正義レイプ!コミュニタリアリズムと化した空手部
木村「今度は正義論についてやっていきます。…先輩がた、正義とは何だと思いますか?」
野獣「自己を正当化させるための盾みたいなものでしょ。正義があるせいで数々の戦争があったんだし」
三浦「俺は他人に優しくしてやれる事だと思うゾ…。トルストイの人生観こそが正義だと思うゾ」
木村「こう言った質問の答えは一定性を見せないのが常です。しかし、この『正義』について考えてきた哲学者が出てきます。その人の名はロールズと言い、主著『正義論』は今でも読まれます」
野獣「ロールズにとっての正義とは、一体何だったんだ?」
木村「それを順序立てて説明していきます。…まず彼は、社会全体の幸せのためなら誰かを犠牲にしてしまう考え方である功利主義を批判します。ロールズにとって功利主義は"正義"では無かったのです」
三浦「確かに誰かを犠牲にする事は、その犠牲になった人の尊厳が守られないことになってしまうゾ…」
木村「ですから、彼は『リベラリズム』の立場から、功利主義の弱点を克服しようとしたのです。リベラリズムとは、他者や自分の尊厳を守るための公正さが守られた社会を目指す考え方です。よく『自由主義』と勘違いされやすいのですが、"自由主義"は"三権分立や議会制度"と言った国家的な公正さを指すので注意してくださいね」
野獣「ん、おかのした」
三浦「それで、他者や自分の尊厳を守るための公正さをどうやって目指すのかゾ?」
木村「まずロールズは「自分の身分や賢さ、人種や健康といった立場を全て分からないようにしよう」と考えたのです。こうすることで、我々を格差づける身分や賢さといったものが全て無くなり、人は公平さを取り戻しませんか?」
野獣「確かにそうですねぇ…」
木村「こう言った彼の考えを『無知のヴェール』と言います。無知のヴェールをかけることで、皆が自尊心を持てる世界こそが"公正な世界"なのではないか、と彼は考えたのです」
三浦「俺らを取り巻く身分立場を退ける考えは急進的に思えるな…」
木村「また、無知のヴェールをかけた状態で人々が議論した結果、三つの原理を引き出せられるだろう、と考えました。一つ目は『基本的自由の原理』です。これは「個人の自由の保障」であり、思想や言論の自由は保障されなくてはなりません」
野獣「当たり前だよなぁ?」
三浦「そうだよ(便乗)」
木村「二つ目は『機会均等の原理』です。経済的な格差が存在しても、公正な競争の機会は保障されなくてはなりません。この人は自由競争に参加してOK、あの人は参加しては駄目だ、と言う差別を止める事こそが大事なのです」
野獣「確かに機会均等の原理は正しいと思うぜ。万人が同じ機会を得られる権利があるんだからさ。…でも、手足が不自由だったりと、最初からミスリードがある人の機会はどうなるんだ?」
木村「そうです、それこそが三つ目なのです。三つ目は『格差原理』です。ロールズは、機会における格差を調整されなくてはならない、と言いました。つまり、自由競争によって格差は最も不遇な人の生活を改善するものでなければならないのです」
三浦「自由競争によって人々がお金を得る。その競争で得た金は、そう言った手足の不自由な人の生活を助けるために使われなくてはならない、って考えたんだろ?」
野獣「これが今で言う"福祉"ですね…」
木村「今言った三つの原理こそが『正義』なのです。つまり彼にとって、正義とは「公正であること」だったんですよ」
三浦「そりゃあリベラリズムの立場だもんなぁ…」
木村「そんなロールズを批判した人が出てきます。その人の名こそをノージックと言い、彼は『競争で得た富の配分は国家ではなく、民間のサービスが行わなくてはならない』と言ったのです」
三浦「どういう事ゾ?」
木村「先程のロールズは、競争によって得た金は手足が不自由な人の生活を助けなくてはならないと言いました。ですが、そのまま金を助けるために使うと、やがて「競争で得た金を分ける」人が権力を持つことになりませんか?」
野獣「言われてみれば、金を分ける人がいて初めて不自由な人たちの生活が助かるのであって、その不自由な人たちを助ける権利は「金を分ける人」になるな」
三浦「そうなったら権力が集まって行ってしまうゾ…!!」
木村「そうなんです。やがて金を分ける人と、手足の不自由な人の上下関係が出来てしまい、金を分ける人に権力が集中してしまうのです。ですからノージックは、そう言った金を分ける役割は国家ではなく、民間のサービスがやるべきだ、と言ったのです」
野獣「もし国家が金を分けたとしたら、国家権力が増幅してしまう。しかし民間がやることで権力は分散される―――何故なら民間サービスは沢山あるから」
三浦「そして自由競争は更に活発化して、手足の不自由な人の生活も改善されていく…」
木村「そうです。これをノージックは『リバタニアリズム』、言い換えて『自由至上主義』と呼びます」
野獣「はえ^~」
木村「ここで登場したのがサンデルです。彼はコミュニティの中の倫理観や習慣を重視し、リベラリズムを批判します。これはノージックとは別の方法で批判したことを忘れてはいけませんよ」
野獣「サ ン デ ル 長 友」
三浦「自分で言うのか…(困惑)」
木村「そんなサンデルの、コミュニティの中の倫理観や習慣を重視した考え方を『コミュニタリアリズム』、換言して『共同体主義』と言います」
野獣「しかし、どうやってロールズを批判したんだ?」
木村「彼は、例え人間が無知のヴェールにかかったままであっても、自分の育った環境や周囲の仲間の影響を受けるんです。ですから、人は必ず『個性』を持つのです」
三浦「こうした個性を無視して、正義の原理を求めようとするロールズを批判したのか?」
木村「ええ。自分が無知のヴェールにかかっていたとしても、『自分の生まれた場所や、自分に親しくしてくれる仲間は好きだ!』と思う事は可能です。これは無知のヴェールでは無くせない、一種の保存的価値なのです」
野獣「無知のヴェールでは取り除けない、人間の価値……これが個性だろ?」
木村「はい。ですが、こうしたサンデルのコミュニタリアリズムは危険だ、と言う声もちらほら上がっているのも事実です。それは、コミュニティの倫理観や習慣を重視するあまり、価値観をコミュニティ内で決めてしまう恐れがあるからです」
野獣「イキスギィ!ると、コミュニティ内だけで価値観を決めてしまう。そして国家への不安が募って行くんだろ?」
木村「まあ、そんなところです。こうしたコミュニタリアリズムは一種の全体主義、もといファシズムを生み出してしまうのではないのか、と言う懸念もあがっているのです。コミュニティ内で価値観が変わって行くと、やがて国家への価値観も変わるのです」
三浦「そして『国家打倒!!』と言う動きがコミュニティ内で広がってしまう…」
木村「そういう事です」
野獣「結局、正義とは何だろうなぁ…」
木村「それは未だに答えが出ていません。そうした問いについて答えを考えてみるのも、また面白いかも知れませんね」
三浦「おっ、そうだな」
木村「さて、次はレヴィナスについてやっていきます。彼もフランクフルト学派みたく、ナチスを敵視しました。そんな彼はユダヤ人であり、家族や友人のほとんどがナチスに殺されてしまったのです」
野獣「ナチスもう許せるぞオイ!!」
三浦「(ナチス)いかんでしょ」
木村「そんなレヴィナスは悲しみに暮れます。家族や友人は、ほとんど消えてしまいました。しかし世界は、何も知らないようなフリをして存在し続けているのです」
野獣「確かにレヴィナスは全てを失った。しかし世界は存在している……この葛藤を彼は経験したんだな」
木村「こうして辿り着いたのが『イリヤ』と言う概念です。『イリヤ』とは"主語のない存在"です。つまり「自分では把握できない、見えない存在」のことです」
三浦「イリヤって、人間かもしれないし、動物かもしれないし、植物かもしれない。それは何にでもあるけど、俺らからは見えないんだろ?」
木村「そうですね。分かりやすく言うと『見えない位置から自分を監視している存在』です。こうしたイリヤを、レヴィナスは過度に恐れました」
野獣「俺だって怖いわ」
木村「だからと言ってイリヤから抜け出す方法はあるのでしょうか?…レヴィナスはそれを探し求め、『他者の顔』に行きつくのです」
三浦「『他者の顔』にイリヤから抜け出す方法が眠っているとでも言うのかゾ?」
木村「例えば、道端で公開オナニーをしていた人がいます。その人が僕たちの顔を見ながら『お前もやれよ』と言ったとします。この場合、僕たちはオナニーしていた人の『他者の顔』を見てしまっているのです」
野獣「それ結構前にも例として出していたよね」
木村「この『他者の顔』は僕たちに語り掛けてきます。…『汝、殺すなかれ』、つまり『お前は殺してはならない』と言う言葉を語り掛けてくるのです。その瞬間、僕たちはその人と『関わってしまっている』のです」
三浦「『他者の顔』を見たら、その人に公開オナニーを求められても、『賛成する』と『拒絶する』の二択が出て来る。例え拒否したとしても、その人とは既に関わってしまっている」
野獣「あっ、そういう事かぁ!要するに『他者の顔』こそが「他人と関わる接点」なのであって、『他者の顔』さえ見なければ関わりなんか持たないのか!!」
木村「そうです。こうした場合、自分は『"他者の顔"を見てしまった以上、その人と関わらなくてはならない』と言う『責任』を負わなくてはなりません」
野獣「ヒェッ…」
木村「ここで彼は考えました。つまり『他者の顔』を見たとき、言い換えて『他人と関わらなくてはならない責任を負った』とき、人は全体化されたイリヤの世界を超越し、無限の世界に行く事が出来るのです」
三浦「どこから無限が出てきたのかゾ…?」
木村「要するに、自分には自分の世界があります。自分の世界の外にはイリヤが沢山あるのは言うまでもないですね?」
三浦「そうだよ(肯定)」
野獣「ですよねぇ?ウーン」
木村「ここで、『他者の顔』を見ます。すると自分は責任を負いますが、逆に『相手にも責任を負わせている』のが分かりますか?」
野獣「分かります分かります」
木村「相手にも責任を負わせ、自分も責任を負っている…と言うことは、お互いに責任を持ったことになります。ですから、互いに繋がるのです。そうすると、その人はイリヤでは無くなるのです」
三浦「つまり『イリヤ』を『他者』にする事で、イリヤの恐怖から抜け出せるんだろ?」
木村「お察しの通りで。…この場合、イリヤは他にも沢山存在しますが、『他者の顔』を沢山見ることでイリヤは一つ無くなります。ですがイリヤは無限に存在します」
野獣「毎日毎日、沢山の存在が生まれている。言われてみれば、イリヤは永遠に無くならないな」
木村「そうです、レヴィナスは此処に気づいたのです。『他者の顔』を見ることで、互いに責任を負い、関係を持つ。そしてイリヤが一つ無くなる。こうすることで自分は『他者』の無限性に気づけるのです。何故なら、無限にあるイリヤは全て『他者』に出来るのですから」
三浦「つまり『イリヤ』を『他者』にする事は無限性だ、と言いたいのかゾ?」
木村「はい。こう言った彼の主な著作が『全体性と無限』です。つまり、自分は他者の無限性に気づくことで、自分の全体性を超越するのです」
三浦「なるほどゾ…」
木村「今回はここまでにします。正義と他者、どちらも難しい内容ですが、慣れてくると親しみやすいですよね」