第31話 魔弾の射手――鹿島長介戦(3)(中)
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宇多川鏡子の隣で、五百旗伽子が足を組んだ。
同じ制服を着ているのに、伽子が足を組むと、なぜか露出部分が多くなる気がした。
試合再開の合図がされるや、すかさず長介は、バック・テレポートを繰り返した。数秒後には、壁の上にあった。
他方、瞬は動かず、太極で槍を構えている。
長介は、余裕の微笑みさえ浮かべていた。
「朝香君。やはり、君に対して、中途半端なサイは通用しないようだ。僕が今、持っている最高の技を使わない限り、君を倒すことはできない。力を温存するためだけじゃない、防壁を持たない君に怪我をさせたくなかったから、使わなかった技だけど、しかたがないね」
長介は、さっきよりも、明らかに強い光壁を、小柄な身体にまとっている。
百ミリガロア近い防壁のようだった。努力家の長介の鍛錬の成果なのだろう。
長介は、今度は両掌を瞬に向けたままで、ゆっくりとクロスさせた。
「すぐに放つつもりよ。長介のヤツ、休憩中にも、ずっとウォーミングアップしていたんでしょうね」
伽子の言う通り、休憩時間は、長介にとって、単にサイの発動準備時間だったに違いない。
長介がすばやく腕を開いた。
小さな稲妻のような青空色の光が、いっせいに放たれた。数十本はあるだろうか。
瞬は懸命によける。だが、さっきまでと違い、風撃は、瞬を背後からも襲った。壁に反射しているためだ。
瞬は、懸命によける。
が、よけきれない。
瞬は、十数本の風撃を食らい、満身創痍で、倒れた。
コンバット・スーツさえも数か所、裂け、血が流れている。頬や手の甲からの、出血も見えた。
それでも、首の皮一枚で、チャクラだけは守ったようだ。
コロッセオが、水を打ったように、静まり返っている。
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和仁直太は、思わず、フェンスに乗り出した。
「いったい何なんや、あれは?」
「すげえな、カマイタチだよ」
大河内の言葉を、ボギーが継いだ。
「新人戦レベルなのに、無茶するよな、長介も」
ボギーは、禁煙と知り、しかたなさそうにタバコを噛んでいた。
「それって、難度Aクラスのサイ、ちゃうんか、教官?」
「そうだよ。クロノスでも使えないヤツは、ゴロゴロいる。新人戦で使える予科生が出るとは、俺の教え方が上手いんだろうな」
ボギーの言葉を、今度は大河内が継いだ。
「サイは、相手次第で引き出されるもんだ。あの力を引き出したヤツも、半端ねえけどな」
いつまで待っても、瞬は、倒れたままで、動かない。
「瞬のやつ、情けねえな。立ち上がれねえのかよ。デートのしすぎか?」
「ちゃうわい。教官は、あいつがどれだけ、疲れとるか、知らんやろ?」
「勝負に、言いわけは見苦しいだけだぜ」
「もしかしたら、教官。瞬は、壁面反射しおるカマイタチをよけよう思て、寝転がっとるんとちゃうか? 不謹慎な話やけど、寝転がって背後を守るっちゅう、戦法や」
「和仁でも思いつきそうな作戦なら、鹿島の勝ちも、見えたか」
「じゃかぁしいわい」
直太は、壁上の長介が微笑んでいるような気がした。
長介は、集中力を高め、最後の攻撃準備に入っている。
次の≪カマイタチ≫で、瞬を立ちあがれない身体にしたうえで、自慢の弓でチャクラを射当てるつもりだろう。あるいは腰のダガー≪新藤五≫で突けば、いいだけだ。
「痛いだろう? 済まないね、朝香君。たゆみない鍛錬を重ねて、やっと身につけた技なんだ。準決勝で大河内君を倒すために、隠していたんだけどね。ここで負けたら、意味がないから」
直太は、食い入るように、長介を見た。眼鏡がちょうど反射して、表情が読み取れない。
長介にも、カマイタチの危険性は分かっているはずだ。長介に手加減を加えたサイの発動ができるのだろうか。それとも、川野辺隼人への想いが長介を狂わせているのか。
直太は隣のボギーを見た。
「教官! これって、ヤバいんちゃうか? 瞬はまだ防壁、ぜんぜん張れへんにゃで」
ボギーは真面目な表情で、火のついていないタバコを噛んでいる。
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宇多川鏡子の胸には、不安がとぐろを巻いていた。
「鏡子……。あれって、カマイタチだよね?」
まさしく、そうだった。
昨秋から、長介が、川野辺隼人の特訓を受け、鍛錬を重ねていると聞いていた。ついに完成させたらしい。
「競技者本人の判断だけどさ。こんな場合、審判は、瞬に試合放棄させるべきなんじゃないの?」
鏡子はめずらしく、いつもの冷静さをすっかり失っていた。気が、焦るばかりて、どうしたらいいか、分からない。
「鏡子。カマイタチは、防壁を張ってる相手に、超弩級の打撃を与える技でしょ。生身の人間がまともに喰らったら、死んでもおかしくないわよ」
伽子も内心焦っているのだろう、声が上ずっていた。
瞬はいま、鏡子のために、戦っているのだろうか。
もしもそうなら、もう、やめて欲しかった。
兵学校に残れなくてもいい。生きてさえいれば、また会える。
生きてさえ、いれば……。
鏡子は、名家の特等席の最前列で、立ち上がった。
不気味な沈黙の支配するコロッセオで、競技場の瞬に向かい、大声で叫んだ。
「瞬君! 試合を放棄して! あなたにはもう、勝ち目はないわ!」
観客たちが、いっせいに鏡子を見た。
長介も、我に返った様子で、ちらりと、鏡子を見た。
長介は視線を戻すと、瞬にうながした。
「朝香君。君を大切に思っている人の言う通りだ。僕からもお願いするよ。試合を放棄してくれないか。君の、負けだから」
瞬は槍を持って寝そべったまま、小さく首を横に振った。
「……まだ、試合は終わっていないよ、長介。君だって、これだけ連続で、サイを発動すれば、相当疲れているはずさ」
「疲れてはいるさ。僕は、君に勝つ絶対の自信がある。だけど、君の命を奪わない自信がないんだ。朝香君。君も分かっているはずだ。ガロアの防壁を展開できない君には、もう、何も、できない」
瞬は寝転がったまま、苦笑をもらした。
「悪いけど、もう一度始まったばかりの人生で、諦めグセをつけたくないんだ」
「そうやって、仰向けに寝ていれば、カマイタチの壁面反射だけは、防げるだろう。だけど、君の俊敏な動きは失われる。僕のカマイタチをすべて防げはしない。君は立派に戦ったよ。勝算のない戦いをする意味はないさ」
瞬は、槍を杖にしながら、よろよろと立ちあがり始めた。
「違うよ、長介。……諦めないこと、それ自体に、意味があるんだよ。僕が、寝転がっていたのは、ただ、立ち上がれなかったからさ。避けるためじゃない」
瞬はふらつきながら、立ちあがって、壁上の長介を見た。
「長介。僕は、君を、川野辺君の呪縛から、解き放ってあげたいんだ。事情は知らない。だけど、君のただ一人のルームメイトは、僕だ。もう、川野辺君じゃないんだよ。僕は、君の思い出の中の偶像を壊して、序列一位に勝って見せる」
「ムダだよ、朝香君。僕には君が、命を賭してまで、勝とうとする理由が分からないよ」
「決まっているじゃないか。僕が勝ちにこだわってるのは、単なるヤキモチだよ。みんながあんまり、川野辺君をチヤホヤするもんだからさ」
長介が声を立てて、笑った。
「実に、愉快な人だ。僕は君が好きだよ、朝香君。たしかに君は、僕の大事なルームメイトだ」
すぐに、長介は真顔に戻した。
長介は、十指を開いた両掌を示すように、瞬に向けた。長介の両掌は、セレスタイトのスカイブルーに明るく輝き始めた。長介の全身が光壁に覆われていく。
長介にとっても、最後の一撃のつもりに違いない。
長介は、光る両手を身体の前で、ゆっくりとクロスさせた。
「君は、川野辺君とは、違う。なぜなら、君では、僕に勝てないのだから。カマイタチを手に入れた僕に勝てるのは、川野辺君だけだ」
「……どうやら、勝って示すしか、ないようだね」
瞬は、首をコキコキ鳴らしてから、中腰になった。
「さ、ずいぶん休ませてもらって、体力が回復してきた。君のものすごいサイも、発動準備OKだろ。そろそろ試合、再開しようぜ」
口とは裏腹に、ふらつきながら、瞬は右足を踏み出して、槍を構えた。瞬は、笑顔さえ、浮かべている。




