進み始める。
「ああ、ごめんなさい。…………なんでしょうねえ、直感がそこだって教えてくれるんです。そう。死にそうな時って自分が大事にしていた今は亡き人からの助け声が聞こえるっていうじゃないですか。多分そんな感じです。」
「つまり、フェルンは今死にそうな危機を感じてるのか……?」
僕は例のおかしさを言おうと、的外れな答えを返した。凸凹とした道は気を抜くと躓きかけない。僕はフェルンのほうへ照らしていた光を自分の足元へ向け大きな段差があったことを確認すると命が救われた思いになった。
「え、う~ん。感じてるのかもしれないです!!」
その言葉に思わず吹き出すと同時に確認したはずの段差に足を取られてしまった。
ズルッという情けない音とともにフェルンが持っていたライトが地面に落ちた。
「わ、くらい」
「大丈夫。ライトが落ちただけだよ」
「そのくらいわかってますよ。っていうか、安心させてどうするんですか!僕の特殊能力発揮できなくなっちゃいますよ?馬鹿ですか!阿保ですか!ふはははは。息できない…ふはははははは」
フェルンは笑い声とともに人前では決して口にしない言葉を口に出した。振り返るフェルンの顔は暗闇でもわかるほどの楽しげな笑顔であった。その笑顔ももちろん影しか見えなかったが、不気味さなど恐ろしさなどみじんも感じないのだから、笑うことの良さを何となく感じる。
書物に描かれている「王宮」というものはとても堅苦しく、フェルンのようなふわふわとした執事などすぐに首が飛んでしまいそうなものであるが、きっと物語に出てくる王宮に僕がいたならばいったいいつ笑っていたのだろうか。しかし、確かに王宮の外では誰しも緊張した雰囲気を放っているのだから王宮の外に住む書物を読む者たちが王宮は堅苦しく生きづらそうな場所であると思っているのかと想像を膨らませてみると、秘密にしたくなるような、何とも不思議な気持ちになる。しかし、僕はなんとなく、その堅苦しさのほうがしっくりくる気がした。
「王子に向かって躊躇なく罵倒する執事なんて初めて聞いたよ。」
「王子は随分理想家ですね」
僕も、フェルンも、ほかの国の話は書物の中でしか知らない。だから、その世界を信じる者もいれば、誰かの妄想だと思うものもいる。しかし、何もないところからそんなに面白い妄想話が生まれるのだろうか。
今から行く図書室だってそうだ。どうにもこの国の人々だけで考えられてきたとは考えられないほどの書物がある。何十万どころじゃないだろう。なん百万、いやもっとかもしれない。何しろ、この王宮の敷地以上に広いと言われているからだ。誰も、この図書室の果てを見たことがあるものはいなかった。果てまで行ったものは一生戻れないといわれているほどこの道よりも複雑で、しかし、シンプルで、ただまっすぐに、永遠に並んでいる本棚が何百個もあるのだ。奥に行けば行くほどその本の内容は不思議なもので中には複雑な暗号で読もうにも読めないものまであった。いったい誰がこんなに多くの書物をこの図書室に収めたのだろうか。
一度、国王と一緒にこの図書室に足を運んだことがあった。国王は入るたびに随分煌いた顔をしていて、初めは僕に簡単な書物を紹介していたものの、本棚を見ていくうちに、僕は国王の本の荷物持ちになっていた。手前の本には見向きもせず、奥へ奥へ、どんどんと進んでいった。奥に進むほど暗闇が深くなっていくような感覚にさいなまれ、僕はどうにも耐えられず、国王を残し、入口の所に置いてある丸い冷たくかたい石の椅子に腰かけ、同じような素材の石でできている四角く角が丸まった傷だらけの机の上に置いてある大量のろうそくに明かりをつけ、持たされた本に目を向けた。その時はまだ、文字が読めなかった。しかし、そこにある愉快な絵に心が奪われ、じっくりと見た。内容はなんとなく頭に入ったような気がした。確か、赤いマントを着ている少女と猫のようなしかし大きく汚い灰色の動物の話しであった。途中色とりどりの見たこともない植物や、三角の屋根が付いたパステルカラーの家、あればやりであったのだろうか?長く黒い棒で男が動物を殺していた。絵のきれいさとは裏腹に恐ろしい弱肉強食の話しであったように思える。考えたのはきっと罪人であろう。このような本をまだ幼かった僕に勧めるこの国の王は何も考えのない脳なしに見えて案外サイコスのような人なのかもしれない。しかも、そのような本をワクワクして読んでいるのだから。恐ろしい王に拾われたものだ。
「あっ!!!!」
フェルンはいきなり大きな声を出し、立ち止まると僕のほうを見た。
照らされたフェルンの顔には今にもにじみだしそうな涙が白く光っている。
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