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虹色のカイロス ◆メサイアたちの邂逅  作者: 白川通
第3章 ファム・ファタールたち
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第22話 一枠の価値(上)

 国立第二兵学校のレンガ造りのシックな校舎には、中庭があった。


 真ん中には噴水もあるし、コイたちが泳ぎ、カメが日なたぼっこをしていた。ヤマボウシの脇には、ベンチもあった。


 休み時間になると、予科生たちは中庭に出て、英気を養う。中庭は、予科生にとって、オアシスの一つだった。

 今日も、一つのベンチに、瞬たちL組の予科生がたむろしている。


「まだ、あきらめたらあかんぞ、瞬」


 朝香瞬は、直太のはげましにもかかわらず、携帯端末の画面を見て、沈みこんでいた。ある程度、覚悟はしていたが、落胆は大きかった。


 TSコンバット新人戦へのエントリー総数は、一三二名。瞬は、補欠の四番だった。例年、補欠の繰り上げは、ごくわずからしい。


「た、たしかに、微妙な位置だね」


「みんな、ありがとう。特に、宇多川さん。君の特訓のおかげで、自信は少し付いた。仮に出場できなくても、夏学期の結果が出るまでに、サイだって、発動できるかも知れないしね。何しろ、毎日一〇〇回以上は鍛錬してきたわけだし。長介にもアドバイスをもらっているし」


 瞬も、本当は、泣きだしたいような気持ちだった。とりあえずは、特訓の日々が終わり、地道にサイの発動鍛錬に取り組むことになるだろうか。


「そうや、まだ何ヶ月もあるやないか、瞬」


 ずっと黙っていた鏡子が、口を開いた。


「朝香君、特訓は続けましょ。補欠四番なら、ぎりぎり繰り上がって、出場できるかも知れないわ」


 瞬は小さく、首を横に振った。


「宇多川さん、気持ちは嬉しいんだけど、もう充分だよ。僕は君にずっと甘えていた。でも、君こそ優勝を狙うべき人だ。君は、僕の特訓なんかじゃなくて、君自身のための練習をすべきだよ」


 瞬は、ベンチに背を預けて、青空を見た。雲がいくつか浮かんでいた。明日乃は、病室で同じ雲を眺めているだろうか。


「じゃあ、朝香君。私に、つきあってくれない? 連続テレポートに磨きをかけたいの」



   †

 宇多川家の私設訓練場。


 朝香瞬は、青眼の構えで、宇多川鏡子に対した。

 鏡子による特訓は、続いていた。でも今日が、最後かも知れない。今日の夕方には、新人戦の出場者が確定するはずだった。今日で鏡子と二人きりの時間がなくなるのだと思うと、瞬は、さびしいというより、つらかった。


 瞬は、鏡子の≪疾風のラベンダー≫をまだ、見切ってはいない。

 はたして瞬との立ち合いが、鏡子にとって、練習になっているのか、はなはだ心もとないが、序列二位の鏡子の攻撃を見切れる予科生など、いないのではないかと、内心、開き直ってもいる。


 それでも瞬は、鏡子の怒涛(どとう)の連打を何度かは、受け止められるようになった。だが、十数連撃の速攻のいずれかで、必ず打たれた。鏡子は優しい少女だが、特訓では一切、容赦しなかった。瞬は、いつもボコられている。


 たとえ運よく新人戦に出場できたとしても、鏡子と当たれば、勝ち目はなかった。

 運営側も、序列の高い予科生同士が予選で激突しないよう、組み合わせに配慮する慣行らしい。序列の高低を考えれば、瞬が早い段階で、鏡子と対戦する可能性は、充分にあった。

 

 鏡子のラベンダー光が輝きを増した。

 これから来る。わかっていても、防げないのが、≪ラベンダーの疾風≫だった。

 鏡子が動いた。いつもより早い気がした。


 初撃、二撃、三撃を受けただけで、鏡子の姿が見えなくなった。


 気づいた時には、腹を痛打されていた。


「参りました」


 鏡子が差しのべてくれた手を握って、立った。

 情けない話だが、瞬の実力では、鏡子にまだまだ、太刀打ちできない。


「朝香君、そろそろエントリーの最終結果、出ている頃じゃないかな?」


 心なしか、今日は、鏡子がすこし、元気のないような気がした。


「そうだね……。昨日の時点では、三名辞退で、あと一人だったんだけどね……」


 瞬は、額の汗をぬぐうと、訓練室の隅に置いていた携帯端末を開き、兵学校のホームページにアクセスした。

 おそるおそる、TSコンバット新人戦のエントリー表を開く。


「あれ? トーナメント表に変わってる。ま、いいか。検索かけてみるね。『朝香』でいいや。お願い……」


 祈る気持ちで瞬が画面を見ると、「朝香瞬」の名がヒットした。


「やった! やったよ、宇多川さん! 僕、出場できるみたいだ。誰か一人、辞退が出たんだね。助かった」


 鏡子に驚いた様子はなく、優しくほほえんだだけだった。


「予選の一回戦は、ミッキーか。その次は、誰なんだろ……っていうか。宇多川さんと当たったら、その時点で、敗北確定だもんね」


 一二八人もいるから、すぐには見つからない。


「ないな。検索してみよう……あれ……?」


 出ない。「鏡子」で検索をかけてみた。ヒットしない。もう一度、試す。やはりヒットしなかった。


「……おかしいな」


 ……まさか……。


 瞬の背筋が、凍りついた。

 すでに三名の繰り上げがあった。生存競争の激しい兵学校で、そう簡単に、辞退者があいつぐ幸運が、はたしてあるだろうか。


「朝香君。何度やっても、むだよ。私、エントリー、していないもの」


 瞬は、窓の外、暮れようとする空を見あげる鏡子の横顔を、凝視した。


「……宇多川さん、どうして?」

「……昨日の夕方、締め切りの直前に事務室に確認したら、誰も辞退していなかったの。あと、一人だけだった。私さえ、辞退すれば、朝香君が試合に出られるから……」


 鏡子が、髪留めを取ると、長い黒髪がさらりと肩に舞い降りた。透き通るような美しさに、瞬は、心が震え出しそうだった。


「……でも……でも、宇多川さん、あれだけ練習していたのに……優勝できる、実力なのに……」


「もちろん、私も出場したかったわ。入学した頃から、新人戦に照準を合わせて練習してきたんだから、悔しくてたまらない。お父様も西ノ島から戻って、観戦なさるはずだったしね……」

「……どうして、僕なんかのために……?」


 鏡子は視線を、瞬に移した。瞳に涙を浮かべている。うつむき加減で、口をとがらせた。


「……朝香君。女の子のほうから、それを、言わせるつもりなの?」


 瞬はハッとした。


 来る日も来る日も、序列二位を誇る宇多川鏡子が、最下位の瞬などのために、特訓をほどこしてくれた理由は、明らかだった。


 鏡子が、単なる友情や、思いやりにとどまらない感情を抱いていたとしても、ごく自然な話ではなかったか。


 鏡子はいきなり、瞬を抱きしめた。鏡子の柔らかい胸が、瞬の胸に当たった。肩の震えが伝わってきた。泣いていた。


「……私、出られなくて、悲しい……。でも、朝香君のためになれて、うれしい……」


 瞬は、鏡子を抱きしめ返した。


 明日乃と同じように、柔らかい少女の身体だった。こんな時でさえ、明日乃を想ってしまう自分が、罪深く思えた。

 だが、鏡子もまた、瞬の≪ファム・ファタール≫なのではないか。


 鏡子の髪から、ラベンダーのように爽やかな香りが立ち上ってくる。


「私は、朝香君といっしょに、学生生活を送りたい……。それだけ。……負けたら、許さないからね……」


「ごめんね……宇多川さん……ありがとう」


 瞬の腕の中で、鏡子は甘えるように、瞬を見あげた。


「私を、下の名前で、呼んで。瞬君」

「……わかった、鏡子さん、だね」

「きっと、勝ってね、瞬君。あなたのために、私のために」

「……約束するよ、鏡子さん。僕は必ず、勝ち抜いてみせる」


 鏡子は瞬から身を離すと、いったん眼を閉じ、また開いた。手には、一振りのAPをテレポートさせている。


「新人戦では、これを使って」


 瞬は、鏡子から、いかにも立派そうな刀を受け取った。


「名刀中の名刀、『三日月宗近』をモデルにしたAP。私の兄はこれを使って、新人戦に優勝したの。縁起がいいわ」


 瞬は、鞘から刀を抜き放った。

 刃長は八〇センチメートルほど、腰反り高く、計算しつくしたような放物線を描いている太刀だ。重さも、瞬の好みだった。


「ありがとう、鏡子さん。これで、僕は、勝つ……」


 鏡子の自己犠牲に、瞬は、応えられるだろうか。新人戦までの日々を、これまで以上に、生きねばならない。


 瞬が微笑みかけると、鏡子は優雅に返した。


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