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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第4章 TSコンバット新人戦
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第26話 エメラルドの彗星――五百旗伽子戦(1)(上)

 朝香瞬は不覚にも、初対面の少女に見とれていた。


 腰まで届きそうな栗色の長髪が良く似合う、エメラルド・グリーンのコンバット・スーツは、世界に一つしかない特注品だと、ひと目でわかった。


 既製の汎用型Cスーツよりも、さらにボディラインを強調するように、生地が身体に密着して、刺激的だった。防具というより、風変わりな水着のようだった。


 腰には、深緑の(さや)の大小をさしている。いかにも特注品の鞘だ。


 鏡子の隣であるにもかかわらず、瞬は言葉を失っていた。


「何、あたしの身体に見とれてんのよ、あんた? カイロスにとっては、光壁こそが防具。だから、あたし専用のCスーツは、規格ぎりぎりの防御力に抑えてあるわ。そのぶん、軽くて、動きやすい。抜群の敏捷性が得られるのよ」


 伽子は、ずいぶんな早口だった。


 瞬はじっと見ていられず、視線をそらした。

 少女は構わず、つかつかと歩み寄ってくると、腰の細いくびれに両手をやりながら、瞬の顔をじろりと見た。


「あんたが、あたしの次の相手、序列一七六番ね。名前は忘れたけどさ」

「朝香瞬です。よろしく」


 瞬は改めて、少女を見た。

 どうやら、この少女が、鏡子と同じ序列二位の五百旗(いおき)伽子(かこ)らしい。

 鏡子とは、まるでタイプが違うが、直太が言ったように、美しさでは引けをとらない。

 鏡子の≪六河川≫よりもさらに格が高いとされる≪三旗≫の名家、五百旗家の令嬢だ。

 伽子は、犬がうろつくように、瞬の周りを二、三周した。


「あんた、序列最下位だって、聞いたけど、本当なの?」

「うん。まあ、残念ながら……」


 伽子は、見くだすように、胸を張った。鏡子ほどではないが、ボリュームがある。


「そんなヤツが何で、本戦にまで、出てくるわけ?」


 伽子が機関銃のような口を開こうとした時、瞬のかたわらにいた鏡子が、かばうように、前へ出てきた。


「伽子は、順調に勝ち進んでいるようね」

「順調? 当り前よ。天才が努力しているんだからさ。今のあたしの連続テレポートを見切れるヤツは、同期に、いやしないわ」


 同じ年ごろの名家の令嬢として、幼なじみと聞いてはいたが、仲はあまり良くないらしい。鏡子の人柄を考えると、おそらくは伽子のほうに、原因がありそうだったが。


「それじゃ、優勝を、狙いに行くつもりかしら?」

「当然でしょ。それにしても、六河川の御令嬢ともあろうお方が、新人戦にエントリーし忘れるなんて、前代未聞の珍事よね。あたしにとっちゃ、優勝候補が一人減るんだから、ありがたい話だけどさ。あんたのムダにでっかい胸を、あたしの安綱(やすつな)でイジめてやろうと思ってたから、拍子抜けしたわよ」


 ≪安綱≫とは、腰にさしてある愛刀のことだろう。


 毒舌を吐きながら、伽子は、瞬の顔をまじまじとのぞき込んで来た。口こそ悪いが、伽子の上品な顔を間近で見ると、ドキリとした。


「ねえ、一七六番。あんた、どうしてクロノスになるの?」


 オブリビアスの瞬にとって、クロノスを目指す理由はまだ、はっきりとしていなかった。

 瞬の返事など待たずに、伽子は続けた。


「空間屋なんて、しょせんエリート・コースから、外れてんのよ。あたしたちが何をしたって、時間屋には勝てないんだからさ。本当は、あたし、空間なんかじゃなくて、時間をやりたかった。でも、できなかった。なぜか、分かる?」


 首を傾げる瞬に対し、伽子は自嘲気味に笑った。


「あたしの身体に、イギリス人の血が半分、流れてるからよ。国籍は日本にしてやったのにさ。結局、五百旗(いおき)の家じゃ、あたしだけが、格下の空間屋の道を歩かされてきた。分家以下の扱いよ」


 伽子は、長い髪を優雅なしぐさで、かき上げた。


「あたしは、時間士にも負けない最強のクロノスになって、絶対にヤツらを見返してやる。だから、優勝以外、あり得ないの。下々のあんたには、分かりっこない話だけどさ」


 伽子は(なぶ)るように、ジロジロと瞬の顔を見た。


「ふん。顔だけは、上等じゃないの。でも、ルックスだけで決めるなんて、鏡子らしいわね。あんた、昔から、面食いだから」


 剣呑(けんのん)な雰囲気に、鏡子が、伽子に向って、一歩踏み出した。


「伽子、あなたとは前に、絶交したはずでしょう? 無視するなんて、大人げない真似は、しないけれど、あいさつにしては、話が長すぎるんじゃないかしら?」


 二人の美少女の間には、何やら因縁がある様子だった。


「へん、あたしは、序列一七六番相手に話していただけよ。あんたが勝手に乱入して来たんじゃないの」


 伽子は、鏡子に向って、指を突き付けた。


「鏡子、ようく憶えておくことね。あんたの幸せをぶち壊すのが、あたしの幸せなんだってことを。この格下を叩きのめせば、溜飲が下がるってものだわ」


 瞬は、喧嘩腰の伽子と鏡子の間に、あわてて割って入った。


「まあまあ、五百旗さん、相手は僕なんだから――」

「おだまりなさい! あんたのせいで、話がややこしくなってるんだから! あんたが諸悪の根源なのよ!」


「え? どうして、僕が……」

「あたしには、個人的に、どうしても、あんたを倒さなきゃいけない事情があるの」


 瞬には、思い当たる節がなかった。


「人はね、知らないうちに、人を傷つけているものなのよ 」


 名家同士で、こみ入った事情があるのだろうか。うつむき加減の鏡子に尋ねるほど、瞬は野暮でもない。


 伽子は、今度は鏡子に向かい、整った顔を突き出した。


「それにしても、こんな下賤(げせん)の出の男のために、大事な婚約を破棄しようなんて、宇多川家らしいわね」

「え? 何の話? 本当なの、鏡子さん?」


 瞬は、寝耳に水の話にあわてたが、鏡子が堅い表情で説明した。


「……本当の話よ。私には、婚約者がいるの。家の都合で親同士が決めた話だけど……」

「鏡子さん……それを……破棄したの?」

「まだ正式じゃないけど、お父様には申し上げてあるわ。私、瞬君に対して、いい加減な気持ちじゃないから。婚約相手にも、失礼だし」


「手紙の封でも切るみたいに、よく婚約を破棄なさる令嬢だこと。これで、何度目かしらね。あんた、美人だったら、何してもいいって、わけじゃないのよ」


 鏡子がずいと、伽子に近づいた。


「伽子。この話はこのあたりで、いいかしら。瞬君には、関係のない、家の話だから」


 伽子は腕組みをしながら、瞬をちらりと見た。


「ヘン。原因になっている男の前で、ハッキリしといたほうがいいんじゃないの? 鏡子。あんた、婚約を破棄される相手の身になって、モノを考えたこと、ないでしょう? 男をフッた経験しかないあんたなんかに、失恋の痛みがわかるわけもないか」


 一触即発の非常事態に、瞬はあわてた。


「五百旗さん、ちょっと待って。鏡子さんが婚約を破棄するとしても、とりあえず、君には関係のない話なんじゃ、ないかな?」

「関係ない、ですって? 大ありよ。バカも、休みやすみ言いなさい」

「五百旗さんは、鏡子さんの友達かも知れないけど――」

「友達なんかじゃないわ!」


 鏡子と伽子が口をそろえた。


「それじゃ、なおさら――」


 鏡子が瞬の腕をそっとつかんだ。


「瞬君、いいの。この件については、悪いのは、私だから。でも、伽子。はっきり言っておくわ。私は真剣だから。自分の未来は、自分で決める。もうあなたなんかに、邪魔されないから」


 伽子は青筋を立てて、怒った。


「ヘン。未来なんてね、あたしたちが知らないだけで、最初から決まってんのよ! あんたの場合は、お先真っ暗ってね。≪三旗≫を敵に回してまで、こんな顔だけの男を取ろうなんて、宇多川家の面々、等々力渓谷に並んで、湧水で頭冷やして、考え直したほうがいいわよ。明日、コイツをあんたの目の前でぶちのめして、思い直させてやるからさ」


 伽子は勝ち誇ったように馬鹿笑いすると、瞬に向かって、細くしなる指を突きつけた。


「一七六番。あんたに一つ、約束してあげるわ。予選二試合と同様、あたしが、瞬殺してあげる。明日の試合は、気づいたら、もう終わっているわ。宇多川の令嬢の火遊びが、いかに見っともないか、世に証明してやるのよ」


 さすがに序列二位に君臨するだけあって、圧倒的な自信だった。敗北の可能性を微塵も考えていないらしい。

 たしかに、今の瞬には、鏡子に勝つ自信が皆無だった。裏返せば、そうなるのかも、知れない。


 伽子が、瞬の眼をにらんでいる。

 にらめっこでは勝てそうにもない。瞬が微笑みかけると、伽子はプイと横を向いて、きびすを返した。


 肩で風を切るように去っていく伽子の後ろ姿を見ていると、左の肋骨付近を、ツンと突かれた。

 鏡子の人差し指だった。


「まさか瞬君。伽子の、品のないCスーツに見とれているんじゃないでしょうね」


 半ば図星の指摘に、瞬は頭をかいた。


「昔は、あんなんじゃなかったんだけど、人は変わるものね……。さ、瞬君。戻って、作戦会議、開きましょ」


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