妖狐の里 後編
『第五章 解決』
『コーヨ、見つかったらしいよ』『変な奴を見逃しちゃったみたいだけどね』『まあコーヨが見つかっただけでも万々歳じゃないか』『それもそうね。さらった奴が分かったらぶっ飛ばしてやる!』
里中を噂話が埋め尽くしている。俺は今里をブラブラ歩いている。というのも、今俺は独りぼっちだからだ。
そう、コーヨを里の病院に連れて行った時のこと...
「コーヨが見つかりましたか!ありがとうございます...!」
「でも、『何か』は逃しちゃったわ」
「そうですか。でも、この子が見つかっただけで嬉しいです」
「ほとんど無傷の状態、でも一応しばらく安静にしていた方がいいって言われました」
「分かりました。それじゃあコクウの隣にでも寝かせておきましょう。また攫いに来たときはコクウとの戦闘が避けられません。私たちはこれからいろいろなところを行き来すると思うのでこれが最善かと」
「全面的に賛成ね」
「コクウさんは大丈夫なんですか?」
「はい。確かに万年筆は深いところまで食い込んでいましたが、致命傷はなかったようです」
「へえ、あれだけ刺さって致命傷がないなんて...コクウは運がいいみたいね」
「そうですね」
「...皆、来たか」
「コクウ!起きて大丈夫ですか?」
「さっき説明してもらったように致命傷はなかった。それより話したいことがある」
「話したいこと?」
「そうだ。それで、申し訳ないが...和輝、君は席を外してもらえないか?」
「なんでこいつがいたらだめなの?」
「少し分かりにくい話だからだ。なら後で麗奈、君が分かりやすく教えてやってくれないだろうか?」
「...それもそうね。どのくらいかかるの?」
「できるだけ早く終わらせよう。三十分もいらない」
「分かったわ。そういうわけで、和輝、申し訳ないけど...」
「ん?ああ、気にしないで。俺もお腹が空いた」
「...あれ、そういえばあんたご飯はいつ食べたの?」
「今朝煎餅を食べた」
「...それだけ?」
「うん」
「よくそれであんなに頭を回せたり動くことができたわね」
「確かに。ま、とりあえずご飯でも食べてくる」
「あ、和輝さん!一応言っておきますけど、今一人で妖狐山に近づいたら駄目ですからね!」
「大丈夫です。俺もそこまで馬鹿じゃありませんよ。...それじゃあ、失礼します」
こうして俺は病院を後にしたというわけだ。
時刻は十時ごろ。やはりお腹が空いた。
とりあえず宿に戻っていいご飯屋さんがないか女将さんに聞いてみた。
「ああ、それなら近くにいいご飯屋さんがあるよ」
「本当ですか?お店の名前は...」
「和食屋さんなんだけどね。『ジャパニーズ』っていうもう最近の政治情勢並みに良く分からないお店があるの」
「へえ。ちなみにオススメの料理とかあります?」
「私もね、朝夕のご飯を作っているわ。でもあそこの蕎麦には勝てない」
「蕎麦かあ...いいですね」
「ええ。結構近くにあるよ。ここを出てすぐに右へ曲がって...」
「ふむふむ」
「...って感じ。まあ近くだから分かると思う」
「ありがとうございます。それじゃあ行ってきます」
「気をつけてね」
俺は女将さんに言われた通りにお店へ行く。一応麗奈に教えておこうか。
えっと、『ジャパニーズっていうお店にいる』...っと。メールを送る。
教えられた道を行くと『ジャパニーズ』と書かれた看板が掲げられているお店に着く。このお店も例に漏れず木造建築だが、料亭と分かる外観だ。看板の両隣に掲げられている提灯に火はまだ灯っていない。
「失礼しまーす...」
小声で呟きながらお店に入る。
「いらっしゃいませー。適当に席について下さい」
カウンターから聞こえてくる、主人のだるそうな声。女性の声だ。
言われた通り適当な席につく。周りにはお客さんが数人...いや、数匹?まあそこそこの人数がいた。
「メニュー言って」
カウンターで肘をつきながら主人が聞いてくる。態度悪いな。俺がクレーマーだったら絶対に文句を言っている。だが俺は良識のあるお客さんだ。この店のルールに従おう。
「蕎麦をお願いします」
「はいよー」
主人が店の奥へ消える。まさか、あの人ひとりでこのお店を営業しているのか?
しばらく待つと、料理がやって来る。
「はい、お蕎麦」
「ありがとうございます」
何の変哲もないざる蕎麦がやってきた。おいしそうだけど、特筆することもない普通の蕎麦って感じだ。失礼だと思うけど。
「頂きます」
「...」
なぜか主人がジッと俺の食べるところを見ている。...食べづらい。
「あの、戻らないんですか?」
俺は意を決して聞いてみる。それに対して主人は、
「別に私ひとりで営業しているお店だ。どうしようが構わないだろう?」
と言い返してきた。というか本当に一人で営業しているのか。
俺は食べづらい雰囲気の中意を決して蕎麦を口にする。蕎麦を箸で掴みあげて、そばつゆに付けて口に運ぶ。
「...!?」
俺は思わず目を見開いた。これは...!
「おいしい...何だこれ」
「...」
主人は俺の反応を見て満足したのかカウンターに戻った。味の感想が聞きたかったのかな。
だがこれはうまい。コンビニの蕎麦なんか比じゃない。麺の硬さ、そばつゆの濃さ、どちらも声が出なくなるくらい美味しい。
俺はあっという間に蕎麦を平らげる。美味しかったです。まさか妖狐の里に来ていなり寿司以外で感動するなんて。
「ごちそうさまでした」
俺は呟いて、これからどうするか考える。ふむ、時間を潰そうにもすることが思いつかない。どうするか...
そんな俺に近づいてくる人影が一つ。
「...うわん!」
「うわ!?な、なんですか?」
その人影は異様に大きかった。俺に向かって『うわん!』とだけ叫んだその妖怪は...聞いたことがある。たしか『うわん』という妖怪のはずだ。鬼のような体格に一つしかない目。頭から一本の角が生えている。服装は原始人のように片方の肩から膝のあたりまでを包む布一枚。腰に和服の帯を巻いている。そして、肌の色が真っ赤だ。
そしてうわんは俺にスマートフォンの画面を見せている。画面には何も映っていない。
「...えっと?」
「うわん」
なんだこいつ。これしか言えないのか?参ったな...
そうだ。俺はスマートフォンを取り出す。そして、文字を打ち込む画面を映す。
「これに打ち込んでください」
「うわん」
『分かった』という意味だろうか。うわんは慣れた手つきでスマートフォンに文字を打ち込む。そこには『電池が切れてしまった』と打ち込んである。なるほど。
「充電器は持っていないんですけど」
『マジ?参ったな~』
なんだこいつ。なんかチャラい。
『じゃあ俺の行きたいところまで送ってくれない?』
「いいですよ」
『ってかさ、敬語やめてくんね?』
妖怪は敬語を嫌うのかな?みんな敬語を使うと嫌がる。
「分かった、これでいい?」
『やればできんじゃん』
「敬語やめただけだからな?」
俺は席を立つ。
「それじゃあ行こうか」
『おっけー』
俺のスマートフォンの充電は90パーセントほど。このペースだと夜までもつかどうかくらいかな。
「お会計お願いします」
「五百万円」
「五百円ですね」
俺は財布から五百円を主人に渡す。
「ほら、うわん。お前も会計しろよ」
『俺っちもう払ってある』
「お前キャラブレすぎだろ」
「...」
主人は俺たちのやり取りを黙ってみている。迷惑ということだろう。
「それじゃあ、ごちそうさまでした」
『ごっちー』
「感謝は真面目にしなさい」
「うわん」
これは『ごちそうさまでした』の意味だろう。主人の顔も満足げなものになった。
「はいよ、またのご来店お待ちしておりまーす」
俺は『ジャパニーズ』を後にした。
さて、
「で、どこに行きたいの?」
『天上温泉』
聞いたこと無い。妖怪御用達の温泉なのかな。
「じゃあちょっと貸して。地図アプリ開くから...って地図アプリに乗ってるかな?」
『多分あるんじゃない?』
「ならいいんだけど」
俺はうわんからスマートフォンを受け取って地図アプリに『天上温泉』と打ち込む。するとここからのルートが示される。俺は音声案内に設定する。そして、所要時間が...3時間?マジかよ。一応麗奈にメールしておこう。
「それじゃあ行こうか..ってお前にスマートフォンを渡しておかないと」
俺は麗奈にメールを送ってからスマートフォンをうわんに渡す。
『この先右折です』
「やっぱり便利だな。音声アプリ」
『時代進化しすぎじゃね?』
「だよな」
『でも科学が進化しても俺の恋に進展はないんだ』
「そうなのか。好きな人がいるのか?」
『そうなんだよ。でもなかなか思いが伝わらなくてさ』
『この先左折です』
「告白しちゃったらどうなんだ?」
『なかなか勇気がわかなくてよ』
「大変だな。何かその子に好かれるためにやってることとかないのか?」
『特にない。その子がストーカー被害に遭っていないか日夜確認しているくらいしか』
「お前がストーカーだよ」
『あーあ。あの子は俺のことどう思っていることやら』
「まあまあ、嫌われるようなことはしていないんだろ?」
『いや、実はさ。一回だけしちゃったんだよ』
「あらら。どんなことしたんだ?」
『ドッヂボールしている時にその子の顔にボール当てた』
「小学生か」
『謝れよって周りの女子に言われたけど、強がって『俺悪くねーし、そいつが悪い』とか言っちゃって』
「小学生か」
『まあ俺が小学生の頃の話なんだけどさ』
「小学生かよ!」
『あーあ、本当にどうなることやら...』
「まあまあ、きっとその子との恋はこれから『この先、直進です』」
「「...」」
「...ほら、直進だってさ」
『音声アプリにまで慰められてしまった』
「まあまあ」
『そうか、モテるための秘訣を教えてくれよ』
「いや、俺もモテたこと無い」
『うーむ。あ、贈り物とかしてみようかな』
「いいんじゃないか?なら利便性の高いものにした方がいいと思うけど」
『腕時計とか?』
「肌身離さないものはいいと思う」
『うーむ。ネックレスとかもいいのか」
「どうなんだろうな。複数持ってたら使われない可能性も...」
『この先「うわん!」』
「おい、聞こえなかったぞ」
『しまった。まあ適当に曲がろう』
「だな。間違ってたら教えてくれるだろうし...ちなみになんて言ったんだ?」
『それは困る』
「予想通り」
『それで、贈り物だけど、君ならどうする?』
「うーん...和菓子、かな」
『食べ物はなくなってしまうからな。ナンセンスだと思う』
「そっか。どうしようか..」
『利便性のあって、肌身離さず持っていて、複数持ってなさそうなもの..』
『バックにしてください』
「「...」」
「最近のアプリは意思があるのか?心なしかバック『に』してください、に聞こえたぞ」
『俺も。でも、バックはいい案だ』
「だな。これで贈るものは決まったな」
『次はシチュエーションか』
『左折してください』
「声をかけて渡したりとかは?」
『ストーカーがばれる』
「自覚あったんだ」
『どうすればいいんだ』
「いっそのこと家に行けば?」
『そ、それはハードル高い』
「それじゃあ遊びに誘ったりとか...とにかくアクションを起こさないと。他の奴らに先越されちゃうぞ」
『そう、だな』
「そうだよ」
『そうだ...!俺、映画に誘ってみる!』
「いいぞ!行けるぞ!」
『この先、直進です』
「まずはシチュエーションだ。映画ということなら後で感想とか言い合ったりする場所が欲しい」
『そうだな。少しリハーサルに付き合ってくれ』
「おっけー。...映画、楽しみだね」
『楽しみだ。でもちょっと時間余っちゃったな』
「あ、私ポップコーン買ってきていい?」
「うわん!!」
「『うわん!!』じゃねーよ!まだポップコーン買おうとしただけだろ!」
『少し興奮してしまった...』
「興奮しすぎだよ...ちなみに今の『うわん!!』の意味は?」
『チューしよう!!』
「気が早すぎる」
『続けよう。ポップコーン、持とうか?』
「これくらいなら大丈夫。四番で上映だね」
『そうだな。えっと四番四番...あ、ここをまっすぐ歩いてから『左折してください』
「なんで敬語になるんだよ」
『いや、今のは音声アプリ』
「っていうかなんで道の案内始めてるんだよ!『そうだね、行こうか』でいいだろ!『四番四番』じゃねえんだよ!『あ、ここをまっすぐ歩いてから...』じゃねえよ!見りゃわかるわ!なんだ『あ』って!最初から視界に入ってるわ!」
俺たちはこんな調子で『天上温泉』に向かった。
「で、話したいことって何よ」
「実は、あいつの正体に心あたりがある」
「本当ですか!」
「間違いない。私の読み途中の『式神』という本に書かれているものと一致する」
「特徴を言ってみなさいよ」
「いいだろう。疑われるのも無理はないからな。まずはあいつの名前だ。『鬼式 式神 参型』。まあ鬼式神でいいだろう」
「『参型』ということは他にも型があるのね」
「うむ。壱型と弐型だ。まあそっちは確認されていないから今は話さない」
「本に書いてあるということは弱点もあるんですか?」
「ある」
「待ちなさい。まだ特徴を言っていないわよ」
「そうだな。大きな特徴は三つだ。一つ、その体格。身長は2メートルほど、それ以外の体格は人間の二倍程度。顔の大きさもだ。二つ目の特徴は顔を隠すように覆面とお面をしていること。三つ目は武器を持っているということだ」
「...お見事。信じるわよ」
「ありがとう。それで、鬼式神の弱点だが...頭だ」
「頭?」
「ああ。頭を攻撃すればほぼ確実に一発で殺せる」
「なるほどね。問題はそこまで近づけるかどうか」
「それならカエデさんに任せてはどうでしょう?私たちで相手をして、隙が見えたら天狗特有のスピードで頭部を攻撃したら...」
「ひとたまりもないだろうな」
「よし、これで鬼式神の対処法は何とかなったわね。問題は、式神ということは『召喚した妖怪』がいるのよね?」
「そのはずだ。式神は『妖素と引き換えに召喚され、召喚した妖怪の命令を忠実にこなそうとする従者』という定義があるからな」
「...そもそも、なんで召喚者はコーヨさんを拝殿に閉じ込めておいたのでしょうか」
「そこよね。なんの目的があるのか分からない。だからこそ不気味なのよ」
「...すまないが私にもわからない。とにかく、できるだけ早くこの事件を終わらせてくれ」
「分かってるわよ」
「頑張ります!」
十四時。予想以上に時間がかかってしまったがなんとか『天上温泉』にたどり着いた。
『今日はありがとう。俺、自信ついた!』
「そうかい。それじゃあここでお別れだな」
『まあ待て。少し浸かっていけよ』
「いや、着替え持ってきてないし」
『足湯があるんだ。疲れただろう?』
「...まあそうだな。ちょっと休んでいくよ」
正直、俺が今戻っても役には立てないだろう。少し休んで盾くらいにはなれるようにしないと。
ここで今俺がどんな場所にいるのか説明しよう。山の頂上です。いやマジで。まあ山というよりは丘といった方がいいかな。高度はそんなにない。妖狐山の隣にある山の頂上だ。『天上温泉』と言うくらいならよっぽど高度がある場所かと思っていたのだが。
そして目の前には年季の入っている壁や屋根でできた温泉宿がある。温泉宿は全体的に煙に包まれている。
早速温泉宿の中に入る。中は明るい雰囲気で、壁や天井などもきれいだ。凄く手入れが行き届いている。
「いらっしゃいませ...って、ケブリ!どこに行ってたんだ!」
「うわん」
「全くお前は...」
え、今の『うわん』だけで全部説明したの?『かくかくしかじか』より便利だな。
今話しかけてきたのは主人だろうか?体格やその他もろもろうわんと全く同じだ。違いは口から白いひげが生えているのと肌が青いということくらいか。
「申し遅れました。私天上温泉を営業しています『ハヅキ』と言います。本日はケブリをここまで送っていただきありがとうございました」
「あ、ご丁寧にどうも...えっと、うわん、じゃなくてケブリはどうしてここに?」
「うわん」
「分からねーよ。スマートフォンを使え」
『帰省。この人は俺のじいちゃん』
「ということはこの人も『うわん』?」
「そうです」
うわんって一匹じゃなかったのか。
「どうしましょう、今からお部屋をご用意しましょうか?」
「あ、大丈夫ですよ。ただ足湯があるみたいなので少し浸からせていただきたいな...と」
「そうですか。それではご案内します。もちろんお代は頂きません」
「ありがとうございます」
主人に案内されて俺は足湯のある場所に来た。木造の椅子が中心にあるお湯を囲むように設置されていて、屋根がある。他に浸かっている人が一人だけ。
「ここにタオルを置いておきますので、上がったときにお使いください。ケブリ、お前も浸かっていいぞ。疲れただろう?」
「うわん」
「それでは...」
主人が戻っていく。俺は早速靴と靴下を脱いで、足湯に浸かる。足を湯の中に入れると温かさと心地よさ、そして疲れが取れていく感覚をしっかりと味わう。
「あ゛あ゛ーー」
『気持ちいだろう?』
「これは気持ちいい...」
「うわん....」
「...失礼、そこの青年」
「ふぇ?あ、俺ですか?」
「うむ。お主もしや...昨日の青年か?」
「え、...まさか、その格好にその声」
俺は足湯にとらわれていた意識を戻す。そして向かいにいる妖怪を確認する。
「お前、昨日の武士?」
「いかにも。運命とは奇妙なものだ」
武士が俺の隣に移動してくる。
「お前温泉に浸かるときくらいは鎧外せよ」
「いや、この後野暮用があるのでな。足湯だけにしておこうと思った。足湯くらいなら鎧を着けていてもいいだろう?」
「確かにな」
『この妖怪誰?』
「ああ、この妖怪はな...」
俺はしばらく足湯とお喋りを楽しんだ。こういう雰囲気はなんだか嫌いになれない。
「...ん、ここ、は?」
「起きたか、コーヨ」
「コクウ。今何時?」
「十六時。あと少しだな」
「...」
「行って来い。お前の望みをかなえて来い」
「...本当に、信じていいんだよね」
「勿論だ。私もこの後一世一代のことを行う。お前も頑張ってこい」
「...行ってきます」
「気をつけていきなさい」
「コクウ、話って何よ」
「来てくれた、か。君は忠実に私の言うことを聞いてくれるな」
「だから何よ。いいから早くしなさい」
「...私は、君のことが好きだ」
「...はあ?冗談はよして。この忙しい時に」
「冗談ではない。君の容姿、性格、魂...全てに魅了された」
「...そう。でも残念、あんたは私の心を掴めないわ」
「何故だ?」
「あんたより早く、強く、私の心を鷲掴みにした奴がいるのよ」
「...もう一人の人間、か」
「そ。まあそういうわけだから諦めて頂戴。話はそれだけ?」
「コーヨがすでに起きて、麗奈、君にだけ話したいことがあると言っていた。それと十七時に妖狐山の拝殿に来てほしいと」
「今から間に合うかしら」
「間に合うと思う、行ってくれ」
「そうね。伝言ありがとう」
「...ふ、これが『恋』...か」
「どんな手を使ってでも」
「あの人間の魂を手に入れて見せる」
「そのためにここまで...」
「...いたわ。コーヨ!」
「あ、...れい、な」
「どうしたのよ。私だけを呼び出すなんて...」
「話したいことがあるの」
「それはそうでしょうね」
「ねえ、私の寿命の話、麗奈は聞いたでしょ?」
「ええ、聞いたわよ」
「...あなたはなんとかできる?」
「寿命を?」
「うん」
「無茶言わないで。それは運命。理不尽に感じるかもしれないけど、仕方のないこと」
「人間は寿命があるのになんで笑えるの?」
「...」
「人間は寿命があるのになんで恋をするの?」
「...」
「人間は終わりがあるのに...なんで希望を持てるの?」
「はあ...そんな簡単なことを聞きたいの?」
「うん」
「他の人はどう考えているか知らないわ。でも私はこう思ってる。『一度しかない人生を苦しみで満たすより、楽しみや幸せで満たしたいから』。これで満足?」
「...やっぱり、分かんないよ」
「今は分からなくても仕方がないわ。でも分かるときが来ると思うわ。私だってあなたと同じだったもの」
「同じ!?馬鹿なこと言わないで!あなたがどんな経験をしてきたかは知らない!でも私より辛い妖怪、人なんて...!」
「だから、そうやって考えるところが同じなのよ。私だって生きるのがつらかった時があったの。でも今は楽しめている。だからきっとあなたも楽しめるときが来るわよ」
「根拠のないこと言わないで!そうやって私を...「いい加減にしなさい!」
「「...」」
「...生きているのよ」
「え?」
「辛いことがあっても、それでも、生きていくのよ」
「...」
「絶望しても、怖くなっても、嫌われても、歯を食いしばって生きていくの。生きているの」
「なんでそんなにつらい思いをしながら生きなくちゃいけないの!」
「じゃあ今すぐ死になさい!」
「ッ...」
「どうして躊躇うの。なにがあなたを躊躇させるの?」
「それ、は..」
「私は、死にたくない」
「...」
「もう、分かったでしょう?生きるのがつらくても生きる理由が」
「...あ、あはは。やっぱりわかんないや」
「まだ...!「なんで、私だけ寿命があるの」
「なんで私だけ『楽しい時間』を永遠に味わえないの」
「...」
「なんでよ。なんで、なんで?わたしがなにを、何を、ナニを、なにをしたの?」
「コーヨ?」
「あは、あは、アハハハハハハハハハハハハハハ!」
「どうしたの、コーヨ!」
「やっぱり、これしか、方法、ない。やるしか、ない...!」
「ッ!やる気!?」
「麗奈は殺さない程度。和輝は『殺す』」
「...そんな、こと。やらせるわけ...ないでしょうが!」
「それじゃあな、ケブリ」
「うわん」
「またのご来店お待ちしております」
俺は天上温泉を後にする。武士は『もう少し温泉に浸かっていたい』と言っていた。
歩み始めた俺は気づかなかった。
「...」
誰かが付いてきていることに。
十五時。まだ空は青い。ここから三時間か...いや、二時間だっけ。天上温泉の主人が言っていた。
「最近できた妖狐山とこの『天上山』を繋ぐ橋があります。そこから行けば一時間ほど短縮できるかと」
というありがたい情報を手に入れた。というわけで二時間と少しで里に戻れるはずだ。
それにしても。俺は考える。
そもそもここに来た目的は妖狐を貰う目的だった。それがこんなことになってしまうとは。というか明日帰れるのか?悪いが『気宿刀』が見つかるまで俺は家に帰らない決意がある。
まったく、誰が盗んだんだか。少し考えてみるか。
まず事件が起こったのが昨日の午後の何時か。コーヨがさらわれて気宿刀が盗まれた。そして早朝。犯人と思わしき妖怪と接触。そして朝に再び接触。そのあと妖狐山拝殿にて見失う。...全くわからない。
...そういえば、早朝に『何か』に出会った時は2本の刀を持っていた。でも、朝に出会った時には1本しか持っていなかった。もしかして、だけど。
「あいつ、気宿刀を...」
分かってきた。解けてきた。...全部、分かる。分かるぞ!辻褄が合う!
「最後にあいつが気宿刀をどこに隠したか...」
...あそこだ。あいつ、なんて場所に隠しやがった。
だがまだ分からない。これは俺が都合のいいように解いただけかもしれない。
「...」
考えて麗奈に連絡するのをやめる。実際に会ってから話した方がいいだろう。
それと、たった一つだけ分からないことがある。
「なんで気宿刀を盗んだんだ?」
これは、私が小さい頃の話。
私の家は代々続く由緒正しき血統。正直、迷惑だった。
当時六歳の私。私は既に酷なことをさせられていた。
「お母さん、これでいい?」
「...駄目。もう少し頑張りなさい。『月島家』の人間でしょう?」
私がやっていたのは『お札』の作成。これが無いと妖怪を退治できないんだとか。
「お母さん、もう私疲れたよ」
「頑張りなさい。『月島家』の人間でしょう?」
お母さんは私に無理やり勉強を教えてきた。それも妖怪について。どんな妖怪がいるか学んだ。これが分からないと妖怪を退治するときに大変なんだとか。
「お母さん、私、死んじゃうよ」
「できるはずよ。『月島家』の人間でしょう?」
私は、妖怪と対峙していた。今では片手で退治できる弱い妖怪。犬の妖怪だ。犬の妖怪は私の体にかみついた。血をたくさん出した。怪我をたくさんした。お母さんはギリギリのところで私を助けてくれた。
「お母さん、なんで私は生きなくちゃいけないの?」
「『月島家』の人間でしょう?」
私はこの質問に対してされた返事を覚えていない。『運命だから』とか、『弱音を吐いちゃダメ』とか言われたのかもしれない。でも、このセリフだけは覚えていた。
「『月島家』の人間でしょう?」
意味が分からなかった。私が望んで月島家の人間になったわけでもないのに。
意味が分からなかった。ほかのみんなは私が修行している時に、辛い思いをしている時に、笑っていた。
意味が分からなかった。なんで生きているのか。
自殺をしなかったのは『痛い』『苦しい』...それだけしか理由はなかった。『楽しいことが待っている』そんなことは微塵も考えなかった。『生きる意味』がなかった。
そんな私に過酷な試練がやって来る。
「公園の前にある林。あそこに私が作った『妖怪』がいるわ。まあ『式神』って言うんだけど。そいつを退治してきなさい」
「お母さん、私怖いよ」
「きっとできる。『月島家』の人間でしょう?」
今思えば、ふざけるな!と怒鳴りつけたくなる。でも、昔の私には従うしかなかった。そうしないといけなかった。私は、
「...『月島家』の人間、だから...」
「そうよ。行ってらっしゃい」
私は歩み始めた。人生の終わりに向かって。お母さんに渡された小刀を捨てて、木の棒を片手に。
着いた。公園だ。いよいよ終わる。怖い。怖い。怖い。
林に足を踏み入れる。緊張する。死ぬんだ。緊張する。痛いんだろうな。
私は犬を見つけた。これが、妖怪なのだろう。こちらに向けている目の色、気迫、表情、何もかもが怖い。でも、これが私を楽にしてくれる。でも、怖い。でも、終わらせてくれる。
犬が私に駆け寄って来る。持っている木の棒が一点に集中しないのはどうして?私が今から苦しまなくちゃいけないのは、どうして?
「...誰か...」
その瞬間、世界が変わった。
吹き飛ぶ犬。その犬は頭から血を出して倒れた。
そして、
「は、は、は」
浅い呼吸をする少年。私はこの少年から目を離せなかった。
「運ぶの手伝ってよ!」
身体に力が入らない。ただ見つめるのはその少年。
私は少年が持っていた刀だけを持たされて公園に戻る。
少年が、起こった出来事をおじいさんに伝える。おじいさんが駆け出す。少年が駆け出す。私が駆け出す。
おじいさんが犬を治療して、少年を叱る。その光景を見ていると、心が痛んだ。胸が締め付けられた。
私は少年がいなくなってからおじいさんに今起こった出来事を伝える。
「そう、か...」
おじいさんは苦しそうな表情を見せた。
「...君の名前は?」
「月島麗奈」
「麗奈ちゃん、か。少し待っていてくれないかの?」
「いいよ」
おじいさんは私を家にあげると、温かいお茶とお菓子をくれた。でも緊張でほとんど手が付けられなかった。しばらく待つと、おじいさんが一枚の手紙をくれた。
「いいか、麗奈ちゃん。これを十年後に見るんじゃ。よいな?」
「...うん」
「今日は本当のことを教えてくれてありがとう。でも、和輝が風呂から上がる前に帰ってほしい」
「どうして?お礼、言いたい」
「男の子は、女の子に泣いているところや泣いた後の顔を見られたくないんじゃよ」
私は家に帰った。するとお母さんが駆け寄ってきた。
「やったのね!?ああ、よかったあ...本当に、よかった」
お母さんが私を抱きしめた。
「今までごめんなさい。事情はあなたが大きくなってから...そうね、十年後くらいに話すわ。でも、これからは別に妖怪退治の修行なんてしなくていいわよ?」
「それは、困る...」
「..どうして?辛かったでしょう?」
私は思っていることを言った。
「私、守りたい人ができた」
そこからお母さんはまさに人が変わった。今までの私への扱いは何だったのかというくらい優しくしてくれた。
そして、つい最近。十六歳の初夏。あの出来事から十年。私はお母さんからのお話を聞いて、おじいさんからの手紙を読んだ。
お母さんからは何であんなに厳しく修行なんてことをさせていたか。おじいさんからは頼み事...というか助言というか、そんな感じの内容。
お母さん曰く、小さいころに妖怪退治の基礎知識があると、何もしなくても年齢を重ねるごとに強くなっていく。だから多少厳しくしてでも妖怪退治の基礎知識を教え込みたかったらしい。そして、あの犬の妖怪を倒すことが十分な知識があるということになる。つまり合格ということになるそうだ。ちなみに不合格だったら再び私に妖怪退治の知識を叩きこまなくてはいけなかったらしい。
それと、『月島家』の人間としつこく言っていたのはお母さんも『月島家』が嫌いだからだそうだ。
「あなたが『月島家』を嫌いになってくれたら次の代からは...『鹿島』、かしらね」
「な、なんで知ってるの!!」
とにかく私の代で『月島』は終わらせたかったらしい。
それと、おじいさんからの手紙。百鬼夜行に参加するならぜひうちの和輝を連れて行ってくれ、とのこと。それと和輝をよろしく頼む...これはどういう意味なのか分からなかった。まあしっかり守ってやってくれという意味だろう。
...彼は、私のすべて。
私の人生を変えてくれた。彼がいたから私はあれから親の愛情を感じることができた。
私に生きがいをくれた。次は私が彼を守る。そのために私は修行を続けた。続けることが楽しかった。
私に、感情をくれた。恋。彼が愛おしくてたまらない...
なんてね。流石にこれを面と向かって言えるほど私は勇気がない。
でも、いつか言うから。
『あなたのことが、好きです』...て。
「やるじゃない。まあ尻尾が四本の妖狐としては強い方かしら」
私は地面に伏しているコーヨを見下ろす。
「あなたは人間にしては強すぎない?」
「...まだ少し余裕がありそうね。でもあなたにとどめをさすことは私にはできない。だからしっかり法の裁きを受けてもらうわよ」
私はスマートフォンを取り出して、カエデにメールをする。
「さあ、これであなたはおしまい。この村の脅威は過ぎ去ったかしら...」
「ふふ、これで終わりだと思うなら...人間はおろかすぎるよ」
コーヨの体に異変が起き始める。
「...まだやる気なのね」
「勿論。これが、最善の方法なの」
コーヨの尻尾が、二本増えた。
「あなたは和輝と違って知ってるよね?妖狐の妖素が何か」
「もちろん。その尻尾自体が妖素。特徴は硬度が高くて、ある程度の伸縮をする。...それと、尻尾が触れている人間の魂を読み取れる」
「ご名答。まあ妖怪の魂は読み取れないし、触れている尻尾の数が少ないとあんまり読み取れないんだけどね」
「さて、それがどうしたのかしら?」
「それじゃあ妖狐の尻尾が増える条件は何だと思う?」
「...確か、『感情』」
「そこまで知ってるんだ?すごいね、人間って」
「私は特別なだけ。それで、やる気、ってことでいいのよね?」
「うん。次はあなたが地面に伏す番だよ」
コーヨが駆け寄って来る。尻尾は同時に私の体を襲ってくる。五本、残り一本はどんな目的があるのか、分かるわよ。
私はバックステップをした瞬間に横から襲い掛かってきた尻尾を身体を弓なりに逸らして躱し、正面から襲い掛かる尻尾をいなす。正面から来る尻尾は5本あるはずだけど、ほとんど一塊のような状態で私に襲い掛かる。まだ増えた尻尾を操り切れていないようね。そして、コーヨ本体に駆け寄る。背後から尻尾が襲ってきているのも分かっている。でも、私の方が速いわ。私は小刀でコーヨの肩を狙い、突く。
「...!」
これで終わらせる相手ではないはず。すぐに小刀を引いて、その場から離れる。一瞬あとにさっきまでいた場所に尻尾が上から降って来る。尻尾は地面に突き刺さった。これを受けたらひとたまりもないわね。
「さて、負傷をしたようだけど...まだやる?」
「...もちろん!」
それじゃあ、仕方がないわね。
「少しだけ、本気出しちゃうわ」
私は袖に手を入れてお札を数枚取り出す。
「なに、それ」
「手の内を明かすと思う?ただ...後悔するわよ」
私は手に持っているお札を見せつけるようにひらひらと動かす。そのお札に描かれている文字は...『封』
「悪い子にはお仕置きをしないとね」
「ッ!」
コーヨの顔が恐怖のせいか強張る。でもやめるつもりはないわ。
「覚悟し「麗奈」
私がコーヨに向かって駆け出そうとすると、誰かが話しかけてくる。振り返るとそこには、刀を一本腰に着けていて、耳と八本の尻尾を生やした金髪の美青年。
「コクウ、なんでここに?」
「少し心配になってな。妖怪が人間と一対一になるのは少し危険な気がした」
「そう。でも私なら妖怪と一対一になっても大丈夫よ」
「なんで、コクウが...」
コーヨの声が震えている。それもそうだろう。私でさえ倒せなかったコーヨにコクウまで倒せるはずがない。...そう考えているからだと思ったのだけれど。ちょっと違うみたいね。
「私を、裏切ったの?」
「?コクウ、あんたなにしたの」
「裏切ってなどいないさ」
どうも私が口を出すと分かりにくいわ。少し二人で会話させましょう。コーヨが不審な動きをしないようにコーヨから目を離さないように注意する。
「じゃあ、どうして麗奈の傍にいるの!」
「理由は簡単だ。君を守るためだよ」
「どういう意味!」
「こういう意味だ」
はあ、ようやく妖狐山に着いた。足湯で疲れをとったとはいえ二時間弱も歩くのは大変だ。足湯に浸かっていなくて近道もなかったら明日筋肉痛になるのは避けられなかっただろう。でも、これなら明日は筋肉痛にならずに済みそうだ。
というかこの道の先はどこに続いているのだろう。...あ、そういえば拝殿のあるところに整備された道が一本あった気がする。そこにつながっているのだろう。とりあえずそこに着いたら麗奈に連絡をしよう。
道は意外と短くて、すぐに拝殿前の広場に出た。そして俺は思考を切り替える。
「...あいつ」
視界に飛び込んできたのは出血をしているコーヨと奇妙な紙と小刀を手に持っている麗奈。そして、麗奈の背後にいるコクウ。
だがまだだ。まだあいつが犯人だとは決まっていない。もっと決定的な行動を...!
俺が願っているとそいつは動いた。
そいつの尻尾が一本消える。そして現れる『何か』。やっぱりだ。でも動いたということは...
俺は駆け出す。大丈夫、間に合う...!
『何か』はなぜか鞘から刀身を出さず、刀で殴りかかる。間に合え、間に合え...!
「麗奈!!」
私はそれに気づかなかった。私の背後からの攻撃に。
「麗奈!!」
「ふぇ?」
私は手からお札と小刀を落としながら吹き飛ばされる。誰かが私に飛びついてきたのだ。
飛びついてきたのは和輝。その顔は必死の形相で...次の瞬間血を吐いた。
「...?」
私は状況が読み取れない。私の体は和輝が飛びついた方向に思いっきり吹き飛ばされる。立っていた場所から離れた場所の地面に尻もちをつく。痛みは少しだけ、かすり傷程度の怪我だろう。それよりも...
「か、ずき...?」
「...」
私に抱き付いたまま荒い呼吸をする和輝。口からは血が流れていて、呼吸をするだけでも苦痛なのが眉間にしわを寄せているその表情から分かる。外傷はない。でも、口からとめどなく流れるその血は私の服を汚し続けている。恐らく内臓がやられてしまったのだろう。
「な、なんで...」
私はようやく状況を理解しようとする。先ほどまで私がいた場所にはコクウと、鬼式神がいた。
「こ、コクウ?」
「...邪魔が入ったか。だが問題ない、むしろ和輝が目当てだった」
まさか、だけど。
「もしかして、今回の事件、犯人は...」
「さあな。さてコーヨ、怪我は大丈夫か?」
「え、あ、うん...」
コクウがコーヨの元へ歩み寄る。
「よくやった、コーヨ。しっかりと願いを叶えるから安心するんだ」
「う、うん」
コーヨは少し状況を理解しきれていないみたい。でもそれ以上に状況を理解できていない私がいる。
「和輝、かずき!かずきぃ!」
「...れ、い、..な」
苦しそうに一文字一文字を呟く和輝。その表情は依然苦痛に歪んでいる。
「いい!喋らないで!すぐにカエデが来るわ!助かる、助かるから...!だから、もう...」
なんで涙があふれるの。私が安心させてあげないと。
「だ、だい...じょぶ..だか、ら」
駄目、涙が止まらない。いや、こんなお別れはいや。
「...お、れ..し....」
「いい..喋らないで...お願い...」
その言葉を言い終わったらあなたはどうなるの?その言葉を放って満足したら、どうなるの?最後に残したい言葉を紡ぎ終わったら...どう、なるの。
涙でぐちゃぐちゃになった視界。それでも不思議とはっきり彼の表情が分かる。その顔はさっきまでと違って穏やかだった。苦しんだ表情をして欲しい、生きようとしてほしい。
「...し、あわ、せ、...だ...」
それだけ言うと、満足した表情のまま、目を閉じた。
「うそ...うそ、うそでしょう?いやよ、いや、いや!こんなの嫌よ!」
「...」
「...う、うあああああああ!」
私は流れていく涙を、胸の奥から湧き出るこの感情をもう抑える気はなかった。とめどなく流れる涙、悲しみ...全てを吐き出す。
まだ温かい彼の頭を抱えて、体を丸めて、涙と悲しみを吐き続ける。
私がこいつを好きになったのは過去の出来事だけではない。最近再び出会って、その明るい雰囲気に触れて、少し頼りないけど朗らかなその表情に見惚れて、人を思いやる優しい心に触れて、そんなあなたと話すのが楽しくて...
どうしてこういう時に思い出すのはいい思い出ばかりなんだろう。もっとこいつの嫌なところとかを思い出さなきゃ...そう思えば思うほどいいところが思い出される。
他の男友達と話している時の雰囲気。誰とでも仲良くしていた。他の女友達、特に染島さんと仲がよさそうに話している時には嫉妬もした。私にも構ってほしかった。
私は、あなたに色々と考えさせられたし、色々な感情をくれた。そんなあなたを、守りたかった。守れなかった...。
違う。最初にこいつに教えておけばよかった。『妖狐の里が滅亡するほど危険なことが起きる』って。そうすればこいつは警戒を怠らなかったし、もしかしたら付いてきてくれなかったかもしれないけど、こいつが死ぬことはなかった。...罰が、当たったんだ。私の勝手な判断で...!
「...そろそろ頃合いか。もう別れの挨拶は十分だろう」
私が悲しみに打ちひしがれていると、そんな声が聞こえてくる。次の瞬間、私の体が持ち上がる。
「離しなさい!何をする気よ!」
私は鬼式神に羽交い絞めにされた。必死に手足を動かして振りほどこうとする。でも、式神とは言え鬼の力は人間が対抗できるようなものではなくて、鬼の拘束は少しも緩まなかった。
コクウは何も言わずに倒れている和輝に近づく。
「...ああ、やっと手に入る」
「離れなさいよ!そいつはまだ生きているはずだから、まだ助かるのよ!」
「それなら完全に息の根を止めないとな」
コクウは腰に着けている刀の柄に手を掛ける。まさか...
「やめなさいコクウ!あんたの目的は私でしょうが!」
怒りと涙で頭がくらくらする。
「麗奈が私の目的?...違う」
「なんで和輝に近づくのよ!」
「手に入れたら話そう。...さて、和輝。お前が探していたものだ」
そう言って腰から刀を外して和輝の目の前に掲げて見せる。
「『気宿刀』...素晴らしい刀だったよ。君が倒れている間に頂いて鞘から抜いてみたけど...どんな刀にも負けない美しさと力強さをその刀身から感じることができた」
「あんた...やっぱりあんたが犯人だったのね!」
「今更だな。さあ、君が探していた最も素晴らしい刀で...君を殺そう」
「やめなさいよ!...殺す!あんただけは絶対に殺してやる!」
「なんとでも言うがいいさ。さあ、いよいよだ」
コクウが鞘から刀身を引き抜く。誰か、誰か止めて!
その銀色に輝く刀身が全身を見せた...瞬間。
「「「!?」」」
その場にいる全員が身構えた。
起こったのは...突風。私たちを突風が襲う。
「これは一体!?」
その突風は鬼式神をも吹き飛ばした。突然の出来事で踏ん張れなかったのだろう。鬼式神が下敷きになってくれたおかげで私は怪我をしなかった。
巻き起こる砂埃。それは和輝を中心として巻き起こっていた。そして離れた位置にいた私は見た。
「...!」
「おらあ!」
砂埃をかき分けて人が出てきた。そしてコクウの顔を殴りつける。コクウは気宿刀を手放して大分離れたところに吹き飛んだ。
「な、なんで...?」
コーヨの声が聞こえてくる。まだ私は現実が見えない。理解できない。
倒れたコクウが叫ぶ。
「鬼式神!やれ!」
瞬間、私をどけて立ち上がった鬼式神が刀を抜いて人間に襲い掛かる。でも人間は微動だにせず、襲い掛かる刀を左腕で受け止めた...いや、弾いた。刀が弾かれたのだ。そして、がら空きになる鬼式神のボディ。人間は左足を力強く踏み込んだ。
「おらあああ!」
そして、繰り出される右拳。それは鬼式神のボディを貫いた。真っ赤な液体が辺りに飛び散る。式神はそのまま消えて、コクウの尻尾が八本になる。
「ば、バカな...人間が、あれを武器も使わずに倒した...?」
「...」
人間は落ちている気宿刀を拾い上げて刀身を鞘に戻す。
「...ふぅ」
そして小さく息を吐いた。私は人間に向かって駆け出す。
「麗奈、大丈夫だった...か...?」
私は彼に飛びついた。心臓の音を感じる。体温を感じる。...『魂』を感じた気さえした。
彼は自然と私の背中と頭に手を置いてくれた。でも背中で感じるのは拳だ。まあ気宿刀を持っているから仕方がないけど。
「か、ず...き」
「そうだよ。他の誰に見える?」
「...ううん、和輝にしか見えない」
「嘘つけ。今のお前じゃ俺が見えないだろう」
「でも、分かる」
「...」
「...良かった」
私は再び涙を流した。でもそれは悲しみなんかじゃなかった。
嬉しい。嬉しくても涙って流れるんだ。
ひどく安心する。そんな雰囲気に水を差してくるのがコクウだ。
「...和輝。私は君の味方だ」
コクウが見苦しい発言をする。いや、この場合は聞き苦しい、かしら。
「?何言ってるか分からないんだけど...」
私は口を出さずに二人の会話を聞き続ける。
「私はコーヨに言われて...」
「いや、そんなわけない。俺は二時間前には多分お前が犯人だってことが分かってたんだ」
「...え?」
コクウの間抜けな声。心底痛快だ。
そんなコクウに向かって和輝が話し始めた。
「いいか、俺の推理をよく聞け」
俺は麗奈の頭をなでながら話し始める。
「まず最初に。俺が接触した『何か』...あれは『式神』って奴だろう?」
これはコクウの机の上に広げてあった本に書かれていたので記憶に残っていた。
「その通りだ」
特に隠そうともせずコクウが返事をする。
「さて、河原で俺とコーヨが寝ている時。お前は俺とコーヨをどこかに連れ去っただろ?俺を寝ている状態から気絶の状態にして」
「そうだな。気絶させた」
ここでは手段はどうでもいいのでスルーする。
「連れ去った場所は誰も探そうと思わないような場所。...そうだな、妖狐神社の拝殿の中、とか」
「...当たりだ」
コクウが驚いた表情を見せる。まあこれは適当に推測しただけなんだけど。
「そして起きたコーヨ。お前はコーヨの『寿命』について知っていたか、そこで知ったか。まあどっちでもいいんだけど。お前はコーヨの弱みを握った」
「...」
図星ということか。コクウは黙って俺の話を聞き続ける。
「そこでお前はこういったはずだ。『お前の寿命を何とかしてやる』...まあ言い方は違うだろうけど」
「...」
「『何とかする』、この方法は『百鬼夜行での優勝』...どうかな?」
「...正解だ」
予想通りの返答。
「そしてコーヨを眠らせた。狸寝入りだとバレる可能性があるからな。まあそんなことができるかどうかは知らないから夜になったらコーヨが眠くなって寝ただけかもしれないけど」
「...」
「さあ、次は俺の処理だ。夜になった。とりあえず貴重そうな俺の刀を拝殿の中か、適当な山のどこかか...とにかく目のつかないところに置いておいた。そして、俺が元いた場所に俺を連れて行く。そこで元々持っていた刃物か、あるいは別のもので最初に俺の足、これで逃げれない、あとは適当に腹と肩を斬りつけた。これで俺の処理は終了。これが恐らく最優先事項だったんじゃないかな」
「...」
でもなぜか起きた時の俺の体の怪我はとても浅かった。
「そしてやるべきことを終えたコクウが刀を置いた場所に戻って俺の刀を、鞘を抜いて刀身を見てみると...あら立派。ぜひとも自分のものにしたい。でも待てよ?普段刀を一本しか持ってないコクウが二本も刀を持っているのを誰かに見られたら...?」
「...」
「そこで、だ。一本残していこう。これはどっちを残したか分からない。元々持っていた刀か、気宿刀か。まあここは重要じゃない」
「...」
「そして自分の家に戻ってきたコクウ。まあ途中色々な妖狐と話をしたのかもしれないけど。さて、気宿刀を回収しに行く時間はいつがいいだろう。早朝なら誰もいないはず。というわけでお前は式神を使って拾いに行かせた。と同時に自分も家から出る。これは用事を済ませている体裁を装いながら、万が一式神が自分の家に入っていくのを見つけられた時のためのアリバイ作りのためだ」
もうコクウは反応を示さない。全部図星ってことでいいのかな。
「そして河原にて。刀を回収した式神にどんな命令をしたのかわからない。まあ『和輝の生死を確認してもし生きていたら和輝を殺せ』...かな。まあこれもどうでもいいんだけど。式神は俺の前に姿を現した。刀を二本持った状態で」
「...なるほど、だから...」
麗奈が反応を示す。この呟きは俺がコクウの家で『もう一つの奇妙なこと』をなんで奇妙だと言ったかが分かったからだろう。
ちなみにあの時追いかけてこなかったのは『刀の回収』を最優先にしていたからだろう。俺にかまって『万が一』が起きたら目も当てられない。まあ起こるんだけど。
「さあ俺は何とか逃げ切れた。そして万が一の出来事が起こってしまった。目撃者がいた。目撃者はコクウに教えた。ここで焦ってはいけない。コクウ一人で対処しようとしたらおかしい話だ。ただでさえ人間がけがを負わされた、なんていううわさが流れていただろうから。お前が『君は怪我をしていたと聞いた』とか言ってたからな。相手の力量が分からなくて、妖怪と関係のない人間を襲った奴...つまり敵意があるような奴だというのに一人で対処しに行くやつはいない。まあそういうわけでイナリさんに助けを求めた」
「...」
「さあ、そこにいるのが俺。運が悪いことに俺はお前の尻尾の数を数えたんだ。すると、7本しかない。麗奈とイナリさんは8本って言ってたのに。まあその時は俺の数え間違いの可能性もあるから何も言わなかったけど」
「...」
「さあどんどん行くぞ。お前は当然先頭に立つ。そして順々に家を案内していく。意図的に書斎が最後になるようにな。多分見つかったときの対処法も命令してあったんだ」
「...?待って、和輝の説明だと気宿刀はどこに...」
麗奈が口を挟む。確かに回った部屋に刀は無かった。
「まあもう少しでわかるから...そして式神はお前の急所を外すように攻撃してきた。随分正確に攻撃できる式神だ。そして式神が逃げ出す」
「...」
「さあ、麗奈の疑問を解消するときが来たぞ。気宿刀、どこにあるんだろうな?」
「...あの時は全部回ったわよ。お風呂場だって回ったし」
麗奈が考え込んでいる。ヒントを出そう。
「別にあいつが隠れる場所じゃなくて、気宿刀を隠すだけだから、あいつがそこに入る必要はないんだ。それでいて、家には必ずある場所」
「...まさか、トイレ?」
「正解。でしょ?」
俺はコクウに視線を飛ばす。コクウは黙ってうなずいた。
「さあ逃げ出した式神。ここまで来たら目撃されるのは計算のうち。そのままコーヨの居る妖狐神社の拝殿に入る。そして、式神が消える。ここからは簡単。コーヨに麗奈を殺すように命令した。そしてコーヨだけでは何とかなりそうになかったから自分も戦闘に参加した。そして今に至る、と」
俺は話し終えて、ドヤ顔でコクウに視線を飛ばす。
「...見事だ」
コクウが立ち上がる。そして次はコクウが語りだす。
「さて、和輝。君のその様子を見ると、怪我をした痛みはないようだ」
「...」
麗奈が俺から離れて身構える。
「気宿刀。要するにこれを抜くとどういう原理か分からないが、君の身体能力をとてつもないものにするのだろう。更に怪我も治す...だが、こういう話にはデメリットがある。君ほど賢い人間ならわかるだろう?」
「...!」
俺は気づく。そうか、このままだと...!
瞬間、先ほどと同じ場所を激痛が奔る。先ほどよりも痛みは少し弱いが...
「グう!」
俺はあまりの痛みに気宿刀を手放して、横っ腹を抱えてうずくまった。
「和輝!」
「それがデメリットのようだ。治療した箇所の痛みが遅れて伝わる」
「あ、ちょ、返しなさいよ!」
なんだ?何が起こっているんだ?
俺が顔を上げる。すると、コクウの手に一本の刀が握られている。まさか...
「さあ、これで君は力が出せない。そして、君たちはここで死んでもらうよ」
コクウがそれだけ言うと、目の前に一、二、...八体の式神が現れる。まずい、本当に殺されてしまう。でも、先ほど見たように尻尾一本から一体生成されているのだとしたら...
「麗奈、あいつは今尻尾がない...ということは自分が守れないはず」
俺は苦痛に顔を歪めながら麗奈にその事実を伝える。
麗奈は大きく頷いた。そして袖に手を入れて一枚の紙を握った。
「すぐに終わらせる!」
麗奈がコクウに向かって駆け出す。その素早さには目を見張る。次々と襲い来る式神の素早い攻撃を軽々と躱す。躱しながら暗いオレンジ色の宙を自由に飛び回るポニーテールにした黒い髪の毛が美しい。少し見惚れてしまう。自分に襲い掛かる刃を紙一重で躱していく。だがそれでいて危ないと思わせない動きだ。ステップの仕方も完璧、ただでさえ動きの速い式神の足を蹴とばしたりして体勢を崩させたりしている。まるで相手の行動が全て読めているみたいだ。
そしてコクウに向かって手に持った紙を叩きつける...直前。
「--え?」
「ギリギリだが...間に合ったようだ」
コクウから一本の尻尾が伸びて麗奈の手を払った。そして麗奈の体に巻き付く尻尾。
なんでだ?
「なんでもう一本尻尾があるのよ...!」
「私も『九尾』になれたようだ」
「嘘!」
「嘘ではない。妖狐の尻尾は感情によって増える。私が味わったことのない感情は...『恋』だ」
「「「『恋』!?」」」
俺と麗奈だけでなくさきほどからずっと傍観しているコーヨも驚いている。
「そうだ。昨日初めて恋をした。『魂』が欲しくなった。それが今発現したのだ」
「今したのか」
遅くないか?
「そうだ。麗奈、君は知っているだろう?」
「ええ。コーヨがそうだったから」
なるほど...
「...これ、まずいな」
「そうね」
俺と麗奈の顔には冷汗が浮かんでいる。冷静を装っているようで内心すごく焦っている。
「...為す術が、無いようだな...」
「「...」」
「...ふふ、ふはははは!」
コクウが笑い出す。律儀にも式神は俺と麗奈の傍に立って動かない。だがコクウから命令が出た瞬間...
「私の勝ちだ!もう誰も俺に勝てない!さあ、人間を殺したら『妖狐の里』を消すのだ!」
「なんで!?」
俺は思わずツッコミを入れてしまう。
「当然だろう...あいつらは実力があるというだけのイナリを村長に選んだ。私は悔しかった。私が『恋』を味わっていないというだけで負けるなんて、納得がいかなかった。だが、今から決着をつけに行く。『式神』すら扱えない九尾を殺して、『妖狐の里』を消す。そして新しい『妖狐の里』を作るのだ!」
まずい、非常にまずいぞ!
「まあ負けることはないだろうな...何故なら俺は先ほど今までで一番の窮地を脱した。もう、怖いものなどない!」
「...その油断を待っていた」
それは気配を感じさせなかった。一瞬でコクウの背後に現れて、刀を振り下ろした。
「...!?か、体が...!」
瞬間、コクウの体が倒れる。だが麗奈は尻尾に掴まったままだ。尻尾は別の意思があるのか...?いや、動かなくなる直前の状態で固まったのかもしれない。その証拠と言うべきか、コクウの手には『気宿刀』が握られたままだ。
「...やはり無意識というのは強い。だが半分と少しもとれるとはな、油断大敵、といったところか」
手に小さな光の球を浮かべている鎧を着こんだ妖怪。お前は...!
「お、お前...!武士か!」
「いかにも。恩を返しに来たぞ」
「どうしてここに...」
「言っただろう?『この後野暮用がある』と」
お前って奴は...!
「!」
コクウの命令だろうか?俺が感慨にふけっていると、八体の式神が動き出して、一斉に武士を攻撃し始める。どうでもいいけど声を出さなくても命令できるんだな。まあ別行動している時に声を出して動かしていたとは思えないから当然なんだろうけど。
武士は攻撃を躱すだけで精一杯のようだ。むしろ押されている。くそ、俺が戦闘に加わることができれば...!
「だれか、『気宿刀』を...!」
「ほう、あの刀でいいんだな?」
その声は上空から聞こえてきた。俺は上を見上げる。
「白...いや、カエデ!」
「遅刻してしまった。申し訳ない」
「いや、最高だよ!あいつの手に持っている刀を俺に渡してくれ!いや、むしろあいつを倒しちゃってくれ!」
「承知!」
カエデが一気に下降して、コクウに向かって刀を振りかぶる。が、いいところで邪魔をするのが式神。武士のところから二体の式神がコクウを守る。カエデの振り下ろした刀は式神によって弾かれた。そしてもう一体の式神ががら空きのカエデに斬りかかる。が、カエデは素早く横に飛んでそれを躱し、再び空からコクウを見下ろす。二体の式神の視線はカエデに釘付けだ。
「く、厳しいか...だが、刀だけでも!」
「助太刀します」
そこに加わってきたのがもう一人の天狗。多分ミツバと呼ばれていた妖怪だ。
「助かる。とにかく私に伸びてくる手を弾いてくれ」
「承知いたしました」
「行くぞ!」
再び一気に下降する二体の天狗。カエデが一気にコクウの懐に潜り込む。当然式神が邪魔をする。二体がほぼ同時にカエデの背中に刀を振り下ろす、瞬間、カエデと背中を合わせるようにミツバさんが現れる。そして、左の刀を右に向かって弾く。弾いた衝撃で右回りだった動きが左回りに変わる。だがミツバさんは無茶をしない、刀を胸元に持ってきながら天狗特有の妖素の力で左回りの回転に勢いをつける。そして右から襲いかかる刀を左に弾き飛ばす。
そうしている間にカエデはコクウの腕を斬り落として、刀を確保した。
カエデの動作とミツバさんの動作はほぼ同時に終わった。二人同時にその場から脱出する。...一応言っておくと、この間二秒程度だ。
「和輝、受け取れ!」
そのままカエデが俺に気宿刀を投げつける。
「ありがとう!」
俺は飛んできた気宿刀を両手で受け止める。
さあ、ここからは俺のターンだ。
...おじいちゃん、ごめんな。約束、破るよ。
俺は一気に気宿刀の鞘を抜いて刀身を引き出す。俺の体に満ちる力。大分収まっていた痛みは完全に消えた。
「...すぅ」
少し空気を吸う。そして、駆け出す。その動きの速さは普段の俺の何百倍もあるだろう。だが不思議と扱いきれる。
まずは麗奈を拘束している尻尾を斬り落とす。
「...嘘。妖狐の尻尾を斬り落とせるのなんて、鬼くらいしか...」
麗奈のつぶやきを無視してコクウの前に立ちふさがる式神と対峙する。二体の式神が刀を構えた...瞬間、その刀を叩き斬る。二体の式神の刀の刀身が根元から綺麗に斬り落とされる。
『!?』
その場にいる全員が驚いた気配がする。が、俺は止まらない。軽くジャンプして、片方の式神の頭左手で掴んで斬り落とし、掴んだ頭をもう片方の式神の頭にぶつける。どちらの式神も顔をなくした。首から血が噴き出る。うぇ、グロテスク...
自分でやったことに気分を悪くしながらも、最後の作業に移る。コクウの前に立って、見下ろす。
「コクウ、悪いな」
「...」
コクウは反応を示さない。何を考えているのかは分からないが、こいつの野望は実現させてやれない。
「俺たちの勝ちだ」
俺は気宿刀を振り下ろした。
いつの間にか暗い青になった宙に赤い糸が飛び散った。
『第6章 終わりよければ』
俺はコクウが倒れている横で気宿刀を鞘に収める。コクウが倒れると周りにいた式神は全て消えて尻尾になった。
さて、後は...
「コーヨ」
「...なに?」
俺は座り込んでいるコーヨの下へ歩み寄る。見下ろしたコーヨはなぜか微笑んでいる。寂しい笑みだ。
「ごめんな、お前の目的を潰しちゃって」
「...いいの。私が、おかしかったんだよ」
コーヨはポツリポツリと言葉を漏らし始める。
「私は『犬狐』。その忠誠心は犬に劣らないものがある。私はね、和輝、あなたに忠誠を誓ったの」
「...」
暗い空間の中でコーヨが寂しそうに語り続ける。今にも消えてしまいそうなコーヨを見ていると胸が苦しい。
「でも、私は負けてしまったの。自分の欲望に、『生きたい』っていう気持ちに負けてしまった。あなたに忠誠を誓ったのに、あろうことかあなたを殺そうとした」
コーヨは一旦地面に目を伏せて、再び顔を上げた。
「分かってる。別に同情で許してもらおうなんて思ってない。この後しっかりそこの天狗さんに法の裁きを受けさせてもらうよ。でもね、どうしても言いたいことがあるの...」
「...コー、ヨ」
「ごめんなさい、ご主人様」
それだけ言うと、いや、言う前から崩れかけていた微笑みが、完全に崩れた。
「ごめんなさい、ごめんなさい...」
コーヨが涙を流しながら謝り続ける。...バカ、お前が泣く必要なんて...
俺はコーヨの前にかがんで頭を撫でてやる。
「もう謝らなくていい。もう泣かないでくれ。十分お前の優しさは伝わった」
「ヒッグ...ご、ごめんなさい...グズ...」
「いいんだよ...もう、いいんだ...」
何故だろう。俺まで目頭が熱くなってきた。俺はコーヨを抱きしめる。
「うう...」
「...」
俺はコーヨの頭をなで続ける。
今回の事件はどう処理するんだろうな。結局悪かったのはコクウだし、コーヨも麗奈以外に手を出していない。でも共犯になってしまうのだろうか。
...いや、もうやることは決まっている。いざとなったら...
しばらくするとコーヨが泣き止んだ。
「もう私は大丈夫。それよりやることがあるでしょう?」
「...そうだな。あんまり待たせても悪い」
俺はコーヨからいったん離れて振り返る。そこには麗奈、カエデ、武士、ミツバさん。今回助けてくれた仲間がいた。...武士はコクウに何かしているけど。
「みんな、ありがとう。おかげでなんとかなったよ」
「そうね。私からもお礼を言わせてもらうわ」
俺と麗奈が頭を下げる。
「いや、我々妖怪の問題を解決してくれたお主らが礼を言うのはおかしい。むしろ私たちにお礼を言わせてくれ」
「その通りです。ありがとうございました、和輝さん、麗奈さん」
するとカエデとミツバさんが頭を下げる。ふむ、これはエンドレスになってしまう。
「それじゃあ次に行こうか。カエデ、単刀直入に言ってくれ」
「...」
カエデは何を言われるのか分かっているのだろう。表情を固くする。
「コーヨは、どうなる」
「...独房入りの可能性が高い」
「...」
コーヨの顔つきが強張る。だがこれも予想していたことだ。
「ちなみに、それは何年くらい...?」
「ほとんどコーヨは加担していない。だが、共犯でもある。期間は短いと思うが...」
寿命のあるコーヨからしたらそれは重たい判決だろう。...いや、寿命があるということも考慮してもらってそのくらいなのかもしれない。
...よし、心は決まった。
「あはは、和輝、次に会うときは「カエデ、俺も一緒に独房に入る」
『...え?』
皆がキョトンとして俺を見てくる。
「コーヨは俺が『ご主人様』だと言った。なら責任を取る必要があるのは俺もだと思うんだ」
「ば、馬鹿なことを言うな。お主は何も悪いことをしていない。むしろ妖怪を救った英雄とも呼べるのかもしれないのに...」
「本気だ。...いや、むしろ英雄の顔を使ってコーヨの罪を帳消しとか...」
「その必要はないぞ、青年」
そこで黙っていた武士が口を開いた。
「どうした?というか何やっていたんだ?」
「こいつの魂を完全に殺し、身体の治療をしていた」
「「「「...?」」」」
その場にいる全員の頭に?が浮かんだだろう。
「まあ見ていろ」
武士が手に光の球を浮かばせる。そして、それをコクウの体に流し込む。
すると、コクウが目を覚ました。
「...ぐ、わ、私は...」
「何やってんだ武士!また起きちゃったら...!」
「私は何ということをしてしまったのだ!」
「「「「....は?」」」」
その場にいる全員が身構えてから、再び?を浮かべる。
「すまない、コーヨ。君の罪はすべて私がなんとかしよう」
「え、ど、どういうこと?」
「大丈夫、意外と天狗にも仲の良い友達がいる。しばらくあいつとお喋りでも楽しもう」
「...ぶ、武士。説明を」
俺たちが頭を混乱させているので、武士に助けを求める。
「先ほど取った魂はこいつの『善』の部分だったのだ。そして死んだ魂は『悪』だったのだ。青年が殺したコクウの身体に残っていた魂は『悪』。今流し込んだのは私が取っておいた『善』の魂。今こいつは『善』の心しかない状態というわけだ」
「...う、うん。なんとなく分かったよ」
「この後こんな騒動になってしまったことをイナリにも謝らねば...」
「...和輝、ちょっと来てくれ」
カエデに呼ばれてその場から少し離れた場所で顔を寄せ合う。
「ねえ、あいつの言っていることどれくらい信じていいの?」
「全部」
「本当に?」
「実力は確かだ。現に入った魂は『コクウ』だろ?」
「...そうね。それと、もう一つ」
「?どうしたの?」
少しだけつらそうな表情を俺に見せるカエデ。
「...」
「おい、カエデ?」
「...いや、何でもないわ。もう戻りましょう」
「な、なんだよ...」
そんなことを話してから皆の下へ戻る。
「さて、ミツバよ。コクウを連れて戻るぞ。...その前にイナリにも話をしないとか」
「あら、呼びました?」
瞬間その場に現れるイナリさん。ど、どこから...?
「...お主、いつからいたのだ?」
「麗奈さんとコーヨが闘っているところからです」
「どうして助太刀しなかった」
「私だって、助けたかった。でも、いい機会だと思ったんですよ」
「...?」
イナリさんはコーヨに歩み寄る。
「...コーヨ、これで外の世界の危なさが分かったでしょう?」
「...うん」
「いいですか、彼以外は信じてはいけませんよ?」
「うん」
「よろしい」
少ない会話だが二人は満足した表情だった。
そしてイナリに歩み寄るコクウ。
「今回は申し訳ないことをしてしまった。どんな処分も受け入れる」
「そうですね。あなたにはしっかりと法の裁きを受けてもらいます。が...すぐ戻って来れると思いますよ」
「...何故だ?」
「あなたは他の人の罪を自分が償おうと考えますか?」
「...いや」
「そういうことです」
それだけ言って、次に俺の前に歩み寄ってきた。
「...和輝さん」
「なんですか」
「あなたの名字をもう一度教えてもらえますか?」
「鹿島、です」
「...あの人と、同じです」
「あの人?もしかして、和也、ですか?」
「その様子だとお孫さんでしょうか」
「はい。和也は俺のおじいちゃんです」
「...あの人の血を確かに受け継いでいますね」
「本当ですか。とても嬉しいです」
「...ところで、彼女さんはいますか?」
「...へ?」
いきなりシリアスな雰囲気が壊れた。ど、どういう意図が...
「私、もう我慢ができないんですよ...!」
「!?」
目の前で帯を解くイナリさん。な、なんだ、何が起きている!
「ま、待ちなさいよイナリ!」
「ああ、もうたまりません..!」
「カエデ、手伝いなさい!」
「無論!ミツバも手伝え!」
「え、あ、承知いたしました!」
目の前で女性四人ががわちゃわちゃしだす。
「いいから帯を締めなさい!」
「その通りだ!ふしだらな!」
「そ、そうですよ(これも天狗の仕事の一つ...ですよね)」
「いいじゃないですか!」
「「「駄目!」」
四人が一層わちゃわちゃしだす。俺が傍観していると、声を掛けられる。
「えっと、和輝、でいいのかしら?」
「え、あ、はい。そうですよ」
振り返ると、女性がいた。その周りには人魂のようなものが浮かんでいて、女性を照らしている。
女性は高身長で、黒い髪を短くそろえている。顔は綺麗に整っていて、美しいという印象を受ける。色白で、妖艶な雰囲気だ。腰には一本の刀、黒い和服を着ている。ここまでは完璧。だが、許せない点が一点ある。
「早速だけど「あの、初対面で失礼だと思うんですけど」
俺は若干怒りながら言う。出鼻をくじかれて若干女性は端正な顔を歪めた。だがそんなことはどうでもいい...!なんで、どうして...!
「なにかしら」
「なんで、着物を着崩しているんですか!」
思わず声を荒げてしまった。そう、この人は和服を若干着崩している。
「...えっと、なんで駄目なのかしら」
「分かってない。いいですか、そうやって着崩して相手に色気を見せびらかしているつもりでしょうが、大間違いです。...麗奈!ちょっと来て!」
「何よ...ってこの方は?」
「その前に、ちょっとその方の横に立ってくれ」
「え、えっと、これでいいのかしら?」
麗奈を女性の横に立たせて語りだす。
「...さて、対象が少し違いますけど、巫女服と和服。まあ『服』であるという時点で話はできます。いいですか、着崩したことで得られるのは『色気』というものではありません。なんだと思いますか?」
「...さ、さあ?」
「全く、これだから...麗奈、答えろ!」
「...さ、さあ?」
「お前もか...いいですか、着崩すことによって相手に与えるものはただの『だらしなさ』です!しっかり着こなしても感じる妖艶な雰囲気、これを『色気』と呼ぶと思うのです!そんな風に着崩してもだらしないだけ、色気の前に『下品』と感じてしまいます。相手に注目してもらいたくて少し露出させたり服を着崩したりさせるのはいいと思います。でも最初から着崩すのは俺的には0点!むしろマイナス!ということで、麗奈。その方の服を直して」
「...分かったわよ」
溜息を吐きながら麗奈が女性の和服を整える。
「...うん、こっちの方がいいですよ」
俺は笑顔を女性に向ける。
「ッ!」
女性はその笑顔を受けてなぜか顔を逸らした。
「麗奈もありがとな」
「...別にいいけど。なんか馬鹿らしくなっちゃった」
「?」
何のことを言っているか分からん。ちなみにイナリさんも和服を整えていた。ふむ、一石二鳥か。...いや、少し残念だ。
「ところで、和輝。この人は誰なの?」
「分からない」
「は?」
「それよりも気になったからさ」
「和服が?」
「うん」
「...」
若干麗奈の目が冷たい。
「えっと、俺に何の用でしょう?」
ここまで来てようやく俺は本題に持っていく。女性は俺の全身に視線を巡らせながら尋ねてくる。
「...あなた、体に何を隠しているの?」
「えっと、どういうことでしょう?」
「私はごまかせないわよ。昨日の夜からあなたをずっと見ていたわ」
「「...」」
麗奈と俺が身構える。怖い怖い。
「ああ、さすがに寝ているところとかは見ていないわ」
「...」
少し安心したが、ほかはどうなっているのだろう。
「まあ、あなたが知らなくてもいいけど。さっきあなたとんでもない力が出たわよね?」
「確かに」
「原理はどうでもいいの。私のためにその力を使ってもらうわ」
女性が俺に顔を近づける。そして、俺の瞳をジッと見つめる。な、なんだ?
「和輝!目を逸らして!」
「もう遅いわ。もう私の言うことに逆らえない...私のことしか考えられないはずよ」
「麗奈、どういうことだ!」
カエデが焦った声を出す。
「そいつ多分、『ぬらりひょん』よ!ぬらりひょんの妖素は『瞳』にあるの。その瞳を見たものを自由に操れる...そんな感じだったはずよ」
「正しくは、私が望んだ者だけ、ね。どいつもこいつもいいなりになっても面倒くさいだけ。...さて、和輝」
「...何?」
「私にキスしなさい。深いやつね」
「なんてこと命令するのよこいつ!」
「周りの人間にあなたが私のものだってことを教えてやるのよ...さあ、やりなさい!」
「いや、もう少し涙目+上目づかいでお願いしてくれないと...」
「...は?」
「いやね、そんなに命令口調でキスする気は起きないっていうか...なんていうか...」
「ど、どういう意味よ。...効いてない?」
「...口をはさんで申し訳ないが、青年にその技は通用しない」
話に混じってきた武士。ぬらりひょんさんの矛先が武士に向く。
「どういう意味?」
「その青年、とんでもない化け物を体内に取り込んでいる。そいつが邪魔をしているのだ。...だが、そろそろか」
「...んぅ?」
急に眠気が襲ってきた。それもかなり強い奴。俺は地面に倒れる。ここからは音声だけお楽しみください。
「...残りの話はまとめてから青年に話してやれ。私ももうこの場から去る」
「え、ちょ、どういうこと?」
「また出会ったときにでも話そう」
「あ、待って!」
「...いなくなってしまいましたね」
「全く。しょうがないわね。私が運んでやるわ」
「私も付いて行っていいか?」
「なんであんたが付いてくるのよ。いいからカエデとミツバに連れられてどっか行きなさい。正直あんたに襲われそうで怖いのよ」
「私が、君を襲う...?」
「ええ。あんた告白してきたじゃない」
「...そんなこともしてしまったな」
「なによそんなこと、って」
「いや、実は...今回狙っていたのはこの村の消滅ともう一つあるのだが」
「それが私の魂確保でしょ?」
「いや、君の魂じゃなくて、その...」
「なによ」
「恋をしたのも君じゃないんだ」
「...え、それって」
「そう。私が恋したのは
ここから先の記憶がない。
「じゃあ『和輝は殺して私は殺さない』っていうのは?」
「うむ。彼の魂に私は恋したのだ。もちろん彼の性格や容姿にもだが」
「...えっと、つまり殺して確実に魂を手に入れようとした、ってこと?」
「その通り。だから君を殺さない程度にとどめておいて、人質にしようと考えた。だけど、『月島』の人間は生半可な攻撃では死にかけない。だから殺す気で攻撃したら」
「和輝が来た、と」
「そういうことだ」
「...はあ、こいつも苦労人ね」
「それじゃあ私はもう行くわね。その人間が起きたらよろしく」
「なにをよろしくするのよ」
「なんでも。それじゃあね」
「...行ってしまったな。何だったのだあのぬらりひょんは」
「分からないけど...こいつは私が守るわ。今守られた分も、絶対」
「あの人間、欲しいわ」
私の能力が聞かない程の『化け物』がいるなんて。魅力的よ、給料日前に拾う百円玉くらい。
「...私って、たとえ下手くそね」
まあいいわ。それに、あの人間自体も少し気に入ったし。
「これからの『計画』にも使えそうだし、ね」
「ん...」
「あら、和輝。起きたのね」
目が覚めると明るい空間だった。木製の天井、背中には柔らかく温かい感触、そして俺の上から覆いかぶさっているこちらも柔らかく温かい感触。おお、ここは...
「戻ってきたのか...」
「ええ」
麗奈に返事をされて自分の居る場所が分かる。どうやら宿に戻ってきたみたいだ。
「どう、今からご飯だけど...食べる?」
「うん、食べる」
「そう、なら起きてついてきなさい」
麗奈は巫女服のままだ。ずっとあれだけど...替えとかあるのかな?
布団から体を起こす。部屋にある時計は十九時を示している。寝てたのは一時間くらいか。
俺は麗奈に付いて行く。
「誰が俺を運んでくれたんだ?」
「私」
「そっか。ありがとな」
「気にしないで。身体は大丈夫?」
「うん、大分いい」
「そう。ならよかったわ」
「...?」
なんというかちょっと淡白な感じだな。
「どうした麗奈、怒ってるのか?」
「え?別に怒っていないわよ。なんか私に怒られるようなことしたの?」
「そういうわけじゃないけど。少し冷たい感じがして」
「自分じゃ良く分からないけど。まあ怒ってはいないわ」
「そっか、ならいいや」
そんな会話をしていると食堂に着く。こんなところがあったのか。
俺と麗奈が席につくと、女将さんが話しかけてきた。
「あら、今日は食べてくれるのね」
「どうも。ごちそうになります」
「まったく、全然私の作るご飯食べてくれないんだもの。避けられているのかと思っちゃった」
「それはすみません。ちょっと立て込んでいまして...」
「若いのに苦労人ね。まあゆっくりしていってちょうだい」
「はい」
「...」
麗奈は俺の会話を黙って聞いていた。
それが終わって、しばらくお互いに黙っていると、麗奈が口を開いた。
「あ、あのね」
「どうした?」
少し赤い顔。少し緊張しているのかもしれない。
「お礼が言いたいの」
「お礼...?」
特段お礼を言われることが思い浮かばない。
「今回はあなたがいなかったら解決できなかった」
「いやいや、イナリさんだってこっそり見ていたし、いざとなったら助けてくれた。俺はあんまり関係ないだろ?」
「私もそう考えたんだけど。あんたが寝た後に皆と少し話したの」
話した?何の話だろうか。
「皆で話したことの前に...一つ謝るわ」
「謝ったりお礼を言ったり...忙しい奴だな」
俺は茶化しながら謝罪の内容を聞く。
「実は今回『妖狐の里』に来たのは、この里の滅亡を防ぐためなの」
「滅亡?そんな物騒なことが」
「起きる予定だったの。私は『月島』っていう家系なんだけど、『月島』は少し特別なことができるの」
「へえ...」
これは初耳だ。まあ百鬼夜行で生き残るという『しきたり』があるらしいから、そういうことができても驚かない。
「その中の一つに『予見』というのがあって。水晶が未来を映し出すの」
「うわあ、怪しいし胡散臭い」
「まあそうなんだけどね。でも私の意志じゃなくて勝手に水晶が未来を映すのよ」
「はええ。余計に胡散臭いぞ」
「...続けるわ」
一瞬麗奈の眉が動いた。ちょっと茶化しすぎたか。
「それで、水晶が映し出した未来は、『妖狐の里の滅亡』。『月島』はこういった悪い未来を防ぐしきたりもあるの」
「正義のヒーローって感じだな」
「まあそんな感じ。まあもうわかったでしょう?今回の目的は『妖狐の確保』じゃなくて『妖狐の里の滅亡を防ぐ』。こっちだったのよ」
「なんで嘘を吐いたんだ?」
その質問に麗奈は苦しそうな表情を見せた後に小さい声で言った。
「...少し、信じきれていなかったのよ」
「...」
俺は何も言い返さなかった。それは当然の判断だし、責める気は毛頭なかった。
「正直、あなたが倒れた時は罰が当たったんだと思ったわ」
麗奈は苦笑しながら言った。俺はその言葉で思い出した疑問を言ってみる。
「あのさ、俺が倒れた時凄い泣いてくれたよな?」
「...」
瞬間麗奈の顔が真っ赤になった。
弄りがいがある、と一瞬思ったけど、俺が死んだと思って泣いてくれた。その事をいじるのはちょっと違うかな。
「...いや、何でもないよ」
俺は話を切った。それに聞きたかったことも今の反応から少しだけど分かったし。...多分麗奈も悲しい過去があるのだろう。そうでなくちゃ人が死んだ瞬間に『泣く』というのは珍しいから。
お互いに何となく黙っている。俺は口を開いた。
「それで、みんなと話したことってなに?」
「...ああ、そうそう。それで、イナリさん曰く、『どうやって闘おうか考えていた』って」
「え、どういうこと?」
「私とあなたとコーヨを、コクウと闘いながら助ける方法が思い浮かばなかったそうよ」
「...」
確かに最終的にコクウも『九尾』になった。そうなるとコクウとイナリさんの実力は同じくらい。そんな中俺と麗奈とコーヨを助けるのは至難の業だろう。
「そういうことで、イナリさんからもお礼を言われていたわよ」
「そっか。まあ俺というよりこいつのおかげかな」
俺は腰に着けた『気宿刀』をなでる。
「...それも奇妙な代物よね。鞘から抜くとあなたの力が何倍にも膨れ上がるんだから」
「別に原理はどうでもいいや。おじいちゃんが守ってくれた、そう考えるよ」
「そう。まああなたらしいわね」
そう言ってクスリと笑う麗奈。こういう仕草がとても絵になる奴だ。
「それで、ぬらりひょんだけど」
「ああ、あの人か」
「ええ。なんか『また会いましょう』とか言ってたわ。あんたによろしく、とも言ってたわね」
「なんだそれ」
良く分からない人だ。まあまた会った時にゆっくりお話ができたらいいな、くらいにとどめておこう。
「カエデとミツバはコクウを連れて『天狗の山』に帰っていったわ」
「そっか。それじゃあこれで全部終わりか」
「そうね、終わり。この里の滅亡は無くなって、平和が訪れました」
「...ハッピーエンド、ってやつか」
「ええ」
俺は自然と手を挙げる。麗奈もそれに応じ手を挙げてくれる。そして、パチン!とお互いに手をタッチする。
...
「ちょっと痛い」
「ええ?そんなに力入れてないわよ?」
「冗談だよ」
俺はおどけてみせる。すると麗奈が頬を膨らませる。
「まったく...」
それでもすぐに微笑んだ表情に戻る。
麗奈とはこれからも上手くやっていけそうだ。
俺たちは料理が運ばれてくるまで楽しくおしゃべりをした。...ここまでは良かった。
「ちょっと和輝ぃ、もう終わりぃ?」
「もう十分だろ、寝なさい」
「それじゃぁ、寝かしつけてぇ?」
そう言って巫女服のまま布団に仰向けに寝転がって俺に向かって手を伸ばしてくる。なんだ、なんなんだ?
そもそもこうなったのは、ある物がきっかけだった。
それは、『炭酸飲料』。こいつがいけなかった。
一時間ほど前、料理が来る前に女将さんが飲み物を選ばせてくれた。
「まあこれくらいしかないけど、好きなの飲んで頂戴」
メニュー表を見せてくれる女将さん。ふむ...まあどれでもいいや。
「じゃあ、俺ソーダ下さい」
「はいよ。お嬢さんは?」
「じゃあ、私も同じの頂戴」
「はーい。ちょっと待ってて」
そして女将さんが持ってきた飲み物『ソーダ』。こいつを麗奈と一緒に飲んだ。俺は別に何も起きなかった。まあ今まで生きてきて炭酸を飲んでおかしくなったことなんてないから当然だ。問題は麗奈だ。
「んみゅぅ?ひにゃあぁ?」
こんな声を出したのは覚えている。そして料理を食べている間ずっとボーっとしていた。ちなみに料理は海鮮系でした。とてもおいしかったです。
そして料理を終えて、部屋に戻るとき、なぜか甘えた声で『ジュース買ってぇ』とか言い出したので、お金を自動販売機に入れると、すかさず麗奈が炭酸飲料のボタンを押した。そして炭酸飲料片手に部屋に戻った。
そこから部屋で炭酸飲料を飲んでいた麗奈なのだが、時々甘えた声を出してきた。『頭なでてぇ』とか寝転がって『顎なでてぇ』とか、猫みたいな要求をずっとしてきた。正直手を出さなかった俺がすごかった。
そして今。炭酸飲料が無くなって、俺の理性的に限界なので寝かせようとしている。
「なんだ寝かしつけるって。どうすればいいんだよ?」
「んぅ...じゃあこうするぅ」
「え...うわっと」
急に立ち上がって、俺の首に手を回して、一緒に倒れる。俺が上、麗奈が下の状態で倒れる。くそ、どこまで俺を惑わせるんだ...!
「うぅ、和輝だぁ」
「最初から俺だろ...」
まったく、冷静なキャラを演じていないと自分を保っていられない。そんな俺の頭を一気に冷めさせることを麗奈が言った。
「よかったぁ...死んでなくてぇ...ほんとにぃ、怖くてぇ、悲しかったよぉ...」
「...」
そんなに俺のことを慕ってくれているのか。いや、『死』というものの恐ろしさを知っているのか。この小さな体のどこにそんな恐ろしいものに立ち向かう力が湧いてくるのだろうか。この小さな体のどこでそんな恐ろしいものを受け止めることができるのだろうか。
だから、俺が...
俺は麗奈を抱きしめる。
「どうしたのぉ?」
「...」
俺は返事をしない。
「んぅ...えへへぇ...」
麗奈が寝息を立てたのを確認して麗奈から離れる。
「...危なかった」
俺は呟きながら自分の布団に潜り込んだ。やばかった、本当にやばかった...
悶々としながら眠りについた。
そして、朝。
「......」
麗奈がずっと顔を伏せている。昨夜の記憶が残っているのか。
まあそれはどうでもいいや。俺は今すぐにしたいことを麗奈に話す。
「俺、行きたい場所があるんだけど」
「......? どこよ」
麗奈が赤い顔を上げて訊ねてくる。俺は自分の行きたい場所を告げた。
「天上温泉」
「結構遠かったわね」
「そうだな。でもこの汗もむしろ丁度いい」
俺は昨日来た天上温泉にやってきた。昨日より1時間短縮されたのでむしろ短く感じた。
まあなんでここに来たのかは分かってもらえると思う。今回の疲れやら汗やらを流したいからだ。まあ止まった宿にも温泉はあったんだけど、ケブリに会いたいというのもあって麗奈には申し訳ないけど長い時間かけてこっちに来た。
「それじゃあ早速...失礼しまーす」
天上温泉に入ると、青い肌で体格のいい妖怪、ケブリのおじいさんが出てきた。
「いらっしゃいませ、ってあなたは」
「どうも、少し温泉に浸かっていきたいんですが」
「ええ、どうぞどうぞ。ごゆっくりくつろいで下さい」
「ありがとうございます。それと、ケブリはいますか?」
「ケブリなら温泉に浸かっていると思いますよ。まだ入ったばかりです」
「分かりました」
時間はまだぎりぎり午前。荷物は宿に置いてあって、帰りに取りに行く。麗奈の服装は巫女服ではなく洋服だ。上は肌色の薄い長袖、下は黒いスカート、そしてニーソックスを穿いている。意外とおしゃれには気を遣っているみたいだ。
そんな麗奈が俺に訊ねてくる。
「ケブリって誰?」
「ああ、昨日知り合った妖怪だよ」
そういえば麗奈は知らないんだ。俺の都合だけで連れてきちゃって申し訳ないなあ。
「女?」
「いや、男だよ」
「そう、ならいいわ」
「何がいいんだよ」
「別に」
ふむ。
「脈あり?」
「ない」
若干食い気味で言われた。畜生、本当に俺のことが好きなんじゃないかと思ったんだけどな。
ま、いいや。それよりも...
「それじゃあ、二時間くらいしたら休憩室にいるから」
「分かったわ...え、二時間?」
温泉温泉。楽しみだ。
俺は鼻歌をしながら男湯に入っていった。
他にも妖怪はたくさんいるが気にせず服を脱ぐ。大きめのロッカーじゃないと気宿刀が入らないので大きめのロッカーを選んだ。
とりあえず身体に張ってある血まみれの包帯をはがす。少しひりひりするが問題ない。傷口は完全にふさがっていた。とはいえこのまま浴槽に浸かるほど俺は非常識ではない。とりあえず身体を洗ってからのんびり湯船に浸かろう。
身体を洗って、髪の毛を洗う。でも髪の毛でシャンプーが泡立たない。よほど汚いのだろう、念入りに頭を洗う。
「うわん」
「お、この声は」
期待していた奴に出会った。俺の隣から聞き覚えのある声が聞こえる。髪の毛を流して声のした方を見ると、ここの主人と同じくらいの体格、黒い肌の妖怪がいた。
「ケブリ、背中流してやろうか?」
「うわん」
それだけ言って俺に背中を向けるケブリ。これは『頼む』という意味だろう。
それにしても、ケブリからしたらなんで俺がここにいるのか気になるところだろう。なので俺は勝手に語りだすことにした。
「いやあ、今日でもう帰っちゃうからさ、最後に挨拶していこうと思って」
「...俺に、か?」
「そうそう...って、お前、『うわん』以外喋れるのか?」
「いや、あまりの驚きに...」
なんだこいつ。一気にペラペラしゃべりだした。
「お前、人間だろう?」
「うん」
「俺たちが怖くないのか?」
確かに妖怪というのは体格も人間からかけ離れているし、怖いと思う人間も多いかもしれない。でも、俺はなぜか怖くない。
「俺は怖くないよ、ほかの人はどうか知らないけど」
「そうか。不思議な奴がいたもんだ」
「それにしてもお前はなんでそんなに喋れるのに今まで『うわん』しか言わなかったんだ?」
俺は純粋な疑問をぶつける。こいつの背中大きいな、結構洗うのに時間がかかる。
「別に俺は言語が分からないわけじゃないんだ。現にスマートフォンで会話していた時は『うわん』以外の言葉も使っていただろう?」
「確かに」
「要するに赤ん坊と同じなんだ。ただ赤ん坊とは少しだけ喋るきっかけっていうのが違う。赤ん坊は言語を覚えた時点で声に出して、徐々に使いこなせるようになっていく」
「ふむふむ」
「だけど俺たち『うわん』は『うわん』という言葉以外をロックされている状態だ。そしてこのロックを外す『鍵』が『感情』なのさ」
「つまり『うわん』という種族は驚かせばお前みたいに喋れるようになる、ってことか?」
「いや、俺がたまたま『驚き』という感情が鍵になっただけで、ほかの奴らは知らん。じいちゃんは『恋』だったかな」
「へえ」
妖怪というのは『感情』というものにひどく左右されるようだ。『妖狐』も感情で尻尾が増えるみたいだし。そう考えると『天狗』も感情でなにかが変わるのかもしれない。
「そもそも、俺たち『うわん』という種族は昔言葉を不要に話しすぎたせいで数が一気に減った、と本で読んだことがある。つまり生存本能みたいな感じか」
「なんで減ったんだ?」
「妖怪の世界というのは昔戦争が絶えない世界だったのさ。この辺は詳しく分からん」
「意外と苦労しているんだな」
もう背中は流し終えた。俺とケブリは立ち上がって、湯船に浸かりに行く。するとケブリがいやらしい笑みを浮かべた。
「なあ、人間」
「なんだ?というか俺の名前は和輝だ」
「それじゃあ、和輝。ちょっといいところに連れて行ってやるよ」
そう言ってケブリはずんずんと迷いのない足でどこかに歩き始めた。俺は黙って付いて行く。
そして着いた場所。露天風呂だ。岩の湯船にとんでもなく綺麗な景色。天気は快晴、日光が山の木々等の果てしなく広がる自然を映し出す。とにかく外の景色に目がいく。だが、すぐに目が別の場所に行く。
「おい、ケブリ、ここって」
俺は声を震わせながら言う。その声にやはりいやらしい笑みで返事をしてくる。
「ああ、混浴だ」
やはり見間違いではない。一瞬外の景色に目が行ってしまうが、岩の湯船の中には男に見える妖怪と、女に見える妖怪、数は少ないがどちらも入っているのだ。
俺は震える足取りで岩の湯船に浸かる。おおおお!溜まらないぜ!
「まさに天上温泉...か」
俺が呟く。ケブリも俺の横で一つしかない目をキョロキョロと動かしている。
だが何故か恥ずかしくなって外の景色にばかり目が行ってしまう。まあこっちはこっちでいい景色なんだけど。
「ん、あれは...」
そんなつぶやきが聞こえてくる。そして俺の近くでお湯につかる水の音が。
「ねえ、ねえ」
いいなあ、声の感じからして女の子だ。そっちに目を持っていくのもいいんだけど、どうも心苦しい。
そんな情けないことを考えていると、俺の腕をつついてくる。
「なんだよ、ケブリ...?」
そこにはタオル一枚で身を包んだおかっぱ頭の少女が。この女性は...
「生きてたんだ」
「...はい、なんとか」
「幸、あった?」
「ありました」
現在進行形で。
「そう、ならよかった」
「どうしてそんなに気にかけてくれるんですか?」
俺は自分の疑問をぶつける。この女性はなぜか俺の身を案じてくれる。不思議だ、どこかで会ったことがあったのだろうか?
「それは勿論、私の相棒がお世話になったみたいだから」
「相棒?」
「うん。おいで、アガサ」
その名前には聞き覚えがある。昨日の早朝に俺を助けてくれた...
「アガサ?」
「おうよ...って和輝じゃねえか」
声のする方に振り向くと、傘が手元の部分を使ってはねながらこちらに寄って来る。一本足の傘の妖怪を想像して欲しい。
「お前、自分で動けるのか?」
「ああ」
「じゃあなんであの時俺に運ばせたんだよ」
「面倒くさいから」
「...」
この野郎...!
「ちょっと来い。骨全部折ってやる」
「そんな怒るなよ。となり失礼するぜ」
「は?馬鹿お前、お湯なんかに浸かったら、傘としての機能全部失うぞ?」
「大丈夫だって。これ和紙の上からプラスチックをコーティングしてあるから」
「なんで水属性に特化してるんだよ」
「ちょっと、あんまり騒がないで」
「あ、すみません」
そうだ、ほかのお客さんのことを忘れていた。...って忘れるのが駄目なのか。
何となく恥ずかしくなって俯いてしまう。
「...ふふ、そんなに怒ってないから、顔を上げて頂戴?」
なんだこの恥ずかしい展開。なんか俺が起こられてしょんぼりしてたみたいじゃないか。
そんなことを考えながら俺は頭を上げる。そこには、見知った顔が。
「...麗奈」
いつものようにポニーテールではなく髪の毛をストレートに下ろしている。こっちも似合う。そして女性と同じようにタオル一枚に体を包んでいる。
「ええ、そうよ。それで、そちらの『うわん』がケブリさん、かしら」
「ん、ああ。そうだ」
「うちの和輝がお世話になったわ。ありがとう」
「いや、こちらこそ。彼には色々と助けてもらった」
なんか俺の保護者みたいな感じで立ち回るな、麗奈。
「アガサ、お前骨が錆びたりとかしないのか?
「大丈夫だ。妖素で何とかしてる」
「え、お前にも妖素があるのか?」
「ああ。ほら、昨日の早朝に変な奴の攻撃を受け止めただろう?あれは妖素のおかげさ」
確かに傘なんかで刀を受け止めたら真っ二つになって終わりだろう。妖素って本当に便利なんだな。
「まあどんな妖素かは想像してくれ。のんびりほかの女を見ながらゆっくりしたいんだ」
「よくそんなに堂々とできるな」
その素直な心とタフな根性は評価してやる。
「なんだ?恥ずかしくて見れないのか?」
「ああ、お前と違って『羞恥心』っていうのがあるからな」
「あん?馬鹿にしてんのか?」
「言わなきゃわからないか?」
「いい度胸だ、人間のくせに」
「お前を馬鹿にするのに度胸がいるのか?」
「「...」」
そこでにらみ合う俺たち。そこに乱入者が。
「公的な場で騒ぐな、そこの二人」
凛とした声。そちらに顔を向けるとやはり見知った顔、ともう一人。見たことのない顔が。
見知った顔の方の女性は俺の顔を見て睨むような表情を和らげた。
「お主、和輝か」
「おう、カエデ。お前も温泉に来たのか」
「うむ。キブシ様...大天狗様が私たちの働きを知って休暇を与えてくれたのでな。折角だから温泉に来たということだ」
「ということは、そちらの女性は...」
「ミツバです、こんにちは和輝さん」
そう言って丁寧に頭を下げるミツバさん。いつもはお面が無くて分からないが、今は良く分かる。表情は常に真顔、無表情だ。だけど特に敵意のある目つきをしてるわけではない。何となく冷たさを感じてしまうけど。黒い髪の毛を肩にかからない程度のショートカットにしている。身長はカエデと同じくらいだ。
「こんにちは、ミツバさん。昨日はありがとうございました」
「とんでもないです。和輝さんもお疲れ様でした」
「まあ疲れたのはお互いでしょうから、ゆっくり湯船に浸かりましょう」
「...カエデ先輩、和輝さんからお誘いを受けてしまいました。どうしましょう」
「断れ」
「なんでだよ!」
思わず声を荒げてしまう。しまった、また騒がしくしてしまった。
「まあまあ、もうゆっくり浸かりましょう?」
「そうだよ、和輝」
「この声は...」
さらなる乱入者。聞き覚えのあるこの声は、
「イナリさん、コーヨ」
二人が一気に近寄って来る。
「早速触ってもいいですか?」
「...そうだ、ずっと分からなかったんだ」
俺はイナリさんのセクハラ発言で思い出す。ずっとはぐらかされていたけど、
「どうして『妖狐』は人間に触りたがるんですか?」
「そういえばまだ教えていなかったね」
言いながらコーヨが尻尾で俺の体を巻き付ける。
「私たち『妖狐』は人間の『魂』から発せられている『熱』が好きなの」
「そうなんです。その『熱』を感じると、『妖狐』の『魂』の輝きが増すんですよ」
「??」
魂の輝き?熱?なんのこっちゃ。
「やっぱり良く分かってないみたいだよ」
「うーん。私たちに説明できるのはこれくらいなので、後は麗奈さんに分かりやすく教えてもらってください」
「そうだね。とりあえず...」
言いながら二人が俺の体に密着する直前、誰かが止める。
「二人とも、やめておけ。和輝が困っているだろう?」
「え、おま、お前は...」
「大丈夫か、和輝」
そう言って俺に見せる顔。それは昨日必死に戦った相手、
「コクウ、どうしてここに?」
「私が説明しよう。実はコクウの今の状態は昨日までと違って『善』の心しかない。こんな妖怪は世界で恐らくコクウだけだろう。まあそんな奴が二度と犯罪を犯す理由がないし、昨日までと別人のコクウを裁くのは違う、ということで早々に天狗の山から戻ってきたようだ」
「...な、なるほど?」
なんという超展開。というか...
「ここにいるのって、全員俺の知り合い、か?」
俺は辺りを見回す。ケブリ、おかっぱ頭の女性、アガサ、カエデ、ミツバさん、イナリさん、コーヨ、コクウ、麗奈。他に湯船に浸かっている妖怪、人はいない。
なんとなく緊張みたいなものがなくなる。落ち着いて湯船に浸かれそうだ。
「お前は知り合いが多いんだな」
「この三連休で知り合った妖怪ばっかだけどな」
「ねえ、アガサと仲悪いの?」
「いや、そういうわけじゃないんですけどね」
「なんだ?俺への陰口か?」
「自意識過剰」
「お主はぬらりひょんよりもカリスマがあるようだな」
「いや、からかわれてるだけじゃないかな」
「どうして敬語を使う相手と使わない相手がいるんですか?」
「初対面の人と偉い人には敬語、癖みたいなものです」
「これから『妖狐の里』をどんどん発展させていきますよ」
「楽しみにしています」
「ねえ、ご主人様」
「その呼び方は二人きりの時だけにしてくれ」
「どうだい、背中でも流そうか?」
「いや、もう流してきました」
「...人気者ね、あんた」
「そうなのかな」
「そうよ。それにしても、混浴の存在を知らなかったの?」
「うん。さっき案内されてさ」
「だから二時間後とか言ってたのね」
「そういうこと」
「...ねえ」
「なに?」
「...」
「どうした?」
「...その、あの」
「なんでそんなに緊張してるんだ?」
「...えっと、これからも、よろしく...」
それだけ言うと麗奈は口を湯船に入れて、ブクブクと水泡を作った。
「よろしく」
...うん、確かに恥ずかしい。でも、悪い気はしない。
この変な雰囲気から逃げるように妖怪たちの方へ顔を向ける。
各々好きな相手と喋っている。それぞれの顔に暗い表情はない。
「...はは」
なぜか笑いがこみ上げてくる。不思議だ。なんて心地のいい空間なんだろう。
俺はのぼせかけるまでずっと温泉に、この心地のいい空間に浸かっていた。
「それじゃあ、ここでお別れだな」
夕方、天上温泉の前。俺はみんなに向かってそう言った。
あの後温泉から上がった後皆でご飯を食べて、お喋りを楽しんでいたらこんな時間になっていた。
「俺はもう少しここに残る、元気でな」
「そっか。恋愛の方も頑張れよ」
「おう。それじゃあな」
「ああ。さようなら」
まずはケブリとお別れ。やはりこういう時は寂しい。まあでもまた会うことはできる、悲観的になりすぎるのもよくない。
そこから歩き始めて、妖狐神社に着く。ここは思い出深い場所だ。写真の一枚でも撮ろうかと思ったけど、止めた。忘れかけた時にまたここに来ればいい。
さらに歩いて、妖狐の里に戻って来る。宿に戻ると女将さんが待ってくれていた。
「お疲れ様」
「三日間お世話になりました」
「いやいや、久しぶりに人間に会えて嬉しかったよ。またおいで」
「もちろん、また来たいと思っています」
「それじゃあ、ご利用ありがとうございました。またのご利用お待ちしております」
俺と麗奈は荷物を持って宿から離れる。そういえば『ジャパニーズ』なんていうお店にも行ったっけ。一つ一つの場所を記憶に刻み込むように妖狐の里の出口に向かう。
そして、出口にて。アガサとおかっぱ頭の女性はここに残るようだ。
「じゃあな、アガサ」
「おうよ。俺がいなくなって寂し泣きするなよ?」
「だから自意識過剰だって」
「また、会おうね」
「はい、また会いましょう」
俺は別れの挨拶を済ませた。麗奈もイナリさんと別れの挨拶をしている。
「今回は大変お世話になりました。改めて妖狐の里を代表してお礼を申し上げます。ありがとうございました」
「とんでもないわ。それが私の役目、『月島』の役目なのよ。お礼なんかやめて頂戴」
麗奈は丁寧に腰を曲げて頭を下げてくるイナリさんを突き放すようなことを言う。それに対して返事をしたのはコクウだ。
「『月島』に感謝などしていない、この里を救ってくれた『月島麗奈』、君に感謝しているんだ」
「...」
これに対して麗奈は面食らったような顔をしてから、微笑んでから言った。
「そうね。前言撤回。私一人じゃこの里を救えなかった。でも、どういたしまして」
「はい。ぜひまた来てください」
こうして俺たちは妖狐の里に背を向ける。歩き始めると、俺に向かって言葉を投げつけてくる妖怪がいた。
「和輝!」
コーヨだ。俺は振り返る。
「なんだ?」
「えへへ」
夕日が照らし出すオレンジ色の空間にその笑顔は魅力的に輝いた。
「ありがとね!」
「...はは。どういたしまして」
なんだかその笑顔につられて笑ってしまった。俺はコーヨに手を振る。ある程度手を振ってから、俺は背中を向けた。
「ふう、明日から学校か」
「そうね、頑張らないと」
「人間というものは大変だな」
「私たちも明日から仕事がありますよ」
俺たちはやはりとりとめのない会話をしながら帰り道を歩く。すると、見覚えのある妖怪が一匹、俺の前に現れる。
その妖怪は白装束を着ていて、口を大きなマスクで覆っている。この妖怪は、
「探したわ」
「あなたは...『口裂け女』?」
そう。俺の前に現れたのは初日に出会った妖怪、『口裂け女』だ。
「この人間に危害を加えるつもりか?」
カエデが俺を守るように一歩前へ出る。それに対して口裂け女は首を振った。
「そこの人間に聞きたいことがあるの」
「...なんですか?」
俺はいつでもあの言葉を言えるように意識しながら耳を傾ける。
「私、綺麗?」
「いや、マスクを取っていただかないと分からいんですが」
「そう...なら」
そう言いながらマスクを取る口裂け女。その顔は、顔は...
「これでも綺麗?」
「...はい、すごく綺麗ですよ」
整った顔が出てきた。口は頬まで裂けているということもなく、白い肌、くっきりとした目、腰までストレートに伸びている黒い髪がまた美しい。...これ、『口裂け女』?
「本当に、本当?」
それでも眉を寄せて疑った視線を飛ばしてくる。その表情も可愛らしい。
「本当に、とても綺麗ですよ」
「そう」
「ちなみになんでそんなこと聞いてきたんですか?」
もしかしてだけど、一目惚れされてたりとか。
「ううん、何でもないの。ただ少し自信をつけたくて。ありがとう」
呟くようにそれだけ言うと俺たちとすれ違って歩き出した。
...
「はあ」
「なに溜息なんて吐いてんのよ。ほら、さっさと帰りましょう」
「そうだな」
もう大分暗くなった。このままだと朝帰りになってしまう。
さらに歩いて、『天狗の待ち合わせ所』まで着いた。
「それでは、ここでお別れだ」
「え、ここで?」
「うむ。ここからが天狗の山に一番近いのでな」
「そっか。気をつけてな」
「...うむ」
少し寂しそうな表情を見せたカエデ。俺も少し寂しい。でも俺が弱いところを見せちゃいけない。俺は明るく言った。
「別に会おうと思えば会えるんだ。連絡先だって交換したんだし」
「...そう、だな」
次に苦しそうな表情を見せるカエデ。どうしてそんな顔をするんだ。
「カエデ先輩、そろそろ...」
「うむ、分かっている」
ミツバさんに返事をしてから、カエデは俺に近づいてきた。そして、抱きしめてくる。
「カエデ...?」
「...今更、怖くなってしまった」
「...もしかして」
『寿命』について、だろうか。
「怖い、なんだこの感情は...」
「カエデ...」
「カエデ先輩...」
麗奈とミツバさんが呟く。その声音には同情が混じっている。
カエデは本音を漏らした。
「いつでも会える。でも私は『妖怪』、和輝は『人間』、これはどうしようもないんだ」
「...」
「次にお主と麗奈に会うことができるのは...いつになってしまうんだ?」
「「...」」
麗奈とミツバさんが黙る。確かに永遠の時を過ごせる『妖怪』ならそんなことは気にしないだろう。だって、時間はいくらでもある。何回でも会うことができる。でも、『亜種』は限られている。『時間』が限られている。
でも、これに対しての俺なりの答えがある。
「いつでも来てくれ」
「...え?」
少し潤んだ瞳を、崩れかけている表情を俺の顔に向かってあげてくる。
「別に、俺は気にしない。学校にいるときでも、家にいるときでも、俺が風呂に入っている時でも、トイレにいるときでも、寝ている時でも...会いたいときに来てくれればいいよ」
「...いいのか?」
「うん、構わない」
「迷惑じゃないのか?」
「全然」
「でも、妖怪の『法律』では、簡単に人間の世界に行ってはいけないんだ...」
それは厄介だ。でもそれなら、
「それじゃあその問題を解決すればいつでも会えるな?」
「...」
カエデは俺から身体を離した。俺に背中を向けて、数歩進んだところで振り返る。その顔は不敵な笑みで満たされていた。
「私らしくもなかった。そうだ、まだ諦めることはできない。まだ、何とかなるんだ」
「うん」
俺は大きく頷いた。それで安心したのか、空に飛び立つカエデ。ミツバさんも慌てて飛び立つ。
「また会おう、和輝、麗奈」
「それでは、またお会いしましょう」
「ああ、じゃあな」
「また会いましょう」
俺たちは今回で最後のお別れを言う。そのお別れに涙はなかった。
これが、俺なりのやり方。
『終わりよければ、総て良し』!
こうして俺の最初の『妖怪』との出来事が幕を閉じた。
『終幕』
「人間はだいたい優しい方ばかり、でも危ない人もいる。分かっていますね?」
「分かってるよ。ところで麗奈の家ってどこ?」
「住所はもう教えてもらっています。本当に気をつけてくださいね」
「うん。ああ、明日から楽しみだな」
「...ふふ、それじゃあもう寝てください。一応明日移動して、明後日から『学校』という場所に行くんですから。明日のスケジュールを確認してから寝てくださいね」
「うん、それじゃあお休み」
「ええ、おやすみなさい」
「アガサ、またここにおいておけばいい?」
「ああ、頼む」
「別に私が運んであげてもいいんだよ?」
「いや、ここにいたい。またあの人間が...和輝が来たときは、ここに来るはずだからな」
「...ふふ。それじゃあ、置いておく。また何かあったら来るから」
「おう。気をつけてな。『計画』も順調に進めろよ?」
「分かってる」
「ミツバ、私はどうやって法律を変えていくか。今はこれにしか興味がない」
「それは困りましたね。仕事はしっかりこなしてくださいよ?」
「それは勿論。だが、私にこれからも協力してほしい」
「それこそ勿論です。私もあのお二人にはお世話になりましたし」
「...すまないな、こんな身勝手な先輩で」
「謝らないでください。それに私もあのお二人にいつでも会いたいですし」
「それなら、よいのだ。さあ、明日から頑張っていくぞ」
「はい」
「...あの人間、絶対に手に入れて見せるわ。ぬらりひょんを甘く見られちゃ困るのよ」
「どうした、『カラハ』。少し機嫌が悪いようだな」
「少し色々あったのよ。私たちにとって凄く役に立つ人間を見つけてね」
「人間?役に立つのか?」
「私の能力がきかない」
「...それは頼もしそうだな。で、そいつは?」
「そいつの手に入れ方を考えているのよ。話しかけないで」
「話しかけないでって...『計画』はどうなっちまうんだ?」
「大丈夫、支障がないように考えるから」
「一旦考えるのをやめろ。この後会議なんだからな」
「...そうね、会議のことを考えましょうか」
「...こいつがここまで入れ込む奴、か。...気になるぜ」
『何故我々妖怪が人間に気を遣って、隠れて生きていかなければならないのだ?おかしい話だ、こんなのはおかしい。幸いにも私と同じ考えを持っているいわゆる『同士』がいた。』
「...」
『変えてやる。変えてやる、変えてやる、変えてやる、変えてやる...』
「我ながら、狂った内容だ。こんなものを書いていたなんてな」
『そのためには、『百鬼夜行』での優勝が必要...絶対に、負けるわけにはいかない』
「...だから私は、『式神』を使う気になったのか。優勝のための技術として」
『私が今回の作戦で失敗をしても、大丈夫。まだ、『同士』がいる。絶対に、変えてやる』
「一応、警戒が必要のようだ。イナリに相談しておこう」
「ケブリ、そろそろ寝なさい。もう大体片付いたからあとはわしが何とかしよう」
「ああ、そうする...って、じいちゃん。だれか来たみたいだけど」
「ふむ、道に迷った方かもしれない。私が相手しよう。...こんな夜にどうしましたか?」
「えっと、ケブリくん、いますか?」
「ケブリ?あいつに何の用が..って、君、もしかして『クミ』ちゃんかい?」
「あ、はい」
「そうかそうか、懐かしいなあ...おい、ケブリ!クミちゃんだ!」
「え、本当?」
「わあ、『うわん』以外に言えるようになったんだね」
「クミちゃん!どうしてここに...」
「ふふ、自信がついたから来たの。ねえ、ケブリ」
「なんだい?」
「私、綺麗?」
「えへへぇ、えへへぇ、よく撮れてる、よく撮れてるわ」
「やっぱり同じ部屋じゃないと寝顔なんか取れないわ」
「あ、明日からコーヨが来るんだった。一人暮らしじゃなくなるんだから、これは隠しておかないとね」
「でも最後にもう一回だけ見ておかないと。...うん、いいわ、よく撮れてる♪」
『和輝』
『...おじいちゃん』
『どうして顔を背けるのだ?』
『...約束、破っちゃったよ』
『それは何の約束だ?』
『気宿刀を鞘から出さない、っていう約束』
『...和輝、手紙を見てみなさい』
『...え?』
『わしが言いたいのはそれだけじゃ。それでは、頑張るのだぞ』
『待ってよ、おじいちゃん...おじいちゃん...』
「おじいちゃん!」
起きた。視界に広がる何年も見ている天井。そっか、夢か...
水曜日。時間は、いつも通り余裕のある時間だ。
俺はベッドから降りて、おじいちゃんの手紙を開いた。夢とはいえあの人の言葉だ。その通り行動するのは何の疑問もない。
手紙を開くと、『したいことをしろ。させられていることを捨てろ』と書いてある。
実を言うと、俺はおじいちゃんの約束を破って『気宿刀』の鞘を抜いたのは少しの罪悪感があった。でも、この手紙を見たら気持ちが楽になった。
俺はみんなを守りたかった。そのために鞘を抜いてはいけないという約束を、させられていることを捨てた。これで、よかったんだ。
「さあ、今日も頑張ろうかな」
気合を入れてから俺は制服に着替えた。
「えー、自己紹介よろしく」
「はい。今日からお世話になります、えっと、『月島コーヨ』です。麗奈の従妹です。よろしくお願いします」
「それじゃあ月島の隣に座ってくれ」
うん、何が起きているか分からない。
麗奈の席へ向かう途中、俺に向かって手を振って来る。うん、可愛いんだけどさ。和服を見慣れていたから制服も新鮮だし。でもさ、それ以上に気になることがあるんだ。
「それじゃあ一限の用意しとけよ。号令」
号令が終わって、早速コーヨの周りに人だかりができる。これはまだ話すことができなさそうだ。
「和輝、説明するからちょっと来て」
「あ、うん」
麗奈に手を引かれて人気がないところに連れて行かれる。
「コーヨが私たちに協力してくれるって」
「『百鬼夜行』での生き残りに?」
「ええ。まあ他にもまた『不吉なこと』が起きた時にお手伝いもしてくれるって言ってたわ」
「そっか。どこに泊まってるんだ?」
「私の家」
「え、親御さんは?」
「いないわよ。私ひとり暮らしだもの」
「...ええ。大丈夫か?」
「大丈夫よ」
「なんかあったら言えよ?」
「...うん」
なんでそこで小声になるんだ。照れてるのか?
「まあ冗談抜きで困ったら言えよ?」
「ええ、そうさせてもらうわ」
しっかりとした返事を聞いて安心した。
教室に戻るとまだ人だかりが。ふむ、転校生の悩みどころというかなんというかだな。
「すごい人気だね、転校生」
「そうだな」
染島が話しかけてくる。すると麗奈の眉毛が若干動いた。理由は分からない。
「おお、和輝。あの子凄い人気だな」
直人が話しかけてくる。
「だな。部活の勧誘とかは流石にみんな自嘲しているみたいだけど、やってるやつがいたら止めないと。まあ人気がありすぎるっていうのも少し心配になっちゃうな」
「...はは、何言ってんだ」
直人が笑い出した。何がおかしいんだ?
「何言ってんだってなんだよ」
「どうせあの子が困ったりしたら助けるんだろ?」
「そりゃあ、まあ」
俺の即答を聞いて更に笑い出す直人。なんだこいつ。
「いやあ、悪い悪い。でも変わらねえな、お前」
「変わらねえよ」
「はははは!おもしれえな、和輝は」
「...ねえ」
そんな直人に麗奈が話しかけてくる。
「なんだ、月島」
「なんでそんなにおかしいの?」
「ん、それはな...」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
早速話そうとする直人を止める。するとさらに笑い出す直人。
「ははは、分かってる分かってる、話さねーよ」
「ほんとかよ...まあ話さないならいいんだけど」
「...?」
麗奈がキョトンとしている。そんな麗奈に染島が話しかける。
「実はこの二人デキてるのよ」
「違う!」
慌ててツッコみを入れる。そんな俺を笑う染島。
「ふふ、分かってるわよ」
なんというか、学校にいる奴はなぜか俺をいじるのが好きみたいだ。というかリアクションを楽しんでいるようだ。出〇さんじゃないんだぞ。
「この二人、一年生の時に何かあったみたいなの」
「何かって何?」
「それが、分からないの。どうやら鹿島君が尾崎君の口止めをしているみたいなの」
「別に恥ずかしがるような内容じゃないんだぜ?なのに『誰にも言うな』って」
「うるさいな。別にいいだろ」
一年生の頃。こいつにトラブルが起きた。俺が『たまたま』それを何とかしたという話だ。こっちが何とかしようとしてなんとかした話じゃないので何となく話してほしくないのだ。それで困った人を助けてくれるヒーロー扱いされるのが嫌だったので口止めをした。直人にもそれを伝えた。だから直人は誰にも言っていないようだが、俺をからかうときにこうやって使いだす。
直人は笑いながら確認してくる。
「あの子を困らせるような奴がいたらなんとかするんだろ?」
「まあ、それはそうなんだけど」
「別に恥ずかしいことじゃないんだぜ?胸張れよ」
「...うーん、調子が狂う」
「はっはっは。それじゃあ、一限の準備をするか」
「そうだな」
そんな俺たちのもとに孝信が小走りで来る。
「あ、やば」
「やば?」
「わりい、俺トイレ行ってくるわ」
そう言ってそそくさと教室から出ていく直人。漏れそうだったのか?
だが孝信の言葉で何故直人が『逃げ出した』のか分かった。
「あれ、直人の奴...結果を教えようと思ったのに」
「結果?」
「うん。直人があの子を音楽部に勧誘して来いって言ってきたから勧誘してきたんだ」
「直人おおおお!」
俺は直人を追いかけ始めた。
放課後。コーヨに話しかける。
「コーヨ、学校は大丈夫だったか?」
「うん。楽しかったよ」
「...そっか」
コーヨが笑顔を向けてくる。いい笑顔だ。
寿命がある中でこうやって楽しんでくれるのは嬉しい。って保護者か俺は。
でも、まあ...
「ふふ、これからも楽しみ♪」
「...」
こうやって笑顔を見せてくるコーヨを見ていると、本当にうれしい。これは紛れもない本心だ。
これからの学校生活も、『百鬼夜行』も、少しの不安はあるけど。
「それじゃあ、一緒に帰ろ、和輝」
「待ちなさい。私もいるわよ」
「麗奈。一緒に帰るか?」
「当たり前でしょ。さ、帰りましょう」
「帰ろ、和輝」
「うん」
その何百倍も楽しみという気持ちがあるんだ。
こんにちは、こんばんは、紅茶(牛乳味)です。
今回の作品は『OVL大賞』様に応募したくて1月下旬に作り始めました。最初は2月5日(日)が締め切りだと思っていました。見間違いでした、2月25日(日)でした。でも間に合いませんでした。期末テストがあったからです。活動報告に書きましたが、7万文字にいかない程度で応募基準を満たせずリタイアとなってしまいました。まああそこで雑に作ってしまうよりはよかったのかな、と今は考えています。テスト結果も予想以上に良かったので、なんだかんだベストな選択肢だったのかな、と考える一方、楽しみにしてくださった方がいたらと思うと心苦しいです。改めて、大変申し訳ございませんでした。
さて、今回の作品の自評ですが悪くない出来だったのでは、とにやついています。それでも少し心残りがあったので書かせていただきます。
まずは主人公の『和菓子好き』をもう少し活かした展開を考えていました。でも微妙だったので別の展開にしました。
次にもう少しギャグ要素を強くしたかったです。が、ギャグセンスがなく、面白いものが書けなくて断念しました。あれが自分の精一杯のギャグです。
それと、蛇足になってしまった展開がちらほらとあったので、次の作品ではないようにしていきたいです。
なんでこれらの心残りを完全に直そうとしなかったのかというと、もう次の作品のことにしか頭が回らないのです。許してください。もし誤字があったり、少しおかしいところが見つかったりしたらコメントして頂ければ幸いです。
それと、自分のサンテンリーダーの使い方を間違えていました。「...」は駄目で「......」とサンテンリーダーを2つ繋げなくてはいけなかったようです。それと、『!』や『?』のあとに文章が来る時にはスペースを開けなくてはいけないようです。ごめんなさい、次の作品からは正しい使い方をします。これらは初歩的なことみたいなのですが、つい最近まで気づきませんでした。
それと改めてですが、これの次の作品を書いたら受験が終わるまで次の作品投稿はありません。『100000001人目の勇者』『なにもおこせない!?』『人生を変えた怪しい道具』は投稿停止します。勝手で申し訳ございません。
さてここまで大分暗い話が続いてしまいましたので少し気に入っているシーンを書かせてもらいます。興味ない人はお手数ですが読み飛ばしてください。
まずはヒロインの『麗奈』が可愛いですね。いやあ可愛い、自分で作ったキャラながら胸がキュンキュンしちゃいます。特に炭酸飲料を飲んで酔ったような状態になるのは溜まりません。甘えてくるのがたまりません。普段しっかりしていることとのギャップで可愛さ倍増です。
次に、主人公の覚醒シーンですね。いやあ、カッコいい。演出もカッコいいのが思い浮かんだのがよかったです。最初はダメダメの主人公にしようと思ったんですけど、やっぱりああいうシーンは溜まりませんでした、我慢ができませんでした。ああいうシーンを書く憧れがあったのも大きかったですね。書いている時本当に手が止まりませんでした、脳汁噴き出してました、ドーパミンとかアドレナリンとかがドパドパでした。本当に楽しかったです。
そして主人公の推理シーン。まあこれは書いている時が楽しかったですね。どうやって繋げるか、適当に書いた情報を全てつなげていく作業は楽しかったです。これで読んだ人たちが楽しんでくれれば、と考えています。感想はいつでも待っています、どんどん送ってください。
今回の作品ですが、先の展開はかなり考えてあります。ですがそれよりも先に執筆したい話があるんです......! 来年の僕に作品の続きは任せます。
それでは、最後になります。しつこいようですが、改めてこの作品を待ってくださっていた方、本当に申し訳ございませんでした。昨日アクセス解析を見て投稿とほぼ同時にアクセスしてくださった方がいて、申し訳なさでいっぱいでした。次から直していこうと思います。
それではまた次回お会いしましょう。
紅茶(牛乳味)でした。