第34話 等々力渓谷(中)
デザートとアイス・コーヒーが来ると、鏡子の顔が真剣になった。試合の話だ。
「明日の試合、実質的には準決勝が、決勝戦だと考えていいと思うわ。大河内君に勝てれば、問題なく序列五位には、勝てるから」
午前一〇時から準決勝、午後一時三十分から決勝の予定であり、瞬は、先に行われる第一試合に出場する。
ちなみに、第二試合は、序列五位と、なぜか勝ち上がってきた序列一〇八位の試合だった。
「大河内君について、改めて説明しておくわ。彼とは幼い頃から、腐れ縁でね。知らない仲じゃないのよ 」
ともに六河川の名家であるため、交流があるらしい。
「彼は傲慢だし、余り人に好かれるタイプじゃないけれど、才能がある上に、努力家なの。私や伽子のように、一つの技に磨きをかけるタイプじゃない。いうなれば、正当派ね」
鏡子は、コーヒーをひと口飲んでから、続けた。
「彼は空間操作士たることに、強い誇りを持っているの。突出して優れた能力があるわけじゃないけれど、まんべんなく、何でもこなす」
「鏡子さん、彼はどんなAPを使うんだろう?」
「彼は、愛刀の≪日光助真≫以外は使わない。よほど思い入れがあるらしいわ。TSコンバットの源流は、剣道にある。だからでしょうね、少なくとも予科では、剣技を中心に考える傾向があるの。オーソドックス志向の彼は、剣にこだわっている。剣の腕は、瞬君には及ばないにしても、なかなかのものよ。サイも、半端じゃないわ」
TSコンバットは、単なる剣道の試合ではない。所定のAPとサイを使用した戦闘競技だ。サイが勝敗を分けるのは、当たり前の話だ。
「お腹も落ち着いてきたし。それじゃ、行きましょうか」
店を出ると、大きめの車道があった。
鏡子が手をつないできた。
驚いて見ると、テレポートをするらしい。
「家は見えているんだけど、歩くと、時間がもったいないから」
確かに、敷地までは数分だが、それからが長そうだった。
「手をつなぐだけで、テレできるんだ?」
いつも鏡子の手は柔らかく、少しだけ、冷たい。
「本当はつながなくても、大丈夫だと思うんだけどね。ちょっと距離があるから、万一の時、不安だし……」
寮と宇多川家を行き来するテレポートで、必ず抱き合う儀式は、本当は不要なのだろうか。瞬としては、あの儀式を楽しみにしているのだが。
「ちなみに、テレに失敗したら、どうなるの?」
「落ちるでしょうね、途中で。すぐに再テレが必要な場合もあるわ」
場所によっては、事故につながるだろう。
重力に任せるしかない瞬には、危険なわけだ。まだしばらくは儀式を継続してもらえそうだ。
もっとも、新人戦は明日で、終わるから、全国大会までは、今日がとりあえず、最後だろうが。
ラベンダー色の帳が消えると、いつもの宇多川家の訓練室にいた。
更衣室は一つだが、広いので、分かれて、着替えられる。
瞬が更衣室を出てしばらくすると、ラベンダー色のコンバット・スーツを着用した鏡子が現れた。何度見ても魅惑的な姿で、飽きが来ないが、見惚れている場合ではない。
伽子のド派手なスーツと比べると、鏡子の慎ましい性格がわかる。
「鏡子さん、APはこれで行こうと思っているんだ」
瞬はザックから、黒い棒を数本取り出すと、キュッキュッとはめて、組み立てた。長さ一メートルほどの棒ができた。
「うん、なかなか考え込まれた構造だね」
「瞬君、それって……」
鏡子が小首を傾げていた。
「今朝、大八木君に頼み込んで、借りてきた如意棒だよ。これで、戦おうと思う」
予選二回戦の相手、大八木勲の寮に行って頼んてみたところ、喜んで貸してくれたものだ。これで、大河内を破れないか。
鏡子は、考え込むように、如意棒を見ていた。
「いくら瞬君でも、どうかしら。剣技の達人を相手に、使い慣れている刀を捨てる理由は、なに?」
「鏡子さんが言ったように、同等レベルの剣士が戦って、サイを一方的に使われれば、ほぼ勝ち目はない。相手と違う武器のほうが、まだ、勝機を見い出せると思うんだ」
如意棒と言っても無論、その昔、孫悟空が使った魔法の杖などではない。試合で、大八木が実際に使ったように、ここぞという時に、せいぜい一メートル延びるくらいだ。
「瞬君だって、如意棒なんて、使い慣れていないでしょう? それに、大河内君だって抜かりないわ、予選の情報も仕入れているかも知れない」
「だから今日、鏡子さんに特訓してもらうんだ。とりあえず、立ち会ってみてくれる? 君の≪ラベンダーの疾風≫で、来て欲しいんだ」
***
宇多川鏡子は、愛刀≪小烏丸≫を、八相に構えた。
瞬は、ふだんの柔和さを消し、真剣な表情で、左手を前に出し、右手に後ろ手で如意棒を構えている。
鏡子には、瞬に、亡き次兄の形見である≪三日月宗近≫で戦って欲しいという素朴な気持ちがあった。
瞬の如意棒を苦もなく破れば、瞬は、得物を宗近に変えるかも知れない。
鏡子は精神を集中した。身体はラベンダー光に包まれている。いつでも、踏み込めるはずだ。
だが、これまでと様子が違った。鏡子は、瞬に対し、おそれを感じた。
本選で、伽子や長介を破った瞬の実力を見せつけられたから、瞬に対し、畏怖が生まれたのだろうか。
鏡子は吹っ切るように、連続テレポートを開始した。
幼少から訓練を重ねて、研ぎ澄ましてきた攻撃方法だ。サイ・レベルの高い上級年次を入れても、予科生全体で、鏡子のラベンダーの疾風をかわせる者など、ほんのひと握りだろう。
おかしい。鏡子の連撃が、簡単にかわされている気が下。
気のせいではない。これまでとは、明らかに勝手が違った。
瞬のかわし方には、余裕があるようにさえ、見えた。
伽子に勝利した瞬は、鏡子の攻撃をすでに見切っているのか。
鏡子のサイが続かなくなる。
鏡子が、息継ぎをするように攻撃の手をゆるめ、身を引こうとした瞬間、如意棒が飛んできた。小烏丸でかろうじて、払った。
「どうして、瞬君? こんなに短期間で、連続テレポートを完全に見切ったって、言うの?」
瞬は微笑みながら、首を振った。
「いや、鏡子さんの疾風は、今でも、かわすだけで精一杯さ。君が、本当の力を出せていればね」
鏡子は、はたと気づいた。
鏡子は無意識のうちに、突然、間合いを無視して飛んでくるかも知れない如意棒を、怖れていた。
連続攻撃の最中も、瞬が如意棒を持つがゆえに想定される反撃をおそれながら、連続テレポートを続けていたわけだ。
朝香瞬という抜群の伎倆を持つ剣士が、飛び道具に近いAPを手にした時、連続テレポートは、威力を失うのではないか。
「五百旗さんと戦っていた時に、気づいたんだ。大八木君の如意棒があれば、きっと楽だろうなって、ね」
鏡子は、大きくうなずいた。
瞬は、次の試合に勝つための戦略を、ずっと想い巡らしてきたに違いない。その結果、たどり着いた結論が、如意棒作戦だったのだろう。
とすれば、今日の特訓は、いかに瞬を如意棒に慣れさせるか、に尽きるだろう。
「わかったわ、瞬君。いろいろなパターンで、テレポート、サイコキネシス、防壁をおりまぜながら、行くわよ」
「お願いします」
瞬が、鏡子に向かって微笑んだ。




