孔子レイプ!孝悌と化した空手部
木村「今度は中国の思想についてやっていきましょう。…ここで言っておきたいのは、『哲学』と『思想』は同じではないという点です」
野獣「同じように見えるけど…」
三浦「どこが違うのかゾ?」
木村「実は「哲学」という言葉を生み出したのは、明治時代の日本人である西周と言う人なんです。この人が出て来るまで、東洋には『哲学』という概念はなかったのです。しかし、当たり前のように西周の生まれる前にも思想は存在しました」
野獣「そう言った意味では、西周が哲学の始祖なんだな」
木村「ええ。そして、西洋と東洋の哲学には差異があります。それは「宗教」と分離しているか、若しくはしていないか、という点です。西洋は「神学」として分離していますが、東洋はしていません」
三浦「一概的に哲学とは言えない訳だな」
木村「はい。ですが、そんな中国思想にも偉大な人たちはいます。その人たちを『諸子百家』と言い、今でも有名な人たちが活躍します。今回はそれについてやっていきましょう」
野獣「オッスお願いしま~す」
木村「まずは時代背景についてやっていきます。…諸子百家が出てきたのは、春秋戦国という時代です。それは、各地の有力者が対立し合った時代です。そんな中、自分たちが生き残るためには作戦が必要だったのです」
三浦「つまり、生き残るために助言をしたのが諸子百家ってことか?」
木村「その通りです。今で言うコンサルタント的な存在ですね。そうやって諸子百家が生まれたのです」
野獣「はえ^~」
木村「最初は孔子についてです。孔子は皆さんのご存知の通り『論語』で有名な人ですね。一応言っておくと、『論語』は弟子たちがまとめたものであり、孔子自身は関わっていないようですね」
三浦「てっきり孔子が書いたものだと思ってたゾ…」
木村「そんな孔子を始めとした学派が『儒教』と言います。諸子百家のなかで最も勢力があった学派ですね」
野獣「限界を貫かなきゃダメだ(至言)」
木村「また、儒教は儀礼を大事にしました。何故かというと、儀礼はマナーだけでなく、現実の人に対する愛情や思いやりの表れだ、と考えたからです。例を挙げるとして、お辞儀が大事なのは相手を敬う心が大切だからです」
三浦「お辞儀は大切だゾ!」
木村「こうした儀礼を『礼』と言い、儀礼の中に存在する愛情、さっきのお辞儀の例なら敬う心のようなものを『仁』と呼びます。基本的に孔子の思想は、この『礼』と『仁』が中心となります」
野獣「確かに、何の心もこもってない儀礼なんかしたって意味ないもんな。形式上だけのお辞儀なんて、ただ身体を動かすだけだし」
三浦「心を込めなくちゃならないゾ!」
木村「そうです。『仁』がない『礼』に意味はありません。ですが、『礼』がなければ『仁』も磨かれることはありませんよね?」
三浦「あっ、そっかぁ…」
木村「ですから、孔子は習慣的な『礼』が行われることで『仁』が定期的に磨かれる社会を目指したのです」
野獣「なるほどなぁ…」
木村「そんな『仁』には、五つの種類があります。一つ目は『恕』と言い、「他者を思いやる心」です。二つ目は『忠』と言って、「自分を欺かない心」です。三つ目は『信』と呼ばれ、「他者を欺かない心」ですね。四つ目は『孝』と呼び、「親を愛する心」です。最後は『悌』と呼称し、「兄を尊敬する心」です」
三浦「どれも大事な心ばかりだゾ…」
木村「この中でも、孔子は『孝』と『悌』を大事にするよう言いました。この二つを合体させて『孝悌』と言いますが、これこそが最も尊い心なのです」
野獣「親や兄を愛し、尊敬する心が大事なんだな」
木村「ですから、この『孝悌』が他の人間関係へ広がることで、よりよい社会が出来ると考えたのです。ですから彼は、『仁』と同じぐらい『礼』を大事にしたのです。先程も言った通り、『礼』が無ければ『仁』は磨かれません。よって孝悌も実現できないのです」
三浦「当たり前だよなぁ?」
野獣「ですよねぇ?ウーン」
木村「なので、私利私欲を抑えて『礼』を実践し、『仁』を守ることこそが大事だと説いたのです。これこそが『克己復礼』なのです」
三浦「そうだったのかゾ…」
木村「そんな克己復礼ですが、第一に国家を治める王さまが克己復礼をできなければ意味がありません。ですから孔子は、この克己復礼を行える理想的な王さまを『君子』と呼びました」
野獣「確かに、王さまが克己復礼を行える素晴らしい人だったら、民衆も感化されていくよな」
木村「はい。王さまがそうなることで、民衆も「この王さまを見習おう」という気持ちになります。こう言った国の統治方法を『修己治人』と言います。そして、この『修己治人』こそを理想とした思想を『徳治主義』と呼ぶんです」
野獣「孔子の考えが今にも根付いているんやなぁって…」
木村「しかしさっきも言ったように、克己復礼が行えなければ意味がありません。ですから孔子は、『礼』を行いながら『仁』の完成を目指すまでを『道』に例えました。儒教とは、こう言った『道』の歩き方を説くものなのです」
三浦「俺は克己復礼が行えてるかどうか心配だゾ…」
野獣「毎日ちゃんと飯を食う前に「いただきます」や、食べ終えた後に「ごちそうさま」、誰かと出会った時に「こんにちは」といえる精神が大事なのであって、出来ていても心がこもっていなければ克己復礼は行えていないと思うんですけど(名推理)」
三浦「おっ、そうだな」
木村「ここで出てきたのが孟子です。彼のことについて書いた本としては『孟子』が有名ですね。そんな彼は「人は生まれながらにして善である」と言ったのです」
野獣「要するに、皆が善であるって言いたいのか?」
木村「はい。例えば井戸に子供が落ちそうになっていた時、反射ながら助けようと思う心は起こるはずです。これを『性善説』と言います。そんな反射的な優しい心を『惻隠の心』といい、これが無くなるのは環境のせいだ、と彼は考えます」
三浦「この惻隠の心があれば、仁も完成しそうだな」
木村「ええ。こう言った惻隠の心のほかにも、『羞悪の心』や『辞譲の心』、そして『是非の心』があります。この四つを『四端』と呼びます。そして、この四端を意識する事で、それぞれ『仁』『義』『礼』『智』が完成するのだと言います。これを『四徳』といい、四端は四徳の完成のためにあるのです」
野獣「つまり『仁』の心を大事にしたんだな」
木村「お察しの通りで。そんな四徳に『信』を加えた人がいます。その人を董仲舒と言います。彼は、四徳に『信』を加えたものを『五常』と呼んだのです」
三浦「しかし、何故に追加したんだ?」
木村「彼は、今までの四徳には親子関係を大事にする心が無いと考えたのです。要するに『孝悌』が無かったのです。ですから『信』を追加したのです」
三浦「そうだったのかゾ…」
木村「そんな彼は、現実社会に『親子関係』『上下関係』『夫婦関係』『兄弟関係』『友人関係』の五つについて観察しました。そしてこの五つに対応して、それぞれ『親』『義』『別』『序』『信』があると言ったのです。これこそを『五倫』といい、五倫と五常を合体させた『五倫五常』が儒教の基本となるのです」
野獣「『仁』が発展して『五倫五常』となったのか……」
木村「また孟子に戻りますが、そんな四徳の中でも最も大事なのは『義』だと言いました。悪に屈しない正義感である『義』を『仁』とくっつけて、『仁義』と呼んだのです。ですから、王さまが仁義を持っていれば社会は安定すると考えたのです」
三浦「董仲舒は親子関係を大事にしたけど、孟子は正義を大事にしたのかゾ…」
野獣「やっぱり人それぞれなんすねぇ」
木村「そう言った仁義をもって行う政治を『王道』と呼びます。これは、武力をもって行う政治である『覇道』と区別したものです」
野獣「やっぱり僕は、『王道』を征く…」
三浦「だからお前、あの時あんな発言したのか…」
木村「そう言った仁義で国を治める考え方を『理想主義』といいます。こうした理想主義は、誰にでも四徳の完成が出来ることを前提で立てられています。ですから、人は誰にでも四端を持っているのです」
野獣「俺も四徳の完成を目指せるんだな」
三浦「俺もだゾ!」
木村「そう言った四徳の完成は、『浩然の気』というものが沸き上がって自覚するのだ、と孟子は言います。『猛然の気』とは、悪に屈しない正義感です。この『猛然の気』を身につけた人物を『大丈夫』と呼んだのです」
野獣「大丈夫大丈夫、ヘーキヘーキ」
三浦「GOは猛然の気を見抜いていた可能性が微レ存…!?」
野獣「これは神の貫禄ですわ」
木村「しかし、覇道政治を行っているような王さまはどうなってしまうのでしょうか?…孟子は考えます、『易姓革命』が起こるのだ、と」
三浦「マルクス的なのが来ましたね…」
木村「『易姓革命』とは、王さまの"姓名"が変わることです。つまり人民が王さまを打倒するのです。ですから孟子は、民衆中心の政治である『王道』を説いたのです」
野獣「でも、『性善説』って言う位なんだから、逆の『性悪説』もあるんだろ?くれよ…」
木村「ありますよ、勿論。『性悪説』とは、「人の性は悪にして、その善なるものは偽なり」といった荀子で有名です。彼曰く、『人間の本性は悪であり、善は作って行くものだ』と」
三浦「真っ向から孟子と対立してますね…」
木村「ですから、彼は徳を身につける必要性を説きました。もし徳を身につけなければ、どんな悪さをしでかすか分かりません。ですので、荀子は『礼』を重視したのです」
野獣「とことん孟子に喧嘩を売るスタイル」
木村「そう言った意味では、荀子は経験論者なのかもしれません。何故なら、善は作っていくものだから。こう言った教えは神の否定です。ですから、神は人間社会と関係ないとも説きました。これを『天人の分』といいます」
三浦「孟子は性善説を説いた以上、徳はそこにあった。だから神は信じられていた。しかし荀子は性悪説を説いた。徳は人間が作るものである以上、神は関係なかった…」
野獣「MUR頭いいっすね」
木村「なので、人間の悪を矯正すべきだ、と荀子は言います。悪を矯正することで、善になる必要があるのです。こう言った『礼』を重視して国家を統治する考えを『礼治主義』といいます」
三浦「孟子の真逆を行きましたね…」
野獣「もう道ブレッブレ」
木村「ここで儒教は終わりです。今度は『墨家』についてです。儒家は家族などに親しくするよう説いたのに対し、墨家はこうした差別的な愛が戦争を生むのだ、と考えたのです」
野獣「確かに"愛すべき人々"と"愛さなくてもいい人々"で差が出たら、争いも当然発生するわな」
木村「こうした差別的な愛を、墨家は『別愛』と呼んで批判します。ですから、墨家は広く平等な愛こそが大事であると言いました。これこそを『兼愛』と表現します。そして、他人を愛せば自分にも愛してくれます。こうした考えを『交利』といい、二つを合わせて『兼愛交利説』と呼ぶのです」
三浦「これって万人への愛を説くキリスト的な考えだゾ…」
野獣「キリストの考えに似てますねぇ!」
木村「確かに似てますね。…そんな墨家の代表人物が墨子です。墨子はこう言った兼愛交利説をもって、儒家を非難したのです」
三浦「なるほどゾ」
木村「また、墨子は『非攻』を説きました。例ですが、国内で人を殺すと死刑になります。ですが、他の国へ侵略するときに沢山人を殺すと、英雄として讃えられます。これは矛盾していませんか?」
野獣「矛盾しまくりですねぇ!!」
木村「ですから、彼は『非攻』を説きます。どんなに小さい国が攻められても、墨家の人々は命を張って守りに来たのです。それは、今まで利益の獲得が正義であった時代だからです。領土拡張こそが正義であった時、墨子は『非攻』を説くことで領土拡張を否定したのです」
三浦「つまり英雄は領土拡張に貢献したからであって、どんなに人を殺しても、領土さえ得られればいいのか。…なんだかなぁ」
野獣「人殺しはよくない(小並感)」
木村「…今回はここまでにしたいと思います。次回も諸子百家をやりますよ」
野獣「克己復礼は大事に、しよう!!」