第29話 魔弾の射手――鹿島長介戦(1)(下)
――ぼ、僕も、お兄ちゃんのように、新人戦で、二校(第二兵学校)の代表になってみせるからね。
――そうか、長介。そいつは頼もしいな。兄ちゃんも楽できそうだ。
――だ、だから、お兄ちゃんのコンバット・スーツ、使って、いい?
――あんなに古いのより、新しいのを使えよ。
――で、でも、お兄ちゃんのを、使いたいんだ。
――わかったよ、好きにするがいいさ。
これが、最後の会話になった。
長介は、何か遠大な野望を抱いて、兵学校に入学したわけではなかった。
クロノスになって、世が救えればもちろんいいが、自分はそんな器ではないと思っている。
長介はただ、優しい兄の喜ぶ顔を見たいがために、鍛錬に励んできたのだと思う。
兄は一言も漏らしたことはないが、恐らく≪赤光のメデューサ≫の正体を突き止め、復讐を遂げるつもりだったのだと、長介は思っている。ならば長介が、兄の遺志を継がねばならぬと、思い定めてもいた。
大災禍の起こった日の朝、長介は兄に約束した。第二兵学校の代表になる、と。
あの頃、長介の総合序列は、五位だった。序列一位の川野辺隼人には、とうてい及ばない。だが、幼馴染の鏡子、伽子、大河内信也には、努力次第で、手が届きそうな位置にいた。
新人戦では準優勝をすれば、全国代表になれる。隼人と別ブロックにさえ入れれば、代表になれる可能性があった。
だが突然、兄がいなくなって、長介は絶望のどん底に突き落とされた。
悲嘆のあまり、寝こんで、実家に引きこもった。大災禍の後にしばらく休校していた兵学校が再開されても、心配したルームメイトの川野辺隼人と和仁直太が、強引に迎えに来るまで、登校しなかった。
哀しみに身を任せて、鍛錬もしなくなった。当然ながら、序列は下がった。川野辺隼人も、兵学校を退学させられた。
だが、この春、新しいルームメイトの、朝香瞬に出会った。瞬は、すべての過去を奪われても、前向きに生きようとしていた。
瞬の明るさと優しさに、長介は元気をもらい、長介は立ち上がろうとしていた。
新人戦を勝ち抜くことは、瞬への恩返しでもあると思っていた。
物思いに耽るうち、食事も終わった。
「長介や、今晩と明日、あの元気な子が、泊まりに来るんかえ?」
「う、うん。和仁君が来るよ。準決勝に備えて、特訓の手伝いに、来てくれるんだ」
「そうかい、賑やかになるねえ」
「今晩は寝るだけだと思うけど、明日は一日、屋敷で特訓するから」
今日で、朝香瞬の新人戦は、終わる。長介は、寮で、ルームメイトの善戦をねぎらってあげてから、直太と鹿島家に戻るつもりだった。
死に絶えたような鹿島家に、光をもたらしてくれるのは、川野辺隼人がいなくなった後、和仁直太だけだった。祖母はもちろん、従妹でさえ、直太の明るさには、心を開いているようだった。
†
鹿島長介は、徒歩でキャンパスに入ると、まっすぐ、鹿島家の控室に向かった。試合直前に無駄なサイを費消する必要はない。公共交通機関を使っての通学だ。
個室の数は、充分にそろえられているから、力を失いつつある八獣家の子弟にも、控室は割り当てられていた。
長介は、兄の形見のコンバット・スーツを身に着けた。一昔前に流行したデザインだが、愛着があった。
鹿島家の愛刀、「新藤五」を腰に差した。
刃長は二十五センチメートルあまり。汎用型のダガーより短めだが、万一の場合にしか使わない得物で、長介にとっては、お守りのような物だった。
***
和仁直太の内心は、おだやかでなかった。
瞬と伽子の試合結果を伝えようと、長介の携帯端末に何度も連絡したが、長介は出なかった。
だいたい、長介はいざTSコンバットになると、練習試合でも、人が変わった。外との関係をほとんどシャットアウトして、試合に集中してしまう。
直太は、さっきから幾度か、訓練棟の上階にある鹿島家の控室を訪れているが、誰かのいる気配はなかった。
念のため、ノックをしてみる。
中から返事が聞こえ、ドアが開いた。
「やあ、和仁君」
「やっと会えたぞ、長介。どこにおったんや? 瞬が、五百旗に勝ちおったぞ。二回戦の相手は、瞬や」
直太は勧められるままに、ソファに腰かけた。長介がお茶を淹れてくれた。
「長介。瞬は、ごっつ手強いぞ」
「さすがは、朝香君だね。彼が勝ちあがってくる気も、少しだけ、していたよ。でも、心配はないさ、和仁君。強い敵に対して、僕の戦い方は変わらない。僕の一番得意な方法で、勝つだけさ」
長介は、実家から持って来たらしい、上等そうな和菓子を長介に勧めながら、ほほ笑んだ。
「もちろん準決勝のことを考えると、相手が朝香君のほうが、僕にはありがたい。五百旗さんを倒すには、ずいぶん体力を使うだろうからね。朝香君には済まないけど、僕は必ず勝つ。川野辺君のためにも、ね」
直太は大きくうなずいた。
長介もまた、直太と同様に、川野辺隼人が退学になった一件で、親友を守れなかった責任を感じているに違いない。
本来であれば、隼人こそが、国立第二兵学校、第十七期でダントツ最強のカイロスとして、新人戦を全国大会まで制覇すべきだった。
学年が変わっても、序列一位がまだ変わらないのは、一年次の途中までで積みあげた隼人の総ポイント数に、まだ、二位以下が及ばない事情もある。
だが、名簿から「川野辺隼人」の名前が消え、序列が一つ繰り上げになっても、予科生たちがなお、序列一位の座を空けて、自分の序列を語るのは、いつかまた、川野辺隼人が戻ってくると信じているからだ。
これは、兵学校側のとった退学処分という措置に対する、予科生たちの継続的な抗議の意思表示に他ならなかった。
「朝香君は、まだ、サイを使えないんだよね?」
「ぜんぜん。アイツが、使えるわけ、ないやんけ」
長介が小さく笑った。
「それなら、朝香君に、勝ち目はないよ」
長介は二重人格なのではないか、と直太は時々、思う。
ふだんは内気で、優しい少年だが、いざ試合となると、まるで人が変わる。吃音も吹っ飛び、自信たっぷりの口調になった。
長介は完全に、試合に集中できる体勢に入っていた。
体調も万全、絶好調と言っていい。予選の二試合を見たが、長介は完全復活をとげている。
今の長介は、優勝しか、考えてない。隼人の代わりに優勝するつもりだ。
長介はすでに、瞬との戦いの後を見すえている様子だった。
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■用語説明No.29:最後の産業革命
時空間操作に関する技術革命。Last Industrial Revolutionを略記して、LIRとも呼ばれる。
究極の空間移動であるテレポートを可能とし、過去の改変を可能とする時間操作技術は、その後の時流解読により≪終末の日≫が予知された事情もあり、「最後」の産業革命と呼ばれている。
西ノ島の大規模隆起により、古代に落下した隕石中の≪輝石≫が発見されたことに端を発する、日本発の技術革新である。
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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。
次回、第三〇話「魔弾の射手―鹿島長介戦(2)」




