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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第4章 TSコンバット新人戦
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第25話 二つ名なし――大八木勲戦(上)

※鏡子視点で始まります。

 宇多川鏡子は、訓練棟の最上階にある部屋に、朝香瞬を案内した。


「鏡子さん。ここ、どこなの?」


「あまり良くない話なんだけどね。新人戦とかのイベント用に、三旗や六河川には、学校側から、個室が割り当てられているの。私は出場しないから、うちからは今日、誰も来ていないけど。部屋に、救急道具は常備してあるから」


 鏡子は部屋のドアを施錠すると、ソファにバスタオルを敷いた。


「瞬君。スーツを脱いで、そこに横になって」

「え?」


 瞬がとまどった顔で、鏡子を見ていた。


「いえ、手当をしてあげるだけよ。タオルを適当に使って」


 鏡子は、瞬がコンバット・スーツを脱ぐのを手伝った。汗でぴったりと肌にひっついて、脱ぐのも、ひと苦労だ。

 下半身のほうに瞬の手がかかると、鏡子は、瞬に背を向けた。スーツの下は、全裸だ。


「そっち、見ないから。汗も、ふいて」


 床にスーツが落ちる音がし、身体をぬぐう音が終わると、鏡子は向きなおった。

 やせ型だが、筋肉質の少年の半裸があった。腰もとをバスタオルで、覆っている。


「やっぱり打ち身がひどいわね。手当てしておきましょ」


 二年次で随一であろう膂力(りょりょく)に、三〇分近くの間、耐え続けた瞬の身体には、あちこちに打ち身が、できていた。


 チャクラこそ攻撃されていないものの、チャクラ周辺は、ミッキーに何度も、強打されていた。瞬としても、チャクラのかわりに打たせた個所もあったろう。


 本来、コンバット・スーツは、光壁による打撃の吸収を計算に入れて作られているから、それ自体、防具としての強度は低い。ガロアの防壁を展開できない瞬にとっては、相手の攻撃はすべて直接の打撃となった。


 鏡子は、ケガの手当てしながら、自分が首筋まで真っ赤になっているのが分かった。瞬もはずかしそうな様子だった。

 深窓の令嬢だった鏡子が、まさか、ほとんど裸の異性の手当てをするとは、夢にも思っていなかった。


「よくがんばったね、瞬君。誉めてあげる」

「ありがとう。せっかく鏡子さんからもらった機会だからね。絶対に、負けるわけには、行かないんだ」


「瞬君のCスーツ、もう、汗だくでしょ? よかったら、ウチの家のを使う?」


 瞬のコンバット・スーツは、兵学校から貸与される汎用型だった。瞬の霊石は不明だが、同じL組なら、最適ではないにせよ、石の波長も不適合ではないはずだ。もっとも、瞬にはまだ、測定可能レベルのサイを発動した実績もないのだが。


 鏡子にも、宇多川家の娘としての誇りがあった。

 たとえ求められても、宇多川家のCスーツを、他人に気安く使わせるわけにはいかない。だが、瞬は違った。


 宇多川家のCスーツを瞬が使うことは、鏡子が瞬といっしょに築いていく将来を暗示してくれるような気がした。オブリビアスの瞬には、継ぐべき家もない。六河川では自由な気風のただよう宇多川家なら、入り婿の話にも、現実味があった。


 瞬はすでに、鏡子の恋心を知っていた。瞬は、明日乃の手前、宇多川の紋章と基調色のCスーツを着ることに、抵抗を感じるだろうか。


 だが、鏡子の考えすぎだったのか、瞬は、あっさりと礼を述べた。


「ありがとう。じゃ、お借りしようかな」


 鏡子は、化粧戸棚から、ラベンダーと白のコンバット・スーツ とブーツを取りだして、瞬に手わたした。


「じゃ、これを」


 実は、昨日のうちに、鏡子が家からわざわざ運ばせていたものだった。

 瞬が着ている間、鏡子は、瞬に背を向けた。

 衣ずれの音がやんだ。


「ちょうどいい感じだ、ありがとう」


 鏡子はふり返った。ラベンダーと白のツートン・カラーがよく似合っている。

 しばらく、見つめ合っていた。

 自分の好意は、分かるように伝えてある。だが、瞬からのはっきりした回答は、まだだった。


 別に、言葉でなくてもいい。たとえば、口づけでも構わなかった。

 今は、施錠された個室に二人きりだ。明日乃にもキスをしたのなら、もっと親しくなった自分にも、していいはずだ。

 それなら、この際……

 鏡子と瞬が、同時に口を開こうとした時、ノックの音がした。


 ドアを開けると、直太が立っていた。


「お待たせ~。二回戦の相手の情報、仕入れてきたで」


 直太は、ソファにどっかと座ると、報告を始めた。


「相手は、G組の大八木(おおやぎ)(いさお)。俺の知らん奴やな」


 鏡子は、聞きおぼえがあるような気がした。が、思い出せない。少なくとも、序列二十位の≪枠内≫には、いない。


 ストレッチをしていた瞬が、口を開いた。


「ああ、大八木君なら、知ってるよ。実技クラスが同じだからね。サイのほうは、あまり冴えないけどなぁ。もちろん、僕よりはできるけど」


 瞬と同じなら、最低ランクの第十二クラスにいるわけだ。


「序列は一六七位なんやけど、一回戦で、序列九位を倒しとんねん。しかも、瞬殺やと。開始して五秒で、勝負ありや」


「でも、いったい、どうやって? 鏡子さんみたいな連続テレポートなんて、とてもできないレベルのサイだけど……」


 瞬の疑問は、もっともだ。鏡子も、首をひねった。

 連続テレポートを使えるほどテレポート技能が高ければ、TSコンバットで、翼を得たようなものだ。序列一〇〇位以下に甘んじるはずがない。


「和仁君。試合を見ていた予科生たちは、何か、言ってた?」


 直太が頭をかいた。


「何人かに訊いてみたんやけどな。とにかく、アッという間やったそうや。あまりにも、はよ終わりすぎて、注意して見とらんかったし、わからん、言いおるねん。九位のヤツに訊いたら、『じゃかましい!』って、ドヤされてしもたわ」


 直太の馬鹿笑いに、瞬もつられて笑ったが、鏡子は腕を組んだままだ。どうやって格上を瞬殺したのだろうか。

 不気味な相手だ。


「たまに、新人戦でいい成績を出すためだけに、わざと序列を落として油断させる、たちの悪い、予科生もおるらしいけどな……」

「瞬君は、疲れているわ。短期決戦で行きましょ。サイが弱いから、剣技で決まる。最初から攻めて攻めて、攻めまくって」

「了解」


 念入りにストレッチを終えた瞬が、最後に訊いた。


「それで、大八木君の得物は?」

「ただの黒い棒、らしいねん」


 ――予選第二回戦、後半に出場する選手は、試合会場に集まってください。

 校内アナウンスが聞こえた。三人は、エレベーターへ向かう。


 午前十一時三〇分に、試合開始だ。



***

 宇多川鏡子の前で、白とラベンダー基調のコンバット・スーツを着用した朝香瞬と、対戦者である大八木勲が対峙(たいじ)していた。

 宇多川家のCスーツを着用した人間が、予選で敗退した歴史は、恐らくないだろう。


 瞬は、ミッキーと三〇分間も戦い、体じゅう打ち身だらけで疲労困憊(こんぱい)している。対する大八木は、一回戦をわずか五秒で終わらせ、体力を温存していた。

 試合開始前から、見た目の余裕が、まるで違った。


 試合開始の鐘が鳴るや、瞬がすぐさま仕掛けた。打ち合わせ通りだ。

 長引けば不利になる。短期決戦で、決める。サイは発動できないが、三日月宗近で、チャクラを狙う、正確な猛攻撃が続いた。


 瞬は確かに優勢だった。が、対する大八木は黒い棒で応戦している。涼しい顔で、瞬の斬撃を受け止め、流している。


(瞬君の攻撃を流すなんて、尋常な伎倆(ぎりょう)じゃないわ……)


 鏡子は、雷に撃たれたように、身をびくりと震わせた。


「思いだしたわ。大八木君のこと」

「へ? 一年次でもクラス、(ちご)たやろ?」

「彼は昨年、コンバット部への入部を希望したけど、サイが規定発動量に足りなくて、入れてもらえなかったのよ」

「そんなヤツ、おったっけ?」

「いたのよ。その時、部長がいて、私に勝ったら、入部を認めるって、話になったの」


 隣の直太がふき出した。


「そら、鏡子ちゃんには、負けるわいな」


 鏡子はゆっくりと首を横に振った。


「……いいえ。私は負けなかったけど、勝つこともできなかった。結局、引き分けだったから」


 直太が沈黙した。


「……え? 鏡子ちゃんが、サイを使ってんのに、か?」


 直太の顔がいくぶん青ざめて、見えた。


「そう。一年ほど前の私のサイだから、今よりはずっと弱い。でも、彼だってその間、鍛錬を積んできたはずよ。瞬君と同じで、サイの発動能力は非常に低いから、序列はたしかに低い。でも、さっきから、瞬君の攻撃をかわしているように、通常戦闘能力は別格よ。……これは、難敵ね」


 鏡子は唇をかんだ。

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