第25話 二つ名なし――大八木勲戦(下)
試合開始から一〇分ほどが経過した。
大八木が初めて攻勢に出た。瞬に似て、チャクラのヒットのみを狙う正確無比な打撃だ。
瞬が守勢に回る。
瞬には明らかに疲れが見えた。だが、チャクラへの攻撃はかろうじて、かわしている。
「なあ、鏡子ちゃん。大八木は一回戦で、五秒で相手を倒しおったんや。ぜったいなんか、かくし技、使いおったはずやろ? なんで、今回は温存しとんにゃろ?」
鏡子も最初、疑問には思っていた。
だが、二人の戦いを見るうち、大八木の冷徹な計算が、鏡子にはわかり始めていた。
「しょせんは格下だとあなどって、無警戒の序列九位には、通用する技だった。大八木君はきっと、同じように抜群の通常戦闘能力を持つ者として、最初の立ち合いの瞬間に、瞬君の力量を見きわめたんだと思う。瞬君の抜群の反射神経と剣技の前には、かくし技が見切られてしまうと気づいたのよ。だから、待っているのよ」
直太がゆっくりとうなずいた。
「瞬は、ミッキーとの試合で、最初から疲れとる。このまま、持久戦に持ちこんで、瞬の身体が動かんようになった時に、使いおるわけか。。反射神経もなにも、反応できんようになってしもてから」
直太の分析の通りだ。大八木は明らかに、瞬の疲れを待っている。そのために瞬を攻撃し、あるいは瞬に攻撃させているのだった。
だが、瞬の不利は、それだけではなかった。圧倒的に不利な点がもう一つ、厳然として、あった。
大八木はもちろん、瞬もそれに気づいているだろう。
「やっぱり大八木のヤツ、ほとんどサイを使うとらへんな」
大八木は、瞬と違って、サイを使えないのではない、使っていないだけだ。最低限のうすい光壁しか、展開していない。
「たとえ二人の伎倆が、伯仲するレベルであっても、二人は最初から、対等じゃない。大八木君は一つ、瞬君が持っていない技を、使える」
「……サイ、やな。……ごっつ、不利やのう……」
序列一六七位といえども、サイを全く発動できないわけではない。そうでなければ、二年次に進級できはしない。今の瞬は、学籍維持要件さえ満たさないサイ発動レベルであって、論外だが、大八木は、そうではない。最低限のサイなら、発動可能だ。
鏡子や直太なら、当たり前のように使えるサイが、対瞬との関係では、圧倒的に有利な必殺技となるわけだ。
これまで鏡子たちは、もし瞬にサイが使えたら……と、願望のような仮定をしばしば置いてきた。だが、大八木はまさに、瞬に匹敵する伎倆を持ちながら、サイを使えるわけだ。
序列九位があっけなく敗退した結果も、十分にうなずけた。いや、大八木には、瞬と同様、番狂わせの優勝を狙う実力さえ、ありそうだった。
「大八木は、まさにダークホースやな」
†
宇多川鏡子は、観戦スペースの一番前で、身を乗り出して、試合の行く末を見守っている。
「朝香君。俺と君は、同じだよ」
瞬の猛攻撃をかわし切って、身を引いた大八木が、片笑みを浮かべた。
「最優秀のクロノスの成長過程は、二つに分かれるそうだ。最初からサイをバンバン使える天才肌の早熟タイプ。これは、わかりやすい。それともう一つ、俺たちのような遅咲きタイプだ」
大八木は、チアガールが回すバトンのように、黒い棒を回転させた。
「だが、最強のクロノスはたいてい、遅咲きらしい。理由は、簡単だよな。サイを使わない生身の状態ですでに強い者が、サイを武器に使えるんだからさ」
無駄口を叩きながらも、大八木は瞬のスキを虎視眈々(こしたんたん)と狙っている。
瞬を見ると、肩で息をしていた。すぐに反応できるよう、身体を常に動かしてはいるが、大八木が駄弁っている間、ありがたい小休止をもらっているような、あんばいだ。
「だが、朝香君。この勝負は、俺の勝ちだよ。遅咲きの俺でも、サイを少しは使える。だが、君のサイはエンハンサーが光を宿しもしない。君の才能はつぼみだよ。まだ、咲いてさえ、いないんだ。第十二クラスの劣等生だけじゃない。みんな、知っている、有名な話さ」
瞬のあごから、汗がしたたり落ちた。ふだんは饒舌な瞬も、言葉を返す余裕がないのだろう。
「朝香君。同じ大器晩成型として、君とは友達になりたいもんだよ。習熟度別では、せっかく同じクラスなんだからさ。序列一六七位の俺が優勝したら、お祝いしてくれないか?」
瞬は、三日月宗近を下段に構えながら、うなずいた。
「ああ、優勝できたら、祝福してあげるよ。君と友達になることにも、異存はないさ。だけど、君に優勝は難しいだろう。僕は、君に勝てると思うから」
鏡子は、瞬の整った顔を凝視した。
瞬は、ハッタリや負け惜しみを言って、みじめに負けるような人間だとは思えない。きっと何か、勝つための秘策を持っているはずだ。
大八木は残念そうな表情で、苦笑を漏らした。
「俺は、君を買いかぶっていたかも、知れないな。自分が置かれている状況さえ、読めないとはね」
「たしかに僕はもう、ヘトヘトだ。身体じゅうが痛い。君と違って、サイも使えない。でも、その僕が、君に何度も同じ攻撃パターンをしかけたのは、君が試合中に一度しか使えない、サイの秘密を探るためさ」
「ハッタリだな。一度も発動していないサイを見切るなんて、無理だよ。おたがい、預言者の適性はなさそうだからな」
瞬は動きを止めて、三日月宗近を青眼に構えた。鏡子のような面食いでなくても、ほれてしまう美男子だと思う。
「こうやって、君と無駄口を叩いている間に、体力が回復してきたよ。残り時間は、五分。さすがに延長戦までは、身体がもたない。このあたりで、ケリを付けさせてもらうよ」
自信ありげな瞬に対し、大八木は怒ったような顔で、対峙していた。
「なあ、鏡子ちゃん。大八木はどう出おんね? ワシには、なんも分からへんで。瞬はホンマに見切っとんのか?」
鏡子にも、わからなかった。大八木の戦法も、それに対抗できるという瞬の作戦も。
先に瞬が踏み込んだ。
残り時間を考えれば、これが、最後の攻守になるだろう。
が、大八木は、後退した。三メートルほどの間合いは狭まらない。
瞬は、中段の構えから片足を一歩後ろに引いて、脇構えに変えた。
その途端、大八木が動いた。
瞬の背中側から、足元のチャクラを狙うつもりか。違う。
大八木が黒い棒を突き出す。下腹部の第二チャクラを狙っている。
だが、距離があり過ぎる。届かないはずだ。
鏡子は、わが目を疑った。
大八木の黒棒は、にわかに倍以上の長さに伸びたように見えた。しかも、目にもとまらぬ速さで突き出された。黒棒の動きにテレポートをかけたのだろう。
が、さらに驚いたのは、瞬の動きだった。突然、伸び、高速で突き出された黒棒を、瞬は、難なく宗近で打ち落とした。まるで、待っていたように。
それだけではない。
瞬は、黒棒の上に立っていた。
数瞬の出来事だった。瞬は、黒棒の上を駆けのぼる。
大八木が手をやる。遅い。
すでに宗近が、大八木の頭頂を打っていた。
第七チャクラへの攻撃が決まった。
――勝負あり! 勝者、朝香瞬一郎!
場内アナウンスが響いた。
鏡子はしばらく、言葉が出なかった。
TSコンバットを見て感動する試合など、近ごろ、見ていなかった。サイ発動の優劣にばかり、目が行っていた。
敗れた大八木は、どこかスッキリした表情で、立ち上がった。
だが、勝ったはずの瞬が、立ち上がらなかった。大八木の頭を飛び越えて着地していたが、過労のため、足腰が立たないらしい。
大八木が苦笑しながら、手を差し延べた。瞬は頭をかきながら、その手を取った。
どちらが勝者か、わからない。
両者が一礼して、試合が終わった。
観戦スペースから駆け出た鏡子が、瞬に声をかけようとした時、大八木が再び、瞬に歩み寄った。
「見事だよ。朝香君。約束通り、ダチになってくれるかな?」
「もちろん。今度、一緒にランチでも食べよう。アメリカ人の同級生に、美味いランチを教えてもらったんだ」
大八木はさわやかに笑った。
「俺の如意棒をかわすとは、君もよほどの鍛錬を積んでいるんだろうな?」
「ああ、かれこれ富士山の倍近くね。僕は、ある人から、特訓を受けていてね。済まないけど、彼女の連続テレポートは、君の如意棒より、数段早い。しょせん僕たちは、遅咲きなのさ。でも、伸びしろがあると前向きに考えようよ」
瞬が笑顔で笑いかけると、大八木 も笑った。
「賛成だ。気長に行こう。朝香君、最後に一つ、教えてくれ。なぜ、やる前から、俺の技が分かったんだ?」
瞬は、真顔に戻って答えた。
「君が言ったように、僕と君は同じタイプだ。伎倆もほとんど変わらない。僕なら、どうするかを考えれば、自然に答えが出たよ。僕はつけ焼き刃だけど、空間操作理論の基礎を学んだ。僕より少しできるだけのサイを一度で有効に使うなら、方法は一つだ」
瞬は、手でペットボトルの形を作った。
「ほら、僕たちは、水の入ったペットボトルさえ、まだ満足に動かせない。だから、重い自分の身体を動かすために、貴重なサイを発動なんてしないし、しても無駄だ。だったら、APのテレポートしかないよ。それも、できるだけ軽い得物を使ってね。君の黒棒は、防御には使えても、やはり攻撃には使いにくい。何か仕掛けがなきゃ、不自然だと思ったからね」
鏡子にも、腑に落ちた。
大八木は、如意棒の伸びに加えて、如意棒にテレポートを使い、超高速で突き出して、チャクラをヒットしようとしたわけだ。
「後ろに、十七期のマドンナが来てるぜ、じゃ」
二人が握手して別れる姿を見届けると、鏡子は、ふり返った瞬に、ねぎらいの言葉を送った。
「瞬君。素晴らしい試合だったわ」
瞬が満面の笑みを浮かべて、鏡子を見た。
「ありがとう、鏡子さん」
「今日はもう、試合がないから、普段着に着替えたら? その後、お昼にしましょ。あれ、左腕が……。瞬君、腕を見せて」
Cスーツの袖をまくると、左の前腕が腫れあがっていた。
「大八木君の攻撃も、半端じゃなかったからね」
「早く手当てしなきゃ」
「あらあら、宇多川家のお嬢様に、看護師の真似事をさせるなんて、三旗の御曹司かなんか、かしらね」
鏡子がふり返ると、腰まで届きそうな栗色の髪を、優雅にかき上げる少女が、挑戦的な表情で、立っていた。
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■用語説明No.25:二つ名
TSコンバット戦の出場者について、自身が名乗り、または第三者から付けられる別名。伝統的に、予科生たちが自主的に運営しており、兵学校の正式な制度ではない。動作光、霊石、得意技を含ませる場合が多い。序列が低い場合には、二つ名がない場合が多い。
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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。
※大八木君は、姓の都合上、ほぼ自動的に、下の名前が決まってしまいました(笑)。名優でしたね。
※次回、第二六話「エメラルドの彗星――五百旗伽子戦(1)」
もう一人のヒロインが登場します。




