-4-黒の懺悔
____ごめんなさい。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
うわ言のように繰り返す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
機械のようにただ繰り返す。
今の「ごめんなさい」は何度目だろう、何故か頭は冴えているので自分の行動を客観的に見れてしまう。
意識ではこんなに冷静なのに、なぜ私は涙を流して「ごめんなさい」と繰り返しているのだろうか、鏡子 詠がした事は仕方の無いことで、そうする他なかったというのに。
もう誰も謝罪を聞いてなんかいないというのに。
辺りにあるのは花瓶に入った枯れた花、電気が止まって動かないテレビ、家族で囲んだテーブル、そして所々が欠陥している家族の死体だけなのに。
「お父さん、お母さん、命……私だけ生き残って、ごめんなさい」
ねぇ私? 謝って、一体何になるの?
・
私たちの夢みたいな世界が崩されて、救いのない現実を知る事になった日から、一ヶ月が過ぎた。
あの日以来お父さんは仕事に行かなくなってしまったし、お母さんも神様に祈ってばかりになってしまった、はっきり言ってこの家は崩壊している。
食料も底を尽き、空腹から弟は狂ってしまった。なんと弟は自分の指を食べたのだ、左手の親指から始め、人差し指、中指の計三本を噛みちぎって食べてしまった。私は指を食べている弟の顔が幸せそうで止められなかった、お父さんもお母さんも弟の方なんて見向きもしなかったから、弟を止める人はいなかったのだ。
そんなこんなで、この家はもう崩壊している。
「お腹空いた」
弟が膝を抱えて呟く、その目からは理性なんて微塵も感じられず、ただ野性の犬が食料を求めているかのようだ。
やはり、私も空腹だ。丸三日何も食べていないのだ、無理もない。
そろそろ脱落者が出てもおかしくない、両親に至っては一週間は食べていない、最後の方は私と弟に食料を全て回していたので、両親はもう生者かどうか疑う程やせ細り、衰弱している。
いつまで私たち家族は、四人で居られるのだろう。
・
「姉ちゃん、もう俺の指無くなった、何食べればいいの。もう食べられるものがないよ」
「……じゃあ、そろそろ食べようか」
私には食料のあてがあった。
細く簡単に折れてしまいそうな足に体重をかけて立ち上がる、少しふらついて目の前が見えなくなったが、暫くした視界が回復する。
私ももう限界だ、死ぬくらいなら私は。
「お父さん、お母さん。頂きます」
手を合わせてから、既に冷たくなって動かないお母さんの手を持つ。その様子はきっと、手の甲にキスする恋人のようだろう。
私は少し迷ってから、意を決してその手に歯を立てる。
「お母さん」
痛いよね、きっと痛いはず。音を上げて私を叱って欲しかった、こんな風になってしまった私たちを正して欲しかった。いつものように優しく叱咤して欲しかった。
けれどもうそれは叶わないから、せめてお母さんの事は私と弟で天国に送りたかった。
いいや、本当はどうなのだろうか。
私も弟と同じで、空腹から狂っただけなのだろうか。
どちらでも、結局変わらないことだが、私は血の通わない少し臭いのある肉をくちゃくちゃと食べながらそんな事に思いを馳せる。
ふと気づくと、もう片方の手を弟が食べていた。
指のない手では上手く持ち上げられないらしく、犬のように顔を寄せて食べていた。その姿から人間らしさ何てものは見いだせない。
「命、お水は沢山あるからね」
そんな惨めな姿でも、私からしたら唯一の家族であり、やはり可愛い弟に変わりはないのだ。
精一杯お姉ちゃんぶって、可愛い弟の頭を撫でる。
「本当は生のお肉なんて食べたらお腹壊すから、料理したいんだけど、もう電気がないから……ごめんね」
「姉ちゃんも食べろよ、こんなに美味しいご馳走、滅多に食べられないんだから」
抑揚のない声からは感情が感じられないが、その表情は喜色に満ちている。
命は幻覚を見ているのだろうか、それなら幸せなだろう。
どんな夢の中にいるの? そんな意味を込めて、また私は頭を撫でる。
しばらくの間は食には困らない、確か床下に行けばマッチや燃えるものくらいはあるだろうから、時間が経ってしまったら火を通せば食べられるだろう。
「塩っぱい」
指を舐めるように、お母さんの薬指を噛みちぎる。
ちょっと分かりにくいかも知れませんが、過去編です。
ここから少し本当にえぐい話が続きますが、真夏に涼むためのエピソードだと思って読んでください。




