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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第1章 プラチナ色の殺意
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第8話 疾風のラベンダー

※「***」で視点が変わります。

※基本的には主人公視点ですが、そうでない場合、最初に登場する姓名の視点となります。今回は最後に、鏡子視点が入ります。


 コンバット部の一年次は、序列順で、上位の一類から十二類まで分けられていたが、二年次からは、クラス別となり、序列の枠が外されるらしい 。もっとも、原則として、序列一〇〇位以内で、定められたサイ発動量の基準を超えない限り、入部が認められない。本人の安全のためだ。


 訓練場では、すでに部活動が始まっている様子だった。


 ――おいおい、最下位のお出ましかよ。

 ――入部資格は、序列一〇〇位までだぜ。

 ――お前なんかお呼びじゃねえんだよ。帰れや。


 L組でも、うるさ型の三人組が、瞬を囃した 。


「瞬、気にすんなよ。あいつら、単なるアホやし」

 

「今、三年次が西ノ島合宿で出払っているから、出ているのは二Lだけ。筋トレも含めて、練習メニューが幾つか決まっているんだけど、今は新人戦に向けて、自主練の時間が多くとってあるわ」


 四月は例年、三年次生が西ノ島研修のため、学校を不在にしている。一年次生はまだ入部していないから、今は、二年次生しかいなかった。

 クラス分け後のコンバット部では、序列順に役職につく決まりだから、十六期の部長が不在の今、部活動の指揮は、十七期では鏡子がとることになるそうだ。


 五月の連休に行われる、二年次の≪TSコンバット新人戦≫に照準を合わせた実戦形式の訓練を行っている。顧問のボギーが指導に当たるはずだが、例によっていいかげんな教官だから、いない。


「TSコンバットの予選は、いつも私たちが使っている訓練場で行われます。本選は、もっと豪華なコロッセオを使うけどね。構造の違いは、天井がないのと、訓練スペースの代わりに観客席があるくらいかな。どちらも高いコンクリート壁で円形に囲まれているのが、特徴。直径は、四四メートル。広いでしょ?」


 鏡子が説明してくれるように、豪華な訓練場は、サッカーコートの半分ほどの直径があった。高さ三・五メートル、厚さ一メートルもあるコンクリート壁は、競技者によるサイ発動を想定したものだという。観客にあやまってサイが放たれたりすると、危ないためだ。

 

 直太が、中心に描かれた円の縁に立って、円を示した。


「試合は、このサークルで立ち会って、始めるんや」


 ≪太極≫と呼ばれる直径五メートルほどの円には、立ち位置が白線で示されていた。

 鏡子が細かな部活動の説明を始めた時、三人組が、瞬らを取り囲んだ。


「おいおい、宇多川。何のための説明だよ。まさか、その最下位の落ちこぼれを、入部させるつもりじゃねえだろうな」


 瞬が見ると、出っ歯の少年が口をとがらせている。


「オブリだっけか? 忘れついでに、自分が弱いことまで、忘れたんじゃねえの? 序列上げてから、おととい出直して来いや。ま、予科終了まで、無理っぽいし、本科には行けねえだろうけどよ」


 隣へ来た小太りの少年が、二重アゴをゆらしながら、笑った。そういえば、瞬の右ななめ後ろに座っているはずだ。


「太村君。失礼な言い草ね」


 鏡子の言葉に反応した、やせぎすのひょろ長い少年がはやした。


「へへ、怒ってやがるせ。この二人、アツイんじゃねえの?」

「お前ら、ええ加減にせえよ」


 直太が両手を広げて、三人と鏡子の間に割って入った。


「おい、直太。級長だからって、資格のない奴を、入部はさせられないよな?」


 瞬は、直太の肩に手をやりながら、前へ出た。


「君たちに入部資格があると言うのなら、僕が君たちを倒せば、入部できるわけだね?」


 三人組が腹を抱えて笑い出した。


「はん? コイツ、寝ぼけたこと、ほざいとるのう」

「最下位に、俺らが負けるわけ、ないやろが」

「こう見えても、俺らは序列二桁だ。論外、別紙扱いとは、格が違うんだよ」


 直太の説明によると、佐田光次、太村純史、仲藤憲治という三人で、いずれも序列、九十位台らしい。名前を覚える気も湧かないが、いつもつるんでいる三人は、下の名前が「ジ」で終わるため、まとめて「サンジ」と呼ばれていた。


「直太、ルールを教えてくれないかな?」

「おいおい、瞬。せやかて、お前、まだ何も――」


 せせら笑う三人組を見ながら、直太が瞬を止めようとした時、鏡子が前に出た。


「面白そうね。サンジだって、まだ、ろくにサイを発動できないんだから、ルールは特に必要ないわ。得物は何でもいい。降参したほうが負けよ」


「でも、鏡子ちゃん。それって、別名、ケンカって、言わへんか?」

「そうとも言うわね。でも、競技用APの殺傷能力は低いから、大けがはしないと思う。それに多分、決着はすぐに付くと、思うから」


 APアタック・プロモーターは、見た目は本物の刀だが、特殊なシリコン加工を施すなど、ケガをしないように作ってあるらしい。


「決まりだな。遠慮なく、たたきのめして、社会の厳しさを教えてやろうぜ」


 小太りの二重アゴが、さもたのしそうな笑みを浮かべた。


「序列二位に言われりゃ、返す言葉もねえけどな。いくら何でも、最下位には負けねえわ」


 出っ歯が腰に差していた鞘から、刀を抜いた。

 ひょろ長と小太りが、次々に抜いた。瞬にとってはまだ、顔と名前が一致しないが。

 

汎用(はんよう)型のAPだけど、朝香君は、この中から、選んで」


 直太が持ってきた、意外に古風な竹籠から、瞬は、何本かを手に取ってみた。


 時空間防壁を展開する相手には、通常兵器が通用しないため、APを用いて防壁を破る。競技であるTSコンバットでは、APにシリコン加工が施され、通常兵器としての殺傷能力は弱められている。様々な種類があるが、最も多用されているのは、刀剣型、中でも日本刀型だという。


 選ぶうちに、強い既視感が、瞬を襲った。

 以前にも瞬は、同じようにして、武器を選んだはずだ。軽すぎず、重すぎず、細身でやや長めの太刀を選んだ。


 鞘から抜いて、構えてみた。瞬は、制服のままだ。

 青眼……だ。構えの名前を、瞬は知っている。

 なぜか、懐かしかった。忘却の日より前に、瞬は太刀を操っていたのではないか。柄を握り締める手に、自信がみなぎって来た。


「佐田から行くか? 仲藤か?」

「俺にやらせろよ」


 三人組が、一番手を競い合っていた。


 太極に立った瞬は、出っ歯に向かって、刀を構えた。眼を閉じて、精神を集中していく。勝てる、と確信した。

 眼を開くと、鏡子の視線を感じた。


「いいえ。三人とも、一度に掛かればいいわ」

「ちょう待ちや、鏡子ちゃん。なんぼ何でも――」


 直太の言葉を、瞬が遮った。


「宇多川さんの言う通りで、構わないよ。早くケリをつけてしまおう」


 激怒した三人組は、三方から瞬を取り囲んだ。

 鏡子が「始め」の合図をするために太極に近付こうとした時、瞬の後ろの出っ歯が動いた。だが、反則は、想定内だ。


 瞬には、面白いように、気配が読めた。振り返りざま、出っ歯の胴を打った。

 呻いて倒れる出っ歯の向こう、左横から、青い光を感じた。

 真上に跳躍する。足元をすくおうと、サイを放ったようだ。瞬の足の下を風が通り抜ける。


 背後に近付いた小太りの腹を、まわし蹴りする。

 左、眼前に迫っていたひょろ長の刀をたたき落とし、そのままみぞおちを突いた。

 右横から立ち上がった出っ歯がサイを放つ。


 後ろに身を引いて避けながら、身体を開く。

 一回転して、出っ歯の足を裏からけり上げる。

 ひっくり返る出っ歯の両手と胴を、空中で連打した。呻きながら、床に落ちた。


 三人組で、立っている者は、もういない。



***

 宇多川鏡子は、胸が激しく騒めくのを感じた。


 朝香瞬は、三人組を倒し終えると、構えていた汎用型刀剣タイプのAPをゆっくりと下ろした。

 瞬の周りでは、三人組が腹や胸を押さえて(うずくま)り、あるいは倒れていた。

 鏡子の隣で観戦していた直太が、思わずつぶやいた。


「あいつ……すごいやっちゃな……」

「強い……。予科生のサイとは言っても、兵学校レベルは、遊びじゃない。そのサイを生身で軽々と()けるなんて、抜群の反射神経ね……。もし朝香君がサイを使えたら、どれくらい強くなるのかしら……」


 鏡子が予想した通り、瞬は非常に高い通常戦闘能力を有していた。

 瞬は、三人組に手をさしのべて、起こしてやろうとしていたが、返って反発を買っている様子だった。


「和仁君。鹿島君は、まだかしら?」


 序列一〇位の鹿島長介なら、瞬をいとも簡単にあしらえるだろうが。


「図書委員会があるんやと」

「仕方、ないわね」


 クロノスの軍人である父を持ち、特別の英才教育を受けて来た鏡子だから、分かった。


 「六河川」に数えられる宇多川家は、現在の体制下で、最有力家の一つである。他家と同様、子弟一人ひとりに、幼少から特別の個人教育が施されてきた。

 好むと好まざるとにかかわらず、鏡子も、幼少から当たり前のように、実戦に近いTSコンバット用の訓練を通じて、サイ発動の鍛錬をしてきた。


 本人は記憶を奪われているが、瞬は、かなり幼少の頃から、クロノス用に身体を鍛え上げて来たはずだ。

 瞬の動きは、美しいまでにサイ発動と連動していた。サイの発動量がなぜか極めて小さいために、生かされていないだけの話だ。この動きは、一朝一夕に身に付くものではない。


 朝香瞬は、空間操作士になるための特別の養成を、それも、六河川の子弟に施されるレベルに匹敵する、最高度の訓練をしてきたとしか、考えられなかった。

 記憶がないだけで、身体はしっかりと鍛えられ、かつ、憶えている。年齢的に、サイの発動能力が未発達の予科生にあっては、通常戦闘能力が「強さ」の過半を占めるといっていい。


 鏡子は、入学前の父の言葉を、心の中で、反芻(はんすう)した。


 ――もし、兵学校で、鏡子の結婚したい人が現れたら、家のしきたりなんて気にしないでいい。パパは鏡子の味方だから。パパもそうやって、ママと結婚したんだからね。ただし、相手は、鏡子より強くなければだめだ。もしそんな男子がいたら、いろいろ障害はあるだろうが、婚約の話は解消してもいい。パパは、鏡子の幸せを願っているんだからね……


 宇多川家は、他の六河川と違い、積極的に外の血を入れてきた。それが、今日の興隆を支える要因だと、軍の要職にある父は、考えているようだった。


 鏡子は立ち上がった。


「朝香君、剣道用の防具を付けてくれるかしら?」

「ちょう待ちや、鏡子ちゃん。なんぼ何でも……」

「あら、和仁君。私が負ける、とでも?」

「ちゃうわい。瞬が可哀想や、ゆうとんねん。わざわざ≪疾風のラベンダー≫が出んでも、ワシが、相手したるさかい」


 鏡子は小さく首を振った。


「和仁君でも、彼には勝てないかも知れない。今いる部員で、朝香君に確実に勝てるのは、私しか、いないから」


 鏡子が、瞬に向って、優雅に微笑みかけた。



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■用語説明No.8:六河川

現在の「体制」確立に功のあった軍人、資産家や技術者の家系。姓に「川(河)」の字が入るため、「六歌仙」をもじって、「六河川」と俗称される。子弟にはクロノスが多く、「体制」の要職を押さえている。

現在の体制のトップである天川家を筆頭に、現在は一強四弱、一無と呼ばれる。四弱は宇多川家、大河内家、糸魚川家、川神家であり、他に政争ですでに没落した川野辺家がある。

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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。

※脇役トリオは、ただのチョイ役です。たまに使うだけですので、すぐに忘れて下さい。

※次回、第九話「消し忘れた記憶」

鏡子との恋の伏線です。

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