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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第5章 遠い約束
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第37話 炎の貴公子―大河内信也戦(3)(中)

 大河内は、右の親指で、自分の鼻をはじいた。


「よくぞ俺様の連テレをかわしたな。それだけで、枠内に入れる実力だ。だが、昔ながらの剣道をやってるんじゃねえ。サイも使えねえ奴が、最初から、俺様に勝てるわけがねえんだよ。俺様には決勝もあるし、次で終わりに、させてもらうぜ」


 大河内が、燃えさかるように強力なオレンジ光に身体を包んでいく。最後の一撃のつもりだろう。


 瞬にとっても、次の攻防が、勝負だ。連続テレポートが終わった瞬間に、踏み込む。


 雄叫びとともに連続テレポートが始まった。


 大河内の十数連撃が瞬を襲う。


 だが、動きはすべて、見えた。


 連撃が終わった瞬間、瞬は、攻撃に転じた。


 大河内は、まるで弾かれたように、後方へ跳びすさった。


 突然、長く伸びた黒い如意棒の先は、大河内の喉もと、第五チャクラ、数センチの位置に、あった。


 さすがは、序列二位だ。瞬の奇襲を、紙一重でかわしたわけだ。


「あぶねえ。ざけた真似、しやがって!」


 怒った大河内が、再び連続テレポートを開始する。


 だが、今度は最後まで続かず、大河内は途中で、再び跳びすさった。


 瞬の如意棒の先は、骨盤の第二チャクラすれすれの位置にあった。


 瞬は、如意棒を縮めながら、構えた。


「君の連続テレポートは見切った。僕は、君より数段上の技ができるカイロスを二人、知っている」

「やかましい!」


 大河内は、歯ぎしりしながら、瞬に突撃を始めた。が、今度は、連続テレポートを始めるや否や、横へ逃げた。


 次に、大河内が同じ攻撃で来るなら、瞬には、仕留める自信があった。


(……勝って、みせる……)



***

 宇多川鏡子は、驚嘆の眼で、朝香瞬の戦いぶりを見ていた。


 伸縮自在の如意棒は、瞬が持てば、サイの連続テレポートに対抗できる。昨日の特訓の成果が、如実(にょじつ)に現れていた。たった半日程度で、瞬は如意棒を完全に使いこなしていた。


 何と優れた身体能力だろう。まさにカイロス、いやクロノスになるべく、神に創られたような人間に思えた。


 瞬が開戦当初、受け身に回っていたのは、大河内の連続テレポートのクセとリズムを見極める目的だろう。完璧な勝利を手にするための情報収集にすぎなかった。


 右隣をちらりと見ると、伽子も手に汗にぎる様子で、身を乗り出していた。


 左隣、恋敵の天城明日乃は、観客席の背もたれによりかかっている。

 いつもの無表情は変わらないが、明日乃の冷たそうな視線は、競技場の瞬だけに、向けられていた。


 瞬がゆっくりと如意棒を構えなおした。


(瞬君は、約束通り、この試合に勝つ。優勝も、できるわ……

 ……私の瞬君には、お祖母さまの預言なんて、関係ない……)


 鏡子は、胸が躍った。


 瞬が踏み込んだ。


 今度は逆に、瞬から、如意棒による連撃が始まる。


 大河内は、完全に守勢に回った。


 瞬の如意棒の先が、胸の第四チャクラを完全にとらえた時――


大河内の身体は消えていた。


 左だ。


 瞬は、左方向からの奇襲攻撃を、間一髪でかわす。

 危うく、跳びのいた。


 大河内が、瞬の左横空間へのテレポートを決めていた。


 鏡子は、眼を疑った。


「まさか、ステルス?」

「そのようね。信也も、鍛錬の鬼だからね……」


 連続テレポートは超短距離で、攻撃にサイを集中する技だ。大河内は瞬の攻撃を防御している間にサイを貯め、短距離のテレポートを決めたわけだ。


 大河内ほどの伎倆(ぎりょう)がなければ、瞬による猛攻撃の最中に、サイを貯める余裕があるはずがない。さすがだった。


 理論的には、単純な技だ。


 だが、言うは易く行うは難しで、発動量が大きいことと、超単距離に比べてテレポートに秒数を要するため、移動後に攻撃されてしまう。


 超短距離の連続テレポートを小刻みな呼吸に喩えるなら、短距離テレポートは、深呼吸に近くなる。


 接近戦で下手に使えば、テレポート先を読まれ、一撃で敗退するリスキーな技だ。


 だが、大河内はいとも簡単にやってのけた。サイ発動のモーションと、テレポートの完了秒数を、訓練の積み重ねで大幅に短縮したからこそ、成り立つ技だった。


 長介も、瞬との試合中に短距離テレポートを用いたが、意味合いが違う。瞬との間に十分な距離があったから。


 大河内の場合は、違う。接近戦で、短距離テレポートを有効に決められるとすれば、今、コロセウムに見えている大河内の姿は、仮りの物にすぎなくなる。


 瞬が攻撃を仕かけた瞬間、どこかへ消えて、突然、瞬のそばに現れる。それは右か、左か、あるいは背後かも知れない。三六〇度、可能性があった。


 これが、≪ステルス≫と呼ばれる、高等技術だ。


「今、決めるつもりだったんだが、よくかわしたな。五百旗と鹿島に勝ったのも、実力だと認めてやる」


 大河内が、床に膝を突く瞬に向かって、片笑みを浮かべた。


 相手の力を認めた時だけに見せる、強者と戦える喜びをあらわすかのような、大河内独特の表情だった。


「でもなぁ、初心者。テレポートの使い方は一つだけじゃ、ねえんだぜ」


 昔から、大河内は、人一倍の努力をひた隠して、才能だけで強いと思わせたがる節があった。


 鏡子は、伽子から、聞いた覚えがあった。努力家の大河内の実効年齢は、正確でなく、実際には一、二年、サバを読んでいるらしい。

 ≪ステルス≫を完成させるために、大河内は、この一月だけでも、どれだけ異時空に滞在して、鍛錬を積んだのだろうか。


 鏡子は、大河内が、特等席の最前列にいる自分を、じっと見ている気がした。恐らく気のせいではない。大河内は、他の誰かではない、鏡子を、見たのだ。


 大河内は、同じ≪六河川≫の御曹司として、幼なじみだった。

 昔から、鏡子は好意を持たなかったが、将来は、婚約させられる可能性も充分にあった。

 ぶっきらぼうで、不器用な大河内の気持ちを直接、聞いた覚えはないが、彼が自分に好意を抱いている様子は感じていた。


 昔から大河内は、試合中に、必ずと言っていいほど、鏡子を見た。それはいつも、相手を確実に打ち倒せると確信した時だった。この後、大河内は、瞬を倒せると確信したに違いない。


 今から思えば、大河内は、同等の伎倆を持つライバルとしてではなく、別の感情で、鏡子を見ていたのかも知れない。


 大河内は、鏡子をふり返らせて、自分の姿を見させるために、血の滲むような努力を重ねて来たのだろうか。


 兵学校に入ってすぐ、大河内は荒れていた時期があった。

 努力も怠り、格下に負けた時期があった。それは、宇多川家と五百旗家との間の婚約の話が、最終的に整った時期と一致していたのではないか。


 大河内が、試合中に、鏡子を見た。


「俺様は、新人戦を全部、数分以内に終えて来た。まさか、一〇分も試合を続けるわけにも、いけねえしな。終わらせようか、初心者」


 大河内の身体がオレンジ色の光に包まれていく。その光の中で、身体が消えていった。



***

 朝香瞬は、眼を閉じた。


 連続テレポートの場合は、テレポートが超短距離であるため、視界内で反応できた。だが、ステルスは全方位への警戒が必要だ。通常の動きなら接近までに気配をつかめるが、サイの場合は容易でない。


 いかにして、大河内のステルスを破るか。まだ、名案は浮かばない。

 背後か。如意棒の右手を先行させて、身をひるがえす。が、いない。


 いや、左だ。


 とっさに如意棒で受ける。紙一重だった。


 容赦なく、大河内の連撃が始まる。かわそうとした。

 間に合わない。脇腹を突かれて、飛ばされた。


 幸いチャクラにはヒットしていない。すぐに立ち上がった。


 だが、すでに大河内の姿は消えている。


 今度は右か。


 いや、前にオレンジ光が見えた。体勢を戻す。


 如意棒で、何とかチャクラへの打撃を防ぐ。


 だが、膝をしたたかに打たれた。


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