-1-ハイシャ
少女は目覚ました。
時計の時を刻む音だけが響く、無垢な部屋で少女は目を覚ました。
強いて言うのならば、白く、白い部屋で。
「――――ここはどこ?」
白髪と碧眼の少女は、ベッドから降りてドアに向かって歩いて行く。
「やっと起きたか、ヨミ」
ドアの向こう側に居たのは、椅子に座って 少女の名前を呼ぶ、白衣を着た男だった。
・
「生き残りゼロ……いつも通りの結果ね」
と、拠点としている果樹園から採ってきた緑色の果実を齧って崩壊したビルの瓦礫を蹴った。
ここ数年間、毎日のように壊れた街を転々とし、生き残りのキャンプを探しているのだが、一向に見つかる気配が無い。
死体こそ見つけるものの、まともに生きた人間には未だ出会えていない。
「いい加減、出会ってもいい頃合だと思うのだけど、まさか全員死んだなんて……ね」
可能性としては、別段低くもない。
ここ半年程で、生き残りの人数は確実に減っている。
それは自然現象でも飢餓でも何でもなく、どこかの国の置き土産のせいだ。人を殺すためだけに作られたような、あのゾンビのようなバケモノが現れ始めたせいだ。
黒い首輪のようなものを着けた、灰色の肌をした、人間離れしたバケモノ。
私も幾度と無く襲われ、その度に銃弾を無駄にしてきたのだから。
拳銃など持っていない一般人は、どう足掻こうとあのバケモノには敵わない。
「そろそろ果樹園に戻らないと……」
そう思った矢先、何かが瓦礫の隙間から現れた。それは野犬だった。
空腹状態ならば即座に襲ってくるはずなのにそんな素振りはなく、ただ唸り声を上げてこちらを睨んでいるだけだった。
「おかしい、この辺りには生き残り所か死体すら無かったはずなのに……」
大人の野犬が飢えに苦しむ事もなく、こうして活動している。
つまるところ――――まだ腐敗していない人体があったという事だ。
私は拳銃を構えて、考える。もう少し、捜索を続けるべきか。
仮にこの辺りに生き残りがいるとして、その人たちが明日まで生き延びる確証はない。
野犬に襲われる可能性もあるし、バケモノの事もある。
だが、生き残りが存在しないとしたら? この野犬はただ仲間を喰らい生き延びただったり、もう既に生き残りも食い尽くされてしまった可能性だってあるはずだ。
日が落ちれば視界が悪くなる、その中で何かに襲われれば、いくら拳銃があるとて、身を守れるとは思えない。
ならば、明日まで生き残ってもらうことを願って、今日は諦めるのが得策か――――いいや、 それでは何も変わらない。
別に私は生き残りたいわけじゃない。
人間らしく、死にたいだけだ。
そのために誰かの隣に居なければならない。ならば、これからすべき事は選ぶまでもない。
「あなたのおかげで目的を再確認出来たわ、ありがとう。あなたの事は美味しく頂くわ」
と、野犬の眉間に銃弾を撃ち込んだ。
「……あまり銃弾を無駄にしたくないのだけれど」
どうやら銃弾に反応して、野犬が寄ってきてしまったようだった。
四匹、今殺したのを含めると五匹。一人で食べるには持て余す量になった。
「これだけ犬がいるなら、今回は生き残りに期待しても良さそうね」
口角を少し上げて、再びトリガーに指を掛けた。
「あなた達が生き残りの居場所を教えてくれたら、早いのにね」
残念なことにこいつらに出来るのは、威嚇と攻撃だけだ。
先頭の眉間に一発撃ち込むと、仇討ちと言わんばかりに他の犬達が飛びかかってきた。
二発目、三発目と私は後ろに下がりながらも的確に眉間を撃ち抜いた。
が、四発目が発射されなかったのだ。
「――――っ!!」
左腕に噛み付いてきた犬を、弾詰まりを起こした拳銃で殴って引き離し、ひとまず地面に落ちていた鉄の棒を手に取って、体制を整えた。
ツイてない……。
「今まで弾詰まりなんてしなかったのに……メンテしなかったのがいけなかったのが原因ね……」
拳銃をホルスターにしまい、右手で鉄の棒を構えた
噛み跡から真っ赤な鮮血が腕を伝って、指から地面に落ちる。その血の匂いに興奮したのか、野犬は唸り鳴き声を上げて、もう一度飛びかかった。
「人間にサシで勝てるわけないじゃない」
振りかざした鉄の棒が犬の首筋に当たり、骨が砕ける感触がした。