林檎の味
荒廃しきった世界の片隅で、私は林檎を1口齧った。
余り味のしない林檎も最後の晩餐だと思えば多少は美味しく思える気がしていたが、そんなつまらない考えだけじゃ世界よりも荒んだ私の心には、染み渡る味も感じられなかった。
最後の最後まで、私は愚かだった。
神様なんて居ない世界で、神様みたいに崇めた機械に銃弾を叩き込んだ世界で、隣で笑う人すら生きるために殺さなければならない世界で、林檎すらマトモに作れないような世界で、私は最後の最後まで、愚かだった。
白い果肉が歯茎から出た血で赤くなっていくのに気づいて、私は少し死に対して恐怖心を抱いた。
ダメだ、死ぬ前にもう一度誰かと話したい。
独りぼっちは嫌だ。誰か、誰かその手で、そのライフル銃で私の意識を飛ばして欲しい。
白い少女と出会ったビルの屋上で、隣に倒れる仲間だった者に触れる。冷たい。
私もこいつと同じように感覚のないまま血を流して死ぬのだろう。もうタイムリミットはすぐそこだと分かっている。
これは私たちの望んだ結末だ。
人が撃ち込んだ銃弾の数だけ命が途絶えた、その物語を終わらせるのは他でもない人間だ。
味のしない林檎も、流れる血も、全部全部灰色に融ける。なるほど、色彩が分からなくなったのだろう。
段々と機能が失われて行く、きっとそろそろ意識も無くなる。
「最後に、懺悔でも聞いてよ……神様」
信じもしない神に、空を仰いで笑う。
そう言えばいつか聞いた話だと、最初の人類も林檎を食べたらしい。
その対になる私も今、こうして林檎を齧った。
始めよう、私の生きてきた短い歴史の懺悔を。