-6- 黒の始まり
あの日からどれだけの雪の降る朝を見てきただろう。だが規則性を持って降る雪が、今日目を覚ますと見当たらなかった。寒さも若干和らいでいる。
幾度となく繰り返した朝とは違う、雪の降らない朝が、私の眼前に広がっていたのだ。
まだ溶けていない雪も、すぐに溶け切るだろう。つまるところ、冬が明けて春が来たのだから。
隙間だらけの壁から吹き込む、痛いほど冷たい外気も感じない。
「……生きてる」
と、いつも以上に実感した。
今日で何日目だ? と、考えることをやめてからしばらく経った私の現在の状況は、生きてる事が不思議なくらい悲惨なものだった。
地下室で見つけた食料も、数週間前に底をついていて、虫やネズミのような生き物を見つけては貪って何とか生き長らえた。
そうして遂に、私は春まで生き残った。
「お父さん、お母さん、命、やっと冬が終わったんだよ!」
と、満面の笑みで骸を撫でる。
自分でも分かっている、この行動は異常だと。異常だけれど、狂わない為には話し相手が必要だったのだ。
だから私は冬の間、頭の中に幸せの続きを作り上げていた。
それなのに、昨日までは聞こえていた家族の声は、もう聞こえていない。
悪夢は終わったと。そう告げられたかのように。
「……そっか」
何処かで冷静だった。
狂気に満ちていた自分の行動を振り返って、それでも尚冷静だった。
脳内に作り出した、自己満足のための幸せに踵を返して、目の前の現実に目を向けた。
春が来たことに対する喜びも、生き延びた感想も今はない。
今の私には、どうしても寂しさしか無かった。
出来ることなら、冬の間に力尽きてしまいたかった。
家族の眠る家で、私も眠りたかった。
最後くらい、罪も罰も忘れて、泡沫の如く消えてしまいたかった。
――けれど、私は生きている。
両親や命、望の屍の上に這い蹲ってまでして春を迎えた。
もう、死ぬわけには行かないのだ。
後ろ振り向いても、誰もいないのだから、ドアを開けて外に出ないと行けない時間だ。
冬は終わった。
春が来た。
なら、私がするべき事はただ一つのはず。
「私、もう行くね」
もちろん何処からも「いってらっしゃい」の言葉は無い。
だけど、今度こそ私は罪から、家族から目を背けずに真っ直ぐドアに背を向けて、家の中を見た。
、息を吸いこんで、ニコリと笑う。
「お父さん、お母さん、命、今までありがとう……私、みんなの為にも進む事にしたの。だからね」
この家から出てしまえば、私はもう鏡子 詠ではなくなってしまうのだろう。
それでも、もういいんだ。
拳銃と地下で見つけたナイフを手にして、私は今までの私と決別する。
「いってきます」
この胸に残るのは罪と、誰でも無い私だけだ。
次からが本編です。