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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第5章 遠い約束
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第39話 プラチナ色の帳(とばり)(下)

***

 鹿島長介は、天城明日乃と二人、待合室に取り残された。


 悲嘆のあまり気を失った鏡子は、別室で休んでおり、伽子がつき添っていた。ボギーは喫煙ルームにこもり、さっき直太は、トイレに行った。


 長介は、ちらりと明日乃を見た。


 うつむき加減の明日乃は、彫像のように、行儀よく鎮座していた。


 明日乃の思考の中には、長介など、存在しないに違いない。


 長介は、よく緊張するタイプだった。


 試合の時のように、緊張が極限状態に達すると、かえって開き直れるのだが、明日乃の前では、うまく行かない。もしかしたら、試合よりも、緊張しているのかも知れなかった。


「あ、天城さんも、朝香君のことが、心配なんだね……」


 明日乃が、漆黒の瞳で、長介を見た。

 別に、にらんでいるわけではない。

 分かってはいるが、それでも、人によっては、反発を買いそうなくらい、冷ややかな視線だった。


「……どうして、そう、思うの……?」

「……だって、僕たち、友達だもんね……」

「…………ともだち……?」


 明日乃は、噛みしめるように、言葉を発した。まるで、自問自答でもするように。


「そ、そう。友達……」


「……友達って……なに?」


 素朴な問いに出くわして、長介は懸命に思案した。


「む、難しい質問だね……。その人が苦しんでいたら、いっしょに心配してあげられる。その人が幸せだったら、いっしょに喜んであげられる。……そんな関係、かな……」


 明日乃は、まっすぐに長介を見た。あわてて、視線をそらした。

 長介には、明日乃の心のうちが、読めない。


 長介はこれまで、幼なじみの宇多川鏡子に、ずっと憧れていた。鏡子に認めてもらおうと、努力してきた事情もある。

 だが、鏡子ほどの女性に、自分が相応しいとは、思っていなかった。鏡子は、長介にとって、ずっと高嶺の花であるべきだし、現にそうだと思っていた。


 鏡子ほど美しい少女は、他に、五百旗伽子くらいしか、いないと思っていた。が、長介は、伽子が苦手だった。格上の≪三旗≫で高慢だし、いっしょにいても、一方的にしゃべられるだけで、意思疎通ができなかった。優しく、親しみやすい鏡子に惹かれたのは、当然だった。


 だが長介は、この春、生まれて初めて、鏡子よりも美しい女性に、出会った 。


 もちろん最初から、長介には、とうてい手の届かない女性だと、思ってはいた。だが明日乃は、鏡子にはない(はかな)さがあり、(もろ)さに似た弱さを持っているように、感じた。


 明日乃を守ってあげたいと、思った。


 その想いを、恋だと指摘されるなら、長介も否定はしない。高嶺の花がもうひとつ、増えただけの話なのだが。


「……そうね……朝香君は、友達、なのかも……知れない……」


 数分後にようやく発せられた明日乃の言葉は、ほろ苦さを帯びて、長介に伝わった。

 明日乃は、まだ、朝香瞬以外の同級生を「友達」とは認めていないのかも知れない。


 明日乃が立ちあがって、窓際に向かった時、長介は気づいた。

 試合終了のまぎわ、カメラのフラッシュのように閃いた光は、いつか明日乃が瞳につけていた、吸い込まれるようなプラチナ色のカラーコンタクトと同じだった。


「あ、天城さんの霊石って、なに?」


 たいてい時間差がある明日乃の答えがされる前に、直太が戻ってきた。


「明日乃ちゃん、すまんなぁ。ジンジャーエール、自販機で売っとらんかったわ。せやし、似たようなやつ、買ってきたで」


 明日乃は、直太から差しだされた三ツ矢サイダーを、黙って受け取った。


「ほれ、長介。お前はトマトジュースや。文句ないやろ?」

「あ、ありがとう」



***

 宇多川鏡子は待合室に戻った。


 さっきは、どうやら泣き疲れて、眠ってしまったようだった。

 瞬の受傷のあと、自分でも信じられないほどの錯乱状態におちいった記憶があった。だが、今は、落ち着いていた。


 深夜になっても、朝香瞬の手術は続いていた。


 夜の待合室では、物音ひとつしなかった。


 鏡子の左隣には、天城明日乃が座っていた。

 明日乃なりに、寄り添っているつもりだろうか。翼を()がれた天使の彫像のように、姿勢正しく、黙って端坐(たんざ)している。


 実に無口な少女だと、鏡子は思う。明日乃は、不気味なくらい、自分からは言葉を発しなかった。


 オブリビアスの瞬には、つき添ってくれる家族が、いない。

 さっきまで、ボギーと直太、長介もいたが、今は、ボギーに誘われて、夜食を買いに出ていた。単に、ボギーがタバコを吸いたかっただけかも知れないが。

 

 ソファにだらしなく横になっている五百旗伽子が、大きなあくびをした。


 伽子まで、待合室に残っている理由は、はっきりしなかった。

 本当に鏡子を心配しているのだろうか。あるいは、瞬に横恋慕しているのだろうか。

 伽子は昔から、鏡子の持っている物を欲しがった。欲しい物を、必ず手に入れようとした。伽子が次兄のケンに恋をしたのも、鏡子が兄を慕っていたからだと、思う。


「オブリビアスって、面倒くさいわねえ。時間操作が通用しない確定存在なんてさ」

「天城さんも、オブリビアスなのよ。言葉に気をつけなさい、伽子」


 伽子は身を起こして、鏡子の右隣りに座ると、鏡子ごしに、明日乃の顔を露骨にのぞき込んだ。


 鏡子の前で、二人の美少女が、にらみ合っている。


「ふうん。明日乃、あんたも、瞬に、気があるんだ」


 初対面の相手でも、勝手に、ファースト・ネームで呼ぶのが、伽子のクセだ。しかも、遠慮会釈なく、思ったままを口にする。


 だが、伽子の問いは、鏡子も、気になっている点だった。

 伽子の「あんたも」の中に、鏡子のみならず、伽子自身が含まれるのかも、気になり始めてはいたが。


 ずっと休んでいた明日乃が今日、突然、登校した。

 予科生である以上、明日乃が、授業の一環である新人戦の観戦に出席するのは、当然だ。それはいい。だが、病院で夜半、手術が終わるまで、ずっとつき合っているのは、なぜだろうか。


「……気が、あるって?」


 無神経なほど落ち着きはらった明日乃の問い返しに、伽子はいらだちを隠さなかった。


「あんた、日本人でしょ? ホレてるって意味に、決まってるじゃないの」


 明日乃は黙って、うつむいた。


 半身を起こした伽子が容赦なく、沈黙を破った。


「どうなのよ、あんた? ハッキリなさいよ! 大事な婚約が、かかってんだからさ」


 なるほど伽子は、宇多川、五百旗の婚約の帰趨を確認する目的で、残っているのもかも知れない。明日乃には、意味がわかるまいが。


 考えこんだ様子で、明日乃はうつむいた。

 伽子は椅子の背にもたれて、大きく伸びをしてから、腕を組むと、だらしなく天井を見あげた。


「愚問だったわね。鏡子みたく、ここに張りついているんだから、聞くまでもない、か」


 技術革新がいくら進んでも、ワンテンポ遅れて聞こえる衛星放送のように、明日乃がぼそりと答えた。


「……朝香君は……友達……だから……」


 鏡子は、明日乃の顔を凝視した。


「友達?」


 明日乃がこくりと、うなずいた。


「友達ねえ……。明日乃。あんた、実効年齢、いくつだっけ?」

「……知らない」


 瞬も同じだが、オブリビアスには、異時空滞在記録もないから、実効年齢を推定するしかない。


「オブリでも、友情と恋愛の違いくらい、覚えてるんじゃないの? 友情ってのはね、必要とされる時に、相手に与えるものよ」


 伽子は、明日乃のまそばに、顔を近づけた。


「でも、恋はね、違うの。誰かを好きって意味は、例えば瞬なら、瞬のことを、日がな、ひねもす、四六時中、考えているってことよ。気づいたら、いつもソイツのことを思っている、そういう心理状態が、恋なのよ。相手も同じなら、晴れて、恋愛成立ね」


 明日乃は、がん宣告でも受けたように、真剣な表情で考えこんだ。


「瞬もそうだけどさ、男は、顔だけで、決めないことね……」


 明日乃のゆっくりした反応と、苦い沈黙に耐えられなくなったのか、伽子は、また大きくのびをして、口を最大限に開けながら、やかましく、あくびをした。


「……あなたは、なぜ、ここにいるの?」

 明日乃の問い返しに、伽子は一瞬、どぎまぎした様子だったが、すぐに胸を張った。


「ば、バカね。あんたも、鏡子も、変な誤解、しないでよね。鏡子を見たでしょ。いろいろ事情があって、今は絶交中だけど、鏡子とはいちおう、幼なじみだし、義理があるから、いっしょにいてやっただけよ。言っておくけど、あたし、瞬みたいにキザなヤツ、ぜんぜんタイプじゃないから 」


 待合室の扉が開き、医師の白衣が見えた。


 鏡子は、氷の手で心臓をつかまれたような思いで、医師の言葉を待った。



*******************************************************

■用語説明No.39:確定存在

確定された時空間を歩む者。

時間操作士と時流解釈士に多い。確定存在については、基本的に過去改変が不可能であり、確定事象しか生じないとされる。

確定存在に関わる周辺者の過去を改変した場合でもい、確定存在そのものに生ずる確定事象は変更できず、同一、または同種の事象が必ず出現し、最終的に辻褄が合わされる。

オブリビアスは確定存在であることが確認されている。

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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。


次回、第四〇話「預言者の忠告」


第一部、最終回です。


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