第40話 預言者の忠告(下)
鶴子は真顔で、瞬に尋ねた。
「朝香君、あんたは、鏡子が好きか?」
鶴子の単刀直入すぎる問いに、瞬はたじろいだが、開き直った。
「……好きです」
「どれくらい、好きなんじゃ?」
「とても、好きです」
「それなら、鏡子のために、死ねるな?」
鶴子の問いに、瞬は迷わず、答えた。
「死ねます」
本当の気持ちだった。瞬は、鏡子を守るためなら、ひとつしかない命でも、捨てられる。
「ようわかった。さすがは、鏡子がほれておる若者じゃ。わしと同じ面食いじゃが、鏡子も、ちゃんと中身を、見ておるわ」
鶴子は大きくうなずくと、初めて、瞬に向かって、にっこりとほほ笑みかけた。
頼んでもいないのに、散々な未来予知をしてくれたが、鏡子との恋を祝福してくれるつもりなのだろう。
「ありがとうございます」
「朝香君。本当に、あの子を大切に思うてくれるなら、鏡子を、あきらめてくれんか?」
瞬は耳を疑った。
「え? どうして、ですか!」
「さっき、預言したじゃろう? あんたでは、鏡子を幸せには、できんのじゃ」
鶴子は微笑みを絶やさずに、瞬を見つめている。
「申しわけありません。何とおっしゃろうと、僕は、鏡子さんをあきらめません。鏡子さんも、同じだと思います」
不思議なもので、いざ取り上げられてしまうと思うと、瞬は、いっそう鏡子が愛おしくなった。
「デュプレクスのあんたには、別に愛している娘が、おるはずじゃがな」
瞬はぎくりとした。鶴子は、何をどこまで知りうるのだろう。
「……そうでしたが、その人は、僕を何とも思ってくれていないのだと、わかりました。この世に、鏡子さんほど、僕を思ってくれる人は、いません。だから僕は、鏡子さんを幸せにしてみせます」
鶴子はしつこいほど首を横に振った。
「迷惑なんじゃ、朝香君。鏡子には、わしが、いちばん幸せな道を選んである。あんたは、わし好みのいい男じゃから、言いとうはなかったがの。鏡子のためじゃ、あんたの運命を教えてやろう。あんたの未来は揺らいでおるが、死に方は決まっておる」
鶴子は、表情から微笑みを消すと、さらりと預言してのけた。
「あんたはな、最愛の女に殺される宿命じゃ。これは、確定未来じゃから、誰にも、変えられん。道筋は変わっても、結果は同じじゃ。もしあんたと鏡子が愛し合えば、鏡子はあんたを殺す羽目になる。わしの大切な孫娘に、そんな貧乏くじを引かせられんじゃろ? 鏡子と宇多川家を守るためじゃ。いさぎよく身を引いてくりゃれ」
瞬は、懸命に反駁した。
「そんなはずは、ありません。ある預言者によれば、僕はこの世を救ううメサイアだと――」
鶴子は眼をまん丸くしてから、さびしそうに首を振り続けた。
「バカバカしい。都市伝説でもあるまいし、あんたがメサイアじゃと? 救世主を気取るのは、勝手じゃが、エセ預言者のたわごとに過ぎん。あんたは世を救うどころか、自分の身も守れんで、若くで死ぬ宿命じゃ」
瞬は痛みも忘れて、半身を起こした。
「僕の試合の前日、おばあさんが鏡子さんにあげたブレスレットが切れたんです。鏡子さんが大切な人を失う啓示でした。でも、僕は生き延びたんです。だから、未来だって、変えられるんです」
「愚かじゃな。あんたは自分で、運命を変えたと思うとるんか?」
鶴子は、ゆっくりと首を横に振った。
「あんたは、誰かに救われただけじゃ」
「鏡子さんですね。あの人が僕を救ってくれたんです。鏡子さんに危ないって注意されていたから――」
鶴子は首を横に振り続けた。
「違う。あんたは、鏡子のために、昨日、死ぬべきだったんじゃ。あんたは鏡子を不幸にするだけじゃからの。鏡子を守るブレスレットは、本来の役目を果たそうとした。あんたに、死の呪いを与えることによってな」
鶴子は、鏡子の幸せの障害となる瞬の死を願っていたのだろうか。
「じゃが、誰かは知らんが、大きな力を持つ、禍々(まがまが)しき輩が、あんたをまだ生かそうとしたようじゃな」
病室の扉が開くと、鏡子の驚きを含んだ笑顔が見えた。
「お祖母さま! お久しぶり!」
鶴子が破顔一笑して、立ちあがった。
「鏡子や。今朝、等々力に戻ったら、あんたが、屋敷におらなんだから、居場所を聞いて、急いでここへ来たんじゃ」
鏡子は鶴子を抱きしめながら、瞬に向かって、微笑みかけた。
「お祖母さま。この人が、朝香瞬一郎君。今年のTSコンバット新人戦の準優勝者よ。理論成績も抜群で、この私よりも、上なの」
鏡子は顔を真っ赤にしながら、続けた。
「瞬君は、私の大切なひと。お父様には、もう、申し上げてあるけれど、私の婚約のことで、あとで、お祖母さまに、おりいって、ご相談がありますの」
鏡子は、早口で説明すると、瞬に鶴子を示した。顔はまだ、赤いままだ。
「瞬君、紹介するわ。いつか話したでしょ? このすてきな人が、鶴子お祖母さま。そうだ、さっそく、瞬君の霊石を診ていただきましょう」
「……実はもう、さっき、見ていただいたいんだ」
鶴子は、鏡子から身を離すと、瞬を見た。
「朝香君は、二つの霊石を持つ、デュプレクスじゃな。デュアルストーンの一つは、太古から伝わる破邪の石、ラピスラズリ。もう一つの霊石は、わしにもまだ、見えんがのう……」
鏡子は、満面の笑みを浮かべた。やはりこの美少女には、笑顔がいちばんよく、似合った。
「瞬君の動作光は、深い海のような蒼なのね。お祖母さま! 高貴で聖なるラピスラズリは、調和と安定をもたらすアメジストとも、最高の相性のはず。結ばれれば、必ず幸せになるでしょう?」
ハキハキ問う鏡子に、鶴子は苦笑いを浮かべながら、うんうんうなずいた。鶴子は、眼の中に入れても痛くないほど、鏡子を可愛がっている様子だった。
「……そうじゃな……朝香君がデュプレクスでなければ、よかったんじゃが……」
「でも、お祖母さまだって、デュプレクスみたいなものでしょう?」
表情で問う瞬に、鏡子が説明してくれた。
鶴子の霊石は、≪アメトリン≫という、アメジストとシトリンの混ざった稀少なハイブリッド・ストーンらしい。さっき見た動作光の色がアメトリンの色なのだろう。
鏡子の説明に、鶴子が納得した様子はなかったが、鏡子はひとりはしゃいでいた。
「瞬君。全国大会に向けて、宇多川家で、瞬君専用に、双石のコンバット・スーツを特注するわ。霊石はもちろんラピスを使うけれど、もう一つは私のラベンダー・アメジストを使ったらどうかしら。相性もいいし、私の霊石を瞬君に使ってもらいたいの」
「そ、そうだね……」
「瞬君のエンハンサーもクオーツじゃなくて、ラピスに変えましょう。そうすれば、サイを発動できるかも知れないわ」
ウキウキした調子で話す鏡子の提案に、否も応もなかった。
だが瞬は、鶴子から重い預言を聞いて、元気を吸い取られたばかりだ。表情はどんよりと曇っているに違いない。
「お祖母さまが戻られた以上、安心していいわよ、瞬君。お祖母さまは、いつだって、私の絶対の味方なの。私が迷っている時には、私にとって、一番幸せな道を、教えてくださる。どんなにつらい思いをしても、最後にはお祖母さまが正しかったって、わかるの。私の自慢のお祖母さま」
瞬が笑顔になれない理由を、鏡子が知りようはずもなかった。だから鏡子は、瞬にやさしく微笑みかけた。
「お祖母さまの預言が外れたことはないわ。瞬君と私たちのことも、お祖母さまにご相談しましょう。どんなことがあっても、必ず助けてくださるはずだから。ねえ、お祖母さま?」
「そうだねえ。朝香君は、きっと鏡子の幸せを考えてくれるよ」
鏡子は、輝くような笑顔で、瞬を見つめていた。まるで、ふたりの未来には、幸せしか、見つからないように。
瞬は、けんめいに笑顔を作って、恋する少女に微笑み返した。
朝香瞬と宇多川鏡子の悲恋は、まだ始まったばかりだった。
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■用語説明No.40:デュプレクス(二重霊石者)
二つの≪霊石≫を持つクロノス、カイロスの総称。
通常は、各人に一つの霊石があり、生涯、変わることはないが、ごく稀に二つの霊石を持つ者が存在する。
デュプレクスの持つTSCAは、例外なく突出しており、多くの場合、時間操作と空間操作の能力を併せ持っている。
トリプレクス(三重霊石者)の存在も、確認されている。
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最後まで、おつき合いくださり、ありがとうございました。
これにて、第一部、完了です。
第二部以降も、構想は出来ておりますので、おいおい執筆して参る所存です。
もし第一部の感想など、お寄せいただけましたら、今後の参考にさせていただきたいと存じます。
ご縁がありましたら、引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。




