第22話 一枠の価値(下)
翌朝、兵学校中庭のベンチでは、印刷したトーナメント表を囲んで、瞬が、鏡子、直太とともに、頭を抱えていた。
「瞬君って、勝負運はよくないのかしらね」
「恋愛運だけは、ごっつええけど、そのぶん、勝負運はアカンな。はっきり言うて、当たりは最悪に近いわ。長介もそうやけど、簡単に勝てそうな相手、一人もおらんで」
作戦会議に、長介は加わっていなかった。
トーナメント表では、もし瞬が順調に勝ち進めば、本戦の二回戦が、長介との対戦となった。
長介の実力なら、本戦を勝ち進んでくる可能性が高かった。他方、瞬が予選で敗退する可能性は、客観的に見れば、充分すぎるほどあったが、瞬は勝ちあがるつもりだった。
長介としては、自分のアドバイスが、瞬の敗因につながってもいけないし、長介自身も優勝を目指しているとの理由で、大会が終わるまでは、鹿島の実家から通うことにし、たがいに距離を置く話になった。
会えば、ふつうにあいさつはするが、長介は馴れあいが嫌らしく、これまでいっしょに食べていた朝食まで、別になった。これまで一緒に暮らしてきた仲だ、瞬は、長介の不在をさびしく感じた。だが、そのぶん、鏡子との距離がますます、近くなっていく気がした。
ちなみに、直太は別ブロックだから、決勝戦でしか、対戦しない。それは現時点で、考えなくていいだろう。
朝香瞬の予選一回戦の相手は、同じL組のアメリカ人、ミッキー・バルボアだった。兵学校でも数少ない、外国人留学生である。
時空間操作技術は、小笠原諸島の西ノ島でしか採取できない≪輝石≫に全面的に依存していた。そのおかげで日本は、時空間操作技術を独占し、公的な養成機関も日本にしかないが、諸外国の要請に応え、空間操作についてのみ、外国人向けの養成枠を開放し始めていた。
「ミッキーは、名前こそ、ネズミのボクサーみたいやけどな、ダテに選抜されとらへんで。今の序列は、十九位やけど、日本語がまだ下手やし、理論成績で下がっとるだけやろ。ホンマやったら、序列一〇位以内に入れる実力やろな。練習試合で立ち会ったこともあるけど、実力は、ワシより上かも知れへんで」
「問題は、一〇〇ミリガロア超を誇る彼の防壁と、日本人離れした腕力ね」
鏡子の表情も曇っていた。一回戦敗退なら、その時点で、退学はほぼ、確定だろう。
「防壁だって、一ガロアあるわけじゃない。物理的な衝撃だけで破れないわけじゃないよね」
「理論的にはその通りだけれど、今の瞬君でも、五〇ミリガロア以下でないと、破るのは難しいと思うわ」
「ミッキーだって、人間だ。ずっと一〇〇のまま維持できるわけじゃない。勝機はあるさ。結局、問題は長介かな」
腕組みをしたまま、降参したように、直太は天井を見あげた。
「ちゃうにゃ、瞬。普通に考えたら、お前は長介と戦えへんねん。予選の二回戦は、順当に序列九位が出て来おるやろし、しんどいで。まあ、そいつに勝てたとしてもやな、本選の一回戦で、お前は優勝候補と、当たるんや」
序列の記載がなく、名前だけが並んだトーナメント表からは、誰が勝ち進んでくるのか、瞬には、わからない。
「M組の五百旗伽子は、私と同点の序列二位。彼女の連続テレポートは、私よりも、速いわ」
TSコンバットの鍛錬を始めて一ヶ月の瞬は、鏡子の踏み込みにやっと反応できるようになったばかりだ。鏡子の≪ラベンダーの疾風≫は、防ぎようがなかった。それよりも、速いとは……。
「まあ、ワシ、長介も応援したらなアカンし、ワシ自身も勝たなあかんし、忙しいんやけどな。まずはミッキーや。あいつを何とかせな、始まらへんで」
***
「おーい、鏡子ちゃん」
昼休みが終わった昼下がり、和仁直太は、赤レンガ校舎の間を歩く鏡子の後ろ姿を認め、呼び止めた。
鏡子がふり向くと、ポニーテールが揺れた。
「サイコの実技やろ? いっしょに行こや。水くさいなぁ」
序列二〇位内の直太は、習熟度別の実技クラスが、鏡子と同じ第一クラスだった。
「あれ、鹿島君は?」
「先に行った。ワシ、教室に忘れ物してしもてな。取りに帰ってたんや」
「うっかり者ね、和仁君は」
鏡子の笑顔がまぶしかった。だが、鏡子は直太から、どんどん離れていく。優等生の鏡子は、以前なら、授業の始まる前に余裕を持って、クラスに行っていたはずだ。
「鏡子ちゃん、また、瞬に、特訓したってたんか?」
瞬の話題を出すと、鏡子の顔が輝くことに、直太が気づいてしまったのは、それほど最近の話ではない。
「うん。瞬君は、どんどん強くなっていくわ」
鏡子は、瞬に起こる出来事を自分の事のように、受け止める。だから、瞬にとって良いことは、鏡子にとっても嬉しいわけだ。
「なあ、鏡子ちゃん。一つ、訊いてええか?」
「何? 和仁君」
直太は頭をかきながら、鏡子から眼をそらした。意味もなく、レンガに絡まる蔦を見た。
「あの……瞬とな……最近、下の名前で、呼び合っとったやろ……?」
ちらりと見ると、鏡子の顔が赤くなっていた。
気まずい沈黙を破ったのは、鏡子だった。
「……和仁君の気持ちは、わかっているし、とても嬉しんだけど……私、瞬君に出会った時から……なぜか、とても――」
直太は必死でさえぎった。言葉の続きを聞きたくなかった。
「それは、ええねん。ええねんで、鏡子ちゃん。前からたぶん、そうなんちゃうかって、思っとったし。ごっつツライ話やけど、それはしゃあないし、別に、ええねんや。……でもな、鏡子ちゃん。瞬やけど、アイツは、ホンマは、明日乃ちゃんのこと……」
「わかってる」
鏡子が突然、立ち止まった。直太も歩みを止めた。
「すまん。でもワシ、鏡子ちゃんが傷つくんは――」
「だから、私も、わかってるのよ」
鏡子は、表情から笑顔を消している。
絶望的に片思いだが、直太にとっては、鏡子の怒ったような表情さえ、写真に撮って寮の部屋に飾りたいくらいだった。不謹慎な話ではあろうが。
「……でも、ホンマにわかっとるんか、鏡子ちゃん? 長介に聞いたんやけどな。瞬は、毎朝、毎晩、研究所まで行ってノートのコピーとか、届けとるんやで。面会でけへんし、会えもせえへんのに。アイツは本気やで。半端な気持ちやないと思うわ」
鏡子は知らなかったのか、驚いた顔をして、黙りこんだ。
授業開始のチャイムが鳴り始めた。
「瞬君が、本当に好きなのは……天城さん……。それは、知ってる。……悔しいけど、彼女は、私より美人だし……。でも、天城さんは、瞬君を好きじゃないもの……」
「……ホンマに、そうなんやろか……」
「私は、真剣なの。……和仁君、私を、応援してくれない?」
すがるように直太を見る鏡子の視線に、鏡子が直太を頼りにしているのだと感じた。初めての感覚だった。本当なら、他人への恋で、頼られたくはなかったのだが。
「……よっしゃ、任しとけ。ワシが、応援したる 。ワシはいつも、鏡子ちゃんの味方やで」
鏡子が泣き顔で、笑った。
「ありがとう。ごほうびに、教室まで連れて行ってあげる」
頭をかく直太の身体は、やがて心地よいラベンダーの光に包まれた。
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■用語説明No.22:序列制度
各兵学校において、各期の予科生のTSCA(時空間操作能力)をポイント化して、順位づけを行う制度。実技成績、筆記試験(理論)及び各種の競技成績がポイント化されて、客観的に算出される 。一年次の夏学期終了時から序列づけが行われ、以後、不定期に更新される。
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※最後までお読みくださり、ありがとうございました。
第三章、終了です!
次回からは、第四章「TSコンバット新人戦」
新人戦を舞台に、瞬と鏡子の恋が進展していきます。
次回、第二三話「Made in USA:ミッキー・バルボア戦(1)」




