第31話 魔弾の射手――鹿島長介戦(3)(下)
瞬の言葉を聞くうち、不思議と鏡子は、瞬が本当に勝てるような気がしてきた。根拠は、ない。
「やっぱり、アイツ、勝つつもりなんだ。……。あたしの時と同じ……。本当に、勝つかも知れない……」
「無責任なこと、言わないで。どうやって、勝つと言うのよ?」
「知らないわよ。でも、勝つって宣言して笑っているヤツを止めるのは、無理ね……」
いったい、瞬に、どんな秘策があるというのか。
誰も考えつかないような、ウルトラCが都合よく転がっているとは、鏡子には思えなかった。
無駄口を叩いているように見えたが、長介は精神の疲労を回復し、サイ発動の準備を充分に済ませていたらしい。
長介は眼を見開き、両手を大きく開いた。
カマイタチが一斉に放たれた。
無数のブーメランのように、太極に立つ瞬を襲う。
瞬は、槍回しで応戦するが、槍ごと吹き飛ばされる。いくつかをかわせても、いくつものカマイタチが 、壁面反射を含め、瞬の身体を直撃していく。
瞬は、太極に倒れこんだ。
ピッチングマシンによる特訓の成果もあって、チャクラへの直撃だけは回避したが、コンバット・スーツはずたずたに切り裂かれている。
「何なのよ? 無策? 大口叩いたけど、ハッタリだったの? 黙って、やられているだけじゃないの。カッコ悪い」
やはり、サイなしで、カマイタチを破るなど、不可能だろう。
瞬には逆転の秘策はないのだろうか。
それでも瞬は、すぐに槍を杖代わりにして、よろりと、立ち上がろうとした。だが、できない。片足を突いたままだ。
長介は、競技場へ下りない。接近戦に持ち込まれた、さっきの二の舞を避けるためだろう。
壁上に立ち、背に付けた弓を取ると、矢筒から矢を抜き取った。
「もう君を傷つけたくない。これで、終わりにしよう、朝香君。いい試合をさせてもらったよ。勝敗にかかわらず、僕は、決してあきらめない君を尊敬している」
長介は、矢を弓に番えた。
弦をキリリと引き絞る。弓の名手である長介なら、一度でどこかのチャクラに当てるだろう。
一方、瞬は、太極で、何とか立ちあがった。
右手に槍を持ってはいるが、構えているというより、槍で身体を支えているように見えた。おそらくは、立っているだけで、精いっぱいなのだろう。
コロッセオで、固唾を飲んで試合を見守る観客たちの誰もが、瞬の敗北を、確信したに違いない。
天井の開放された場外のコロセウムに、キャンパスに薫る新緑の匂いが、風に乗って来た。
瞬は、競技場の時計を見た。残り時間一分ほどを示している。
瞬は、大きく広がる青空に、ちらりと目をやった。
瞬は右手の槍を、人差し指と親指で握りなおしながら、腰を屈めた。
――突然、コロセウムに、初夏の陽光が差した。
橙色の光が、壁上に立つ長介の顔を直撃する。
条件反射で、長介が顔を背けた。
同時に、空中をブウッと通過音がした。
次の瞬間には、長介が壁上であおむけに倒れていた。
投擲された槍は、長介の光壁を破っていた。
第三チャクラを正確に痛打した槍が、落下し、コロセウムに転がり落ちて行く。
コロッセオが静まり返った。
満身創痍の瞬が、力尽きたように両膝をつき、そのまま倒れ込んだ。
――勝負あり! 勝者、朝香瞬一郎!
場内アナウンスが聞こえた後も、しばらくしてコロッセオは歓声に包まれた。
鏡子は、胸がうち震え、涙が出てきた。
朝香瞬という少年は、たとえ絶体絶命の極限状態に追いつめられても、絶対に諦めない。勝利を勝ち取るために、あらん限りの知恵と技能を使い尽くす。
宇多川家うんぬんという以前に、鏡子は、瞬の人柄に、ますます強く惹かれていく自分を感じた。
オブリビアスの瞬には、背負うべき過去も家も、ない。クロノスになる目標さえ、失っている。
やはり今の瞬を突き動かしているのは、鏡子への強い想いだ。
瞬が鏡子に抱いている好感は、鏡子も感じている。それはまだ、鏡子のように恋心とは、呼べないかも知れない。だが、瞬にとって、絶望的な試合を逆転勝利に導くほどの力には、なっている気がした。
大切に、育てて行けば、恋にも、愛にもなるのではないか。
「偶然じゃ、ないわよね……」
時流解釈士でもない瞬が、未来予知ができるはずもない。
限界を超えるサイの発動で弱っていた長介の防壁が、一瞬のまぶしさで揺らぎ、無防備となる瞬間に、槍を投擲する。とっさに思いついて、偶然を利用したにしては、あまりに出来すぎだった。
「……そうよ……瞬君は、待っていたのよ……最初から……」
試合開始前から、コロッセオは教室棟の日陰に入っていた。だが、太陽が動けば、再び競技場を陽光が照らすはずだった。
「アイツ……コロッセオに、光が差し込む一瞬を、ずっと……」
試合に向かう直前、瞬がコロッセオの全体を見たいと言い出したのは、単なる思いつきではない。
最初から瞬は、長介と普通に戦っても、勝てないと分かっていた。すでにあの時、大逆転するための作戦を熟慮していたのだ。だから、得物も槍を選んだ。
常に、勝つための数少ない機会を伺いながら、それでも万策が尽き果てた時のために、最後の謀を用意していたに違いない。
カマイタチには対抗できないと知りながら、徒手空拳で立ち向かったのも、いずれ、得られるかも知れない唯一の勝機を勝ち取るために、ひたすら時間稼ぎをしていただけだ。
「長介も、あたしたちも、皆、だまされていたけど、途中からの瞬の攻撃も、防御も、すべて、フェイクだったってこと……?」
そうだ。初夏の日差しがコロセウムを襲う瞬間、長介に、あの位置で、太極に向けて、弓を引かせるためだけに、瞬は時間を稼ぎ、敗勢を演じ続けたのだ。
鏡子は、心が震えた。
「私、今まで、『諦めない』って言葉を、間違って使っていたのかも、知れない……」
隣の席で、静かに伽子が立ちあがった。
「顔だけじゃないって、わけね。さすがは、六河川の姫君が、婚約破棄してまで、選んだヤツだけのことはあるわね。試合前の言葉、撤回するわ、鏡子。あんたの眼は、節穴じゃなかった」
敗者の長介は壁上で立ちあがると、バトルフィールドに下り、倒れたままでいる勝者の瞬を、助け起こした。
「おめでとう、朝香君。負けて、悔しいけど、それよりも、僕は嬉しいんだ。もう一度、川野辺君に匹敵する力を持つ親友を持てたことが、ね。亡くなった兄さんにも、自慢できるよ。君といっしょなら、僕はもっと強くなれるだろう。これからもよろしく、朝香君」
「僕も同じだよ。長介、君は強いね。君のようにすてきなルームメイトを持って、僕は兵学校で一番、恵まれている」
「君に一つ、お願いがある。僕の代わりに、優勝して欲しいんだ」
「……精一杯、努力してみるよ」
支えられ、支えながら、太極へ向かう二人に、コロッセオから、割れんばかりの拍手が贈られた。
***
和仁直太の近くで、大河内信也がゆっくりと立ちあがった。
「アイツはTSコンバットの初心者だが、格下じゃあねえな。しばらく、合宿を組んでくっかな」
大河内家には、時間操作士がいる。異時空間に滞在し、万全の態勢で、明後日を迎えるつもりなのだろう。
大河内が瞬の実力を認めたためだろう。
大河内は、コロッセオに溢れる熱狂の中を独り、去って行った。
***
朝香瞬は傷つき、ぐったりと疲れ切って、長介に肩を貸してもらいながら、ゆっくりと競技場を後にした。
その姿を見た観客たちが立ち上がり、二人に向かって、万雷の拍手を贈った。
二人が照れながら、ぎこちなく観客に礼をすると、ますます拍手が高鳴った。逃げるように、スタンディング・オベーションの続くコロッセオを後にすると、通路に、一人の少女が立っていた。
「瞬君、よかった……」
鏡子は、長介から奪い取るように、瞬を抱きしめた。
ふらつく身体がよろめいた。
「心配、かけたね……」
「ごめんなさい、瞬君……」
鏡子の肩が震えていた。泣いている。
「鏡子さん……どうして……泣いているの?」
「……わからない……」
瞬は戸惑いながら、鏡子を抱きしめ返した。
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■用語説明No.31:大河内家
「河」の字を姓に持つ名家≪六河川≫の一角。
もともと天川家のお抱え運転手の出であったが、主家に盲目的に従い、今の地位を得た。特に優れたクロノスや軍人、政治家を出してはいないが、世渡り上手で知られ、分家が多い。
大河内家は、天川家のために手を汚し、現体制の維持のために暗躍していると見られている。
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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。
第四章 完結です。
第五章「遠い約束」 校内の新人戦終了で、いったん完結の予定です。
次回、第三二話「戦いの後」
束の間の休息ですね。




