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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第4章 TSコンバット新人戦
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第30話 魔弾の射手――鹿島長介戦(2)(上)

 宇多川家の控室で、朝香瞬は、今日も、鏡子の手料理をありがたく、美味しく、いただいた。

 その後、鏡子と二人で、コーヒーを飲みながら、対長介戦の作戦会議を開いていた。


 制服姿の鏡子に対し、瞬は、シャワーを浴びて、バスタオルを一枚、腰に巻いているだけだが、これだけ長い時間、二人きりでいると、特に緊張もしないようになっていた。


 瞬は、長介の人柄や生活態度その他は、知っているつもりだが、TSコンバットの戦い方は、ほとんど何も知らなかった。


「鹿島君は、これまでの相手とは、まったくタイプが違う。格下相手なら、普通に刀で倒すけど、同等またはそれ以上の相手に対して、刀は使わないはず。恐らく朝香君に対しても。彼は一番自信のある戦い方で、必勝を期してくるはずよ」


「得物は、何を?」


「飛び道具。間違いなく、一番得意な弓矢ね。鹿島君は、≪魔弾の射手≫の異名を取る、遠距離型サイの使い手だから。彼は、弓道の達人なの。中等部の全国大会でも、誰も寄せつけずに優勝しているわ。サイなしで」


 遠距離のサイを合わせて使うのだから、普通の速さで、矢が飛んでくるはずがない。サイを使って放たれた高速の矢に、生身の人間が反応できるものだろうか。

 接近戦に持ちこめればいいが、簡単ではないのだろう。

 矢を放たれるような距離を作った時点で、かなり窮地に立たされると考えていいだろう。


「ねえ、鏡子さん。サイで風圧を起こして、生身の人間にぶつけた場合、どうなるかな?」


 弓矢について質問されると思ったのだろう、鏡子はけげんそうな顔をしたが、考えてから、答えた。


「防壁があれば、問題ないけれど……生身で受ければ、鹿島君のサイのレベルなら、殴られたぐらいの打撃が、あるかも知れない」


「その程度のサイなら、例えば三〇分でも、打ち続けられるかな?」

「時々休みながらだったら、可能でしょうね」

「鏡子さん。サイで一番疲れるのって、結局、何なんだろう?」

「個人差もあるけど、今の私たちのレベルなら、自身の長距離テレポートかしら」


 しばらく続いた沈黙の後、鏡子が口を開いた。


「とにかく、遠距離戦闘は避けて、近接戦闘に持ちこむしかなさそうね」


 その通りだ。だが、それで、勝てるかどうか。瞬もまだ、戦い方を決めていない。

「瞬君、これを使って」


 鏡子が、宇多川家のコンバット・スーツを差し出してきた。きっと、亡き次兄への想いも、鏡子にはあるに違いない。

 瞬は、礼を言って受け取った。


 本来の優勝候補である鏡子の辞退によって、瞬の出場が可能になった経緯がある。瞬としても、宇多川家のコンバット・スーツを着用して、優勝を勝ち取りたいと思っていた。


 瞬は、背を向ける鏡子の後ろで、スーツを着た。疲労は残っているが、勝負の世界に、言いわけなど、通用しない。

 

「出頭時刻まで、三〇分ほど、あるわね」


 瞬は、鏡子の入れてくれた二杯目のコーヒーを飲みながら、少しでも身体を休める。

 ブーツのひもが緩んでいるのに気づき、締めなおした。


「鏡子さん、疑問に思っていたんだけどさ。十七期の序列一位って結局、誰なの?」


 序列二位の同列で、鏡子、五百旗伽子と大河内信也が、同ポイントで並んでいる話は、知っていた。


 瞬は、携帯端末で、更新された本選のトーナメント表を見た。そこには、序列も記載されていたが、序列一位のカイロスはいなかった。

 鏡子は、複雑な表情を浮かべてから、ぼそりと答えた。


「その表には、ないわ」

「どうして? エントリーしてないの?」

「もう、この学校にいないの。退学させられたから」

「それって、長介のルームメイトだった人?」


「そう。川野辺隼人君。十七期では、文句なしの序列一位だったわ。彼は、私たちとは、格がまるで違ったの。練習試合でも、彼には、誰も勝てなかった。最初から、鹿島君と川野辺君は、家同士の因縁もあって、特別の関係だった。川野辺家の没落には、八獣の鹿島家が大きく関わっていたから」


 民主制を守ろうとした鹿島家は、かつて、天川家を除けば≪六河川≫の最有力者であった川野辺家をまつり上げた。最終的に、鹿島家の分裂と裏切りによって、川野辺家は滅びた。幼い姉弟だけを残して。


「その川野辺君って――」

「瞬君、ごめんなさい。川野辺君は、私の最初の婚約者でね。家同士で決めた話だけど、彼のことは、あまり話したくないの 」


 同じ六河川として、複雑な事情があるに違いない。


「でも、おそらく鹿島君は、瞬君に勝つつもりよ。出場できなかった川野辺君のぶんまで、戦う気でいるわ。鹿島君は、川野辺君の退学が、自分の責任だって、思っているみたいだから」


 事情は知らない。だが、長介が新人戦にかける相当な意気込みは、馴れあいを怖れて、瞬との共同生活を中断した一件からも、明らかだった。


 しばらく沈黙した後、瞬が尋ねた。


「鏡子さん、槍のAPは、あるかな?」

「ウチの蜻蛉(とんぼ)(きり)はあるけど……まさか、次の試合で、使うつもり?」


 鏡子は、控室のロッカーから、斜めに立てかけてあった長さ三メートル強の槍を、瞬に見せた。

 戦国時代、徳川家の猛将、本多忠勝が愛用した槍と伝わる名槍を模したAPアタック・プロモーターらしい。ずしりと重みがある。


「これ、使わせてもらっていいかな?」

「かまわないけど、使い慣れた宗近を捨てるのは、賭けになるわね」


 カイロスのTSコンバットのルールでは、ダガーの他に、指定APの中から一つのAPの使用しか許されず、試合中の変更も認められない。

 うまく行かなければ、それまでだ。


「冒険しないと、長介には勝てないと思うんだ」


 鏡子が心配そうな表情で、尋ねた。


「槍は、使えるの? 瞬君」


 瞬は、左前を半身にして、槍を構えてみた。槍回しをして、ぶんぶんと風を鳴らしてみた。


「すごい。かなり使えそうね」

「頭はともかく、身体は憶えているみたいだ」


 ――第二回戦に出場する競技者は、コロッセオ控室に、集合して下さい。


 校内アナウンスが聞こえた。緊張に胸が高鳴った。



***

 宇多川鏡子は、立ちあがって、瞬をうながした。

 瞬は、≪蜻蛉切≫を小脇に挟みながら、鏡子に尋ねた。


「鏡子さん、今度の試合は、違うコロッセオだよね。全体を見下ろせる場所はないかな?」

「そうね。二号館の屋上からは、良く見えると思うけど。行ってみる?」


 瞬がうなずくと、鏡子は瞬に近寄って、抱き締めた。ごつごつした若者の身体だ。自分とは、ずいぶん違う。


「あまり時間がないから、テレポートで連れて行ってあげる」


 瞬は相変わらず顔を真っ赤にしているが、鏡子はそれほどでもないはずだ。

 遠距離テレポートと違って、抱き締める必要もないのだが、鏡子は自分のラベンダー光で、瞬を包み込んでいく。


 しばらくの後、ふたりは、二号館の屋上にいた。


「五月晴れだね。実に、いい天気だ。雲ひとつないや」

「ねえ、瞬君。新人戦が終わったら、うちの別荘に行かない? 温泉もあるし、リラックスできるわよ」

「それは、いいね」

「これだけ、がんばったんだもの。それくらいのご褒美がなきゃね」


 瞬が鏡子にくれるご褒美だと、意味は通じただろうか。鏡子とともにいることが、瞬にとってのご褒美でもあれば、鏡子は幸せなのだが。


 瞬は、初めてキャンパスを訪れた観光客のように、コロッセオや、教室棟やらを眺めていた。


 春の日ざしが、まぶしい。



   †

 宇多川鏡子は、コロッセオの特等席に座っていた。


 明らかな差別的取り扱いだが、名家の関係者には、自動的に最良の座席位置が割り当てられるのが、兵学校の伝統だった。


「で、勝てそうなの? あんたの彼氏?」


 昔から五百旗伽子は、ストレートで、容赦がなかった。


「イーストサイドの席も、まだ空いているわよ」


 TSコンバットでは、東西に設けられた出入り口から、競技者が入場するが、序列によって東西の割り当てが決まっている。

 序列が低い競技者はウェストサイドから入る決まりからだ、最下位の瞬は、常にウェストサイドに割り当てられるわけだ。観客席も、東西に分けられている。


 伽子は、鏡子の反応にかまわず、隣に座ってきた。伽子は、≪六河川≫よりさらに格上の≪三旗≫だから、当然、特等席に座ることができた。


「あたしは、こっちでいのよ」


 伽子は、婚約破棄の一件について、鏡子を責めるつもりに違いない。


「伽子は、どちらを応援しているの?」

「決まっているじゃない。美男子のほうよ」

「あなただって、面食いじゃないの」

「あら。あたしがいつ、面食いじゃないって、言った?」


「あなたはもう、新人戦には関心がないと、思っていたけれど」

「ヘン。そりゃ、関心くらい、あるわよ。今となっては、アイツに優勝してもらわないと、あたしが負けた理由を説明できないじゃないの。それにさ……」


 伽子は、横目で鏡子を睨んだ。


「残念ながら、兄貴はあんたにゾッコンだからね。どんな男が鏡子の心を射止めたのか、関心があるだろうし。あんたの眼は、節穴だったって、報告したいとは思っているんだけどさ」


 紆余曲折(うよきょくせつ)を経て、鏡子の現在の婚約者は、伽子の兄になっていた。≪三旗≫の家柄だから、≪六河川≫としても、申し分ない話ではあった。


 鏡子も、瞬に出会うまでは、別にそれでもいいと、思ってはいた。正式な破棄はまだだが、鏡子の心は決まっていた。


「あんたにフられるんなら、それなりの男じゃないと、同じ落ち込むにしても、納得がいかないでしょう?」


 申しわけない気持ちはあるが、鏡子には、失恋した男性の本当の心まで、分からない。


長いため、上中下でお送りします。

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