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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第5章 遠い約束
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第40話 預言者の忠告(中)

***

 朝香瞬が眼を覚ました時、ベッドのすぐそばに、誰かがいた。


 誰だろう……。


 明日乃だろうか……いや、鏡子だ。


(この世で、僕を思ってくれるのは、やはり鏡子さんだけだ……)


 鏡子は、涙を流しながら、瞬に抱きついてきた。


「瞬君、よかった! 無事で……。わたし、本当に心配したんだから……」


 瞬は、大河内戦で負傷して、入院したらしい。


「でも、瞬君は準優勝したのよ! 全国代表なのよ!」


 礼を言おうとしたが、麻酔が残っているようだった。口も動かない。時をおかず、瞬はまた、眠りに落ちた。



 瞬が二度目に目を覚ますと、鏡子が瞬のベッドに顔をうずめて、眠っていた。


 さらさらした長い柳髪が、病室に差しこむ春の日差しに輝いている。


 窓の外、青い空には、ひとすじの雲が、風に流れている。

 

 昨日の試合には、明日乃が来ていた。


 登校日だから、復調すれば、姿を見せて当然ともいえる。

 だが瞬は、大河内戦の終了まぎわ、ほんの一瞬だが、バトルフィールドに、明日乃の存在を、感じた気がした。その直後に、腹部に激痛が走り、気を失ってしまったのだが。

 ただの気のせいだろうか。


 瞬の試合と受傷を見て、明日乃はどう思ったろうか。


 何も起こらなかったように、独りで、研究所へ戻ったのだろうか。いや、明日乃は、瞬の身を、多少は心配してくれたように思う。


 だが、ずっと瞬のそばにいてくれたのは、やはり鏡子だけだった。


 瞬は、見返りを得るために、明日乃に恋をしていたわけではない。


 だが、これほどに瞬を想い、尽くしてくれる鏡子との恋を、報われぬ恋のために、捨てられるのか……。


 ボギーが信じている誰かの預言によれば、瞬は、明日乃を恋人にでもしないかぎり、明日乃にずっと命を狙われるらしい。


 だが、鏡子のブレスレットの預言も破れたではないか。預言者といえども、神ではない。未来は変えられるはずだ。


 鏡子といっしょなら、どこまでも歩める気がした。


 いねむり中の鏡子が、顔の向きを変えた。


 鏡子の無垢(むく)な寝顔が見える。天使のようだった。

 いつもと顔が違っている。まぶたが、ひどく腫れているようだった。


 他にすることもないから、瞬はじっと見つめていた。


 鏡子を、心の底から愛おしいと、思った。


 やがて鏡子が、薄目を開けた。瞬きをして、身を起こした。


「瞬君!」


 鏡子がいきなり瞬に抱きついてきた。

 瞬は、身体の痛みに、呻き声をあげた。


「ごめんなさい」


 鏡子があわてて、身体を離す。瞬は、残念な気がした。


「だいじょうぶだよ。それより、ごめんね、鏡子さん。君との約束を守れなかった。優勝、できなかったね……」


「いいえ、瞬君。あなたは、充分、戦ったわ。瞬君が、二校の代表として、全国大会に出るのよ。ボギー教官が出していた条件も、みごとにクリアーしたわ」


 鏡子によれば、大河内が反則で敗れた結果、瞬が、勝利したらしい。

 午後からの決勝戦には出られず、不戦敗となったが、準優勝となり、全国大会への切符は、手にできたわけだ。


 瞬は、相変わらずサイも使えない。

 全国大会が、校内戦よりもさらに厳しい試合内容になることは、容易に想像できるのだが。


 それでもとにかく、今の居場所を守れたことが、すなおにうれしかった。


「鏡子さん。全部、君のおかげだ。本当にありがとう」

「ううん、瞬君の努力と才能があったからよ」


「君がそばにいてくれなければ、きっと僕は、予選で敗退していたよ。試合で負けそうになった時、僕は君の姿を探すんだ。君は、いつも僕に、勇気をくれるから……」


 鏡子は涙を隠すようにして、立ちあがった。


「やだ……。昨日から、ずっと泣いてばかりで、みっともない顔してるのに……」


 鏡子の(まぶた)がいつもとすこし違うのは、瞬を心配して、泣きはらしたからだろう。


 この世で今、瞬をこれほどに思い、泣いてくれる人間は、鏡子以外にいなかった。鏡子に会えたことが、奇跡のように思えた。


「わたし、顔、洗ってくる……」


 瞬は、鏡子とともに歩む未来を、思った。


 ≪終末≫は、サイさえ使えない瞬がやらなくても、高いTSCAを持つボギーや誰かが、回避してくれるのではないか。


 瞬は、ごく普通に、鏡子との幸せを求めてはいけないのか。


 瞬は、明日乃ではなく、鏡子のために生きようと思った。


 鏡子が戻って来たら、鏡子を愛していると伝えよう。≪終末の日≫までの残りの人生を、鏡子とともに歩みたいと、はっきり言おう。


 鏡子の赤い唇に、口づけをしよう。鏡子が拒むはずはない。



   †


 病室の扉が開いた。


 瞬は、緊張しながら、鏡子の姿を見いだそうとした。


 だが、愛しい恋人の代わりに現れたのは、八十歳前後とみゆる、おしゃれな老婦人だった。小柄で背が少し曲がっているが、髪は、薄い紫色に染められ、頭の上には、黒い大きなサングラスが乗っていた。


 若いころは、きっと美人だったに違いないと思わせる顔の作りだった。


 やるのに小一時間はかかりそうな化粧を、ばっちり決めてもいた。

 口紅、ほお紅はもちろん、爪には五指にすべて色の違う派手なマニキュアが、塗ってあった。黒が基調の服装も、ずいぶん凝っている。


「あんた、オブリビアスだね?」


 大きな地声は、齢のせいか、少しだけ、かすれていた。


「え? あなたは、いったい……?」

「預言者を、≪カサンドラ≫と悪く呼ぶ者もいるがね……」


 未来予知能力を与えられながら、人に信じられぬ呪いをかけられた、トロイアの悲劇の王女、カサンドラ。


 近ごろでは、予知しながら、大災禍を回避できなかった預言者たちを、カサンドラと揶揄(やゆ)する者たちは、終末教徒だけではなかった。


「本物の預言者はな、未来を知るために、過去を見ることもできるんじゃ。でも、あんたは、気味が悪いほど、過去から切り離されとるな。人によって創られた、確定存在じゃ」


 老婦人は、さっきまで鏡子が座っていたパイプ椅子に、「どっこいしょ」と腰かけると、続けた。


「そのせいじゃろうな、このわしにさえ、あんたの未来は、よう見えん。おそらくは、強力な預言者たちが、あんたの未来をいじくったせいじゃろう。それぞれ、違う方向にな」


「おばあさんは、預言者なんですね?」


 老婦人は、瞬の問いに答えず、勝手に続けた


「あんたを待っとる未来も、気の毒じゃな。大災禍このかた、皆の運命がゆらいどるが、わしは、あんたほど不運な星に生まれついた人間を、今までに一人しか、見た覚えがない。あんたはもちろん、あんたに関わる者は、ろくな人生を歩まんじゃろう」


「もしかして、部屋をお間違えではないでしょうか?」


 せっかく鏡子に想いを告白しようと決意を固めていた矢先に、初対面の老婦人にからまれて、不幸な預言をされれば、決意もにぶってしまうではないか。


「わしは、しばらくイギリスにおったんじゃがな。近ごろ、胸騒ぎがおさまらんで、戻ってきたら、この有り様じゃ。原因は、あんたじゃな」


 老婦人は一方的にしゃべり続けていて、会話が成立しそうになかった。


「僕がいったい、何をしたと――」


「あんたは、これから不幸の種をまき散らすんじゃ。どれ、属性を見てやろうか……」


 老婦人は、皺のよった手を光らせると、瞬のみぞおち、第三チャクラの上に、かざした。動作光は、黄味がかった紫色をしている。


 老婦人は、何度もしつこく、首を横に振った。


「よりによって、二重石デュアル・ストーンとは、またしても、不吉じゃわい」

「それは、何なんですか?」


「あんたはデュプレクス(二重霊石者)じゃ。TSCAこそ抜群じゃが、同時に何人もの女を愛してしまう、ふしだらな星、浮気星(うわきぼし)じゃな」


 瞬には、思い当たる節が、ないでもなかった。


「もしかして、あなたは、鏡子さんのお祖母さんに当たられる方ですか?」


 老婦人は、小さくうなずいた。


「わしが、宇多川鶴子じゃ」

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