-3- ハイシャ
「完走お疲れさん、残念だけど休憩してる時間はないんだ」
ゾンビから逃げ切り、ビルの床にへたり込む私を、赤髪の彼女は無理やり立ち上がらせた。
「あなたは……」
「自己紹介したい所だけど、あんたの引き連れたゾンビが予想上回って、多分ビルの扉持たないから、逃げるよ」
「一つだけ、一つだけいい?」
乱れる息を整え、私は彼女の目を見つめる。髪の色は赤だが、瞳の色は紫に近い色をしている。
「何? 本当逃げないとヤバイから、手短に」
「生き残りはあなただけじゃない……でいいの?」
「当たり前でしょ、こんな世界、独りじゃ生き残れないよ」
それを聞いて、少し涙腺から涙が溢れ出るのを感じた。
本当に、本当に生き残りはまだ居た……。今までの事は全て、無駄じゃなかったのだ。
「そう……行こう、せっかく生き残りに会えるのに、ここで死ぬわけにはいかない」
「他の入口に仲間が待ってるから、行くよ」
彼女に手を引かれ、この地獄から救われたように思えた。
例え手を引かれた先も、ゾンビだらけの世界だとしても、他人の体温が手に伝う感覚が懐かしく、妙に嬉しかった。
♢
「テレル、早く車出して」
非常口から外に出ると、そこには彼女が言った「仲間」と、錆び付いていない車があった。
「おかえり、チビと生き残りちゃん」
金髪とサングラスの、人を食ったような笑顔を浮かべる青年が「テレル」なのだろうか、他に人は見当たらないので、おそらくそうなのだろう。
「チビじゃない、いいから車を出せ、死ぬぞ」
「そりゃ怖い、でも車を出すためにはお二人さんが乗らないと、だぜ」
ニヤリと笑って、彼は運転席についた。
「あたしたちもさっさと乗るぞ」
私は言われるがまま後部座席に座った。
……内装もちゃんとしている。
「……それで? 生き残りちゃんの仲間はどこにいんのさ」
しばらく車を走らせていると、おそらくテレルという男が私にそう聞いてきた。
「私独りよ、何年も前からね」
そう答えると、二人は同時に「え?」とこちらに振り返った。
「何年か前に一度、生き残りのキャンプに居たことはあったけど、私以外みんな死んだ」
「いや……この地獄を独りでって、お嬢ちゃん一体何者なのさ」
「ただの生き残りよ、それよりもそろそろ自己紹介とかしないの?」
私にも、私が何者であるべきなのかは分からない。何者になるべきで、何者になりたいのかも。
過去に捨てた名前も、過去になった全てのものが、私の存在をあやふやにしていくから。
私は私が、分からない。
「それもそうだね、あたしはアリー、アリー・ミーリック」
「で、俺がテレル・ブレア。二人ともイギリスの血筋だ、でお嬢ちゃんは?」
イギリスと言うのが何処なのかは分からなかったが、それは聞くほどの事じゃないだろう。
私はどう名乗ればいいのだろうか、名前が無い私は、どう名乗るべきなのだろうか……?
名前が無い、というのはやはり不便なものだ。以前居たキャンプではなんて呼ばれていただろうか――
「私は……黒。黒と呼んで」
そう名乗り、二人の男の事を思い出した。
まだあの街に留まっていた頃に食べた初恋の人と、生き残りのキャンプであった、同い年の少年のことだ。
二人とも、既にこの世に居ない過去の人物。
その両方が私の事を「黒」と呼んでいた。
「黒か、あんたの髪の色にピッタリだね。あたしも赤に改名しようかな」
「お前はブラッドとかの方が似合ってる……痛い! 俺運転してるんだから殴るなよ」
「知るか、事故って死ねよ」
そんな二人の人間らしい会話を聞いていると、この地獄にも救いがあるように思えてくる。
救いなんて無いくせに、そう思わせるんだからタチが悪い。
私の周りに現れる人間は、いつもそうだ。
「お嬢ちゃん、静かだねぇ。緊張しくてもいいのに、自分だけの世界だと思ってくつろいでくれていいんだぜ」
「……私の世界なんて、現実以上に地獄なのだけど、そこでくつろげって?」
冗談半分に答えると、テレルは「それじゃここは天国だな」と笑い返してきた。
「そうでもない、ここも十分地獄」
「車の外は、ね。この車の中は天国とまで行かなくとも、くつろげるくらいには快適よ」
「俺たちの住処に着くまでは後一時間くらいかかるけど、それまでの間寝てるかい? アリーもお嬢ちゃんも、互いを追いあって疲れたでしょ」
「追いあって?」
彼の言葉に引っかかり、ついそう聞いてしまった。
「……なるほど、謎が解けた。今日一日……いや、もっと前? 私が生き残りの痕跡を見つけても、あなた達に接触できなかった理由は、つまりあなた達は私に見つからないように私を監視していた、そういう事?」
今日の野犬は、飽くまでも偶然の産物だってわけだ。
私が本格的に生き残りを探し出すのを、具体的にはゾンビの活動時間に動き出すのを、彼女達は伺っていたのだ。
「待って、説明させて」
「安心して、別にあなた達を警戒したりはしない。目的を含めて全部理解した」
両手を上げてこちらに振り返るアリーに私は優しく笑う。
「むしろ、あなた達が私を警戒していたんでしょう? 私の正体……というよりも、私が誰の仲間なのかが分からなかったから」
「驚いた……そこまで分かってるなんて」
「軍の人間だとでも思った? 残念だけど、軍も既に壊滅してる」
過去に何度か、駐屯所の無線を使って連絡を取ろうと試みた事がある。
もちろん駐屯所に生きた人は居なく、無線も応答がないままだった。
「それは違う、軍はまだ機能してるわ」
「私は何度も確かめた、もう軍に生き残りがいても、シェルターの中」
「いいや、アリーが正しい。軍はまだ動いてるんだよ、あんたも見てきたろ、お嬢ちゃん」
「……どういう事?」




