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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第5章 遠い約束
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第34話 等々力渓谷(下2)

 瞬は驚いて、尋ねた。


「え? ……どうして?」

「突然、ブレスが切れるなんて、変だもの……。不吉だわ 」


 その昔、下駄の鼻緒が切れれば、不吉だとの話はあったが、単なる迷信ではないか。鏡子らしく、ない。


「鏡子さん、でも、せっかく特訓したんだしさ。それに、ボギー先生には、決勝まで行けって、言われているし」


「大河内君は、強力なサイを使うわ。なのに、瞬君は、防壁を張れない。事故が起こったら、生命に関わるもの……」


「大丈夫だよ。そのために、鏡子さんが、身代わりのお守りを買ってくれたんじゃないか。準決勝では審判員も増えるらしいし、いざとなれば、クロノスが何とかしてくれるさ」


「お祖母様は、預言者なの。あのブレスは、私のお守り。未来予知をしているのよ」


 預言者の力が込められたブレスレットなら、単なる迷信ではないのだろう。何らかの不幸が迫っている可能性は、あった。


「未来はまだ、変えられるさ」


 鏡子が激しく首を振った。


「だめよ、だめだめ、瞬君。このブレスわね……大切な兄が亡くなる日にも、突然、切れたの……。その時も、一つだけ、見つからなかったわ。私、もう大切なひとを、失いたく、ないの……。お願い……」


 瞬の腕の中で、鏡子が泣き始めた。


 鏡子が顔をあげると、動作光に照らされて、涙を浮かべた瞳がラベンダー色にキラキラ輝いた。瞬は、明日乃のプラチナの瞳のように、美しいと、思った。

 瞬は、鏡子を守りたい、と思った。命に代えても……。以前に、明日乃に抱いた想いと、まったく同じだった。


「瞬君。私は、あなたが好きなの。好きでたまらない人を、失いたくないの」


 瞬は、間近で、鏡子の瞳を見つめた。


「ありがとう。僕も、鏡子さんが大好きだ。君を、たまらなく好きだって、分かってるんだだけど……僕には、どうしたらいいのか……よく、わからないんだ……」


「……分かってる。……瞬君が、天城さんを好きだってことは、知ってる。今朝だって、会えないのに研究所に行くなんて、好きだからに決まっているもの……」


 鏡子は、明け方に瞬が寮を出たことを、知っていたようだ。


「ごめんね……。同時に、二人の女性を好きになってしまった場合……どうしたら、いいんだろう……?」


 鏡子は泣きながら、笑った。


「とても簡単な話よ。どっちかをもっと好きになれば、いいだけ。だから私は、これからも、瞬君といっしょにいたい。……瞬君、お願い。明日は、試合に、出ないで。……お父様は裏で手を回したりするのを、とても嫌がる人だけど、退学の件は、宇多川の力を使えば、何とかなるかも知れないから……」


 六河川の有力家からねじ込めば、瞬の退学問題も、先延ばしくらいには、できるのかも知れない。

 だが瞬は、そこまで骨を折ってもらうだけの値打ちがある人間なのだろうか。


 鏡子のおろした髪から立ち上がって来る石鹸の匂いが、愛おしかった。


「鏡子さん。オブリビアスである僕には、逃げる場所なんて、ないんだ。僕には戻るべき過去がないから、新しく、作るしかない。君のおかげで僕は今、想い出を作りながら、人生を歩んでいる。ここまで来られたんだ。このまま、行けるところまで、行ってみせる」


「行かなくたって、いい! 瞬君は、私のそばにいて!」


 眼に涙をためて見つめる鏡子に、瞬はやさしく微笑みかけた。


「鏡子さん。僕ね、君には、いくらお礼を言っても、言い足りないんだけど、一つ今、はっきりとお礼を言いたいことがあるんだ……」


 鏡子は、涙で視界が歪んで見えないのか、何度かまばたきをしてから、瞬を見つめた。


「君は、僕の名前を、何度も呼んでくれた。長介との対戦で、コロセウムの客席から、君が僕の名を叫んでくれた時、僕はうれしかったんだ。天涯孤独の僕を、心から心配してくれる人がいる。僕の新しい名を呼んでくれる人がいる」


 瞬は、愛しい少女のラベンダー色の瞳に向って、語りかけた。


「あの時、僕は自分の今の名前を初めて、好きになれた気がするんだ。ようやく自分が、自分になったような気持だった。僕は、君が好きだと言ってくれる、自分の名前を守りたい。だから、朝香瞬一郎が逃げたとは、思われたくないんだ」


 鏡子は甘えるように、瞬の胸にすがりついてきた。


「もし僕が、婚約者から君を奪い取るつもりなら、僕は強くなければ、ならない。僕の君への想いが、いいかげんなものじゃないって、証明する必要があると思うんだ。長介にも、勝つって約束したから、それを守る必要もあるしね」


 瞬は、鏡子の背を優しく撫でた。


「鏡子さん、僕は預言者を侮るつもりはないよ。霊石は、確かに力を持っているさ。でも、人の運命を決めるのは、人だ。もし僕がここで逃げたら、君も僕も一生、そのブレスレットに縛られると思うんだ。だから、僕は、君に二つ、約束するよ」


 瞬は、腕の中にいる鏡子の耳元で、優しく言った。


「今日は暗いから見つからないけど、球は必ずあるはずだ。明日の試合に勝ったら、陽の光で、もう一度、じっくり探してみようよ 。川に落ちていたとしても、雨が降るまでは流れないと思うから」

 

 瞬の胸の中で、鏡子が顔を上げた。


「もう一つの約束。僕は明日、必ず勝ってみせる。お節介かも知れないけど、鏡子さんのために戦って、勝つ」


「お節介よ、瞬君。お願い――」


 瞬は、いきなり、鏡子の赤い唇を、自分の唇でふさいだ。


 ラベンダー光が消えていき、あたりは真っ暗になった。


 川の音だけが、ふたりを包んでいた。



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■用語説明No.34:宇多川家

名家≪六河川≫の一つ。元は富豪出身の政治家の家系である。一族に優秀なクロノスを輩出し、とりわけ軍事に重きを成した。天川家を除けば、六河川の中でも≪三旗≫に匹敵する最有力家である。

民主制に対し敬意を払い、家柄にこだわらず人材を登用しようとする風潮が、宇多川家の特徴である。また、預言者である宇多川鶴子は、多くの時流解釈士の師として、一目置かれる存在である。

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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。


次回、第三五回「炎の貴公子―大河内信也戦(1)」

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