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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第1章 プラチナ色の殺意
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第6話 二人目のルームメイト

※寮はサグラダ・ファミリアのイメージでしょうか。無理があるかも知れませんが。

 予科生の寮は、第二兵学校のキャンパスから徒歩圏内で、井の頭公園の北にあるらしかった。霊石の属性ごとに、寮は塔のような六棟に分けられている。


 始業日の午後、四時間以上に及んだプレイスメント・テストの終了後、朝香瞬は、直太と長介に挟まれて、帰途についていた。

 足取りは軽く、ない。


 ――なぜ、天城明日乃は、自分の命を狙うのか……。

 ――メサイアとは、何か……。


 瞬は、自分が置かれている状態について、自分とは誰なのか、ボギーに尋ねたかった。面会を求めて職員室に行ってみたが、「ボギーは出張に出た、いつ戻るか分からない」との、いい加減な話だった。


 一応、警察に駆け込むことも、考えはした。

 だが、どうやって、天城明日乃による朝香瞬殺人未遂の事実を説明すればいいのか。証拠は何も、残っていなかった。今もなお残っているのは、明日乃の確たる殺意だけだった。


 仮に警察が助けてくれるとした場合、明日乃はどうなるのだろうか。

 もしかすると、ボギーは明日乃の仲間で、証拠を消してしまったのか。だがそれなら、瞬の命を救う必要もなかったはずだ。

 分からない話だらけだ。


 ボギーも、明日乃も、事情を弁えている様子だった。瞬が誰であるかさえ、知っているような口振りだった。

 明日乃はまるで、取り付く島がない。やはり、ボギーに会う必要があった。


「ボギー先生、いつ戻るんだろ?」

「去年も二L、受け持っとったらしいけどな。学校には、授業の時間しか、来うへんらしいで」

「どこで何、してるんだろ?」

「と、時々、戦争とかにも行っているみたいだね」


 長介の説明では、ボギーは、反政府勢力≪昴≫と戦うための作戦指揮に、時々駆り出されるらしい。たいていの戦闘は、異時空間で行われるため、業務に支障はないはずなのだが、ボギーは必ず代休を取るそうだ。だから、堂々と学校を休めるわけだ。その間に、ボギーが何をしているのかは、誰も知らない。


 瞬の窮状につき、兵学校長に直訴してみたら、どうなるだろうか。

 だが、兵学校が瞬の味方だと言う保証は、ないだろう。とにかく瞬は今、天涯孤独の身だ。ボギーによれば、瞬の命を狙う者は複数いるようだった。もう少し、状況を見たほうがいい。


 右隣りを歩く直太が、瞬の肩を乱暴に叩いた。


「そんなに気ィ落とすなや、瞬。最下位におったら、後は上がるしか、ないやろが。伸びしろが一番大きいって、考えるんや」


 直太は、今日のテスト結果について心配してくれているらしい。

 明朝、携帯端末で、習熟度別のクラス分けが周知される。

 だが、瞬のプレイスメント・テストは、結果を確認するまでもなく、惨憺たる有様だった。


 筆記試験はまだ、頭を使えば、論理や推論で勝負できたが、実技試験では、要求された内容が、ほとんど何もできなかった。


 たとえ過去の瞬が出来ていたとしても、やり方を忘れているのだから、失敗は当然だったろう。例えば、サイを使って、「二リットル入りのペットボトルを、手を触れずに水平移動させろ」と指示されても、瞬に、できるはずがなかった。

 容易に予期し得た結果だから、瞬はさほど落ち込んでいるわけでもない。


 実技試験は、担当教官の立ち合いのもと、衆人環視で行われた。

 実技科目ごとに、一人ずつ、出席番号順に指名される。

 毎回、出席番号一番の瞬が、トップ・バッターを務めた。


 何事も、最初が一番、注目される。瞬の番が回って来る度に、大きな嘲笑が起こるようになった。お蔭で、L組一番、「朝香瞬一郎」の名を、L組の全員が憶えたはずだ。瞬は、(さら)し者にされた気分だった。


「なぜ、僕は兵学校に在籍していたんだろう? 僕は、才能もないのに、本当に空間操作士になるつもりだったのかな……」


 直太が瞬を慰めるように、肩を組んで来た。


「そんなこと、俺に聞かれたって、知らんがな。まあ、オブリは、少しずつ、人生のリハビリをしていくしかないやろ。なあ、長介?」

「……ぼ、僕……うまく言えないんだけど、朝香君は、クロノスに向いているんじゃないかと、思った」


 気休めにしか聞こえないが、慰めようとする気持ちは伝わってきた。


「ありがとう、長介。まあ、今日が初日。始まったばかりだからね。ベストを尽くしてみるよ」


「その調子や、瞬。お前、ごっつ恵まれとるぞ。部屋では、長介にメシ食わせてもらえるし、学校へ行けば、ハーレムやし。愉しいこと考えて生きんと、損やぞ」


 瞬は、空に浮かぶ雲を眺める明日乃の横顔を、思い浮かべた。明日乃は何を考えて、雲を眺めているのだろう。


 明日乃を想うと、恐怖と憂鬱もあるが、それより先に、胸が時めいてしまう。

 恋は、瞬が憶えている感情だった。

 記憶を奪われる前に、瞬は、誰かと恋をしていた気がする。もしかしたら、明日乃では、ないだろうか。

 明日乃に出会った時、すでに、瞬は、彼女に恋をする心の助走ができていたような気がした。恋する者は誰でも、似た感覚を持つのかも、知れないが。


 だが、困ったことに、どうやら、明日乃は本気で、自分を殺害しようとしていた。そんな少女を相手に、恋は成立しうるのだろうか。

 そう言えば、ボギーは明日乃を「ヴィーナス」と呼んでいた。


「ねえ、ヴィーナスって、知ってる?」

「ぎ、ギリシャ神話に出て来る、美と愛の女神だね」

「おいおい、何や、瞬。鏡子ちゃんか、後ろの美少女か、どっちを狙っとんねんや?」


 直太は、妙に直感が鋭いところがあるのかも、知れない。

 確かに宇多川鏡子は、十分すぎるほど恋愛対象になり得る少女だった。明日乃さえいなければ、瞬は、真っ先に鏡子に恋したかも知れない。

 

「いや、別に、まだ、僕は、何も……」


 瞬はまだ若い。恋愛については、普通にナイーブだ。


「今日の実技試験の最中、ワシずっと観察しとったんやけど、明日乃ちゃんは、ごっつ変わっとんなぁ。アイツ、変態かも知れへんぞ。もしかしたら、サイ使うて、その辺の犬猫を虐殺して回っとるクチやないか?」


 瞬が今朝、明日乃から受けた仕打ちを考えれば、あながち外れではないかも知れない。


「ワシは悩み抜いた末に、決めたで。やっぱり浮気はせえへん。鏡子ちゃん、一本で行くでぇ」


 寮に着くと、直太と別れ、長介に付き合ってもらい、入寮手続を済ませてから、塔のような寮の部屋に向かった。

 エレベーターでずいぶん上る。九〇三号室だ。

 人類救済の使命を持つ人材の養成機関だけあって、税金が湯水のように投入されているようだ。


「そ、空が澄んでいる日には、富士山も見えるんだよ」


 世界中の人類が減ってから、空がきれいになった気がした。人為活動が減ったためかも知れない。


 カード・キーを使って、室内に入ると、リゾート・ホテルの一室か何かのように、なかなかに立派な設備だった。

 バス・トイレはもちろん、小さな厨房まであった。


「あ、朝香君は、上か、下、どっちに、寝たい?」


 寝台は、固定式の二段ベッドになっていた。下のベッドには、すでに布団が敷いてある。


「君は、下を使っているんだね。上に、するよ」

「よ、良かった。僕、寝相が悪いから」


 勉強机が二つ並び、壁に向かってくっ付けてあった。

 手前の机には、教科書やノート類が整理整頓されて、並べられていた。長介らしい、几帳面さが現れている。

 瞬は自然、窓際にある、空いた机に、ザックを置いた。


「長介、良かったら、僕に一年次の教科書、しばらく貸してくれないかな。みんなに追いつかないと」

 

 長介は、整理の行き届いている書棚の一段目を指した。


「こ、ここに全部あるから、好きな時に使ってくれる?」

「随分あるんだね」


 さすがに俊秀を集めた兵学校だけあって、授業の進行速度が半端ない様子だった。

 さっそく瞬は、空間操作理論の「入門編」を手に取ると、勉強机に戻って広げた。

 瞬は、今日のプレイスメント・テストでの醜態が、素直に悔しかった。(わら)った奴らを見返してやりたいという、素朴な復讐心もあった。


「よ、良かったら、今晩、カルボナーラでも、食べる? 僕たちの新しい門出を祝して。ちょっとカロリーたかいけど、僕たちまだ、若いから」

「素敵だね。せっかくだから、直太も、呼ぼうか?」

「さ、サラダも作るから、一時間ほど掛かると思うけど」

「了解」


 一時間後、直太と長介が、ダイニングの小さなテーブルを囲んで、瞬のために、ささやかな歓迎会を開いてくれた。直太が差し入れた、ペットボトルのコーラで乾杯した。

 三人で、大浴場に入って戻り、さらに飲み直した。


 会が引けて、直太が帰り、後片付けを終えると、すでに午前零時近くになっていた。


「ねえ、長介。このエンハンサーって、いつも身に着けているべきものなのかな?」


 瞬は、今日、学校で配布された小箱を開けると、太い針金のようなブレスレットを取り出した。


「そ、そうだよ」


 長介の説明によると、サイを発動するには、霊石の媒介を受けながら、エンハンサー内の輝石と魂を同期させる必要があるらしい。瞬の霊石はまだ分からないが、汎用型のエンハンサーには、万能のクオーツ(水晶)が用いられている。徐々にサイの発動量も上がっていくため、半期ごとに各人の能力に合わせて、貸与されるエンハンサーも更新される。


 ただ、名家の子弟は、特注のエンハンサーを使っている。例えば鹿島家の長介は、≪セレスタイト≫という霊石を用いたブレスレット・タイプだ。ちなみに、鏡子は、≪ラベンダー・アメジスト≫という霊石のペンダント・タイプらしい。


「じゃあ、この短剣みたいなのは?」

「だ、ダガーのAPだよ。カイロスは、身を守るために、付けるんだ。銃刀法には反しない」


 APとは、≪アタック・プロモーター≫の略であり、要は、サイと共に使用する武器だった。相手の展開する防壁を破るために、必要になる。


「ありがとう。君に迷惑を掛けないように、努力するよ」


 瞬は、長介におやすみを言うと、独り、勉強机に向かった。


「え? まだ、勉強するつもりなの?」

「ずいぶんビハインドだからね。ごめん、明るいかな」


 振り返ると、長介は小さく首を横に振っていた。


「る、ルームメイトが、朝香君で、良かった」

「僕もだよ。お世話になってばかりだから、僕も何か、君の役に立てればいいんだけどね」

「……傍にいてくれるだけで、いいんだ。途中から、二人部屋に一人だけ、だったから……」

「前のルームメイトは、どうして、いなくなったの?」


 長介は、窓際に立ち、春の朧月を眺めながら、答えた。


「……退学させられたんだ ……」


 長介の震える声に、瞬は、それ以上、問いを重ねなかった。


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■用語説明No.6:国立兵学校予科(空間操作科)

国家資格である時空間操作士クロノスを養成する教育機関の一つ。

東京に三校、全国に十八校ある 。各校一学年の定員は一八〇名で、全寮制。通常の中等部カリキュラムに加えて、空間操作の理論と実技を習得する。

クロノスになるための最短コースであり、兵学校生は準公務員扱いとなり、給与が支給されるため、例年、極めて高い競争倍率となる。

なお、クロノス三士のうち、時間操作士、時流解釈士については全く別系列の養成機関が存在する。

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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。

※長介の語りが煩わしいかもしれませんが、後に意味が出てきますので、お許しください。


※次回、第七話「コンバット部」



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