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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第1章 プラチナ色の殺意
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第5話 友たち

 朝香瞬の目の前に、ミートソース・スパゲティと竜田丼を、プレートに乗せて、和仁直太が現れた。二人前、食べるらしい。


「ええか、瞬。この食堂では、大盛りだけは、頼んだらあかんねんぞ。大枚払わされる割には、普通盛りと、量が何も変わらへんからな。腹減っとんにゃったら、ワシみたいに、安い丼と組み合わせんのが、(つう)ってもんや。ちなみに、丼は竜田に限るんやで」


 直太はプラスチック箸で、ミートソースにがっつき始めた。

 スパゲッティはフォークで食べるべきではないか、といった疑問をいだく程度の記憶は、もちろん瞬にも、残っている。


「瞬。その赤い汁物、何なんや?」

「おみそ汁だけど、七味、入れたんだ」

「げ。真っ赤に色、変わったあるやんけ」

「からい物が好きなんだ」

「変わっとるのう。お前も、はよ食えや。冷めてまうど」


 瞬が選んだワンコインのヘルシー定食は、目の前にあった。ご飯とみそ汁はまだ、湯気を立てていた。


「でも、もう一人……」


 昼食の時間になり、独りで食堂に向かう瞬に、直太が声をかけてくれたが、直太にはもう一人、同級生の連れがいた。鹿島長介だ。


「ああ、長介やったら、気にすんな。アイツは健康オタクで、うるさいねん。せやし、いつもアラカルトや。小皿を選ぶのに、小一時間ほどかかりよる」


 瞬は、小さく笑い、みそ汁の椀に手を伸ばした。すすってみると、味は悪くない。


「どや、瞬? ワシらが食うメシに、世界の命運がかかっとるからのう。ええシェフ、使うとるやろが」

「確かに、味がいいね。和仁君は、いつもここで食べてるの?」


「直太でええぞ。ワシは、クロコダイルとちゃうんやからな」


 人懐っこい直太は、瞬を最初からファースト・ネームで呼んでいた。


「ワシが、第二を目指したんは、食が一番ウマイって評判やったからや。カイロスの質では最近、第一より、第三のほうが上やとも、聞くけどな」


 兵学校の予科は、全国で十八あった。授業料はなく給与まで出るため、知能とサイに優れた全国の子弟が群がり、驚異的な競争率となっていた。瞬は、入学時の記憶を失くしていているが、何かの理由で第二兵学校を目指したのだろう。


「直太は、関西の訛りがあるようだけど、どうして東京に来たの?」

「ワシの親爺、内務省でクロノスやっとったんやけど、殉職してもうたんや。ワシは親爺を超えるクロノスになる。せやから、ワシに一番ええ環境を選んだんや」


 詳しくは語らなかったが、直太も、難関を区切る抜けて来た俊秀だ、いい加減な気持ちで、入学したわけではなさそうだった。

 過去を奪われた瞬には、目指す未来も、はっきりと見えないのだが、昔の瞬は、自分なりの将来を何か、描いていたのだろうか。


「ところで、さっきの筆記テスト、知らない外国語を読んでいるみたいでさ。ひたすらカンで解くしかなかったんだ。結局、記述式は捨てて、選択式だけ解答したよ。あのテスト、合格点とか、あるのかな」


 午前の最後に、学年共通で「空間操作理論」の筆記試験があった。だが、記憶喪失にムラがあるのか、元々よほどの劣等生だったのか、瞬にはまるで、チンプンカンプンだった 。質問の趣旨さえ、つかめなかった。仕方なく、ほぼすべての問題を、推測で解答した。


「進級試験とちゃうから、合格点とかはないけど、ポイント化されて、序列に反映されんねん。理論ができる奴は、だいたい実技もできるけど、ワシみたいに理論が足を引っ張ると、序列が下がってまうわけや」


「さっきのテスト、直太はどれくらい、できたの?」


 直太は苦笑を漏らしながら、答えた。


「まあ、半分、合っとったら、御の字やろ。平均よりちょい下、くらいかな」


 瞬は、およそ空間操作理論の中身を理解していなかった。一年次の勉強から、独学しなければだめだろう。

 

 うつむき加減の瞬の肩を、直太がテーブル越しに、ポンと叩いた。


「瞬は、オブリやし、しゃあないで。学校側も配慮しおるやろ、当然」


 人生と学校生活のリハビリに、最低でも、あと数か月程度は、欲しい気がした。


「瞬、同じアホ同志、頑張ろや」


 余り連帯感の湧かない誘いに、瞬は苦笑いした。


 瞬の隣に、黒縁眼鏡の小柄な少年が座った。


「ご、ごめん。お待たせ」


 内気な少年らしい。顔は真っ赤で、声も心持ち、震えていた。


「おう、長介。待っとったぞ。こいつは、瞬。ワシの新しい親友や」


 和仁直太製の基準によると、合計一〇分以上を会話した人間は、直太の親友に格上げされるのかも知れなかった。


「あ、あのぅ……朝香君……だよね?」


 長介は、恋の告白でもするように、顔を真っ赤にしていた。


「うん。君は、鹿島君だね。さっきボギー先生が、君に無茶振りしてたけど、あんなの、答えようがないよね」


 瞬が笑いかけると、長介は幾度かうなずいて、笑顔を返した。


「……り、寮のこと、なんだけど、朝香君、まだ手続、してないよね?」

「うん、実はまだ、建物が建っている場所も、知らないんだ」


 昨日まで滞在していた待機施設では、事務的な説明がされただけで、必要な話は、すべて兵学校側に確認しろとの話だった。


 長介は、食事にも手を付けず、手に膝を置いたまま、続けた。


「……じ、実は、僕と朝香君、相部屋みたいなんだよね……」


 寮が相部屋だとは知らなかった。長介のように真面目そうな少年なら、うまくやって行けそうだった。


「へえ、そうやったんや。長介と相部屋とは、瞬もツイとるのう。いっぱい、食わせてもらえるぞ」


 直太の説明では、長介は自分で料理をするらしく、その腕前も相当のものらしい。厳しい眼でアラカルトを選ぶから、時間もかかるわけだ。


「しかも、女子寮の階やないか。せこいのう」


 女子が少ないために、上階から埋めていくらしいのだが、瞬と長介の部屋は、ちょうど、女子の部屋と混ざるフロアにあるらしい。


「それは楽しみだね。授業終わったら、長介。一緒に帰って、場所、教えてくれる?」


 あいにく長介は、口にちょうど食べ物を放り込んだところで、目を白黒させながら、何度も頷いた。


「それにしても、新学期早々、瞬はツキにツイとるなぁ。ただでさえ数少ない女子が、二人もそばにおるやなんて……」


 直太の言う通りだった。ちなみに、瞬の右斜め後ろは、二重アゴの小太りの予科生だが、関心がなく、名前も見ていなかった。(つら)を見れば、脇役に決まっている。


「ワシの周り全部、むさ苦しい男子やぞ。隣はごついアメリカ人や。何て世の中、不公平なんや。瞬の場合、女子言うても、普通やない。隣があの、泣く子も黙る、鏡子ちゃんやないか。しかも、や」


 直太は身を乗り出して来ると、ひそひそ声になった。


「瞬の後ろにおる美少女、初めて見たんやけどな。あの子、ちょっとキレイ過ぎひんか? 鏡子ファンに袋ただきにされるかも分からんけど、ヘタしたら鏡子ちゃんより、美人ってことも……ありうるかも知れん」


「ほ、ほかの男子も何かひそひそ噂してた。あ、天城(あまぎ)さん、だったよね」


 直太はさらに身を乗り出し、瞬の顔をのぞき込んだ。


「おい、瞬。ワシ、ずーっと観察しとったんやで。お前、あの美少女と、何かエライ親しげに話しとったやないか。うら若い初対面の男女が、二人で急に話し込むなんて、あり得へんで。もしかしてお前ら、ただの関係やないやろ? すでにデキとったり、せえへんやろな?」


 明日乃とは一応、知り合いではあった。だが、とうてい普通の関係とは言えない。ただし、このような場で今、軽々しく説明すべき話でも、ないだろう。


「今朝、登校中に、会っただけだよ」

「あれ? でもお前、学校に遅れとったやんけ」

「天城さんに会った後、道に迷ってたんだ。初めて来る場所だったから」


 直太は丼を一粒残らず平らげてから、宣言した。


「L組には、あの二人には及ばんけど、他にもきれいどころが揃っとる。ワシ、ますます学校が面白(おもろ)なるなぁ。今年も、皆勤目指すぞ。五〇度の高熱出しとったって、這ってでも、登校するでえ」


 まだ食べ始めたばかりの長介に合わせて、瞬はゆっくりと箸を動かした。


「おい、長介。早う、食わんかいな」

「え? わ、和仁君。今日は、昼練、ないよね」


 直太は、打ちひしがれたように、手で顔を覆った。


「しもた。そうやった。もっと味わって食うべきやった。和仁直太、一生の不覚や……」

「昼練って、何の?」


 直太が顔を上げて、瞬を見た。


「コンバット部に決まっとるやろが。新人戦も、近いしな」


 直太によると、コンバット部は、将来クロノスを真剣に目指す者たちが、空間操作能力の使用を前提とした戦闘能力を、ひさたすら高める運動部らしかった。日本の武道はもちろん、ボクシングから中国拳法に至るまで、多くの体術のエッセンスだけを学ぶ、伝統あるクラブだという。


 二年次からはクラス別の部活動になり、六つのクラブが併存するわけだ。

 入部試験があるため、誰でも入れるわけではないそうだが。


「それに、長介も入っているの?」


 瞬の隣でモジモジしている少年も、そのような荒々しいクラブに入っているのだろうか。


 直太は、人差し指を立てて、チッチッチと横に振った。


「瞬。長介の第一印象で、勘違いすなよ。こいつ、TSコンバットになったら、人が変わりおんねんで。何しろ、うちの期で序列一〇位やからな。ワシでも、十本中、一、二本取れたら、ええほうや」


 直太が、口の中に人差し指を突っ込み、奥歯のすき間に詰まったらしいノリを懸命に取りながら、丁寧に説明してくれた。


 兵学校では創立当初から、学生たちのTSCA(時空間操作能力)を競わせ、向上させる仕掛けとして、第四軍(時空間防衛軍)でも訓練に利用されている「TSコンバット」を正式競技として採用していた。


 時間(T)と空間(S)の略称を冠する競技だが、現在では時間操作士と空間操作士の養成が完全に分離され、片方の能力しか使わないから、正式な呼び方ではない。だが、時間操作士を目指すカイロスとの他流試合もあり、ルールも変わらないから、名称は変更されていない。


 一年次で基礎を学び終えた二年次生から、いよいよ実戦に入るわけだ。デビュー戦に当たる≪TSコンバット新人戦≫が、毎年ゴールデンウイークに予定されているとの話だった。


「へえ、長介は凄いんだね」


 長介が、ヒジキの煮物を口に運ぶ手を止めて、謙遜した。


「べ、別に小さい頃から、やっているだけで……」


「長介は、ハチジュウ家やからな。小さい頃から英才教育を受けとんにゃ。『特別枠』使って入りよる奴は、いけすかん奴とか、能力もないくせに入っとる奴もおるけど、長介はちゃうで。本物のや。せやから、俺の親友なんや。なあ?」


 長介はまた、俯いて真っ赤になった。


「う、うん……」


「その……ハチジュウ家って、何?」


 しばしの沈黙の後、直太が説明してくれた。


 現在の日本は、≪終末の日≫を回避するための、非常態勢下にあり、「軍民等治」と呼ばれ、半軍事体制がとられていた。

 八獣家とは、現体制で、要職を占める有力な一族の俗称らしい。長介の「鹿島」家のように、姓に獣字が入るために、そう呼ばれた。


 有力家の子弟は、物心づいた頃からクロノスになるための訓練を受け始める。その頃からすでに、カイロスへの道をすでに歩んでいるわけだ。

 だがなぜ、瞬は、このような社会常識に属する知識まで奪われているのだろう。よほどの勉強不足で、世間知らずな人生を歩んでいたのかも知れないが。


「さっきの新人戦って、もしかして僕も出るのかな。やり方も分からないのに」

「エントリーすんのは自由や。せやけど、本科に進学する時に、新人戦の成績も考慮されるし、あんまりかっこ悪い真似、でけへんで」


 全国の予科生の定員二八八〇名は、本科生への進学段階で、八校九六〇名まで、三分の一に絞り込まれる。


「外部生枠は四〇人、私立枠が二〇〇人あるけど、狭き門や」


 瞬は、食堂の天井を見上げた。

 どこにでもある蛍光灯の冷たい光があるだけだった。


 本科に進学できなかったら、その後、瞬はどうすればいいのだろう。

 いや、瞬は、本当に、このような競争を勝ち抜いて、クロノスになりたかったのだろうか。それとも、親に言われてその道を歩んでいただけなのだろうか 。


 過去のない瞬には、直太のような強い願望を持ちようがなかった。

 ただ、今朝、ボギーに言われた言葉がある。共に、世界を救うのだ、と。分からない話が多すぎて、まだ、心には余り、響いていないのだが。


 とりあえず、行けるところまで、行ってみるしかない。そうしているうちに、天城明日乃という少女と、彼女が瞬に対して抱く殺意の謎も、解けていくに違いない。


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■用語説明No.5:八獣家

時空間操作を可能とする「輝石革命」の草創期にあって、技術開発に関与し、あるいは時空間操作により成功を収めた有力家のうち、姓に獣字が入る八家の俗称。犬山、鹿島、小熊などがある。

八獣家よりもさらに有力な≪三旗≫、≪六河川≫等とともに、八獣家は、多くのクロノスを輩出し、揺れ動く政治体制の要職を押さえている。

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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。


※私は関西人なのですが、方言を忠実に再現し過ぎると、意味の通じない部分があるため、修正しています。厳密にはおかしなセリフもありますが、ご容赦ください。


※次回、第六話「二人目のルームメイト」

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