第32話 戦いの後(下)
鏡子のとりなしで事なきを得た後、瞬は、ピーマンを口に入れて、皿に箸を置いた。
「こら、瞬。もっと、食わんかい。肉、ぎょうさん買ってきてんぞ!」
直太は、肉を四つほどまとめて、瞬の皿に置いてくれた。
「懐のかたい直太にしては、奮発したね。長介風に言えば、脂肪分が多くて、高脂血症になりそうだけど」
「細いことほざくな。今晩は、宇多川家の奢りなんやぞ。ありがたく、頂戴せんかい」
あわてて礼を言う瞬と長介に、鏡子は「どういたしまして」と微笑んだ。
「でも、動物園のライオンとかじゃないんだから、和仁君、ちょっと買いすぎたかもね」
「余ったら、冷凍庫に保存しといて、また、長介に美味いもん、食わせてもらおや」
「へ、ヘルシーなレシピでね」
「ところで、瞬。今日の試合、大河内がそばで見とったんやけど、あの高慢ちきが、合宿するとかつぶやいて、帰りおったで。不気味なやっちゃ。瞬、序列二位の≪炎の貴公子≫大河内信也を、どうやって、倒すつもりなんや?」
瞬は、直太がどっさり積んでくれた焼肉に、コショウを振りかけた。出が悪いせいもあって、何度も振った。
「大河内君ってのは、どんなタイプなの? 本当に炎を使うの?」
「そんなアホな。オレンジの発動色やから、自分で炎って、わめいとるだけや」
瞬は、準決勝の対戦相手、≪炎の貴公子≫の異名をとる大河内信也について、何も知らなかった。組も違うし、実技クラスも、大河内は当然に第一クラスだから、顔さえ、知らなかった。
「大河内君は、いわば、オールラウンダー。どのサイ項目もトップ・スリーに入る。APも、まんべんなく使いこなせるわ。あえて弱点を言えば……特に、なさそうね」
瞬は、鏡子の真剣な表情も、好きだ。見ているだけで、心がはずんだ。
「つまり、今回もヤバイって、話だね……。毎回、同じシチュエーションなんだけど、何しろ最初から、実力差がありすぎるからね。基本は、出たとこ勝負だよね」
「要は、ノープランって、話やな?」
「そうとも言うね。今のところは」
瞬は、コショウ本体部分のフタを取って、ザバリとかけた。
「か、掛けすぎじゃないの? 朝香君」
「おお、いいね。久しぶりに長介の小言が聞けたよ。懐かしいね」
健康志向の長介は、常日頃、瞬や直太の食生活に対し、アドバイスを怠らなかった。あくまで善意だと分かってはいても、多少わずらわしく思う時もあった。
「君がいないと、僕の調味料使用量は、一日あたり一パーセント増えるんだ。困ったものだね……。……あれ? 誰か、『年間で三七・八倍になるじゃないか』って、ツッコミを入れてくれるの、待っていたんだけど」
瞬はひとり笑うが、鏡子が口もとをほころばせてくれただけだった。
「アホ言うな。誰が、そんな面倒臭いツッコミ、入れるかい。ワシらはお前の心配をしとるんや。長介に勝ってしもた以上は、お前が絶対、優勝せなあかんねんぞ、瞬」
瞬は、コンロの背後に眼をやったが、やはり赤いフタの調味料が見当たらない。
「やってみるさ。鏡子さんにも、長介にも約束したからね。最初から一応、そのつもりだったけど。……もしかして長介、七味、隠したね?」
「い、いくらなんでも掛けすぎだから……」
隣をのぞき込むと、長介の右手に、赤いフタの調味料が見えた。
「長介、カプサイシンは美容と健康にいいんだよ」
「て、適量ならね」
瞬は、長介としばらく見つめあっていたが、やがて同時に笑い出した。今回の対戦で、互いの粘り強い性格も、再認識できた。簡単に決着がつく話でもなさそうだった。
「大河内の話に戻すけどやな。参考までに、長介はどうやって、アイツを倒そうと、考えとったんや?」
トウモロコシを齧っている最中に振られた長介は、緊張したせいか、軸を取り落とした。試合の時とは、ずいぶん落差があった。
「き、近距離戦闘では、勝ち目がないからね。カマイタチを使うつもりだったんだ」
「参考に、ならないわね」
大河内対策を語り合ううち、瞬は自信がなくなっていく一方だった。
「ジュース、なくなってもうたな。瞬、冷やしてあるさかい、取ってきてくれ」
「了解」
瞬が冷蔵庫を空けると、ジンジャーエールのペットボトルが見えた。
――明日乃を、想った。
あの日、ボギーの部屋で、明日乃は、初めて飲むジンジャーエールをひどく気に入って、そればかり飲んでいた。
明日乃はあの時、バカ話をする同級生たちと担任といっしょに、鍋を囲んでいた。どんな気持ちで、ジンジャーエールを飲んでいたのだろうか。
振られない限り、ほとんど話もせず、プラチナ色の瞳で、瞬たちの笑っている姿を見ながら、何を想い、感じていたのだろうか。
「瞬、まだか? あと一本、買っといたやろ?」
「ごめん。今、持っていくよ」
瞬はジンジャーエールのペットボトルを手に、席へ戻った。
直太が、差し出されたグラスに注いでいく。
瞬はベッドにもたれながら、受けた。
明日乃は、あれから、ジンジャーエールを飲んだだろうか。飲むとしたら、独りで飲むのだろうか……。
***
宇多川鏡子は、ベッドにもたれて眠る、朝香瞬の寝顔を見た。
瞬は、直太がてんこ盛りにした焼肉に、黒く染まるほどコショウを掛けた後、箸を手にしたままで、眠っていた。
「気持ちよさそうに、寝てるね、瞬君……」
起きている時の瞬の表情は、知性が勝っていて、鏡子はそれも好きなのだが、眠ると、瞬の優しさがにじみ出てくる気がした。
「しっかし、授業中も、食事中も、ほんまによう寝おるな。ご馳走を食べながら居眠りするなんて、器用なやっちゃわ」
「しかたないわ。瞬君、本当に、努力してるもの」
「ま、寝かしといたろか。ごっつ気持ちよさそうに寝とるし。ワシも眠いけど……」
直太が大きなあくびをした時、長介が居ずまいを正した。
「じ、実は今日、実家に戻らなきゃ、いけないんだ。失礼な話だけど、朝香君に勝つもりで、明日の準備を色々していたものだから ……」
「ワシもそうやねん。ワシ、鹿島家では、ごっつ人気があってな。今晩から準決勝の日まで、家に泊めてもらう約束やってんや」
直太も、長介とともに、下北沢の鹿島家に二泊するという。
鹿島邸には、鏡子も一度、招かれた覚えがあった。腰の曲がった長介の祖母と、無口な従妹にとって、直太の明るさは、救いであるに違いなかった。
「じゃ、二人とも。食卓の上の食器類をキッチンに運んで。後は、わたしが後片づけをしておくから」
残りの食材を冷蔵庫や冷凍庫に入れると、キッチンの流しに食器が積み重なった。
「すまんな、鏡子ちゃん。あのバアちゃん、ワシをごっつ可愛がってくれはんねん。あんまり待たせたら、あかんしな」
「よろしく、伝えといて」
「う、宇多川さん、帰る時に、朝香君を起こしてあげてね。あのままで風邪ひいたら、いけないから」
長介と直太が出て行くと、鏡子は、リビングに戻った。
瞬は相変わらず、鼾をかいて眠っている。
鏡子は、二段ベッドの上から、タオルケットを取ると、瞬にそっとかけてあげた。
鏡子は今、瞬とふたりきり、だった。
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■用語説明No.32:第四軍情報本部
第四軍(時空間防衛軍)総司令直属の諜報組織。
情報本部には、第四軍に入隊する優秀なクロノスたちの中でも、極めて高いTSCAを持つと認められる、選りすぐりのクロノスのみが所属しうるとされる。
情報本部は、総司令天川時雄の直属であるため、第四軍の軍事行動に決定的な影響をもちうるとされ、軍の最重要機関と目されているが、活動実態は、秘匿されている
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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次回、第33話「夜、ふたり」
甘いです。




