第37話 炎の貴公子―大河内信也戦(3)(中)
大河内は、右の親指で、自分の鼻をはじいた。
「よくぞ俺様の連テレをかわしたな。それだけで、枠内に入れる実力だ。だが、昔ながらの剣道をやってるんじゃねえ。サイも使えねえ奴が、最初から、俺様に勝てるわけがねえんだよ。俺様には決勝もあるし、次で終わりに、させてもらうぜ」
大河内が、燃えさかるように強力なオレンジ光に身体を包んでいく。最後の一撃のつもりだろう。
瞬にとっても、次の攻防が、勝負だ。連続テレポートが終わった瞬間に、踏み込む。
雄叫びとともに連続テレポートが始まった。
大河内の十数連撃が瞬を襲う。
だが、動きはすべて、見えた。
連撃が終わった瞬間、瞬は、攻撃に転じた。
大河内は、まるで弾かれたように、後方へ跳びすさった。
突然、長く伸びた黒い如意棒の先は、大河内の喉もと、第五チャクラ、数センチの位置に、あった。
さすがは、序列二位だ。瞬の奇襲を、紙一重でかわしたわけだ。
「あぶねえ。ざけた真似、しやがって!」
怒った大河内が、再び連続テレポートを開始する。
だが、今度は最後まで続かず、大河内は途中で、再び跳びすさった。
瞬の如意棒の先は、骨盤の第二チャクラすれすれの位置にあった。
瞬は、如意棒を縮めながら、構えた。
「君の連続テレポートは見切った。僕は、君より数段上の技ができるカイロスを二人、知っている」
「やかましい!」
大河内は、歯ぎしりしながら、瞬に突撃を始めた。が、今度は、連続テレポートを始めるや否や、横へ逃げた。
次に、大河内が同じ攻撃で来るなら、瞬には、仕留める自信があった。
(……勝って、みせる……)
***
宇多川鏡子は、驚嘆の眼で、朝香瞬の戦いぶりを見ていた。
伸縮自在の如意棒は、瞬が持てば、サイの連続テレポートに対抗できる。昨日の特訓の成果が、如実に現れていた。たった半日程度で、瞬は如意棒を完全に使いこなしていた。
何と優れた身体能力だろう。まさにカイロス、いやクロノスになるべく、神に創られたような人間に思えた。
瞬が開戦当初、受け身に回っていたのは、大河内の連続テレポートのクセとリズムを見極める目的だろう。完璧な勝利を手にするための情報収集にすぎなかった。
右隣をちらりと見ると、伽子も手に汗にぎる様子で、身を乗り出していた。
左隣、恋敵の天城明日乃は、観客席の背もたれによりかかっている。
いつもの無表情は変わらないが、明日乃の冷たそうな視線は、競技場の瞬だけに、向けられていた。
瞬がゆっくりと如意棒を構えなおした。
(瞬君は、約束通り、この試合に勝つ。優勝も、できるわ……
……私の瞬君には、お祖母さまの預言なんて、関係ない……)
鏡子は、胸が躍った。
瞬が踏み込んだ。
今度は逆に、瞬から、如意棒による連撃が始まる。
大河内は、完全に守勢に回った。
瞬の如意棒の先が、胸の第四チャクラを完全にとらえた時――
大河内の身体は消えていた。
左だ。
瞬は、左方向からの奇襲攻撃を、間一髪でかわす。
危うく、跳びのいた。
大河内が、瞬の左横空間へのテレポートを決めていた。
鏡子は、眼を疑った。
「まさか、ステルス?」
「そのようね。信也も、鍛錬の鬼だからね……」
連続テレポートは超短距離で、攻撃にサイを集中する技だ。大河内は瞬の攻撃を防御している間にサイを貯め、短距離のテレポートを決めたわけだ。
大河内ほどの伎倆がなければ、瞬による猛攻撃の最中に、サイを貯める余裕があるはずがない。さすがだった。
理論的には、単純な技だ。
だが、言うは易く行うは難しで、発動量が大きいことと、超単距離に比べてテレポートに秒数を要するため、移動後に攻撃されてしまう。
超短距離の連続テレポートを小刻みな呼吸に喩えるなら、短距離テレポートは、深呼吸に近くなる。
接近戦で下手に使えば、テレポート先を読まれ、一撃で敗退するリスキーな技だ。
だが、大河内はいとも簡単にやってのけた。サイ発動のモーションと、テレポートの完了秒数を、訓練の積み重ねで大幅に短縮したからこそ、成り立つ技だった。
長介も、瞬との試合中に短距離テレポートを用いたが、意味合いが違う。瞬との間に十分な距離があったから。
大河内の場合は、違う。接近戦で、短距離テレポートを有効に決められるとすれば、今、コロセウムに見えている大河内の姿は、仮りの物にすぎなくなる。
瞬が攻撃を仕かけた瞬間、どこかへ消えて、突然、瞬のそばに現れる。それは右か、左か、あるいは背後かも知れない。三六〇度、可能性があった。
これが、≪ステルス≫と呼ばれる、高等技術だ。
「今、決めるつもりだったんだが、よくかわしたな。五百旗と鹿島に勝ったのも、実力だと認めてやる」
大河内が、床に膝を突く瞬に向かって、片笑みを浮かべた。
相手の力を認めた時だけに見せる、強者と戦える喜びをあらわすかのような、大河内独特の表情だった。
「でもなぁ、初心者。テレポートの使い方は一つだけじゃ、ねえんだぜ」
昔から、大河内は、人一倍の努力をひた隠して、才能だけで強いと思わせたがる節があった。
鏡子は、伽子から、聞いた覚えがあった。努力家の大河内の実効年齢は、正確でなく、実際には一、二年、サバを読んでいるらしい。
≪ステルス≫を完成させるために、大河内は、この一月だけでも、どれだけ異時空に滞在して、鍛錬を積んだのだろうか。
鏡子は、大河内が、特等席の最前列にいる自分を、じっと見ている気がした。恐らく気のせいではない。大河内は、他の誰かではない、鏡子を、見たのだ。
大河内は、同じ≪六河川≫の御曹司として、幼なじみだった。
昔から、鏡子は好意を持たなかったが、将来は、婚約させられる可能性も充分にあった。
ぶっきらぼうで、不器用な大河内の気持ちを直接、聞いた覚えはないが、彼が自分に好意を抱いている様子は感じていた。
昔から大河内は、試合中に、必ずと言っていいほど、鏡子を見た。それはいつも、相手を確実に打ち倒せると確信した時だった。この後、大河内は、瞬を倒せると確信したに違いない。
今から思えば、大河内は、同等の伎倆を持つライバルとしてではなく、別の感情で、鏡子を見ていたのかも知れない。
大河内は、鏡子をふり返らせて、自分の姿を見させるために、血の滲むような努力を重ねて来たのだろうか。
兵学校に入ってすぐ、大河内は荒れていた時期があった。
努力も怠り、格下に負けた時期があった。それは、宇多川家と五百旗家との間の婚約の話が、最終的に整った時期と一致していたのではないか。
大河内が、試合中に、鏡子を見た。
「俺様は、新人戦を全部、数分以内に終えて来た。まさか、一〇分も試合を続けるわけにも、いけねえしな。終わらせようか、初心者」
大河内の身体がオレンジ色の光に包まれていく。その光の中で、身体が消えていった。
***
朝香瞬は、眼を閉じた。
連続テレポートの場合は、テレポートが超短距離であるため、視界内で反応できた。だが、ステルスは全方位への警戒が必要だ。通常の動きなら接近までに気配をつかめるが、サイの場合は容易でない。
いかにして、大河内のステルスを破るか。まだ、名案は浮かばない。
背後か。如意棒の右手を先行させて、身をひるがえす。が、いない。
いや、左だ。
とっさに如意棒で受ける。紙一重だった。
容赦なく、大河内の連撃が始まる。かわそうとした。
間に合わない。脇腹を突かれて、飛ばされた。
幸いチャクラにはヒットしていない。すぐに立ち上がった。
だが、すでに大河内の姿は消えている。
今度は右か。
いや、前にオレンジ光が見えた。体勢を戻す。
如意棒で、何とかチャクラへの打撃を防ぐ。
だが、膝をしたたかに打たれた。




