第37話 炎の貴公子―大河内信也戦(3)(下)
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宇多川鏡子は、手をギュッと握り締めた。
大河内のステルスに、瞬はみじめなくらい、防戦一方だった。
チャクラこそ守っているが、防壁のない生身の身体には、いくつも打ち身ができているに違いなかった。
大河内も、瞬の反射神経と剣の伎倆を認め、警戒している様子だ。
非チャクラへの打撃で充分に弱らせてから、確実にチャクラをヒットする作戦に違いない。
瞬が打たれるたびに、胸が痛んだ。
鏡子は、とても見ていられなかった。
「……朝香君は、ステルスの傾向を探っているだけ……」
ぼそりとしたメゾソプラノが、伽子の隣から聞こえた。
明日乃だった。
「……彼は、勝つことしか、考えていない」
鏡子は、ハッとした。
はた目には、瞬が面白いように、大河内のステルスで手玉にとられているようにしか、見えない。
だが瞬は、防御に徹しながら、ステルスのタイミングと、発現距離や間隔を、身体でつかもうと、試みているのではないか。
「さあ、もうすぐ一〇分になる。朝香、俺様相手に、よく頑張ったよ。だが、お前と違って、俺様はまだ、午後の決勝戦に出なきゃ、ならねえもんでな」
大河内の身体を、オレンジ光が、炎のように、包んだ。
対する瞬は、太極にあって、肩で息をしていた。
だが、半目を閉じ、精神を集中しているようにも、見えた。
休む間を与えないように、大河内の身体が、消えた。
瞬は中腰になり、如意棒を最大に延ばした。
フィギュア・スケートのジャンプ回転のように、右手で持った如意棒を突き出し、すばやく身体の周りで右に一回転させる。
姿を見せようとした大河内は、棒高跳びをするように、ギリギリで如意棒をよけた。
そこへ、瞬が踏み込む。
如意棒はすでに、両手に持ち替えてある。
気合一閃、大河内の喉元を、両手で突く。第五チャクラをかすめた。
大河内が空中で、身体をひねりながら、≪日光助真≫でかろうじて打撃をそらした。
大河内は、背中から落ちる。
さらに瞬は、縮めた如意棒を両手で振り下ろす。
胸の第四チャクラに届く寸前、大河内の姿がまた、消えていた。
顔を引きつらせた大河内は、瞬から二十メートル以上も離れた位置に、背中から落ちた。すぐに立ち上がり、助真を構える。
第五チャクラへの攻撃は、かすめただけだが、瞬が「有効」を取った。
「瞬君が、ステルスを、破った……」
「なるほど、アイツも、考えたわね。出現のタイミングも、見切ってる」
ステルス発動後、瞬を攻撃するために、大河内は、瞬の至近に出現しなければならない。遠ければ、瞬の反射神経を破れないためだ。
だが、瞬は、サイ発動のタイミングを見計らって、延ばした如意棒を身体の周りに回転させることで、半径二メートル強の空間を防御した。
如意棒で攻撃できればよし、できなくても、瞬の反射神経と伎倆なら、出現場所さえつかめれば、すぐに攻撃に移れる。
瞬は、長い如意棒を利用して、敵の位置を知る「索敵」ができるわけだ。
大河内のステルスは、封じられたと言っていいだろう。
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朝香瞬は、したたり落ちてきて、視界を歪ませる汗を、手でぬぐった。
内心では、大河内に勝った、と思っている。
大河内は、瞬に向って、愛刀を突き出した。
「訂正するぜ、初心者。お前を倒すには、一〇分じゃ無理だった。十五分以内に、倒してやる」
「君のステルスは見切った。僕ももう、痛いのは嫌だからね。次には決着をつけさせてもらう」
「上等だ。じゃあ、もう一度、行こうか。本当に俺のステルスを見切っているかどうか、試してやろう」
大河内の表情に、焦りはない。あるのは自信だけのようだった。
だが、瞬にも、自信はあった。次の攻防で、確実にチャクラをヒットする。決勝へコマを進めてみせる。
瞬は、観客席にいる、宇多川鏡子の姿を探した。
今日の鏡子は、長い髪を下ろしている。ポニーテールも好きだが、おろした姿のほうが、瞬はぞくりとする。
鏡子の姿を見ると、瞬はホッとした。
天涯孤独となった今の瞬にとって、鏡子は、最も近い、親しい存在だった。宇多川鏡子は、瞬とこの世で一番たくさん話をし、一緒に食事をし、そばにいてくれた女性だった。今や、かけがえのない存在だ。
(……鏡子さんのために、勝つ……)
戦場に戻ろうとした瞬は、あわてて視線を元へ戻した。
鏡子の左、伽子の隣に、天城明日乃がいた。
瞬の心臓は、突然、氷の手で握られたように、乱れた。
(……明日乃さん、具合がよくなったんだ。よかった。
今日は、僕の試合を見るために来てくれたのかな……)
視界には、大河内の驕慢そうな笑みがあったが、心の中は、明日乃のでいっぱいだった。
明日乃の残像を、心が求め続けている。
(何て、僕は、いいかげんな人間なんだろう……。
僕は、やっぱり明日乃さんが、好きなんだ……。
鏡子さんも、明日乃さんも、同じくらい、好きなんだ……)
気付くと、大河内が連続テレポートを始めていた。
あわてて、受ける。
すでに見切った技だ。瞬は途中で、反撃に転じた。
オレンジ色の強い光とともに、大河内が姿を消した。
だが瞬は、大河内のステルスをすでに見切っている。
次で、勝負を決めてやる。瞬は精神を統一する。
――姿を見せろ。決着をつけてやる。
間違いない、心臓が八つ目の速い鼓動を打つ、このタイミングだ。
瞬は、延ばした如意棒を、斬るように一回転させた。
だが、如意棒は空しく、空を切っただけだった。
――おかしい。タイミングをずらされたか。
瞬は、すばやくあたりを見回した。だが、どこにも大河内の姿はない。
「ここだよ、初心者」
頭上から大河内の声が聞こえた。
あわててかがみ込む。如意棒で受けた。
上方からの十数連撃を間一髪でかわすと、命からがら、跳びすさった。
瞬は、宙に浮いている大河内を見上げた。
「自分を褒めてやれよ、朝香。俺様が上下のサイを使うってことは、相手を認めたって、意味だからな」
大河内が片笑みを浮かべて、瞬を見おろしていた。
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■用語説明No.37:枠外、明朝体、別紙扱い
各期の序列に関する俗称。
各期の序列表は、一〇位までが別扱いで、さらに二〇位までが別枠に太ゴチックで標記されるため、二一位以下は俗に「枠外」と呼ばれる。
また、五十位までが同一欄内にゴチック表示されるのに対し、五一位以下一〇〇位までは小さく、フォントも明朝体で表示されるため、「明朝体」と呼ばれる。
さらに一〇一位以下は「別紙」となって、フォントも小さくまとめて表示されるため、俗に「別紙扱い」ないし「論外」と蔑称される。
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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次回、第三八話「炎の貴公子―大河内戦(4)」




